第27話 冒険者
「やあ流石だな、予測通りだ。待っていたよ、カラム!」
ウタイさんが事前に打っていた手。それは助っ人だった。単純な話だ。足りないのは火力。それにウタイさんが気づかない筈はなく、戦闘が始まった時点で既にこのカラムさんと言う方へ依頼が飛んでいたのだろう。
カラムさんは大きな体に凄い筋肉でスキンへッド。正直見た目は少々怖い。アバターからはなかの人の性格なんてわからないものだけれど。
カラムさんはその体と同じように、持っている斧も凄い大きさだった。システム上、アバターのグラフィックとステータスには相関がない。細腕の女の子の見た目で高い筋力値を持つことだってできる。でもあれだけの斧を装備するには、ステータス上も見た目同様筋力に特化していなければ無理だろう。そもそもステータスの振り分けを考えると、大斧を使う人間族と言うのは珍しいんじゃないだろうか。何やらこだわりを感じる。
アバターのメイクにこだわりのある人には面白い人が多い。見た目は怖いカラムさんもきっとそういうタイプなのだろう。ウタイさんの友達だし。
「……お前か。ずいぶんと暇なことをやっているな」
凄い一撃を放って二鎌ガイコツをよろめかせたカラムさんはウタイさんを見てそう言った。ふむ。前言を撤回しよう。中身も怖い人だ。
「暇?とんでもない。今最もアツいところさ」
「……俺は忙しい。これは貸しだからな」
「もちろんだとも。しっかり利子をつけて返すさ」
「フン」
カラムさんの一撃によろめいていた二鎌ガイコツが体勢を立て直し、再びこちらを向く。
カラムさんが、がちゃんと大斧をかまえた。
「まあいい。とりあえずはこいつを片付ければいいんだな」
「うん、頼むよ。さあ、みんな張り切っていこう。戦闘方針はさっきまでと一緒だ。カラムの回復は私が行うので気にしなくていい」
カラムさんの放つ圧にちょっと気圧されていた他のメンバーも再び配置につき、二鎌ガイコツとの第二戦が始まった。
さっきまでの危うい綱渡りの様な守りの戦いから一転、カラムさんの圧倒的な攻撃力が鎌ガイコツのHPをみるみるうちに削っていく。
カラムさんとウタイさんはきっと長い間一緒にゲームをしてきたんだろう。レベルが全然違うのと、ウタイさんのゲームの熟練度を考えると、恐らくはウタイさんの別キャラとのカラムさんが一緒、と言うのが正しいだろう。それは戦い方を見ていれば明らかだ。お互いにお互いの動き方を理解している。
加えて二鎌ガイコツは大きな一撃を受けるとよろけてしばらく動くことができなくなる。
「よし、ここだ!全軍一斉攻撃!」
このよろけこそ本来このモンスター退治するための足掛かりであり、よろけの最中に体勢を立て直すというのが本来の戦い方なのだろう。いままではこの「よろけ」を発生させることもできなかった。この仕様抜きに戦線を維持したウタイさんの技量はやはりとんでもない。
今までのうっ憤を晴らすような勇者たちの一斉攻撃を受けて、二鎌ガイコツはぼーんきらきらと派手なエフェクトを上げて消え去った。
「皆様、ありがとうございます~!」
「ふふん。コヒナさん、見たかね。これが勇者と言うものだよ!」
私がお礼を言うと、ウタイさんは得意げにそう返してくれた。
「はい~、見ました!凄かったです~」
私がそう言うと、ウタイさんはまた得意げにふふん、と胸をそらした。本当にすごい戦いだった。この人の頭の中は一体どんな風になっているのだろう。
「あ~、しんどかったっす。長かったっす。ガチ疲れたっす。でも達成感スゲー」
「俺もしんどかった……。ってか何で生きてるのかわからん、って何回も思った。ウタイさんスゲー」
「はい」
皆口々に戦闘の感想を言う。
「ええと、カラムさんですね。助けていただき、ありがとうございました」
イケメルロン君は流石のイケメンで駆けつけてくれたカラムさんにお礼を言う。私も見習って続こうとしたけれど、カラムさんはメルロン君のお礼に答えることもなく、ぎろり、と音のしそうな目で一瞬だけ私を見た後、カラムさんに言った。
「ウタイ、こいつは何だ?」
「こいつ」は私のことだろう。文字でしか表示されない言葉の向こうで、カラムさんはハッキリと怒っていた。
「確かにゲームの世界だ。自分の好きなことをすればいい。だが人について回って楽をして利益だけを得ようというのは気に入らん。何故お前がこんな奴とつるんでいる」
