第28話 白霊金剛の大戦斧
「すごい……!」
正門を入ってすぐの大広場。私は思わず声を上げた。
流石は国内屈指の大人気ゲーム<エターナルリリック>。その中央都市ダージールは、私が今まで回ってきたどの世界のどの町よりも人と活気にあふれていた。
冒険に出かけるためのパーティーやギルドメンバーを募集する声、装備品を売る行商人の声。バフのかかるパンを試食付きで進めるパン屋さん。その隣にはサイコロ勝負のギャンブルに興じる人たち。
中央都市だけあって種族も様々だ。私と同じエルフ族、人間族、ドワーフ族。それにまだ私が名前さえ知らないエターナルリリックオリジナルの種族。
みんな、ゲームの中での自分のお仕事、自分の遊びを思い切り楽しんでいる。たくさんの人。たくさんの声。誰が何を言っているのかログからはわからない位だ。
ここなら。ここでなら、きっと。
「皆さん、本当に、本当にありがとうございます!」
私はここまで連れてきてくれた勇者様達に深々と頭を下げた。
「いやあ、こちらも十分楽しんだとも。ありがとう」
ウタイさんがそう言ってくれた。
「そっすねえ。なんつうか、充実感あったっすねえ。ゲームしたなあーっていう」
「それなー。確かにな-。楽しかったよな。ここまでで終わりというのも、なんか寂しい気もするなあ」
ジョダさんの言葉にゴウさんもそう相槌を打ってくれ、ルリマキちゃんもうんうんと頷いてくれた。
「まあ、それはな。でもまあ、ここが終着点、だな」
イケメルロン君が言う。
そうなのだ。勇者さんたちの旅はこの先も続いていくけれど、私の旅はここが終着点。もちろんダージルの占い師としてはここが出発点でもあるけれど、同じ道を歩くことはできない。誠に勝手ながら、少し寂しい。
「でもコヒナさん、もしこの先、行きたいところができたら、何時でも言って下さいね」
勝手に寂しさを覚える私にイケメルロン君がイケメルロン君らしい言葉を掛けてくれた。
「はい。その時には是非よろしくお願いします」
この世界で、私がこの町を出てどこかを目指す。多分そんなことはないだろう。でももしそんな時が来たなら。こちらから護衛をお願いしてみるのもいいことなのかもしれない。その時にはここでなら、報酬としてお支払いするお金だって貯められるだろう。
私は守って貰っていただけだけど、お世話になっていただけだけれど、それをみんな楽しかったと言ってくれた。それはとてもありがたい、有難いことだ。
何より、私にとっても楽しい旅だった。以前普通にネットゲームを楽しんでいた時のように、楽しい冒険の旅だった。
「で、終着点はいいが。コヒナさんはここでこれからどうするんだ?」
カラムさんそう聞いてきた。
「はい~。ここで占い屋さんをします~」
「占い屋? そう言えばウタイがそんなことを言っていたか。本当に占い屋を出すのか?その、何というか、占い屋なんかどうやってだすんだ? 大変じゃないのか? その、変なのに絡まれたりはしないのか?」
カラムさんはとても心配してくれる。会った時や怒っている時は怖い人だと思ったけれど、やっぱりウタイさんのお友達だけあって
優しい人だ。実際占い屋さんなどをしているとおかしな人に絡まれることはある。明らかにセクハラだろうというお話を延々と聞かされることもあるし、私こそが神のうんたらかんたらなので私が貴方を見てあげましょうと言われたりもする。いや前者はともかく後者はないだろう、と思うかもしれない。意外と多いんだな、これが。
とはいえ私としてもネットゲームの世界で占い屋さんを出すという行為自体は慣れたものである。得意ではないが、そういう人をあしらうのもある程度はできなくてはならない。
「大変ではないですよ~。他の世界でも占い屋さん出していましたし、エタリリでもセンチャの町で暫くやっていましたので~」
私がそう言うと、カラムさんは、そうか、と一応引き下がった。どうにも納得はしていないようだ。
「しかし、大変ではないと言ってもだ。この辺りは占い屋を出すには流石に少々賑やかすぎるな」
ウタイさんが言う。たしかにここは賑やかだ。チャットのログも凄い速さで動いてしまうのでお話をゆっくり聞く必要がある占い屋さんを出すには向いていないかもしれない。
