第42話 あの日見た雷4/女帝(正位置)
「魔法騎士マーク」は当時一年生の将斗には少々難しいお話で、実際に将斗がその漫画を読むのはもう少し後の話になる。だがその時見た
それから家にある漫画を真似て絵を描くようになった。だがこれは失敗だった。かなり夢中になってしまったのでお母さんの不興を買うことになったのだ。
展覧会から帰って少しした頃にお母さんに軽い気持ちで「漫画家になりたい」と言った時にも猛反対にあった。
お母さんは漫画があまり好きではない。多分お母さんもあの雷の絵を見たら考えを変えると思うのだけれど、そんな機会はなかなかやってこない。
なんとなくお母さんとの間に漫画の話を持ち込むのは難しくなった。
将斗の失敗のせいもあるのだが、ちょうどその頃からお母さんは何だか怒りっぽくなったような気がする。以前はとても優しかったのに何故か怒ってばかりいる。怒る理由を探しているようにすら見える。
木曜日は学校が終わるとピアノ教室がある。少し気が重い。嫌いと言うわけでもないのだが、以前お母さんに、ピアノを頑張ったらご褒美に漫画を買って欲しいと言ったところ、「ご褒美に漫画が読みたいという考え自体、甘えたおかしな考え方だ」と叱られてなんだかやる気を無くしてしまった。
それでもさぼったりすることは考えない。ピアノだって大事なことだ。だから今日も頑張った。
ピアノ教室から帰るとお母さんはご飯の支度をしていた。最近だとこの時間はお仕事で家にないか、家にいても部屋にこもってしまっているのでなんだか嬉しくなった。
「ただいまー」
「おかえりなさい。さっき、お父さんから電話があってね。今日は早く帰ってくるって。だからお父さんが帰って来てからご飯よ」
「はーい」
お父さんが帰ってくるのか。それはいいことだ。お父さんが早く帰ってくる日はお母さんの機嫌がいい。
荷物を置きに自分の部屋に行くと、机の上に何かおいてある。見てぎょっとした。押入れの奥に隠しておいた漫画と自分で書いた絵。漫画を見ながら描いた絵と、思い出しながら描いたたくさんの雷の絵だ。
置いたのは多分お母さんだろう。見つかれば大変なことになるはずだが、それでもお母さんの機嫌がいいのはやっぱりお父さんの力だろうか。
でも単に忘れているだけかもしれない。再び目にした時には怒られるかもしれない。そう考えて一応机の中に漫画と絵を隠した。
恐る恐る居間に戻ったが、やっぱりお母さんは怒っていないように見える。
「お父さん七時くらいだって。だいじょうぶ? 待てる? おなか空いてたらなにか出すけど」
「だいじょぶ」
実はさっきコンビニでお菓子を買って食べたのでおなかはそんなに空いていない。でもそのことはなんとなく黙っておくことにした。
「<エタリリ>、やっていい?」
お母さんの機嫌が良さそうなので聞いてみる。エタリリはわりとお母さんの許可が下りやすい。漫画がダメでエタリリがいい理由はよくわからないけれど、エタリリもダメになるよりはいいので反論はしない。漫画も好きだけれど、ゲームも好きだ。なかでもエタリリは雷魔法がかっこいいのがいい。
「いいけど、お父さん帰ってくるまでよ」
「はーい」
端末を居間の大きなテレビにつなぐ。コントローラーを持ってソファーに座ると、将斗は<エタリリ>の世界にログインし、金髪碧眼のエルフの魔法使い<マーク>になった。
今日はお金を溜めるため、冒険者ギルドで受けたモンスター討伐のクエストをこなすことにした。マークの雷撃魔法ならばこの程度のモンスターは余裕だ。NPC冒険者の助けを借りるまでもない。
目的のオオイカ型モンスター討伐を終えて街に戻ってくると、お母さんが丁度台所から出てきた。
お母さんは将斗の隣に座ると、テレビに映るマークの冒険を一緒に覗き込んだ。
こんなことも久しぶりだ。今日は嬉しいことが多い。
「あら、占い師さん。まだいたんだ」
「うらないしさん?」
画面を見ながらお母さんが言う。見てみると裁縫屋さんの前に看板を出している人がいた。<マーク>と同じエルフ族の人で、漫画に出てくる魔法使いのような大きな帽子を被っている
看板には<よろず、占い承ります>と書かれていた。
