第26話 死神退治

こちらのパーティーで飛びぬけてレベルが高いのが騎士のゴウさんだ。 


 しかしレベル70の騎士でフルプレートメイルのゴウさんを持ってしても、双鎌ガイコツの放ってくるダメージは凄まじい物だった。二つの鎌で、一度に2回の攻撃が来るけれど、両方にクリティカルの判定が出てしまうとゴウさんでもステータスが瀕死を示す真っ赤になる。他の人ならクリティカルでなくても瀕死だ。


 同じ強敵と言っても≪クミズ≫とは比べ物にならない強さ。でもウタイさんは鎌ガイコツなんかより、もっとずっと凄かった。


「隊列!ゴウ君は張り付き。距離を開けてその後ろにジョダ君、ルリマキさん、メルロン君は遊撃」


「ゴウガードに集中、張り付いて他所に行かせるな。これが第一前提だ。抜かれた場合はすぐに立て直しを」


「ルリマキ低回復常に詠唱、ゴウが一発受けたら使用。蘇生は考えるな。大回復は別途指示する」


「メルロンそのまま特攻。ゴウへの攻撃を一発でも多く減らせ。ゴウとルリ、どっちかが死んだら詰みだ。ガード理想だが死亡でもかまわない。君は一回でも多く死ね。私が蘇生する」


「ジョダはルリの傍を動くな。ゴウが抜かれた時にルリを守れ。ルリは常にジョダを挟んで行動するように」


 戦闘開始と同時に、とんでもない速さで指示が飛ぶ。こんな速度でチャットする人を私は見たことがない。ネットゲームにおいて高度な作戦を展開するにはほとんどの場合ボイスチャットが有効だ。でもウタイさんの言葉チャットはボイスチャットよりも早く、正確だ。加えて自身は仲間のミスや遅延をカバーし、回復と強化を施していく。


 さらには、


「テレポート→ルリマキ後退、ジョダ盾構え、カウント、3,2,1、今!」



 敵の動きを予想した指示が飛ぶ。


 ウタイさんの言葉の通り、さっきまでルリマキさんのいたところにテレポートしてきた鎌ガイコツの攻撃がジョダさんの掲げた盾に阻まれる。盾を構えていても貫通したダメージでジョダさんのHPは半分近くまで減るけれど、直後にキャストされたウタイさんの回復魔法がそれを回復する。


「隊列整えて!」


 ジョダさんの位置にゴウさんが入って、盾役を交代。鎌ガイコツを中心に先ほどまでと同じ陣形に戻す。


「範囲くるぞカウント、3,2,1 今!」


 いつもと違う構えを取った鎌ガイコツが大きく回るように二つの鎌をふるうけれど、ウタイさんの指示のもと距離を取っていたメンバーにその攻撃は届かない。


「GJ、大事なのは時間だ。長引かせればこっちの勝ちだぞ!」



 指示通り出来たことにはそれを認めるGJグッジョブが入る。



「メルロン盾、3,2,1、OK、少し遅い。次回に期待する」


 若干盾の構えが遅れたイケメルロン君は死んでしまったけれど、既に詠唱されていたウタイさんの蘇生呪文が直後にキャストされる。


 蘇生を受けたイケメルロン君は、最初の指示通り、真っ赤なステータスのまま鎌ガイコツに再度特攻する。



「テレポート→ルリ。ジョ盾、ルリ後退大回復詠唱→ジョ、3,2,1、キャスト!」


「ジョ盾構え3、2,1 今! GJ! ル弱回復! GJ!」


「メル強攻、盾3,2,1、GJ」「ゴウ盾以後任せる!」



 GJが多くなっていく。指示の文字数が減っていく。名前が略称になり、ついには名前なしで指示が飛ぶけれど、みんなそれが誰にあてた指示なのかわかる。完全にできたことにはGJが飛んで、次からもできると判断したことには指示が飛ばなくなっていく。


 全員段々とダメージを受ける頻度がが減っていく。


 そして、ウタイさんの指示の回数と文字数が減っていくことは、そのままウタイさんのできることが増えていくことを意味する。


 結果防御のバフが重なり、ゴウさんの受けるダメージはさらに少なくなる。最初すぐに瀕死になってしまっていたゴウさんのHPも今は半分以上をキープし続けられるようになっている。