「そうですね~。少し広場を離れた辺りにお店を出そうと思います~」
「コヒナさんとしては例えばどんな場所がいいんだ?」
カラムさんの言葉にしばし考えてみる。占い屋さんを出すのに良い条件はなんだろう。
「そうですね~。できればこの広場からはあまり離れたくないですね~。人通りがないとお客さん来ないですし~。でもオープンチャットが盛んすぎて会話ログが流れてしまうのは困りますし、こっちのお話も行商人さんたちの迷惑になるかもしれないですから~」
「ふむ、なるほどな」
納得するとカラムさんは「こっちだ」と言って歩き出した。
皆それについていく。
広場からちょっと離れたところに、NPCのお店が立ち並んでいる。
「この辺りはどうだ?一見人通りは少ないが、NPCの施設があるからな。けっこう流れてくるし、普段はプレイヤー同士の会話も少ないからな。やりやすいんじゃないかと思うが」
確かに、ここからなら丁度広場を見渡せるし、通行の邪魔にもならない。
「ちょっと待て。ここはお前んとこの、ギルド≪マーソー団≫のたまり場じゃないか」
「そうだが」
「そうだが、じゃないんだよ。何でむさい男どもののたまり場にコヒナさん連れてこようとするんだ」
「何を言っている。うちのギルドでむさいのは俺だけだぞ ?」
「マーソー団って言う名前がまずむさいんだよ。ってか自分がむさい自覚あるのかよ」
「むさいと何か問題があるのか? 立地的にも条件を満たしていると思うんだが。」
「問題がなければいいというもんじゃないだろう!何でお前は、ああくそう、何でダメなのかイマイチ自分でもわからん。しかし何か納得がいかん」
ウタイさんは納得がいっていない様子だったが、私としてはカラムさんが言う通りなかなか良い場所だと思う。NPCのお裁縫屋さんの近くにお店を出すのに丁度良い広さのスペースを見つけた。しかも隣に機織機や糸車が設置されている。ここなら暇な時のお裁縫にも便利だ。綿花や羊毛を仕入れてきて糸や布を作れば経費削減にもなる。
「ここがいいです~」
「えっ、ほんとうかい。コヒナさん。いいんだぞ、カラムに気を遣わなくても」
「いえ~。人通りも多いですし、お客さんいないときにはお裁縫してるので、お店近いのも便利ですし~」
「なるほど。そう言えば服は自作だと言っていたね」
「そうです~。占いより収入高いんですよ~」
我ながら悲しい情報をお知らせしてしまった。
「いや、ウタイ先生、駄目っすよ。その話俺ら知らないんすよ」
「ふむ? あれ、そうだったかい?」
ジョダさんがウタイさんに良くわからないツッコミを入れる。横でイケメルロン君が、はあ、とため息をついた。
「まあ、なんだ。ここならな。俺も暇な時には用心棒もしてやれるしな」
カラムさんがそう言ってくれた。
「ありがとうございます~。それは心強いです~」
強面のカラムさんが隣にいてくれれば、おかしなお客さんはぐっと減るだろう。自分で何とかできなくはないが、減ったほうがいい。絶対にいい。
「では試しに~」
荷物の中からいつもの机を出しておき、そこに二脚の椅子を向かい合うように設置する。椅子も机も木の板を打ち付けて作った日曜大工的な簡素なものだ。NPCの家具屋さんで一番安く売っているものだ。辻占いのお店に設置するのは、こういうのがいい。
その隣に、これも簡素な看板を設置する。
「よろず、占い承ります」
椅子の片方に座ってみた。
「ほう、これはなかなか様になっているじゃないか」
ウタイさんがそう言ってくれた。そうでしょうそうでしょう。占い師っぽくなるでしょう。
「コヒナさん、その、さっきは本当にすまなかったな。改めて謝罪させてくれ。それと、他に俺にできることはないか?なんでも言ってくれ」
「そうだぞ、全く失礼な奴だ。私が止めなかったら大変なことになっていたのだからな」
「何だと。ウタイ、元はと言えばお前が、いや、その通りだな。感謝する」
「何だ、気持ちの悪い」
カラムさんとウタイさんが言い合いを始めた。この二人は本当に仲がいい。
「謝罪なんて、とんでもないです。それに、色々とお世話になってしまって。お礼、と言うのも何なのですが、宜しければ何か見させていただきます~」
