番外 妖狐貯古齢糖奇譚 クリティカル・アロウ 下
本日はバレンタインデーと言うことで。
世の中に美しいチョコレートが溢れかえる日である。
バレンタインデーまでの数日間は、誰かに送るという大義名分のもとに、いくらチョコレートを買っても許される。素晴らしい。
子供の頃のバレンタインデーは、お父さんと年の離れた二人のお兄ちゃん用に計三つおいしそうなチョコレートを選び、それを渡すと皆がそれぞれ半分ずつくれるという大変素敵なイベントであった。
この日にチョコレートを好きな人に送り、同時に思いを告げる、という文化もある。
個人的には自分で食べたいが、それはそれとして素敵な習慣だとは思う。そう言った特別な日を設定することで勇気を出す人だっているのだから。
一方義理チョコと言うものもあると聞くがこれはあまり良い習慣だとは思えない。いっぱい買ったチョコレートたちが手元に三つ四つしか残らないというのは想像しただけで寂しいものだ。
勿論いただける分にはありがたくいただく。
先日は日ごろお世話になっている先輩から、どういう理由でだかわからないがお世話になったからとマカロンの詰め合わせを頂いた。お世話になっているのはこちらの方であり、貰った時には鉄の意志力でいただく理由がない旨を伝えたが、バレンタインの義理チョコみたいなものだからと渡された。お返しもいらないのだという。困ってしまったが結局誘惑に勝てず頂いてしまった。とてもおいしかったです。ハッピーバレンタイン。
ここ数日は≪八百万妖跳梁奇譚オンライン≫の中でも、いつもの緑の巫女さん服とマギハットと言ういでたちに加えて、格好だけながらショートボウと小さな白い羽をつけてみた。キューピットさんである。お祭りごとに合わせた服装をすることでお客さんに興味を持ってもらえるかもしれない。声を掛けてもらえる確率も上がる。
先日もこの羽と弓のお陰で声を掛けてくれた方がいたが、面白がってギルドのメンバーを次々読んでくれて、ギルドのみんなで恋愛運を見て行くというイベントが発生。結果として大口収入となった。めちゃくちゃ耳触られたけど。
身近な人の恋愛事情と言うのは聴いていて楽しい話題だ。「占いだから」と言う理由で気になる人の情報を手に入れたり、自分の情報を発信したり。ぜひ大いに私を利用していただきたい。耳じゃなくて、占いの方。
バレンタイン当日の今日は恋愛相談だって多いことだろう。キューピットさんに相談したら何かご利益がありそう、と思って貰えればお客様も増える。
キューピットさんの格好に効果があるのかないのかは判定のしようがないけれど、占い師が縁起を担ぐのはいいことだろう。おまじないみたいなもんである。
実は私はおまじないと言う物にはあまり明るくない。
占い師であって呪い師ではないのだからして、明るくなくてもいいのだ、と開き直ってしまって果たしていいのかどうか。
例えば、貴方不幸になりますよ。このツボ買ってください。
と言うのも占い師としては問題ありだと思うが
貴方不幸になりますよ、それじゃそう言うことで。
と言うのもまた問題だ。悪い占い結果が出たとして、何とかアドバイスができればいいのだけれど、タロットではそれが出来ない時だってある。
アドバイスにもう一枚、もう一枚と何枚開いても、現状は動かないを意味するカードが続くことだってあるのだ。タロットのようなランダムに並べた何かから意味を得ようとする「
仮にどうやっても解決できない問題を抱えている人がいたとして、その問題はどうやっても解決できないわけで。
その人をタロットで見た時には「どうやっても解決できない」と出る。それがタロットで言う「占いが当たった」ということだ。占いをしたこちらの方としても、そんなの当ててどうするんだ、とも思う。
ただ、私の占いはせいぜい数か月先までしか見ることができない。それは救いだ。良くない占いの結果が出てもし当たっていたとしても、その数か月先はまだわからないのだから。
私の帽子や耳に本当にご利益があるのなら良いのだけれど、残念ながら現実は非情である。ツボひとつで運気を変えられる占いやおまじないがあると言うのなら、羨ましいことだ。
さてこのゲーム、「八百万妖跳梁奇譚」通称「やおちょう」にはつい最近新ストーリーが加えられたそうな。