カラムさんの言葉がショック出なかったと言えば嘘になる。ただ、こういったことを言われるのは別に初めてではない。占い屋の看板を出して町で座っていれば不真面目だと揶揄されることはあるし、そうまでしてお金が欲しいのかと陰口を叩かれることもある。こっちにも言いたいことはたくさんあるけれど、私には自分がおかしなことをしている自覚もある。
ここまで随分優しく接して貰っていてちょっと気が緩んでいたこと、優しさに甘えてしまっていたこと、それは事実かもしれない。
ましてや此処はダンジョン―即ち戦場だ。戦いを人に任せて眺めているのは普通に考えて迷惑で不愉快な行為だろう。
カラムさんの言葉こそもっともなのだ。
「ごめんなさい。私は」
「ああ~、ちょっと待っておくれ」
謝罪を口にしようとした所を、ウタイさんに止められた。
「コヒナさん、すまないね。悪いやつじゃないんだ。ちょっと頭が固いだけでね。気を悪くしないでおくれ」
「ウタイ。俺は冗談を言っているわけでは」
「ああ、ストップだカラム。それ以上は後からお前自身を傷つけることになる」
私とカラムさんの間に入ったウタイさんは、カラムさんに向ってちちち、と指を振った。
「まず、この誤解は説明を省いてしまった私のミスだ。少々たてこんでしまってね。カラムとコヒナさん双方にお詫びしよう。すまない」
「…………」
「いえ、そんな」
お詫びなんてとんでもないことだ。
「で、その説明だが。まずカラム。コヒナさんのレベルと装備を見てくれ」
「既に見た。レベル11とはな。お前や周りの連中ががいなければ1分だって持たんだろう。だからそれがおかしいと」
「違う、違うんだよカラム」
ウタイさんがカラムさんを遮って続ける。
「レベル11じゃない。ついさっきまではレベル1だったんだ。クミズを倒すまではね。できる事ならレベル1のまま連れて行きたいところだったんだがね。こればっかりはシステムの都合でどうにもならなかった」
「だからなんだ。11でも1でも同じだ。結局そいつがお前を利用して楽をしたってことだろうが」
ウタイさんがそこまで考えてくれていたのは嬉しいけれど、言い分はカラムさんの方が正しいと私も思う。利用した。助けてもらった。この二つは同じことだ。今私がそれを言い出すとややこしくなるから控えるが。
「違うぞカラム。この人はレベル1のまま一人でセンチャからマッチャまでを踏破したんだぞ」
「何を言っている。そんな言葉を真に受けて茶番に付き合ってるのかお前は」
「な?そうだろう?簡単じゃあなかったと思うぞ。ちょっと聞いただけだがね。何度も死んだそうだよ。それ以前に方法があったとしてもやらないだろう?モンスターを倒し、レベルをあげ、装備品を揃えて進む。それ以外のやり方をしようなんて、考えもしないだろう?」
「当たり前だろう。……お前は何が言いたいんだ」
本当にカラムさんの言うとおりだ。ウタイさんは一体なぜここまで私を擁護してくれるのか、私にもわからない。
「そうだ、当たり前なんだよ。我々冒険者にとっては」
「こいつだって冒険者だろう。いや、とても冒険者等とは呼べないか。冒険などしていないものな!」
「それだ!」
ウタイさんが言う。
「彼女は冒険者じゃないんだよ。何といっても、コヒナさんは占い師で、冒険者ではないのだからな!」
カラムさんと私の間で、両手を腰に当てて大きく胸をそらして、何故か得意げにウタイさんが言う。
とても嬉しい言葉だ。「彼女は冒険者ではない」。その言葉がどのくらい私にとって嬉しい言葉なのかは、言ってくれたウタイさんにもきっとわからないだろう。
「冒険者じゃない?意味が分からん。お前、本当にどうした。占い師だと?何か妙な物に嵌ったんじゃないだろうな」
「ええい、本当に頭が固いというか。ちょっと前のお前ならこれで十分通じたと思うのだがな。ふむ。ねえ、コヒナさん。君の口から、君が戦闘をしない理由をこいつに教えてやってくれ」
おおう、ここで振られるのか。うう、怖いなあ。見た目はまあ怖いのだけれど、人は見かけに依らないと言うのはリアルと一緒かそれ以上だ。
ただこの人怒っているし、ウタイさんへの当たりとか見ててもちょっと怖い。
