第35話 吟遊詩人が見る夢 4

 ダージールの町に着くと、その報酬にとコヒナがカラムを占うことになった。

 最初は懐疑的というか、いっそ攻撃的ですらあったカラムだが占いが全部終わってみればなんと感動のあまり泣き出す始末だ。もともと涙もろいヤツではあるのだが。


 実際に泣いているところを見たことがあるわけではないが、感動することがあると黙りこくるので、そこにギンエイが「泣くなよ」と茶々を入れる。すぐに「泣いてなどいない!」と反論が返ってくるのだが、たまに返ってこない事がある。


 今日の様な時だ。もっとも今日はずいぶん長いが。武士の情けで茶々を入れるのは止めにしておく。


 メルロンの時にも当たっているような気がしたしカラムがこれだけ泣いているのだから、コヒナの占いと言うのはきっと当たるのだろう。


 自分のことを見て貰ったら、一体どんな結果が出るのだろうか。


 考えてみたがこれで「死神のカードが出ました」と言われたらショックだろう。今のところ引退する気はなくなってしまったが、ショック過ぎてまた引退したくなってしまうかもしれない。なるほどコヒナが怖がるわけだ。死神のカードと言うのは不吉なものかもしれない。


 見て貰いたいとは思うが<ギンエイ>が見て欲しいこと―今後ギンエイがエタリリ内で何をしていけばいいか―を<ウタイ>が聞くのも妙な気がしたし、カラムやメルロンのいる前で本気の相談をするのはどうにも恥ずかしい。近いうちに一人で来ようと決めた。


 幸いなことにコヒナはもう一月ほどこの世界に留まることにしたらしい。メルロンの問いにそう答えていた。来たばかりの町だし、新規のお客さんも多いはずだ。メルロンとしても事を急いだ甲斐があるというものだろう。



 ***



 こうして日を改めることにしたのだが、チャンスは中々巡ってこなかった。


 コヒナは夜にはかなりの割合でログインしている。だがコヒナが店を構えている場所はカラムがマスターを務めるギルド<マーソー団>のたまり場で、ギンエイのことを知っている者も多くあまり聞かれたくない。パーティーチャットでの内緒話での占いも受け付けているそうだが、それを頼むのはありていに言えば恥ずかしい。


 その日は運よくカラムがメンバーを引き連れて複数パーティーで挑むモンスターの攻略へと向かっていて留守だった。



「あの~、すいません。貴女が噂の占い師さんですか?」



 他に客がいなかったためコヒナは内職の裁縫に必死の様子だったが、声をかけるとびっくりしたようにぴょん、と椅子から飛び上がった。



「はい~、占い屋です~。何か見て行かれますか~?」



 実際に慌てたのか、仕草だけなのかは見ただけではわからないが、ギンエイの見立てでは一度本当に驚いた上でそれをわざわざ仕草で表現し直しているのではないかと思う。



「ゲームの中のことも占ってもらえるのですよね? 実は自分のプレイスタイルについてちょっと行き詰っていまして、この先どうしていったらいいかと」



 恥ずかしい相談内容だと思ってはいた。しかしいざ言葉にしてみればとんでもなく恥ずかしい内容だ。その上結構本気でここで何かの答えが貰えると期待してしまっている。



「ご自身の、プレイスタイルについてですね~?何か気になることがあればお先にお伺いします~。話しづらければ、先にカード開かせていただいて、結果に応じて改めてお伺いさせていただくこともできます。いかがいたしましょうか~?」



 自分から自分のことを話すというのはやはり抵抗がある。何も言わずにアドバイスがもらえるならばその方がいい。



「では先に占いをお願いします」


「はあい。では~。カードを三枚使いまして、見て行きますね~。少々お待ちくださいませ~」



 それまで会話に合わせてひょこひょこと動いていたコヒナがぴたと動きを止めた。ややうつむき加減となり顔からすう、と表情が消える。ただ占いをする為にアバターの操作を止め、キーボードから離れただけだ。だが占いの神託を受けるための集中トランス状態に入ったかのようにも見える。



 しばらくしてコヒナが俯いていたくいっと顔をあげると、にこっと笑った。結果が出たようだ。



「お待たせしました~。お伝えさせていただきます~」


「はい、お願いします」


「一枚目過去の位置に出ているのは、≪皇帝エンペラー≫というカードの逆位置です。失われた名声、自信を示すカードです。お心当たりはありますか~?」



 正直、ぎょっとした。



「過去……、過去ですか……」



 考える振りをしたが思い当たることが多すぎる。それを聞いたコヒナは上手く伝えられていないと思ったようで更に言葉を重ねてきた。



「過去というか~、この問題の原因になっている部分かもしれません~」



 おいおい。



「なるほど確かに。思い当たる部分もあります」



 何が「思い当たる部分も」だ。うすら寒くなってくる。



「二枚目に出ていますのは~、≪ワンドの10、逆位置≫です~。このカードには重い荷物を運んで疲れてしまった人物が描かれています~。何か疲れてしまうようなことがあったのかもしれませんね~」


