第33話 吟遊詩人が見る夢 2

 カラムにくらいは声をかけて行くか。


 いや、カガチのように理由や目的があってならばともかく、新しい楽しみを見つけて頑張っているあいつにわざわざ伝えることでも無いだろう。


 もっともカラムはカラムでギルドのことで悩んでいることもあるようなのだが。


 ギンエイが街を眺めながら感傷に浸っていると、金髪碧眼のエルフ族の少年に声を掛けられた。



「あの、突然すいません。ギンエイさんですよね。<吟遊詩人の詩集め>の」



 知り合い以外のものに声を掛けられるのは久しぶりだ。以前は動画見てます、頑張ってください、等とよく言われたが最近ではそういったこともあまりなくなった。攻略動画も更新を止めて久しいし、ネットの世界では毎日色々な事が起こる。自分のことなど知っている人がいなくなるのも時間の問題だろう。



「ああ、はい。私ですよ」


「実はお願いがあって来たのですが」



 声をかけてきたエルフはメルロンという名だった。



「ああ、攻略のお手伝いですか?すいません。今はやってないんですよ」



 攻略動画配信が面白くなったのもあり、自分から助っ人を買って出るというようなことはずいぶん前に辞めてしまった。それでもたまにこうして依頼が来ることがある。


 基本的には受けない。稀に受けることもあるのだが、よっぽど相手を気に入るか自分が面白そうだと思った時だけだ。もし引き受けたのなら全力でやるし、どんなに無茶な依頼であってもしくじったことがないのはそれなりに自慢にしていた。だが今はもう到底そんな気分にはなれない。間もなく自分はこの世界から消えるのだ。



「アドバイスだけでも構いません。お礼に関しては、すぐには無理ですが、必ず用意します」



 何度も断ったがずいぶんと食い下がられ、ついに根負けしてとりあえず話だけは聞いてやることにした。話を聞いてアドバイスとやらをくれてやれば満足するだろう。だがメルロンの依頼はとても奇妙で、面白いものだった。



「レベル1で、嘆きの洞窟を抜ける方法に、心当たりはありませんか?」



 初めはネットゲーム内でちやほやされたい女性プレイヤーにまんまと引っかかった残念な男なのかと思ったが、少々違うようだ。そもそも楽にレベルを上げたいから手伝えというのならともかく、レベル1で洞窟を抜けるというのだから妙な話だ。


 なによりメルロン少年は必死だった。



「センチャからダージールまで連れてきたい人がいるんですが、その人は、占い師で……。占い師だから戦闘はできないんです。冒険者じゃなくて。ただ都会に出て占い師としてやっていきたいだけの普通の一般人なんです」



 レベル1のプレイヤーがセンチャの町で占い師をしている。だがそこでは客が少ない。彼女を人が多いダージールまで護衛したい。


 何より重要なことは、そのプレイヤーは一般人であり、勇者や冒険者ではない。


 メルロンの話は要約するとそういうことだった。


 一般人。この世界に一般人などいない。プレイヤーは誰もが勇者で主人公だ。だがもし本当にそんな人がいて、助けを求めているのだとしたら。



 ———自分はかつて憧れた「それ」になれるんじゃないか?



 ゾクリ、と背中に何かが走る。こういう感覚を「年甲斐もなく」等というのだろうか。



「その占い師さんは、なんというお名前ですか?」


「コヒナさんと言います」



 コヒナ。会ってみたい。



 会って話がしてみたい。コヒナは何故そんなことをしているんだろう。コヒナにはこの世界はどんな風に見えているのだろう。


 このメルロンという男は、自分がどれだけの幸運に恵まれたのか、理解しているのだろうか。



「何故そんなに急いでいるのです?」


「それは、その。誰かが先につれて来てしまうかもしれないですし」


「ああ、それは確かに。急がなくてはいけませんね。うふふふふふふふ」



 わかっているならいい。確かに急ぐべきだ。


 自分だってつい考えてしまう。出会ったのがメルロンではなく自分だったら、等という意味のない仮定。だがそんな考えを隠すのは慣れている。



「それと、急がなくてはいけない理由はもう一つありまして」


「ほう?それはなんです?」


「多分もう少ししたら、彼女は別のゲームに行ってしまうと思うんです」


「……は?」


「前に会った時に言っていたんです。色々なゲームを回りながら占い師をしていて、一つのところにいるのが大体一か月位だと」


「……それは、一体何故……」


「さあ、詳しくは。なんか回らないとお客さんがいなくなってしまうとか何とか言っていましたが。だからその前に、というのもあるんです」



 確かに同じ場所に来るのは同じ顔触れなのかもしれない。同じ相談をするということもないだろうし、客は減っていくのかもしれない。それにしてもずいぶんと徹底したロールプレイだ。