「なんて読むの?」
「よろず、うらないうけたまわります、だって」
「よろず?」
「なんでも、っていうことよ」
「ふーん」
「気になったらお願いしてみたら?」
「うーん」
面白そうだとは思う。
だが将斗はゲームの中で話すのは苦手だった。
お母さんからも<エタリリ>の様なネットゲームの中での会話には気を付けなければならないとさんざん注意されている。
知らない人を信じてはいけないのはネットでもリアルでも一緒だ。
<エタリリ>ではプレイヤー同士の会話は必須と言うわけではない。必要なものはNPCの商人から買うことができるし、冒険者ギルドに依頼すれば自分より低レベルながらNPCの冒険者を雇うことができる。
このあたりが<エタリリ>が対象年齢を低く設定できる理由の一つになっている。
「うらないしさん」はマーフォーク族の人ともう一人、<マーク>に似たエルフの人と何かお話をしていた。声をかけていいのか迷う。
「聞いてごらん。お母さん見ててあげるから」
「なんて言えばいいの?」
「リアルと一緒よ。占いして下さい、って」
丁度その時うらないしさんと話をしていたマーフォーク族の人がこっちに気が付いた。
勇気を振り絞って声をかけてみる。
『こんにちは、うらないしさんですか』
『おっと、お客さまでしたな。これはしつれいを。ささ、こちらへおかけください』
<マーク>に気が付いたマーフォーク族の人が準備してくれた椅子に座る。
「ほら、ちゃんとお礼言って」
お母さんに言われて慌ててお礼を言う。
『ありがとう、ございます』
『いえいえどういたしまして』
マーフォーク族の人が<マーク>に向かって右手をおなかに充ててお辞儀した。綺麗なお辞儀だった。
『いらっしゃいませ~。何を見ましょうか~?』
席に着くとうらないしさんが話しかけてきた。
「なんて言えばいいの?」
「見て欲しいこと言ったらいいのよ」
「ええ、わかんないよ」
そう言うとお母さんはくすくす笑った。
「じゃあ、将来のこと聞いてみたら?」
「うん……」
『うんと、しょうらいのこと?』
『はあい。将来のことですね~。カードを広げますので、少々お待ち下さいね~』
<マーク>の依頼に答えてうらないしさんは動かなくなる。すると代わりにマーフォーク族の人が話しかけてきた。
『マークどのは、いまお一人ですかな?』
びっくりしてまたお母さんに聞いてしまう。
「なんか言われた! なんて答えたらいい?」
「大丈夫だから。この人、多分まー君のこと子供だってわかってるから、思った通り答えてみたら」
「でも、う、うん」
ちょっと怖いがお母さんが見ててくれるなら安心だ。
『ううん。となりにお母さんがいます』
そう答えると、マーフォーク族の人はぱっと両手を上げた。
『なんと、お母さまがごいっしょとは。これはごあいさつがおくれてもうしわけございませぬ』
そしてくるり、と一回転した後、今度は<マーク>ではなく、画面の中から将斗とお母さんの方を見てさっきの綺麗なお辞儀をして見せた。
『これはおうつくしいお母さまでいらっしゃる! やさしくおうつくしいお母さま。いやはや、マークどのがうらやましい。おっと、まずはごあいさつ。ワタクシ、ギンエイともうします。コヒナどのはただいまうらない中でございますゆえ、よろしければワタクシのおしゃべりにおつきあい下さいませ』
言いながらひょこひょこと不思議な動きをしてみせる。それが面白くて将斗とお母さんは声をあげて笑った。
それにお母さんが褒められて将斗は嬉しかった。
『マークどのとお母さま。さしつかえなければおしえていただきたく。マークどのはおいくつですかな?』
「答えてもいい?」
お母さんに聞くと大丈夫よ、と帰ってきた。
『8さいです』
『おやおや、思ったいじょうにおわかい。これはまちがいなく天才ですな。さすがお母さまのお子さまです』
画面の中で、大げさにびっくりしながらこれまた大げさな賛辞を送ってくる<ギンエイ>に、将斗とお母さんはまたひとしきり笑わされた。
そのあとも<ギンエイ>は、何時ころに寝るのか、ゲームをする時間帯は、など色々なことを聞いてきた。お母さんに確認しながら返事をするのは楽しかった。
