第37話 女帝(逆位置) 1

 タロットカードは22枚の絵札-大アルカナと、56枚の数字札-小アルカナの計78枚からなる。


 各々様々なものの象徴となるが、解釈の一つに大アルカナは一人の人間の「人生」を表している、という物がある。



 ゼロ番目の<愚者>は、おなかの中にいる状態。まだ生まれる前。


 一番目 <魔術師> 誕生。


 二番目 <女教皇> 自我の目覚め。


 三番目 <女帝>  初めて会う女性、すなわち母親。


 四番目 <皇帝>  初めて会う男性、すなわち父親。


 五番目 <教皇>  初めて会う両親以外の存在。祖父や祖母。



 こうして色々な人や出来事と出会い、成長していき、最後は<世界>、即ちそれぞれの目的地へたどり着く、そういう物語を表しているのだと言う。


 常に順番通りにはいかないが、順番通りである必要もない。出会わなかったアルカナと別の形で後から出会うことも多いだろう。


 でも何かの理由でアルカナとの出会いが大きく歪んでしまうことがある。


 おかしな形でアルカナと関わってしまうと、<世界>にたどり着くことが出来なくなってしまう。あるいは<世界>そのものが歪んでしまう。


 極端な例では本当は<恋人>との出会いが占めるべき部分を<死神>が占めてしまったり。


 こうなると<死>が<欲望>となって殺人快楽者みたいな人ができるわけだ。これと似たような考え方は心理学にもあるらしい。


 どのアルカナもとても強い力を持っている。おかしな関わり方や過剰な関わり方は可能なら避けたいところだ。


 このアルカナとの「おかしな関わり方」、「過剰なかかわり方」を「逆位置」と表現する。



 大アルカナが人生のメインストーリーを示すのであれば、小アルカナはサブストーリーだ。どちらが重要と言うことはなく、密接に絡みついている。


 サブストーリーの方が重要視される物語だって沢山あるし、サブストーリーが充実してこそのメインストーリーとも言えるだろう。


 これら小アルカナはトランプのマークの元になった四つのスート、ソード聖杯カップ貨幣ペンタクルワンドに分かれており、各々1から10までの数字と、従者ペイジ騎士ナイト女王クイーンキングより成り立っている。


 四つに分けられたスートにも、剣ならば理性、聖杯ならば愛情と言った具合にそれぞれに意味がある。



「タロットカードは人生と言う物語を示している」



 この考え方をさらに拡大解釈していく。



「アルカナ」の意味を広く広く捉え、78枚のカードを森羅万象の寓意であるとする。


「アルカナ」との出会いが、人生そのものだけでなく、もっと短い日々の物語ストーリーの中にも折りたたまれて存在していると考える。


 見たい物語ストーリーの折りたたまれている部分を切り出し、広げ、虫眼鏡や顕微鏡で拡大する。この作業の代替として「アルカナ」を並べていく。


 並べられた「アルカナ」の示す、物語ストーリーにおける寓意化された出会いの意味を考える。


 何か問題はないか、何が問題なのか、これからどんな問題が起きるのか。



 こうして「タロットカードを並べること」に意味を持たせ、最終的には未来をも予測し得る「占い」と成す。



 この占いの方法を「タロット占い」と言う。



 ***


 今日のおやつは~、


 じゃん! 「キノコのやつ」!


 クラッカーにチョコレート。香ばしく焼き上げたクラッカー部分のかりっとした歯ごたえと微かな塩味。チョコレート部分も外側が香りの高いチョコレート、内側は滑らかなミルクチョコと細かな工夫がされており、味、香り、食感と食べる者の五感を様々に刺激する。いくつ食べても飽きの来ない調和。ゲームしながらつまんでも手を汚す心配がないのも高評価。言わばお菓子の完成品。この完成されたお菓子が近所のドラッグストアで大セール。なんと一個税込み88円。


 さらに!


 じゃん! 「タケノコのやつ」!


 チョコレートとクッキーの組み合わせは正に王道。チョコレートはこちらも当然隙を生じぬ香りとコクの二段構え。サクサクとした食感でありながら一度崩れるとほろほろほどけるクッキーとの相性は抜群。止まることなくいくつでも食べられてしまうがそこをぐっとこらえてブラックコーヒーを一口。コーヒーの苦みと香りは、チョコレートとクッキーの甘さをさらに引き立てる。王にとっては他者など引き立て役に過ぎないのだ。このお菓子の王様が近所のドラッグストアで大セール。なんと一個税込み88円。


 先にあけたキノコの上にタケノコをざーっと。軽くまぜまぜ。次はどっちにしようと狙って食べるもよし、見ないで食べて感動するもよし。完成品と王道の夢のコラボレーション。これぞまさに究極のお菓子。やっぱりラブアンドピースですよ。



 え、カロリー?



 私のいた世界にはなかった言葉ですが、それは世界から争いを無くすよりも大事なことなのでしょうか?