ストーリー自体は、世界の運命を掛けて戦う妖怪たちとは違って、妖怪ではあるものの一介の占い師でしかない私には縁のないお話である。知っていた方がお客さんとの話も盛り上がるとは思うのだけれどね。ストーリーを小説にしたと様なものがあると良いな。暇なときに見るには最高の読みものだろう。世界情勢を本や新聞で読みながらお客さんを待つというのは、なかなかにこの世界のNPCと言う感じがして憧れる。
しかし実際にはそんな本はない。あたりまえだ。ネタバレもいい所だ。
そんなわけでNPCの占い師たる私には何の関係もなさそうな新ストーリーの追加ではあるが。
実は一つ大きなメリットがある。人が多いのだ。
システムアップデートやストーリーの追加されると、しばらくの間はログインする人数が増える。そうなると当占い店へのお客さんも増えるわけだ。
私が占い屋さんを出す天狗の里も、今日はいつもより人が多い。
なのでストーリーの追加はNPCを目指す私としても大歓迎なのである。
ご来店の二人連れのお客さんもやはりストーリーの帰りのようだった。一緒にストーリーを進める相棒がいるというのは凄く楽しいに違いない。
お客様の種族はムカデ(男)さんとカラス天狗(女)さんと言う面白い取り合わせだった。
何が面白いのかと言えば、この世界のカラス天狗さんは弓を得意としている。そして伝説に出てくる大百足は、確か弓で退治されたはずだ。
大蛇だったか龍神だったかの依頼を受けた偉いお侍さんが、巨大な百足の化け物の討伐に向かう。お侍さんは弓で戦うけれど、古今東西のお約束で巨大な虫の甲殻は堅いのだ。中々矢が刺さらない。そこでお侍さんは「南無八幡大菩薩、この矢に加護を与え給え」と神様に祈りを捧げて、自分の唾を付けた矢を放った。この人間の唾こそが大百足にとっての弱点だったということで、見事お侍さんは大百足討伐を果たしたのである。
この伝説のせいなのか「やおちょう」の中でも百足さんは防御力が高い種族なのだそうだ。亀とか貝の様な防御特化の妖怪を除けばナンバーワンらしい。
伝説を踏まえるとムカデさんとカラス天狗さんの取り合わせは敵同士みたいなものだ。しかしながら百足さんが前衛で攻撃をひきつけ、その後ろからカラス天狗さんが弓で打つというのはパーティーの戦術としてはなかなか理に適っている。
尚、名前が怖いムカデさんも「やおちょう」の法則に則ってイケメンである。具体的にはバイクに乗った硬いスーツ風の改造人間が、ヘルメットを外したらイケメンだった、みたいな容姿だ。ムカデっぽい部分と言えば辛うじて、ベルト部分に百足みたいなのが巻き付いている。
足が多い生き物が苦手な私でも見た目的には嫌いではない。名前だけでちょっと怯んでしまう所はあるが。
カラス天狗さんの方はカラス天狗と言うよりは黒スズメ天狗じゃないだろうかと言った見た目だ。エンゼルとかキューピットと言ったものの羽を黒くした感じの、小さい系美少女だ。尚服はちゃんと天狗っぽいのを着ている。武器は弓と言うことで、そのあたりもキューピットさんっぽい。
名前の響きのせいか、ムカデさんの人口はその高い能力に反して少なく、ほとんど見かけない。先日ギルド一団が団体のお客様としてお見えになった時に一人見て、珍しいなと思ったところだ。というか、あの時の方と同じ方ではないだろうか。
メモ帳を開いて確認する。人の名前を覚えるのが苦手な私は、簡単な顧客名簿のようなものを作っている。「先日お伺いした件で進展がありまして~」とか言われて、どの件でしたっけ、とは言いづらい。はいはい、あの件ですねとか言いながらわたわたとメモ帳を見るのだ。これは向こうからリアルの私が見えないネットゲームの占い師と言うものの、大きなメリットと言えるだろう。
お名前はセンピーさん。センチピードのセンピーさんだ。センチピードは英語のムカデのことだけど、この語源はラテン語のcenti=100とped=足を組み合わせたものなのだそうで、ムカデを百足と書くのは東洋でも西洋でも変わらない。だからムカデの特徴はやっぱりあの足なのだと思うけれど、やおちょうのセンチピードさんはうじゃうじゃ足があったりしないのは正に運営さんの英断と言えるだろう。だって足の話だけで鳥肌立ってきたし。