「ええと、貴方はそれでいいのですか?」


「? それでいいのか、とは?」


「いや、失礼。何でもありません」



 わからないのならいい。とてもいい。応援したくなる。助けたくなる。


 そんな気持ちと、微かな嫉妬。どちらが本当の自分の気持ちなのかはギンエイ自身にもわからない。だがどちらにしてもギンエイがすること、したいことは一緒だ。



「ええと…メルロンさんでしたね。私に声を掛けてくれたことを感謝します。久々に面白い」



 面白い、というとメルロン少年は少々鼻白んだ様子だった。悪い癖だとは思うがこんな時にはつい、更にからかいたくなってしまう。



「では、私のことは先生と呼んでください」


「は?」


「ギンエイ先生、でも構いません。私は貴方をメルロン君と呼ばせていただきます」


「はあ……」



 面白そうだとは言えそれなりに面倒な依頼だ。このくらいは報酬として楽しんでもいいだろう。それにメルロンを引き立てるなら「ギンエイ」ではまずい。こっちも準備が必要になる。


 ただ「コヒナさん」を連れてくるだけなら高レベルの冒険者を11人、2パーティー分も集めれば事足りる。だがそれではつまらない。


 せっかく自分は一般人だ等と面白いことを言う人がいて、新米勇者がその護衛につくなどと面白いことを言うのだ。更に面白くしなければ「助っ人」の名が廃る。


 そもそも自分はこの世界が好きで、同じようにこの世界が好きな人に増えて欲しくて助っ人業や攻略動画を始めたのだ。もちろん、それが楽しいから。今回も自分も思い切り楽しんでやろうと思っている。




 ああ、さっきまで本当に、もうやめるつもりだったんだけどな。




 メルロンには感謝しなくてはならない。それにまだ見ぬ「コヒナさん」にも。


 単純な自分の思考がどうにも照れ臭い。だが既にこれを「最後の仕事」と言うには惜しいと思う位には楽しくなってきてしまった。照れ隠しとして精々メルロン君をからかう事にしよう。



 ******



 いくつかメルロンに宿題を出した後、ギンエイ—— 英司自身も準備を始めた。新しいアバターを作ってレベル50程度には上げなくてはならない。ギンエイのレベルを一つ上げるには非常に多くの経験値を必要とするが、新しいアバターをレベル50まで上げるのはそこまで大変ではない。ギンエイが所持している低レベルの冒険者の成長をサポートするアイテムもある。メルロンが課題を終える頃には余裕で達成できるはずだ。


 コヒナと同じエルフ族。職業は少々迷ったが吟遊詩人。冒険譚を記すために勇者メルロンとヒロインのコヒナの旅について回る吟遊詩人だ。本物の吟遊詩人ならいつか「勇者メルロンの詩」を歌うのだろう。


 新しく作ったアバターの名前は<ウタイ>とつけた。



******


 メルロンは予想よりも早く課題を達成してきた。マッチャの町に集合したメンバーも中々に個性的だ。騎士ゴウ、槍戦士のジョダ、神官のルリマキ。


 中でもとりわけ面白いのがルリマキだ。


 無口で無表情というキャラ付けをしていてそれだけでも面白いのだが、ルリマキの装備は青く縁どられた白地のローブに、大きな青の十字が正面についたカトリックのミトラに似た白い帽子。これは明らかに<詩集め>の神官の<ジンジャー>を意識している。


 それでいて顔の造りは大分違い、ほとんどしゃべらず表情も動かないのだ。<詩集め>の中ではギンエイの次位に賑やかなジンジャーとは対照的で、知っている者が見れば「あまり似ていないジンジャーのコスプレ」に見えるだろう。ルリマキは恐らくそこまで狙ってやっている。


 当然「ギンエイ」のことも知っていて、しきりに仕草でファンであることをアピールしてくるがなにせキャラ付けが無口無表情だ。さぞもどかしい思いをしているのだろうと思うとこちらとしてもなんだか嬉しいようなくすぐったいような気持になる。


 時折ゴウがルリマキの無口をサポートしているのもなんとも微笑ましい。


 ジョダはジョダでかなりマニアックな<詩集め>のファンで、あの動画はここが凄かった、あそこに感動したと言葉を尽くしてくれた。こちらも嬉しいような気恥しいような気分だ。動画に寄せられた感想で評価されたり感謝されたりというのはあるが、面と向かってここまで褒められたのは初めてかもしれない。それにしてもよく見ている。ジョダの解説にルリマキがしきりに頷くのもまた照れ臭い。