「ああっ、そうだった。何を見てもらうか考えていなかったぞ!しくじったな。ううん、ううん。今度でもいいかい?」
「俺も、なんか困った時に取っておきたいな。いい?」
「はい」
ウタイさんとゴウさん、それにルリマキちゃんが保留と言うことになった。
「はい~。もちろんです。承りました~。いつでもお申し付けくださいね~」
イケメルロン君はさっき見てもらったからと辞退した。ワンカードだったしこちらとしては全然かまわないのだが、占いを押し売りしてもろくなことにならない。
ジョダさんは
「いや、その、興味はあるんすが、なんか怖いっつうか。遠慮するっす。見てるっす」
とのことだった。そういう人はいる。もっと、「占い」と言う名前だけで気持ち悪いものを見るような目で見る人もいるので、ジョダさんが占いを嫌いではないというのは嬉しいことだ。
「カラム、君はどうだい。ずっと悩んでいるのだろう。見て貰ったらいいじゃないか」
ウタイさんがそういう。
「そうなのですか~?もしかしたらお力になれるかもしれません~。宜しければお伺いしますよ~?」
「……俺は」
カラムさんはしばし言い淀んだ後に話してくれた。
「俺は、ギルドを大きくしたい。そうしないと、駄目なんだ。ギルドマスターとしての責任がある。もしその方法が占いで分かるというなら……」
カラムさんは一度そこで言葉を切った。
「すまない。馬鹿にしたつもりではないんだ。ただ、出来ることはやったんだ。思いつくことは全部やってみた。なんとかしなければならないんだが、どうにもならないんだ。もし占いでいい方法が出てくるって言うなら、教えて欲しい」
ネットゲームの世界において、ギルドは家族みたいなものと感じる人は多い。かけがえのない大切なものだ。時にちょっと鬱陶しく感じたりすることも含めて。
ギルドマスターすなわち家族の大黒柱であるカラムさんにとって、ギルドの行く末はとても重要なことなのだろう。旅の途中ウタイさんがよく「前の君なら」と言っていた。ギルドについての悩みが優しいカラムさんを縛っているのだとしたら、何とかしてあげたいと思う。
「はあい。ギルドを大きくするためのアドバイスですね~。宜しければおかけください~」
向かいの椅子をすすめる。記念すべきダージールでのお客様第一号だ。
身体の大きなカラムさんが座ると、粗末な椅子はどうにも頼りない。これはちょっと考えなくてはいけないかもしれないな。
「では、カードを混ぜますので、少々お待ちくださいね~」
タロットカードのデッキを取り、混ぜ合わせる。パン生地を捏ねるように、上下もまんべんなく混ぜ合わせる。急がず焦らず、ここでいいと感じるまで。
カラムさんの望みをかなえるには、どうすればいいでしょうか。
混ぜたらカードを揃え、左から一枚ずつカードを並べ、開いていく。
一枚目 ≪聖杯カップの6:正位置≫
二人の子供が描かれたカード。大きい方の子供が小さい方の子供に、カップに入った花を贈る様子が描かれている。カップのスートは心を示す。正位置では、以前の優しく幸せな思い出を指すカードとなる。
二枚目 ≪聖杯カップの9:正位置≫
背に9個の聖杯を並べ、その前に腕組みをして座る人物。表情には満足げな笑みが浮かんでいる。夢が叶うこと、望みの物を手に入れることを暗示するカードだ。
三枚目 ≪吊られた男ハングドマン:逆位置≫
≪吊られた男≫は吊られた男だ。吊られているので身動きができない。動かないこと、動けないことを示すカードは他にもいろいろあるが、≪吊られた男≫は動けないことに関しては最も強い意味を持つだろう。ただどうして吊られているかは解釈が分かれる。罪を犯し、これから何らかの刑に処される者ととるか、自らを追い込む修行者であると取るか。
逆位置では、拘束からの解放や、気付き、覚醒などを意味する。
全体を見ると「心」を示すカップが場に二枚出ている。これは心について考えなければいけないことを表す。「吊られた男」についても「心」を基盤に考えるべきだろう。
この三枚のカードが意味する、ギルドを大きくする方法とは。
方法とは…………?