 イケメルロン君やジョダさんも一撃に耐えられる位に強化されていく。


 やがて防御と回復にすべて回されていたウタイさんの味方へのステータス強化は、攻撃力の強化にまで及ぶ。


 今まで全く減ることがなかった鎌ガイコツのHPが、強化を施されたイケメルロン君の強攻撃でわずか減少した。


 それはターゲットを分散させ、一人で鎌ガイコツの猛攻を受け続けるゴウさんの負担を減らす事につながる。


 しかし。


 戦闘開始から見ると格段に戦局は良くなっている。戦えているように、抑え込めているように見える。でもそれだけだ。


 この戦い方では絶対に勝てない。


 絶対的に火力が足りない。本来なら最大の攻撃力を持つゴウさんは、防御に回らざるを得ない。万が一ゴウさんが落ちれば、最初にウタイさんの言った通り立て直しは不可能だ。ゴウさんが攻撃に回ることができない以上、イケメルロン君とジョダさんの攻撃力に頼ることになるけれど、レベルの低い二人の攻撃では与えられるダメージは極僅かだ。


 ゴウさんと同じくらいのレベルで、かつ攻撃に特化した戦士さんか魔法使いさんなしではこの状況は変わらない。鎌幽霊のHPを削り切る前にMPが切れる。ウタイさんとルリマキさんのMPが無くなれば、そこで一気に崩れるだろう。


「メル、焦るな!」


 ウタイさんの声に、強攻撃を連打しようとしたイケメルロン君が踏みとどまる。


「ミスをするな、現状キープ。何かあればすぐに崩れるぞ!」


 いくらウタイさんの言葉でも、現状がジリ貧なのは明らかだ。今崩れなかったとしても、いずれ崩れる。集中力だって切れるだろう。イケメルロン君だけじゃない。きっとみんな焦っている。


 でも、ウタイさんは言う。


「心配はいらない。手は打ってある。私は助っ人業で失敗したことはないんだ。このまま戦闘を維持。大事なのは時間だ。気を抜くな。あと……5分持たせろ!大丈夫だ、それで勝てる!」


「だあああ、長え!でも「生それで勝てる」、痺れるっす!」


「はい」


 ジョダさんとルリマキさんが愚痴と称賛?をいっぺんに返す。でもそれは二人とも焦りから解放された証拠だ。「生それで勝てる」が何なのかはわからないけど。


 とはいえジョダさんの言う通り、できるだけ遠くからその戦闘を眺めているだけの私にとっても、5分は長い。もう手汗凄いし。双鎌ガイコツの動きにずっと集中していなくてはいけない勇者様達の負担は私とは比べ物にならないくらい大きいだろう。


 でも、集中力の欠乏による致命的なエラーは実際には起きない。小さなエラーが起きた瞬間、いや、体感ではエラーが起きる前に、ウタイさんが修正してしまう。全員分の集中力を肩代わりし、自身は一撃もダメージを受けず的確な指示を飛ばすウタイさんは、まるで未来が見えているみたいだ。


 四分が経過。ウタイさんの負担が多くなっている。皆の集中力も限界なのだろう。MP残量も気になる。


 ウタイさんの宣言した五分まで、後一分。そのあと一分が、長い。


 ゴウさんに向って双鎌ガイコツが大きな鎌を構えた。両方を同じ方向に揃えて振りかぶるのは、強攻撃の前触れだ。まともに食らってはいけない攻撃だ。ゴウさんがガチっと盾を構えるけれど、タイミングが若干遅い。大きくダメージを受けてしまう。


 でもその時。



 鎌ガイコツの大きな二つの鎌の後ろに、にゅっ、と何かが生えた。



 鎌ガイコツの持つ大鎌よりもずっと大きなそれは、真っ黒な斧だ。斧は一旦また鎌ガイコツの後ろに隠れたのち、反動をつけて一気に薙ぎ払われた。


 強化されたイケメルロン君の攻撃でも極僅かしか減らなかった鎌ガイコツのHPが大きく削れる。



 ガイコツがよろめいて、後ろにいた斧を振るった人物の姿が見えた。



 そこにいたのはごつごつの筋肉を装備したスキンヘッドの戦士さん。その体格は半巨人族かと見紛う程だけど、でもあれは人間族の男の人だ。その手にあるのは、ガイコツの大鎌が小さく見えてしまうような大きさと重量感を持った真っ黒な斧。その斧と戦士さんに今パーティーに必要な「火力」を備わっているのは見た目にも明らかだ。


「やあ流石だな、予測通りだ。待っていたよ、カラム!」


 ごつごつの斧戦士さんを見て、ウタイさんが嬉しそうに叫んだ。


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