 ほんの少し前、もう自分のことを覚えている人はいないのだろう等と一人で腐っていたというのに。本当に単純なものだ。


 パーティーの中ではゴウだけレベルが突出しており、結果全体として少々戦力が過多気味だ。<ウタイ>を作成した段階では戦力過多になるようなら適度に自分が足を引っ張ればいいと思っていたのだが、ジョダとルリマキの反応を見ているとそれもどうにも申し訳ない。むしろちょっとサービスしてかっこいいところを見せようかと言う気にもなってくる。


 今もつい「助っ人を用意した」等と余計なことを言ってしまった。これではウタイが自分だと宣言したようなものだ。予定では偶然の出会いを装い、コヒナと同じ初心者としてウタイをメンバーに組み込むはずだったのだが。


 クエスト達成には十分な布陣だと思われるが、念には念を入れてリハーサルを行うことになった。全員のプレイスキルも把握しておきたいし、せっかくのメルロンの晴れ舞台に万が一のことがあってはいけない。それにこのメンバーでのゲームは楽しそうだ。時間があったらギンエイ流の曲芸を披露したっていい。



 しかし、ここで思わぬ事態が起こった。



 基本的にプレイヤーが立ち寄ることのない町<マッチャ>に自分たちとは違うプレイヤーが飛んできて、メルロンを見て言ったのだ。



「あれ~?い……メルロンさんじゃないですか~。こんにちは~」


「えっ、コヒナさん!?」



 メルロンが返事を返すのを聞き、ギンエイは慌ててその場を離れた。それはまずい。コヒナにバレてしまうのは面白くない。




 他のメンバーには完全にバレてしまうがこの際仕方あるまい。



 ネットゲームで大人数で何かをしようとする時、一番問題になるのはメンバーが揃うかどうかだ。コヒナがマッチャにいるということはつれて来たメルロンのライバルがいる可能性が高い。だとすれば事は一刻を争う。もし今コヒナに時間があるならばこのまま洞窟の突破を決行しなくてはなるまい。



『私のことは絶対に話さないでくれ!それと、誰か実況を中継してくれ!』


『メルロンさんがコヒナさんと話してるっす。コヒナさん、透明薬飲んで一人でここまで来たって言ってるっす』



 ジョダから現状を伝えるメッセージが入る。



『何だって!? それはレベル1のまま、ということかい?』



 説明を聞きながら、パソコンをもう1台立ち上げる。


 英司はその気になれば二体のアバターを同時に動かすことができる。コントロールパッドを二個同時に使うのは難しいが、キーボードにボタンを振り分けてしまえば片手での操作が可能だ。<詩集め>のメンバーに二体のアバターを同時に操作してどつき漫才を披露して見せたことがある。カガチとジンジャーの両方から「流石に引く」と言われたのでこれが一般的な事でないのは理解している。勿論一体のアバターを扱う時よりはかなり精度が落ちるが、それでも並のプレイヤーに後れを取ることはない。


 しかしそんな英司でも一人で、しかもレベル1でセンチャ~マッチャ間を超えるというのは理解できない。そもそもその発想がない。



『そっすね。確かにレベル1っすね』


『ちょ、ちょっとまって』



 予想以上に奇特な人物のようだ。早く、早く会ってみたい。


 立ち上がったパソコンからウタイでログイン。


 ジョダに説明の催促をしながら装備品や所持品を確認していく。<嘆きの洞窟>に出てくるモンスターは雑魚の方が厄介だ。素早い上に大量に出現するので英司でも完全に被弾を防ぐのは難しい。もちろん強力な装備を整えてしまうのは美しくない。


 目指すのは「初心者が精一杯頑張って揃えた装備」だ。見た目はそれなりに整えなくてはならない。ただしあくまでそれなりだ。見た目と性能を天秤にかけてしぶしぶ性能を選ぶ。初心者の装備はそんなあり方が最も美しい。もっと時間をかけて選びたかったのだが仕方がない。とりあえず納得のいくもので揃えた。


 メルロンがコヒナを誘っているという情報が入ってきたあたりでやっと買い物が終わった。買ったものを装備するのももどかしく、エルフ族の吟遊詩人<ウタイ>はマッチャへと飛んだ。