どうにもおかしな配置だ。
一枚目はいい。過去の幸せな思い出がこの悩みの根源にあるのはわからなくもない。例えば依然大きなギルドであって、そこが幸せな場所であって、今がそうでなくなっているのなら、思い出の場所を取り戻すために何とかしなくてはいけないというのはわかる。
だが二枚目はおかしい。運勢を見るというのならともかく、現状の自分を表す位置に満足を示す聖杯の9が来るのはおかしい。「現在の位置」に少し先の未来が出てくることはある。だからこれを「満足が直ぐにやってくる」と強引に解釈できなくもないのだが、ウタイさんが心配するほどにカラムさんが悩んでいることへの解釈にはどうにもしっくりこない。
三枚目は束縛からの解放。ますますおかしい。二枚目も三枚目も、いや、戻って一枚目から改めて配置を見る。
過去の幸せ、現在持っているもの、未来の解放。
これでは、全く問題がないことになってしまう。
タロット占いをしていると、時々こんな解釈に困る配置が出ることがある。
占いなのだから外れることもある。当たるもアルカナ、当たらぬもアルカナだ。だけど私が思うにタロットカードそのものは「外れない」。当たらないのは、占い師が、即ち私がカードを読み違えるからだ。
読み違えは色々な理由で起きる。もちろんそのほとんどは私の力不足によるものだ。
だけども、別な理由がある時もある。
その一つが、「質問が間違っている時」だ。
この配置から見ると、カラムさんの本当の望みは恐らく、「ギルドを大きくすること」ではない。
「すいません、遅くなりました~」
いつもより長く時間がかかってしまった。
「いや。やっぱり無理だったかな。すまない」
カラムさんは占いに時間がかかったのを、無理なことを聞いたせいだと思ったようだ。
「いえ~、とんでもないです~。ええと、カラムさん。ひとつ確認してもいいですか~?」
「なんだ」
「カラムさんは、何故ギルドを大きくしたいんですか~?」
「何故って、そうしないとギルドを守れないだろう」
困惑したようにカラムさんが言う。つまり、そう言うことだ。これが、カラムさんの本当の望みだ。
「なるほど~。では、結果をお伝えしますね~」
「一枚目、過去の位置に出ているのは≪聖杯カップの6:正位置≫。
幸せな思い出を指すカードです~。カラムさんがギルドを大事にしていることが分かります~」
「当然だろう」
「そうですね~。でも、ここがきっと重要なのです~。
二枚目、現在の位置に出ているカードは≪聖杯カップの9:正位置≫。
このカードがここに出ているのは、望みの物が手に入れること、あるいは望みのものを既に持っていることを暗示するカードです~」
「何? それは、どういう意味だ。そのまま、黙っていればメンバーが集まるという意味か?」
「少し違います~。でも、お望みは叶うという解釈で合っていると思います~。でも、このカードが出ているのは現在の位置です~。未来じゃありません~」
「……そうか、占いだからな。やっぱり不思議なことを言って有耶無耶にする、そういう物だよな。いや、すまんちょっと期待しすぎたのかもしれん」
少しカラムさんを失望させてしまったようだ。
「カラム、少し落ち着け。最後まで聞いてからにしようじゃないか。」
ウタイさんがそうカラムさんを窘めた。そしてこっちを見て軽く頷く。続けてくれ、と言っている。ウタイさんは私の言っていることの意味に気が付いたみたいだ
「…………。そうだな。すまない。続けてくれ」
こちらとしても気になるような言い方は申し訳ないと思うが、これは重要なことだ。最後のカードは≪吊られた男:逆位置≫。「気付くこと」を示すカードだ。自分で気付いて貰わないと行けない。
多分、ウタイさんは初めから分かっていたのだろう。カラムさんの望みは、ギルドを大きくしても叶わない。それどころか他の何をしたところで叶わない。
「三枚目、ここには占いの結果や、アドバイスが来ます~。出ているカードは ≪吊られた男ハングドマン:逆位置≫。
このカードには人は縛られて逆さまに吊るされている人物が描かれていますが、これは実は自分から縛られて吊られています。そうすることで自分を追い込んで、天啓を得ようとしています~。逆位置では縄が解けます。つまり、この人が天啓を得たことを示します~。これをアドバイスとしてみますと、天啓を受ければ、大事なことに気が付けば、望みは叶う、となるかと思います~」