ムカデのセンピーさん。やっぱりあの時と同じ方だ。占いの結果は、「身近に貴方の事を好きな人がいますよ。でもなかなか気が付かないみたいですねえ」みたいな内容だった。他人ごとではないので占いの内容はよく覚えている。ムカデさんはぜんぜんわかんね~、いないと思うけどなあ、みたいなことを言っていたが、周りの反応を見ていて今ここにいるんじゃないだろうか、等と余計なことを考えてしまった。
鈍いのだか、鈍いふりを装っているのかわからないけれど、占いの結果からすれば多分前者だろう。
どなたか知らないが思いを寄せている方も大変だなあと思っていたのだけれど、となると今お隣にいるカラス天狗さんとはどのような関係なのだろうか。
いや、いかんいかん。占い師たるもの、占いをする時は先入観なしで臨まなくてはなるまい。
ムカデさんとカラス天狗さんが連れ立っていらした瞬間に、私は一瞬にしてこれだけのことを考えた。ふむ、我ながら凄まじい情報処理能力だな。
「いらっしゃいませ~。何を見て行かれますか~?」
「ホラ、羽丸、見て貰えよ~」
ムカデさんがカラス天狗さんを促す。カラス天狗さんはそれじゃあせっかくだから、と設置してある椅子に座った。
「じゃあ、恋愛運を見てください」
「はあい、恋愛運ですね~。特に気になることがあれば~」
「……好きな人がいるのですが、全く相手にしてもらえなくて」
「なるほど~」
ほうほう、なるほど。これは全集中力を駆使して先入観なしで見なくてはいけない案件だな。
「おお、まじか~。羽根丸好きな奴いるのか~」
となりでムカデさんが囃す。
……うん。先入観はいかんよ、先入観は。
「……どうしたら思いが通じるか、って見れますか?」
「かしこまりました~。その方に思いを伝える方法ですね~。少々お待ちくださいませ~」
カードを混ぜる。先入観なしで混ぜる。
カラス天狗さんがムカデさん、じゃなかった。思いを寄せている方に、思いを伝える方法を教えて下さい。先入観なしでお願いします。
一枚目:≪聖杯カップの騎士ナイト 逆位置≫
思いが伝わらないこと、告白の不成功を示すカード。
二枚目:≪棒ワンドの5 正位置≫
五人の棒を持った人物が争いあう様子を描いたカード。恋愛ではライバルの登場を意味する。
三枚目:≪戦車チャリオット 正位置≫
日本語では征服者、とも呼ばれるカード。王様が乗った戦車を、二頭のライオンが引くという勇ましい絵柄だ。古来戦車は一台で戦況をひっくり返す無敵の兵器。すなわち≪戦車≫は、勝負ごとについては無敵を示すカード。勝負時、強さ、勝利を示す。行動すべきは今であることを示す。
https://kakuyomu.jp/users/Kotonoha_Touka/news/16818093080925515014
この三枚のカードが示すのは。
ふむ。他のライバルさんには申し訳ないですが。ここは、カラス天狗さん、頑張り時なんじゃないでしょうか。
「おまたせいたしました~。まず先にお伺いします~。ひょっとして~ですが、同じ方に長い間思いを寄せているとか~?」
「そうです。そういうのもわかるんですか?」
「はい~。一枚目、過去の位置に、聖杯の騎士、と言うカードが逆位置で出ています。これは思いが上手く伝わらないカードです。もしかしたら、一度思いを伝えているのではないかと思うのですが~」
「そうです」
「なるほど~。なかなかに手ごわい相手の様ですね~。二枚目のカードは棒の五、棒を持った五人の人物が争うカード。これは、ライバルがいるかもしれません~」
「当たりです」
「ええ~、まじか、羽根丸の好きな人ってそんなモテモテなやつなの?」
ムカデさんが茶々を入れてくる。
「もう。センピーちょっと黙っててよ」
そーだそーだ、ちょっと黙っててよこの鈍感!カラス天狗さんに怒られて、ムカデさんはうへへ、と笑う。ほんと、そーゆー所だからな!
こっち側で私がどんな顔をしていてもアバターには反映されないというのはネット占いのメリットである。
「でも、ご安心ください~。三枚目のカードは≪戦車≫。勝利を示すカードです~。強気で行くのがいいと思います~」
「ほんとですか?」
カラス天狗さんは嬉しそうに言う。
「良かったじゃん! 頑張れよ~」
言われたカラス天狗さんはイラっとしたらしく弓に矢をつがえると、ムカデさん目掛けてひょう、ひょうっと撃った。そうだそうだ、やってしまえ!