でもまあ、本来ならば私が自分から説明して協力してくれる人を集めなくては行けなかったわけで、その場合には避けられない誤解だ。確かに私の義務かもしれない。
「ええと……そのう。私が戦わないのは、私が占い師だから……デス……」
「…………」
カラムさんは何も答えずにこっちを見ている。確かに不十分な答えだろう。
「戦うと、勇者になっちゃうじゃないですか……。私は、勇者じゃなくてNPCなのです……。NPCになりたいんです……」
でもこれ以上の説明をすることはできない。
NPCになりたい。それは私の本心だ。NPCだから勇者になりたくない。物語の主人公としては行動しない。したくない。だからこんなおかしなことをして、親切な人たちを巻き込んでしまっている。
ただ、この何故、の次の所を聞かれると困ってしまう。何故NPCになりたいのか。そもそもNPCになりたいというのはどういう意味なのか。本当の答えは私にだってわからないのだ。それが分かればもっとうまいやり方だってあるかもしれないのに。
「なあ、どうだいカラム。勇者になりたくないが為に戦闘を放棄して、何度も死にながら一人旅をする彼女が、楽をして利益を得ていると本気で言うのかい?仮にも冒険者であり勇者である我々がそれに手を貸すのは、そんなにおかしなことかい?」
先を続けられない私にウタイさんが助け舟を出してくれた。嬉しいことを言ってくれるけれど、私自身がそれをおかしいことだとは思っている。
例えば。
村を襲う悪い竜がいて、村人たちではどうすることもできず泣き寝入りしていた所に、偶然通りがかった旅人を勇者とあがめて竜退治を押し付ける。世界中に残るあさましい物語。その村人が私だ。
私がなりたいNPCと、あさましい村人はきっと違うものなのだけれど、私には何が違うのかすらわからない。
ただ一点、挙げられるのは、物語以上に凄い勇者たちが、向こうから声を掛けてくれたという幸運。それだけだ。「だってそう言ってくれたし」では済まされない。頭を下げる理由にこそなれ、ふんぞり返る理由になるわけがない。
でも、ウタイさんの言葉は、カラムさんには違って聞こえたようだった
「……初期町からマッチャまで本当に一人で?」
それまでほとんど私の方を見ようともしなかったカラムさんが、私をまっすぐ見て言った。
「あ、いえ~。ホジチャ村からセンチャまではメルロンさんに助けていただいて~」
「俺は偶然居合わせただけです。半ば強引についていきました」
イケメルロン君が私をさえぎるようにして言う。相も変らぬイケメン振りだ。
「マッチャ手前にはストーンゴーレムの大群がいるはずだが、それはどうしたんだ?」
再びカラムさんが私に問う。でも、ストーンゴーレム?そんなのいたかな。そう言えばマッチャ直前に大きなモンスターがたくさんいたかもしれない。もちろん戦闘になってしまえば私なぞ一瞬でぺしゃんこになってしまうだろう。でもあの手の大きなモンスターは割と得意とするところだ。
「ああ~、アレは足が遅いので~。捕まらなかったですね~。それよりも橋にいたカッパさんが大変でした~」
あれはほんとに大変だった。運が悪かったらあそこで透明薬使い切ってしまっていたかもしれない。透明薬の無くなった私はカッパにささげられたお供え物みたいなものだ。
「カッパ?ああ、フログのことか?あれは……。そうか、君にはストーンゴーレムよりもフログの方が強敵なのか。なるほどな」
カラムさんは何やら一人で納得したようだった。呼び方がコレからキミに格上げになった。好感度が少し上がったのかもしれない。
ちょっとホッとして、そんなわけでお手数かけまして申し訳ございませんとお詫びをしようとしたら、先にカラムさんがまっすぐに頭を下げた。
「非礼を詫びさせてくれ。ウタイの言う通りだ。禄に知りもせずに君の冒険を貶した。すまなかった」
「わ、わ、そんな。カラムさんのおっしゃる通りですので。いや、それよりまず、助けていただきありがとうございました。本当に助かりました~」
「そうか。そう言ってくれるのか。有難い」
そう言ってくれるのか、ありがたい、はこちらの方だ。
「ウタイ。お前が付いていながらこの人を……コヒナさんを危険な目に合わせるとは何事だ」
下げたままだった頭をぐいっと起こして、カラムさんは今度はウタイさんに文句を言った。