「その、なんだ。つまりどういうことだ。俺は何をすればいい?」
「はい~。まず、大事なものを思い浮かべてください~」
「お、おう」
少し、時間を置く。カラムさんが、ちゃんと気が付けるように。
「ちゃんと、全部思い浮かべましたか~?」
「お……おう」
「では~。思い浮かべた中に、ギルドを大きくすること、は入っていますか~?」
「っ !?」
「思い浮かべた中に、今持っていないものはありますか~?」
「…………。ない。ないよ。本当だ。全部持っている」
「そういうことだとおもいます~。現在の位置にでているカードは ≪聖杯カップの9:正位置≫。夢がかなうこと、望みの物を手に入れることを暗示しています。このカードには9個の聖杯、即ち自分の大事なものの前に座って、満足げに笑う人物が描かれています。これがきっと、本来のカラムさんです~。ですので、ギルドを大きくする必要はないかと~」
「……ちょっと、ちょっとだけごめん。少し」
カラムさんはそう言って動かなくなった。多分気が付いてくれたんだろう。もしかしたら持っている大事なものを、自分の後ろにある9個の聖杯を数え直しているのかもしれない。
動かなくなったカラムさんを見ながらウタイさんが言う。
「凄いな。コヒナさんが占いをするのはこれで初めて見るわけだが。うん。初めて見るわけだが」
ウタイさんはなぜか初めてを強調して言った。
「いや、同じようなことは私もカラムに言ったんだぜ。ギルド大きくしてどうするんだってな。むう、しかし。これは凄いな。そうか。これが占いか。私も見て欲しくなってしまったな」
「もちろん喜んで~。何を見ましょうか~」
「うん。いやしかし、このキャラではな。ううん、気にはなるが、やめておこう」
「そうなのですか~? ではまたの機会ということで~」
「いや、今回のお礼は別の形でいただくことにする!」
他の人と同じく日を改めてということかと思ったが、そうではないらしい。
「何でしょう~。私にできることでしたら何でも~」
何でもと言いつつも、私にできることと言えば占いと帽子を作ることくらいか。流石に私の作った帽子を欲しがると人はいないと思うけど。
「なあに、簡単なことだよ。ほら、ここさ!」
ウタイさんは少し屈んで目を閉じると、自分の頬っぺたをくいくいと指さした。
おっと。これは、どうしたものか。
ウタイさん流の冗談だというのはわかる。わかるが、反応に困る。
「ええっと~」
困っていると、ルリマキちゃんがとことこと近づいてきて
「はい」
と言って何か渡してきた。思わず受け取ってしまったそれは。
ええ……。
い、いいのかなあ。こんなにお世話になったというのに、こんなものを使ってしまって。それに、ルリマキちゃんはこれを一体何本持ち歩いてるんだろう。
尚も迷っていると、ルリマキさんが私に向けて、ぐいっ、っと親指を上げて見せた。
他のメンバーを見ると、みんな同じようにぐい、っと親指を上げて見せる。
その光景は、目を閉じて「まだかな~、まだかな~」などと言っているウタイさん―そのプレイヤーさんにも見えているわけで。これもきっと、ロールプレイということなのだろう。
じゃあ、その、行きますよ?
あんまり待たせても申し訳ないですし、行っちゃいますよ……?
少し屈んで、私の小さなアバターと同じくらいの背丈になってる、凄くお世話になったウタイさんめがけて、私はルリマキちゃんから受け取ったハリセンを勢いよく振り下ろす。
すぱーん、と大きな音が、NPCの商店街に響いた。
「アリガトウゴザイマ~ッス!」
ウタイさんがそう言いながらくるくると回って倒れた。
「何がどうなったんだ、これは」
戻って状況をみて困惑しているカラムさんに、ルリマキちゃんがくいっ、っと親指を上げて見せた。
さて、この時私を助けてくれたカラムさんだが。
二鎌ガイコツを葬った彼の持つ大きな真っ黒い斧は、この少し後になって別の斧に代わる。
さらに大きく、重く、この世に振れるものは無いと言われる大斧で、それを手に入れたカラムさんは、今よりさらに強くなる。
その斧の名は、白……
……?
白なんとかの斧と言う、この世界でも屈指のレアアイテムだそうだ。
カラムさんがその斧を手に入れた経緯には、素敵な物語があるのだと言う。
でもそれは、私の知らないお話。
とある吟遊詩人さんの詩でしか、私が知らないお話だ。
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