第39話 あの日見た雷《いかづち》
「コヒナ殿、今日もお美しいですな!」
「ギンエイさん~。ありがとうございます~」
ギンエイさんのいつものあいさつ、いつもの社交辞令。アバターの身であっても嬉しいものだ。特に嫌なことがあった日はね。
「公演は大丈夫なのですか~?」
夕方の五時。ネットゲームの界隈が騒がしくなり始める時間。
ギンエイさんは前に同じように私とおしゃべりをしていたのをギンエイ座の副座長さんに見つかって、散々怒られた後に引っ張られていったことがある。
「ほほ、問題ありませぬ。今日はワタクシがいなくても問題ない演目ですからな。それに二号機を残してきましたのでキティーに直接見つからない限りは怒られる心配もございませぬ」
やっぱ見つかったら怒られるんじゃないか。
それに二号機って。
ギンエイさんには同じギンエイと言う名前で別のアバターがいるらしい。ワタクシ二体までなら同時に動かせますぞ、と言っていた。二体動かすとなるとハードも二台必要だから多分冗談なんだろう。二体操作する意味が良くわからないし。でも何故かもしかしたら本当なのかも、とも思ってしまう。ギンエイさんはそんなちょっと不思議な雰囲気の人だ。
残念ながら二号機さんにはお会いしたことがない。二号機さんまで私とおしゃべりしてたら副座長のキティーさんは大変だろう。私も二人のギンエイさんの会話に入っていける自信無いし。
キティーさんは半巨人族の女性で、半巨人族の常で背がとても高い。モデルみたいな体系でいてお名前がキティーさんと可愛らしくそのギャップはなかなか良い。我儘ボディーを紺のスーツでびしっと固めたメガネの素敵な「超できる秘書」みたいな方だ。
実際に凄い方らしく、ギンエイ座には必要不可欠な存在だとか。アクターとしての人気も高いのだそうだ。
残念ながら私はギンエイ座に行ったことがない。
行ってみたくはあるけれど、私には占い師というお仕事があるからね。コヒナ二号機は無いので仕方がない。
「おお、ワーロー殿。丁度良かった。この方ですぞ。件の占い師は」
おしゃべりしていたギンエイさんはお友達に気が付いたらしく手を振って声を掛けた。
おや、私をお探しでしたか? ええと、ワーローさん?
ギンエイさんが手を振った先には人間族の…………?
人間族の職業不明の人がいた。
動きやすそうなシャツと厚手のズボンに、風と日光をさえぎるためのフード付きの外套。武器と言うには頼りない細くて長い杖。だけど魔法使いにも見えない。強いて言えば旅人、だろうか。
もっと率直に私が見た印象を口にするなら「愚者」。タロットカードの「愚者」だ。
お名前は正しくはワーローさんではなくワアロウさん。ダメですよー。素敵なお名前じゃないですか。ちゃんとしっかり正確に呼ばないと。ワアロウさんはギンエイさんに軽く頭を下げてから近づいてきたけれど、私に気が付いて足を止めた。
「わアロウさんとおっしゃるのですね~。何か御用でしたか~?」
ワアロウさんが止まったまましゃべらないので、飛び切りの笑顔でこちらから声をかけてみた。ギンエイさんが探してた、みたいな言い方をするからちょっと期待してしまったのだけれど、
「あ……いえ。大丈夫です」
そしてまたそのまま止まってしまった。
「わアロウさん~? 大丈夫ですか~?」
「あ、すいません。度々」
「何かございましたらお伺いしますよ~?」
こちらから水を向けてみたけれど、
「コヒナさんは、こうして占いするの楽しい……ですか?」
と、ワアロウさんはそれだけを聞いてきた。
「勿論です! とても楽しいですよ!」
ワアロウさんはそれだけを聞いてきたので、仕方なく私はまた飛び切りの笑顔でそれだけを返した。
「そっか。それは良かった」
ワアロウさんはまたそれだけを答えた。
「では、また」
それだけだった。
ざりっ
立ち去ろうとするワアロウさんの背中に
「わアロウさん~、私はあと五日間、この世界にいます~。夜は大体おりますので何かございましたら~」
と声をかけると、ワアロウさんは一度振り返って軽く手を上げてくれた。そしてそのままどこかへ飛んで行った。
「ふむ? ワーロー殿、ここには占い師もいるんだと言ったら会ってみたいと言ってたんですがな。てっきり見て欲しいことがあるのかと思ってたのですが」
「そうだったんですね~」
「もう解決したのでしょうかな。でもそういう雰囲気ではなかったな」
言いながらギンエイさんが首をひねる。
「コヒナ殿は……」
ギンエイさんが何か言いかけた時、ワアロウさんと入れ替えにイケメルロン君がやってきた。
「コヒナさんこんにちは。今のは……?」
「わアロウさんですか? さあ~。何かお話があったようですが、今日は止めにしたようです~」
「そうでしたか。何だか、失礼なヤツでしたね」
おや、遠くから見てたのかな。いつも温厚なイケメルロン君が珍しい。でも失礼っていうこともないだろう。きっと何か事情があるのだ。ここはフォローしておこう。
「まあ、話しにくいことだったのかもしれないですし~。まだしばらくはここにおりますので、またの機会にお話できるかもしれません~」
そうだ。お話しできるチャンスはまだある。
「あっ、すいません。お客さんですもんね」
イケメルロン君がバツが悪そうに言った。
「ああ、メルロン君? 全然気が付いてないようだからお伝えさせていただくが、実はコヒナ殿のすぐ隣にワタクシもいるのですがな?」
隣にいたギンエイさんがおほん、うおっほんとわざとらしく咳ばらいをしながら言う。イケメルロン君ははあ、とため息をついた。
「こんにちは、ギンエイ先生」
「うむ、よろしい。はいこんにちは~」
にやにやと笑うギンエイさんを見てイケメルロン君はまたため息をついた。
イケメルロン君はいつの間にか弓使いに転職しており、武器もイケメルロン君の身長と同じくらいの大弓に変わっていた。理由を聞いてみたら本当は初めから弓使いをやってみたかったのだと恥ずかしそうに教えてくれた。そもそもがイケメルロン君だしな。金髪碧眼のエルフには弓が良く似合う。
ギンエイさんとイケメルロン君はお友達なのだそうだ。それもずいぶん前、私がこの町に着いてすぐの頃からだという。
イケメルロン君はギンエイさんをちょっと苦手としているようなのだけど、ギンエイさんはイケメルロン君のことが大好きで見つける度にちょっかいをかけている。
イケメルロン君の方も苦手とはいっても嫌いではないらしいし、ギンエイさんのことを「先生」と呼ぶ。弓の使い方をギンエイさんに習ったから先生なのだそうだ。きっとここにも私の知らないお話があるのだろうな。
「おや? メルロン君。後ろの方は弟さんですかな?」
「え?」
言われてイケメルロン君が振り返る。そこにはイケメルロン君とよく似たエルフの男の子がいた。身長はイケメルロン君よりも小さい。金髪でイケメルロン君より少し明るい青色の目。ふわふわの白いローブ。海外の絵本に出てくるエルフの様だ。
「こんにちは。うらないやさんですか」
おそらくチャットに慣れていないのだろう。エルフの少年マーク君が平仮名ばかりのちょっと奇妙な文章で話しかけてきた。
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