「ああ~、そうですねえ」



 まるでこちらのことをはじめから知っているような内容だ。もしかしたら、カラムやメルロンが自分のことを伝えたのではないかとも思った。だがそれにした所でだ。


 自分には自信なんかなくて、疲れ果ててしまっていたなんて、カラムやカガチにだって気が付かれていないはずなのだ。



「三枚目のカードは、≪隠者ハーミット≫というカード。自分の中にある答えを見つけるカードです。隠者は外側ではなくて内側、自分の内面の迷宮を探索する冒険者です~。ご自身にとって、何が本当に大事なことなのかを、考えてみるといいかもしれません~」


「本当に大事なこと、か……」



 言ってからふと、最近同じような言葉を聞いたのを思い出す。カラムの占いの最後に出ていたカード。≪吊られた男ハングドマンの逆位置≫だったか。その時もコヒナは同じようなことを言った。少々ニュアンスは違うが確か「大事なことに気が付けば望みは叶う」と。その上でカラムに自分からそこに思い至るように仕向けたのだ。


 同じだ、と言うことになる。


 あの時ギンエイにはカラムが自分の「本当に大事なこと」を見失っているのが見えていた。それについて忠告もした。だが自分の言葉は届かず、カラムをかえって意固地にさせるだけだった。


「答えは自分の中にある」なんて、言ってしまえばよくあるアドバイスだ。アドバイスと呼んでいいかどうかも怪しい。だがカラムの中には確かに答えがあった。だとすればあるのだろうか。自分の中にも答えが。



「カードの暗示は以上になります。気になったカードや暗示があれば教えて下さい~。その他にも思い当たることや確認したいことがありましたらお伺いします~」



 コヒナがそういいながら首をかしげて見せた。


 泣き出したカラムを思い出す。自分の中に答えがあってそれにたどり着けるなら、聞いてみたいと思った。その思いが、自分のことを語る恥ずかしさを上回った。



「ちょっと長くなるのですが、お話しても?」



 こうしてギンエイは<詩集め>の仲間にもしたことのない自分語りを始めたのだった。



 ***



「コヒナさんは、ギンエイ、つまり私のことを何処かで聞いたことはありますか?」


「すいません~。存じておりません~」



 コヒナはそう言ってとても済まなそうな顔をした。そういうつもりではなかったのだが、これはこれで面白い反応だ。



「吟遊詩人の職でボス攻略の動画を上げたりしてるんですよ」


「吟遊詩人さんですか~。おお、お名前検索してみましたらいっぱい出てきました~。凄いですね~。エタリリ最強!って書いてあります~」


「あはは、お恥ずかしい」



 本当に恥ずかしい話だ。コヒナは好意的な記事を選んで上げてくれたようだが、検索結果には良くないことも色々書いてあるに違いない。



「動画もたくさん出てきますね~。ご自身でアップされてるんですか?」


「そうですね、以前は色々と上げていました」


「最近はあまり?」


「そうですね。いろいろと時間がなかったり。あとは…ちょっと疲れちゃったり」


「なるほど~。現在の位置≪棒の10、逆位置≫、重荷に疲れてしまう暗示。ここにつながっていくのですね~。ですと~、ギンエイさんが運んでいる重荷というのは、先に出ている≪皇帝≫のカード、<エタリリ最強の称号>ということでしょうか~?」


「ああ、あはは。本当にわかるんですね。まあ、そんな風に言ってくれた人もいたというだけで、自分で名乗ったことはないんです。元々、最強なんてガラじゃないんですよ。動画のアップを始めたのも、こんなやり方もあるよ、なんて紹介するのが楽しくてやってただけなんです。一人でやったわけじゃないし。でも、「最強」なんて言われてしまうとつい、そんな気になってしまったのも本当ですね」



「では何故嫌になってしまったのでしょう~?」



 首をかしげながらコヒナが言う。するりと心の中に入ってこられたよう。だが不快ではない。自分が自分の中から答えを探し出す方法の手ほどきを受けているような、そんな感覚。



「「最強」と呼ばれるのが嫌になったんじゃないですね。「最強」から転落した、みたいな見方をされたくなかったんです」 


「誰かに嫌なことを言われたということですか~?ネット上の中傷とか~」


「いえ。ああ、でもそうなのかなあ。中傷自体は元々あってそんなに気にしてたつもりもなかったんですが。ログインする時間が減った時期がありまして。その時にステータスの維持とか厳しくなって、なんだか面倒くさくなって」