『お待たせしました~』
うらないしさんが戻ってきたようだ。
『お、うらないが終わったようですな。マークどの、ありがとうございました。ぜひまたお話を聞かせてくださいませ』
<ギンエイ>はまた将斗とお母さんに向って深々と頭を下げて見せた。<ギンエイ>と話すのは面白かったのでもう少し話していたかったが、我慢した。うらないだって気になる。
『一枚目に出ているのは≪塔≫というカードです~』
「お母さん、なんて書いてあるの」
「占い師さんに聞いてみたら?」
お母さんがそういうので聞いてみることにする。
『それなに?』
『マークどの、「塔」は「とう」と読みます。昔からある高いたてもののことで、ここダージールの町ですと、あちら。お城のとなりにあるアレですな。あの高いのが塔です』
うらないしさんの代わりに<ギンエイ>が教えてくれた。
『へえ~』
ギンエイが指さす方向には細長くて丸い建物があった。なるほど、「
<魔法騎士マーク>が雷の魔法で壊したのが「
『この「とう」のカードにはとうに稲妻が、ええと、イナヅマがおちて「とう」がこわされる絵がえがかれています』
『イナヅマ?』
『イナヅマとはかみなりのことですな』
またギンエイが教えてくれた。
『かみなり! かみなりでとうがこわれてるんですか』
びっくりして聞いてしまう。それは正に展覧会の会場で見たあの絵そのものだ。
『そうですね~。このカードはマークさんのかこにあったできごとをしめしています~』
『むかしかみなりにあったっていうこと?』
『そうですね~。マークさんが昔、かみなりににた何かにあったということですね~』
大あたりだ。これは凄いと思った。そのことを伝えなければ。
でも上手く言葉が思いつかない。目の前にいればすごいすごいと伝えられるのに、慣れないチャットで感情を伝えるのはとてももどかしい。それでも自分にできる精一杯の賞賛を送る。
『あなた、すごい』
うらないしさんは『えへへ~』と得意そうに笑って見せた。
『二まいめのカードは≪ワンドのペイジ≫というカードです。ワンドと言うのはぼう、ええと、ふりまわしたりする「ぼうきれ」ですね。ペイジは「子ども」をしめすカードです。このカードはマークさんががんばり屋さんであることをしめしています』
「さっきと同じカード……。束縛……。」
お母さんが何かぼそっと言った。
お母さんの前で頑張り屋だと言われたのはとても嬉しかったが、「そうです」と言うと怒られるかもしれない。
『えー、そんなことないよー』
マークがそう答えると、何故かお母さんは将斗の頭をぎゅうと抱きしめた。お母さんはいつもよりやわらかくていい匂いがする気がした。
『三まいめのカードは≪星≫です。空の、おほしさまのほしですね~。このカードはマークさんがすごく大きなゆめをもっていることをしめしています~』
大きな夢はある。だが展覧会から帰って少しした頃に軽い気持ちで口にしてお母さんに反対されて以来、誰にも言っていない。
お母さんは、将斗のことを心配して反対したのだというのはわかっている。その証拠に、その夢がどれだけ大変なことかを一生懸命教えてくれた。
ものすごく勉強して、色々なことを学ばなければならない。それでも辿り着くことはできない。
多くの人が目指し、そのうちのほんのごくわずかの人しかたどり着けない場所なのだと。
だからそんな夢は見るなと、現実を見なさいと教えてくれた。
はい、と答えた。
そうなんだ、と思った。
それが正しいんだと判った。
だから、軽い夢ではなくなった。
だから、それ以降は誰にも話していない。
『おー。かないますか?』
お母さんに頭を抱かれたまま答えたが、うらないしさんはそれに直接答えず、別のことを聞いてきた。
『マークさんはかみなりがすきなんですか?』
『うん。だいすき』
『ですと、かみなりはマークさんが大きなゆめをもったきっかけではないでしょうか~』
ちょっとびっくりする。
『すごい。なんでわかるの?』
『ふふふ~。うらないしですからね~。わかりますよ~』
また得意そうに笑い、それからうらないしさんはさっきの質問に答えてくれた。
