第36話 吟遊詩人が見る夢 5

 思いつくままに物語を書いた。


 いくつか形になったものができる頃には数日が立っていた。


 最初に作った詩は「勇者メルロンと占い師」と言う題名だったのだが、試しにメルロンに聞かせて見た所、それを人前で歌ったら迷惑行為として通報すると本気で怒られたのでやめておくことにした。


 まあ、怒るだろうなと思って先に聞かせたのだが。思った以上にいい詩に仕上がったのでメルロンを茶化すのにしか使えなかったのは少々残念だ。


 次にカラムに、コヒナと会った時の話を歌ってもいいかと聞いてみた。はじめは胡散臭いものを見るような目でこっちを見てきたが、実際に作った詩を聞かせて見ると黙ってしまった。つい先日、カラムがギルドのメンバーから<白霊金剛の大戦斧>をプレゼントされた時の話が出てくるので思い出して多分また泣いていたのだろう。


 黙っている間に、これはとてもいい話だと思うしギルドの勧誘にも役立つ。コヒナの占い屋の宣伝にもなるのではないか等と吹き込んだ所、なんだかんだでOKが出た。吹き込んだでは言い方は悪いが、吹き込んだ内容は全部本当のことだ。問題はないだろう。


 この詩を歌うにあたってはもう一人の登場人物でもあり、恩人でもあるコヒナに了承を得るべきだろう。その前に占いの代金を用意しなくては。とりあえず手持ちの現金を押し付けてきたが、あれだけでは到底こちらの気が収まらない。


 しかし何を渡したものか。現金と言うのも味気ない。できれば何か高価なアイテムでも贈りたいものだが、冒険者が好むようなもので喜んでもらえるかどうか。占い師に何を贈れば喜ばれるのかなど想像がつかない。


 一緒にいた間だと<安らぎのピアス>を付けた時には随分と喜んでいた。しかしあれは相当気に入っていたようだし、他のピアスを送っても仕方がない。別のアクセサリーはどうだろうと思ったが、これも難しい。


 コヒナの小さい顔と体にはどう見ても大きすぎる<安らぎのピアス>をあれほど気に入っていたコヒナのセンスもちょっと特殊な気もするし、何より「アクセサリーをデザインで選ぶ」おまけにそれを「人にプレゼントする」等、リアルでもやったことがない。相手が選んでくれるなら楽なのだが。


 他に何かないだろうか。


 そういえばメルロンと話していた時、染料の話が出ていた。確か「何とかグリーン」。これはギンエイが覚えていないのではなくて、会話の中でコヒナが「何とかグリーン」と言ったのだ。


 <エタリリ>では少々の裁縫スキルがあれば素材から染料を作ることができる。コヒナは服と帽子を自分で作ったと言っていた。ならば染料の素材となる花束等は良いプレゼントになるのではないだろうか。


 しかし。



「何とかグリーンね……」



 10種類以上もあるグリーンの中からどうやって探したものか。花束くらい全色揃えて持って行ってもいいのだが、どうせなら欲しがっているものを一発で当てて見せたい。


 何か方法はないだろうか。高価だという話は出ていたが、それでもいくつも候補がある。


 ふと、最初にメルロンと会った時に聞いた話を思い出した。


 コヒナは<エタリリ>だけではなく他のゲームでも占い師として行動しているのだと。ならば、もしかすると。


「占い師 コヒナ」と入力し、検索。


 思った通りだ。


 他のゲームの世界のことを綴った個人のブログ。「占い師さんにお会いしました!せっかくなので見て貰いました!」


 そんな見出しと共にブログの主人公の隣で今と同じようににこにこと笑う「占い師」。


 大きな緑のマギハットとドレスを纏ったコヒナがいた。


 同様にいくつかのネットゲーム内でコヒナを見つけた。じゃらじゃらといくつもつけたアクセサリーはゲームごとに違う。だが皆同じように緑のマギハットとドレスを着ていた。


 その傾向から<エタリリ>内で似た色を探す。青みがかった明るい緑色。光が当たった部分が白い光沢を放つ。<珠緑色パールグリーン>か<霜緑色フロストグリーン>が近いか。


 このどちらだろう。この二つはよく似た色で、光の当たる部分のツヤの出方が違うくらい。それにゲームによってコヒナが着ている服にも若干色味に違いがあり、正直どちらとも取れる。手がかりの一つである「高価」という情報にも両方当てはまってしまう。


 迷いながら検索画像を眺めていたギンエイだったが、そのうち一枚の画像に目が留まった。


 <コヒナさん、占い師デビュー!>というタイトルがつけられた個人ブログの中で、数人のアバターと共にコヒナが写っていた。ゲームの名前は<ネオオデッセイ>。ギンエイも名前くらいは知っている、ネットゲームとしてはかなりのロングセラーとなるゲームだ。


 占い師デビューと言うなら、コヒナが占い師を始めたのはこの時である可能性が高い。さらに画像の中ではコヒナは耳に大きなリング状のピアスを付けていた。


 エルフとしても小柄である彼女にはどう見ても大きすぎる<安らぎのピアス>を付けて、コヒナはとても喜んでいた。


 その理由がこの時身に着けていたものと似ているからと言うことならば、彼女が求めているのはこの画像の中の帽子とドレスの緑色。少しだけ青みがかった、若葉のような明るい緑。その表面には霜を思わせる光沢。<ネオオデッセイ>の中で何という色なのかは知らないが、<エターナルリリック>での<霜緑色フロストグリーン>に間違いないだろう。