「なるほど~。それですと最後の一枚の≪隠者≫は、≪皇帝≫であること以外に何か、本当にギンエイさんが求めていることがあるということになりますね~」


「ああ~。ん~。本当に大事なこと、求めていることか~。なんだろうなあ。どんなことか、とかわかりますか?」



 自分のやりたいことを聞かれているのに、どんなことかわかりますかとはひどい話だ。だがコヒナは特にそれを問題にすることもなく占いを続けた。



「では~、アドバイスとしてもう1枚、開いてみますね~。よろしいでしょうか~」


「はい、お願いします」



 コヒナはまた俯いてすう、と表情を無くした後今度はすぐに戻ってきた。



「出ているのは、≪聖杯の騎士カップのナイト≫ですね~。心を通わせる、人同士をつなぐ、といった意味のカードです~。皇帝が戦闘のことを指していたので、それ以外の方法がいいと思います~」


「戦闘以外で、人を繋ぐ……。何すればいいんだろ」



 中々に難しいことを言われた。モンスターとの闘いがゲームの本質である以上、戦闘をしないというのは考えにくい。しかしそれでも考えてしまう。そこに答えがあるのだと思ってしまう。カラムではないが所詮は「占い」だというのに随分と期待しているものだ。



「占い師、とか~」



 確かにコヒナのしていることはそれに近い。戦い以外のやり方で人同士をつなぐ。コヒナがカラムにやったように。面白そうなことを見るとつい応援したくなってしまう自分には合っているような気もする。



「あははは、いいですね、コヒナさんは弟子とってますか?」


「あうう、すいません~、何も出てこなくて~。お力になれず申し訳ありません~」



 割と本気で言ったのだがコヒナはしょげてしまった。



「いえいえ、そんなことは。本当にね、すっきりしました。勝手に独り相撲取っていただけみたいな気もしてきましたし」



 占い師は面白そうだが、この町に占い師が二人いてはコヒナの商売を邪魔することにもなりかねない。これで<エタリリ>にコヒナがやって来る頻度が減ることにでもなったら流石にメルロンにも申し訳ない。



「心を繋ぐ何か、考えてみます。他の何かできそうなことでも」



 占い師がいるのだ。ならば他のファンタジー系の職業をやってみるのも面白そうだ。戦士や騎士はどう考えても戦うことになるだろう。魔法使い、も難しいか。


 神官。いっそ自分で適当な神様をでっちあげて教祖にでもなるか。できそうな気もするがあまり面白そうではないな。本当に神託を受けるかお金が欲しいかのどちらかでなければやるべきではないだろう。


 あとは吟遊詩人か。折角ついて回ったことだし勇者メルロンの詩でも歌うか。メルロンは嫌がるだろうがこれは面白そうだな。



「それこそ、吟遊詩人とか……あれ?」



 あれ。


 面白いんじゃないか? 吟遊詩人。


 この世界はたくさんの「主人公」で溢れている。つい応援したくなってしまうような「主人公たちの物語」が溢れている。その中には「主人公」だけが独占してしまうのがもったいないような、面白い話が沢山あるんじゃないか?それをもし、自分が歌にして人に知らしめるなんてことができたら。


 凄いことになるんじゃないか?



「コヒナさんありがとう。すっごい面白いこと思いつきました!今手持ちこれしかないのですが、お礼は改めて。すいません、これにて失礼します。ほんとにありがとうございます!」



 思いつくと止まらなかった。


 とりあえず持っていた現金を全てコヒナに押し付け、挨拶もそこそこにゲームの中の自宅へと帰る。アバターである<ギンエイ>を机に向かわせて放置するとパソコンのメモソフトを立ち上げて思いついたことを書き殴っていく。


 居ても立ってもいられない気分。ちょうど<詩集め>の結成を思いついた時のような。


 <詩集め>の目標である「できないことをできることに引きずり落とす」。あれも相当に凄いことだった。そうすれば誰もが特別になれる。心に劣等感を抱えた、自分によく似た誰かだって主人公になれる。だから<詩集め>は凄かったのだ。


 そうだ。自分は主人公になりたかった。ずっとずっとそうだった。誰かに言って欲しかった。お前は凄いと。何より思いたかった。僕は凄いと。特別であると。


 誰もがきっと自分と同じように、「特別」でありたい。


 ならば一番凄いのは「誰かを特別にしてしまうこと」。死神を前にコヒナが自分たちに向って叫んだ言葉のように。


 この物語は素晴らしいと、主人公自身に示すこと。


 数多の勇者の冒険を取り上げて、それが特別なことだと世に知らしめる。これは凄いことに違いない。



 そんな凄いことが本当にできるだろうか。


 ああ、できる。勿論だとも。


 誰よりも主人公を称え、妬み、そうありたいと願った自分なら。


 カラムと初めて出会った時のこと。攻略動画にはない白蛇姫の勇姿。勇者メルロンの恋の行方や死神退治。自分の見て来ただけでも語りつくせない物語の数々。


 ああ、これだからネットゲームはやめられないんだ。


 こんな出会いがあるから。こんな物語があちこちに転がっているから。


 明日からは、今からは。


 自分がそれを世に知らしめるのだ。


 吟遊詩人である、この僕が。


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