『とても大きなゆめなので、かなえるのはかんたんではないと思います。ほしのカードはとても高いもくひょう。凄く大きなゆめ。そこに至るにはたくさんのアルカナ―たくさんの人やできごとと会わなくてはなりません~。でもマークさんが今と同じように歩きつづければ、きっとたどりつけるでしょう~』
うらないしさんはそう言った。お母さんの言ったことと一緒だった。
『おー。やったー。ありがとうございました』
お礼を言ってうらないしさんと別れる。
「叶うって。よかったね」
将斗の頭を抱いたまま、お母さんが言った。
「うん!」
その夢はお母さんには内緒の夢だ。ちょっと悪い気もするけれど言えないのだ。
「漫画家になりたい」なんていうのはとても大きな夢なのだ。それが夢だなんて軽々しく口にしてはいけないくらいの。
「さあ、そろそろゲーム止めて。ご飯の準備手伝ってね」
「はーい」
せっかくお母さんの機嫌がいいのだし損ねないようにしないと。お母さんはやっぱり笑ってる方がいい。
「ねえ、まー君」
お母さんが食卓にお皿を並べながら話しかけてきた。
「…………めんね」
「え、なに?」
よく聞き取れなかった。
「まー君は、ピアノ嫌い?」
「ううん、嫌いじゃないよ」
ちょっとびっくりして言いよどんでしまったけれど、嘘じゃない。別にピアノが嫌いと言うわけではないのだ。今日だってちゃんと頑張った。だって、漫画家になるには色々なことを学ばないといけないのだから。
「そう」
お母さんはその後、ちょっと迷ったように間をあけてから
「じゃあさ、今度の発表会、将斗が頑張ったら、一緒に漫画買いに本屋さんに行こっか」
「えっ⁉」
「頑張ったらね」
「う、うん。頑張る!」
何だか今日はいいことがいっぱいだ。もしかしたらお母さんにも、お父さんのことだけじゃなくて何かいいことがあったのかもしれない。
例えばうらないで良い結果が出るような。
例えば凄い雷の絵を見るような。
****
ずっと後になっても将斗はこの日のことを覚えていた。いいことづくめの日だったし、占いの内容があまりにもぴったり当たっていたから。
もう少年とは呼べなくなった頃、将斗はふと占い師の言った「雷」のカードがどんなものなのか気になった。
夢を叶えるためにはどんなことでも覚えていて損はない。特に自分の心に残っていることならなおさらだ。
ネットでタロッロカードの一覧の中から「雷」というカードを探してみたが見つからない。
おかしいと思いながら絵柄を確認していくと、その中に「塔」というカードを見つけた。
そうだ。そうだった。「雷」じゃない。「塔」だ。
あの時占い師が言った通り「雷が落ちて塔が壊れる」絵が描かれている。
見つけた「塔」のカードはあまりにもあの日に見た「雷」の絵とそっくりで、将斗はそこで初めてあの日の「雷」の絵がもともと「塔」のカードをモチーフに描かれていたのだと気が付いた。
あまりにもピッタリと言い当てられたから不思議に思っていたのだけれど、これならば納得だ。
しかしそうなると、逆にあの占い師はあの日見た雷そのものをダイレクトに言い当てたとも言える。
……あの人、とんでもない人だったのではないだろうか?
そうだったら嬉しい。その後占い師はこう言ったのだ。
―そこに至るには沢山の人や出来事と会わなくてはなりません。でもマークさんが今と同じように歩き続ければ、きっと辿り着けるでしょう—
将斗の長い旅は、まだまだ途中。
かの「魔法騎士」ですら未だ目的を果たすための旅を続けているのだ。自分がそう簡単に「空のおほしさま」にたどり着けるわけはない。
「多くの人が目指し、その内ほんの極わずかの人しかたどり着けない場所」
今の自分にとって、その意味はあの時と比べ物にならないくらい大きい。
でも。
あの日雷の絵雷の絵を見た時だったか。
夢は叶うと占い師に言われた時だったか。
それとももっと後になって、尊敬する人が「そこまで言うならやってみなさい」と言ってくれた時だっただろうか。
はっきりと何時だったかは言えないけれど、
歩き続ける覚悟なら、とっくの昔にできているのだ。
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