 究極のお菓子と、大きなマグカップになみなみのブラックコーヒー。


 これで長時間ログインしたままパソコンから離れずに過ごすことができる。休日のための完全武装だ。


 ゲームの中でお店を出しているわけで、せっかく話しかけられているのに画面の前にいないというのはやっぱり避けたい所。


 私はゲームの中で占いをするのが好きだ。チャットで話すのは楽しいし、当たっているなんて言われれば嬉しいし、感謝してもらえることだってある。何より占いの間はざりざりしないのがいい。


 というわけでお休みの日は可能な限りの時間をパソコンの前で過ごす。コーヒーとお菓子に囲まれて占いをする。最高の休日である。


 そんな占い大好きな私ではあるが、それでも苦手なお客様というのはいるものだ。



 ***



 お向かいの宿屋さんの前で猫小人族の男の子二人が何やら熱い議論を交わしていた。金色の目をしたトラ猫っぽい子と緑の目のロシアンブルー風の子だ。


 猫小人族は猫を人間にしたような見た目の可愛い種族で、全種族中ピクシー族に次いで二番目に体が小さく、大人でもエルフとしては小柄な私よりももっと小さい。というか大人と子供の区別がつかない。見た目のバリエーションも最も多い種族ではないかと思う。耳の形や毛の色が選べるし、毛の生え方も顔にも生えてくるタイプと生えてこないタイプとがいて、これもう同じ種族じゃないんじゃないかと言うくらい色々だ。


 ちなみに犬小人族と言う種族はいない。ただ、猫小人族の中にどう見ても犬小人だろうという見た目の人はいる。


 二人の議論の内容は「初対面でネカマさんを見分ける方法」。私はその主張を興味深く拝聴する。


 トラ猫君の主張は「化粧品どんなの使ってる? って聞けば一発だ」という物だった。



 ふむ。


 それはどーだろうか。


 同じ質問を私がされたとする。


 答えられぬ。



 私とてお化粧品は使う。使うが何と聞かれると困る。例えば化粧水なら、正直に答えるとすれば「近所のドラックストアの店頭に置いてあった緑色のやつ」だ。


 多分緑色だったと思うが前に使ってたのとごっちゃになっている可能性もある。洗面所に見に行けばわかるけど。


多分メルヘンぽやぽやな名前のものが返ってくるだろうと思っている相手に「近所のドラックストアの店頭に置いてあった緑色のやつ」答えるというのはなかなかに勇気がいる。多分言い淀むのできっと「ああ(察し)」みたいな反応をされる。


 別にいいと言えばいいんだけどなんか釈然としない。それにネカマさんの女子力を舐めてはいけない。彼らは女優だ。同じ質問をしたとして私なぞよりよっぽど女子力の高い答えが返ってくるに違いないのだ。


 あとその質問、普通に気持ち悪い。


 占い師として諸々の相談に乗ってきた身としては「アバターからリアルのことはわからない」の一言に尽きる。


 相性診断の依頼を受けた中にはマーフォークの女性のことが好きな半巨人族の男性の中身が女性だった、と言うことは実際にあったし、そもそも相手のマーフォークの女性だって実は中身は女性が好きな男性の猫小人族である可能性だって否定できないだろう。


 なのでトラ猫君は初対面のお姉さんの性別について頭を悩ませるくらいなら「リアルの性別ってそんなに大事?」等と返しているロシアンブルー君のことをもう少し良く見た方がいいと思う。これはなかなかにコーヒーが進みますよ。ぐびぐび。チョコレートいらないくらいだね。いや食べるけど。ぽい。ぽりぽり。あ、きのこの方だ。



 二人のやり取りを妄想を交えながら堪能していたらお客さんが来た。常連のお客さんだ。常連のお客さんはありがたい、ありがたいのだけど。この人をお客さんと言っていいものかどうか。


 ドライアド族のミゼラさん。あちこちにスリットの入った、布地が多いのに露出度が高い不思議なふわふわのローブから、緑色に発光する肌がちらちら覗く。長くてつややかな髪も緑色のとても綺麗な人。ちょっと物憂げな雰囲気の、中身はあまり物憂げじゃない人。


 私はこのミゼラさんを少々苦手としていた。



「あ~、ミゼラさん~。いらっしゃいませ~」


「こんにちは。今日は対人関係でお伺いしたくて来たのだけど」


 言いながらミゼラさんはいつものように物憂げなため息を吐いた。

 相談内容もいつも通りだ。



「は~い。対人関係のお悩みですね~。では、お名前でなくてもいいのでお相手の方を示すキーワードとかあだ名とかを教えてください~」


「では<ロキ>で」


「ロキさんですね~。対人関係ということですが、何かトラブルがあったとかですか~?」


「トラブルと言うか。ロキが私をどんな風に見ているかをお願いします」


「は~い。かしこまりました~」



 このやり取りもいつものことなのだけど、一応やる。


 そして依頼を受けたからには仕事はしっかりやる。多分この後私のテンションは段々下がっていくのだけど、とりあえず頑張る。気合充填のためにぽいっ。あ、またキノコだった。ぽりぽり。ぐびぐび。



 ロキさんがミゼラさんのことをどう思っているか見せてください。


 一枚目≪愚者フール 逆位置≫

 愚者がゼロならその逆位置はゼロ以下。消極的な気持ちや、まだ始まりに至らない物語。


 二枚目≪貨幣ペンタクルの2 正位置≫

 陽気に楽しむ青年が描かれたカード。遊びに夢中で他に目がいかないことを示す。


 三枚目≪ソードの2 正位置≫

 二本の剣を持つ目隠しをした女性が描かれたカード。盲目的、拒絶、眼中にない。



 この三枚が示すストーリーは。



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