「なんでこっちに来るんだ!いや、色々と計画がずれたのは反省しているが!それとお前の調子が戻ってきて喜んでいる自分がいるのもなんか癪に障るんだが!」
「もっと早く呼べばいいだろう。そもそも事情を先に説明しておけば」
「だからそれは! こっちにも色々あってだな!」
カラムさんとウタイさんが言い合いを始める。でもさっきまでのピリピリした感じではなくて、ずっと一緒にこの世界で過ごしてきた二人のじゃれあいみたいなもので。
「あのー」
しばらく置き去りにされていたメンバーのうちジョダさんがおずおずと手を挙げた。
「カラムさん、なんですよね?その、≪ギンエイの詩集め」の……?」
「はい」
ルリマキさんも胸のあたりで手を組み、無表情のまま目をキラキラさせて、言葉少なに彼女の最大のリスペクトを示している。
「何だ、俺を知っているのか。マニアックだな。ギンエイの名前は知っていても俺の名前まで知っているというのはなかなかいないと思うが」
「いやいや、何おっしゃいまするっすか。斧使いのテンプレひっくり返した人じゃないっすか。いやー、めちゃ感動っす!握手してくださいっす!」
感動のせいなのかジョダさんは日本語が怪しくなっている。
「いやあ、あれ、モンスターの方も誰か動かしてんじゃないかって思っちゃうっすからね!」
「あー、あの斧の人かー。確かにすごかったなー」
ゴウさんも知っているようだ。知らないのは私とイケメルロン君だけということになる。カラムさんは有名人のようだ。ウタイさんと、そのギンなんとかさんと一緒にブログとかやっていた人なのかもしれない。ウタイさんは多分別にメインキャラがいるのだろうけど。
「ひっくり返したというのは大げさだろう。それに実際はカッコつくまで何回も撮り直してるからな。そんなに凄いものでもないんだが」
握手に快く答えながらカラムさんが言う。
握手して貰ったルリマキさんはぴょんぴょんと飛んで嬉しそうだ。
「それより撮り直しの利かない本物の冒険をやってのけたコヒナさんの方が凄いと思うよ」
カラムさんはそう言ってくれるけれど。それはないんじゃないかな。その、実際にやったことと言えばセンチャからマッチャまで歩いたというだけのことだし。誰でも一人で当たり前にできることだ。
それに私は冒険者ではない。
冒険者ではないけれど。一般人が自分の目標の為に少しだけ冒険してみたというのはアリなのかもしれない。そう思ったらちょっと嬉しくなる。
「ありがとうございます~」
「おい、コヒナさんが凄いのは認めるがね。君がそれを語るなと言うんだ!大体さっきまでの態度と違いすぎるんだよ!」
ウタイさんが怒っている。多分ルリマキさんをカラムさんに取られて悔しいのだと思う。
「そこはさっき謝って許してもらったからいいんだ。お前こそ俺が来なかったらどうするつもりだったんだ」
「そんなこと考えるわけないだろう!まあ、忙しくしているのは知っていたからな。お礼はするさ」
「いや、それはいらない。なんか受け取りたくない」
「何なんだお前は!」
人は見かけによらないものだし、アバターで触れ合うこの世界ならなおさらだ。
そして怖い顔をした人がほんとに怖かったとして、その人が「本当に怖い人」なのかわからないのもリアルと一緒だ。
みんな、一つのことだけを守って生きているわけではないのだから。
「というか、そろそろ動かないとまたダブルサイス湧くんじゃないかと思うんですが」
冷静なイケメルロン君のツッコミに一同が我に返る。
「おお、そうだ。さあ、コヒナさん。目指すダージールまではもうほんの少しだ。張り切っていこう!」
「はい!」
ならば善は急げだ。ウタイさんのその言葉に、私は目的地目掛けて走り出す。
冒険者でないと言うウタイさんの言葉も、冒険だと言ってくれたカラムさんの言葉も、どっちも嬉しい。嬉しくて仕方がない。
「!」「!?」
「え、え!?」
「ちょ、ストップ!」
なにやらみんな騒いでいる。だが嬉しい気持ちいっぱいで走り出した私は止まらない。大丈夫。ちゃんと見てますとも。ここまで来てモンスターに突っ込んだりはしませんとも。
「コヒナさん!そっちは逆方向です!」
イケメルロン君の声に私は慌てて立ち止まった。
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