 初めて見たコヒナは本当にレベル1で、装備品も初期装備のシャツとズボンのままだった。違うのは小さなアバターに不釣り合いな大きさのマギハットくらいか。それも色などは着けていない布の素材そのままの色。これはこれで、なんて美しいあり方だろうか。



 よくもまあここまでたどり着いたものだ。



 ウタイの感覚ではそれは「不可能」だ。自身で同じことを行うことをシミュレートしてみても、いくつも通過できない場所がある。それはウタイが想定しているのが「確実にたどり着く方法」だからだ。


 何度もトライして偶然に期待する。この感覚はウタイにはない。攻略動画撮影の際には何度も失敗し再チャレンジするがそれは理論上「可能」だからであり、できるかどうか計算できないことを繰り返すのとは同じようでいて実は真逆のことだ。



 戦わない、レベルを上げない。



 何が彼女をここまでさせるのかわからない。頑固、意固地、あるいはそれ以外の他の者にはわからない矜持。


 だがわからなくてもいい。知りたいとは思うが知らなくてもやることは一緒だ。リアルでは頑固は敬遠されがちだが、この世界で自分の矜持を曲げないというのは嫌いじゃない。


 その上コヒナはメルロンの誘いを足手まといになるから、迷惑をかけるからと辞退しようとしていた。その感覚もいい。


 リアルではどうだか知らない。身勝手な矜持がそれだけで他人の迷惑になることもあるのかもしれない。だがゲームの中でならいい。とてもいい。応援したくなる。助けたくなる。それは自分の性分だ。


 再びギンエイを操作し、パーティー用のチャットでアドバイスを送った。



『メルロン君、コヒナさんにボスのことを伝えるといい。アレはどうやったってコヒナさん自身で倒すのは無理だからね』


 言った後で少しだけ不安になる。無理だ。無理だと思う。だがレベル1でセンチャからマッチャまで行けるかと聞かれたら、数分前の自分は「無理だ」と答えたはずなのだ。こんなことに不安を覚えるなんて言う感覚もまた、面白い。



「むうう、それは確かに私では超えられないですね~」



 メルロンの説得にコヒナはやっと折れた。



「では皆様、ご迷惑をかけますが、よろしくお願いします~」



 そういってぺこり、と頭を下げた。



 ああ、どうか迷惑なんて言わないで欲しい。今僕は、とても楽しいんだ。



「本当に助かります。どうぞよろしくお願いいたします、勇者様方。なんだか強引に混じってしまって、申し訳ありませんわ。うふふふふ」



 コヒナに合わせてウタイでそう言ってみると、メルロンが大げさにため息をついて見せた。その反応もまた楽しい。


 旅が始まる直前、<ギンエイ>の個人チャットからある頼りになる友人宛にメッセージを送る。



『今日はこの後しばらくログインしているかい?』



 すぐに返信があった。



『しているが、何の用だ。俺は忙しいぞ』


『ああ、しているなら安心だ。もしかしたら後で連絡するかもしれない』


『おい、何の話だ』


『なに、心配しなくても大丈夫だ。今は説明している暇がないのだが、お前も興味を持つ話だと思う』


『だから、何の話だと言っている。お前はいつも』


『ああ、すまない。そんなわけでもしもの時は頼む』



 その後も抗議のメッセージが届いていたが、いつものことなので問題はない。


 この先はウタイの操作に集中するが、ギンエイも同時にログインしたままにしておく。この<ギンエイ>は保険だ。


 万が一の時にはすぐに「ギンエイ」が駆け付けることができるように。


 またもし仮にウタイの操作で手いっぱいになってしまうような時には、ギンエイを通じて今この世界に残る最強の、「助っ人の助っ人」を呼び出すことができるように。


 本当はヤツには前もって事情を説明しておくつもりだった。最近は「ギルドのこと」で忙しいヤツも、きっとこの話には興味を持つはずだ。だが今はその時間がない。


 恐らくは手を借りるような事態にはならないはずだし、あくまで万が一のための保険なのだ。それになったらなったでヤツはブツブツいいながらも手を貸してくれるだろう。事情はその後で説明すればいい。


 攻略動画の撮影なら何度失敗したって構わない。しかしこれは助っ人としての仕事だ。しくじるわけにはいかない。


 だから保険をかける。何が起きても絶対にこの依頼を成功させる為の保険だ。



<ギンエイ>が助っ人を引き受けるのは、よほど相手を気に入るか、自分が面白そうだと思った時だけ。




 そして一旦引き受けたのなら。




 例えどんなことが起きたとしても、<ギンエイ>は決して依頼をしくじらないのだ。


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