 すぐにフロストグリーンローズを手に入れ、花束にした。



 当たっていたらいいのだが。


 喜んでくれるといいのだが。




 ***



「コヒナ殿!やあやあ、お会いしたかったですぞ!ワタクシ、コヒナ殿のおかげで目覚めたのです!吟遊詩人、これこそがワタクシの生きる道!」



 吟遊詩人としてのキャラ付けの為の我ながら珍妙な口調。これはコヒナ占い師として使う間延びした口調を真似たものだ。



「ワタクシ、コヒナ殿を見習って、吟遊詩人としてやっていくことにしたのでございますよ」



 ひとつ詩を歌った後、コヒナの元に戻って告げた。最初の「公演」は是非コヒナの前でやりたかったのだ。おかげで楽しくて仕方ないのだと伝えたかった。コヒナが別の世界への旅に出る前に来られてよかった。


「凄いものですね……。ちょっと言葉が出てきません~。あんなに人が集まって、みんながギンエイさんの歌を聞いて。本物の吟遊詩人さんみたいでした~」



 コヒナは感心したように言う。



「ほほほ、これは嬉しいお言葉。ありがとうございまする」



 本物の吟遊詩人みたい等、素直に嬉しくなってしまう。全くこの人は人をその気にさせるのが上手い。



「でもカラムさんはこのことご存じなんですか~?」


「無論知っておりますな。しかしもう一人の許可はまだとっておりませんでしたな」


「名前も出てきていませんし~。チョイ役ですから、私の事はお気になさらず~」



 ギンエイとしてはコヒナの扱いは主役であるカラムと同格の配役—むしろコヒナメインのつもりだったのだが。



「おおう、チョイ役ではないと思いますがな。お気になさらぬのはありがたいが、それではワタクシの気も済みませぬ。先日の御礼も十分にできておりませんしな」



 果たして、気に入ってもらえるだろうか。


 期待と不安の中、ギンエイは花束を取り出した。



「うちの庭で今朝方花をつけましてな。これは贈り物には丁度いいと摘んでまいりました次第でして。フロストグリーンローズと言う花にございます」



 欲しがっていたのはこの色でしょう!とは言えない。コヒナと共に冒険したことのない<ギンエイ>はコヒナが染料を欲していることを知らない。まあ、この理屈では<ウタイ>も知らないが。コヒナから見れば染料の話を知っているのはメルロン一人のはずだ。



「これはもしかして…大変に高価なものなのでは~」



 高価なので受け取れない、等と言われては困ってしまう。



「何、頂いた物への御礼としては見劣りするくらいでして。お納めいただければ幸いでございます」



「でも私は~、高価なものをいただいても、使うことができないのです~」


「いやいや、コヒナ殿。「使う」ものではありませぬぞ。この花は染料の原料でございます」


「えっ、この花がですか? 帽子とかを、この花の色に染められると?」



 コヒナがそう言った時、ギンエイ―英司は思わずリアルでガッツポーズをとり、慌てて握った手を元に戻した。誰も見ていないというのに気恥しい。


 染料の作り方を教えると、コヒナはすぐに帽子をフロストグリーンに染めた。そらからそれを被り、嬉しそうにくるくると回りだした。



「ありがとうございます~。これは綺麗ですね~。ドレス染めるのも楽しみです。お裁縫も頑張らないとですね~」



 そういいながらコヒナはNPC商店街の通りでくるくると踊っていた。



 ***


 こうしてギンエイは吟遊詩人となった。


 最初はカラムをはじめトラブルが起きなさそうな知り合いから「物語を買う」と言うスタイルでやっていったのだが、それでも全く関係のない人物から「他人の話をしてお金を稼ぐなんて」といった中傷を受けたりもした。


 だが以前のように中傷に心が揺らぐことはない。


 確かに自分は人の話をして誰かの物語で日銭を稼いでいる。吟遊詩人とはそういう物だ。


 開き直っているのとはちょっと違う。全く痛痒を感じないのだ。不思議ではあるが理由としては思い当たることもある。



 それはギンエイ自身が、自分がやっていることを「凄いこと」だと思っているから。



「その物語は素晴らしい」と称えることの凄さを知っているから。



 主人公を見る度に感じてきた事。



 応援したくなる。助けたくなる。そんな気持ちと、微かな嫉妬。



 吟遊詩人はその全てだ。<ギンエイ>は初めから「吟遊詩人」になるためにこの世界に生まれたのではないかと思う程に。


 こんなにも自分が吟遊詩人になりたかったなんて、知らなかった。



 コヒナの言う「自分の内側の迷宮」に隠されていた宝物。




 それは―そういうことだったとさ。



 楽しいと思えばやる気も出るもので、続けているうちにファンが増えた。物語を買い取って歌っていたはずが、いつの間にか逆にお金をもらって物語を歌うという妙なことになっていた。


 さらには弟子入りを希望する者や賛同者が増えて行き、<エタリリ>と言う世界の中に劇場<ギンエイ座>が誕生した。座長はギンエイだがこの劇場には漫才やコントを行う者やなんとアイドルまでいる。そこで新たに生じるのはこれまた素晴らしい物語たち。そして座長である自分はその物語を歌うのだ。


 ある時、<ギンエイ座>の広報としているブログに一軒のコメントが付いた。



『なんか凄いことしてる人いるなって思ったら、先生じゃん!相変わらず面白いことしてるね!』



 ふふ、と笑いが声に出る。いつもとは違う口調でコメントを返す。



『凄いだろう? 子供が見られるようになったら連れてくるといい。お子様向けのコンテンツも始めたからね』



 あれから二年。カガチの娘だってもう二歳だ。この夢は、もしかしたら叶うのかもしれない。



 <吟遊詩人>である<ギンエイ>には夢がある。



 それは、カガチの娘に母の物語を伝えること。


 最強と言われた白騎士の物語を、吟遊詩人である自分がその娘の前で歌うこと。




 それはきっととても、とても凄いことだ。

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