しかし、街の中なのでダメージは発生しない。ムカデさんの防御力の前では、街の外でも通じないかもしれないけれど。こんこんという頼りない音を立ててムカデさんのプロテクターにはじかれた後、空中に溶けるように消えてしまった。
「全体としては以上になりますが~、気になることはありますか~?」
「すいません、あるんですけどセンピーがうるさいので、個人チャットで続きいいですか?」
そうですね。それがいいと思いますよ。
「はい~、承ります~」
カラス天狗さんからくる個人チャットの申請を受け入れる。これで私とカラス天狗さんのお話はムカデさんには聞こえない。
「なんだよ~。別に俺が聞いててもいいじゃんか、別に~」
カラス天狗さんはムカデさんを無視して話始める。
「で、私の好きな人なんですが」
はい。どきどき。
「実は、後ろのセンピーなんです」
ですよねっ! よしこれで先入観なく続けられるぞ。
「小さいころからずっと一緒で、しかも向こうが年上なので、全然相手にされないんです。好きだとはっきり伝えたこともあるんです。強気でと言われても通じる気がしなくて……」
なるほど、リアルでもお知り合いなのだな。ムカデさん本来の鈍さに加えて、「幼馴染で年下」という強力なデバフを受けているカラス天狗さんの攻撃は、さぞ通りにくいことだろう。
「確かに手ごわそうな方ですものね~」
アハハ、とカラス天狗さんは力なく笑った。
「さっき出てきた、ライバルと言うのも気になるんですけど」
「ああ~。それは、大丈夫かと~。ライバルはいますが、戦車が出ていますので、負けはないかと思います~。ただ、戦車のカードは即時行動を示唆するカードでもありますので~。早く動かないとまずいかもしれません~。ライバルを示すカードが出ているのは、そう言うことかと思います~」
「急げ、と言うことですか?」
「そうですね~。最後に出ている戦車は無敵を表すカード。恋愛においても同様です~。今が頑張り時かと~。きっといいことがあると思います」
「いつまで大丈夫なんでしょう」
「むうう、難しいですね~。今すぐ、と言うわけでもないと思うのですが~。早いうちがいいかと思います~」
「なるほど。うう、頑張ります。実はこの後、チョコレートを渡すんです。でもそれも毎年のことなので、本気にしてもらえるかどうか不安で」
「それは、確かに心配ですね~……」
好きだと言葉にしても通じないというのは流石に同情する。それよりも強気の責めなんてあるんだろうか。
「あの、センピーが言っていたのですが、占い師さんの耳って、触るといいことがあるんですか?」
「へっ」
最近コレ多くなってきたな。さっきは耳代とか言って占いしないで帰ってった人もいたぞ。
「良かったら触らせていただけたらと」
「ど、どうなんでしょう。多分無いと思うんですが~。誰かが面白がって広めた噂だと思います~」
期待に応えられない申し訳なさでつい多分とか言ってしまった。無い。効果とか無い。
「そうなんですか……」
残念そうなカラス天狗さん。何でここで私が後ろめたい思いをせねばならんのだろう。ほんと誰なんだ、こんな噂広めているのは。
「そのう、一応触っときますか?」
「いいんですかっ!?」
「あ、う、は、ハイ」
食い気味に喜ばれてちょっと引く。いいんだけど、ううん。一応触りやすいように頭を下げてみる。
「ありがとうございます!」
そう言ってカラス天狗さんは嬉しそうに私の耳を触った。
「ふぎゅわ」
ううん。多分効果はないのだけれど、これも一種のおまじないみたいなものか。戦車は無敵のカードだけれど、同時に強気が吉、と言う意味もある。おまじないで強気になれるなら、効果はあるのかもしれない。
カラス天狗さんが私の耳を触るのを見て、ムカデさんは「良かったなあ羽根丸」などとお兄さんムーブをかましている。カラス天狗さんはこんなにも頑張っているのに。
このおまじないで強気になって、カラス天狗さんの攻撃力が上がるといいのだけど。
おまじない。ふむ。攻撃力を上げるおまじないか。
おまじないと言う物には決して明るくない私だが、そう言えばこの件に関して良く効きそうなおまじないを知っている。少なくとも私の耳などよりよほど効果があるだろう。
頭を上げて、カラス天狗さんを見る。必死に触っていたカラス天狗さんが慌てて手を放した。
「あの~、つかぬ事をお伺いしますが~」
「はい?」
「羽丸さんは、大百足退治のお話を知っていますか~?」
占い師に見てもらった後、羽根丸こと藤原香純は、ログアウトの前に、センピーこと歩武にチョコレートを渡すので取りに来て欲しいと告げた。歩武は毎年サンキューなどと言っていたが、今年は毎年と同じようにはいかない。こちらには占い師さんから授けてもらった秘策があるのだから。
家まで行くと歩武は言ったが、それは断固として断り、家の近くの公園で待ち合わせということにした。
歩武のことだ。すぐに出ないと先に公園に着かれてしまう。
もう夜だ。外は寒い。急いでコートにマフラー。手袋も付ける。
そして大事なチョコレートが紙袋の中に入っていることを確認した。
手作りではない。デパートで買った高級品だ。しっかりとリボンのかかった豪華な包装。子供っぽいと思われるのだけは避けたい。
「こんな時間にどうしたの」
玄関まで行くと、お母さんがびっくりした様子で話しかけてきた。
「公園! 歩武兄にチョコレート渡してくる! 」
「ええ、ちょっと、歩武君ならうちに来てもらえば」
「すぐ戻るから!」
母親の制止を振り切って家を飛び出した。
遊具等はなく、ただ外灯とベンチがあるだけの、家の近くの小さな公園。
ベンチに紙袋を置き、チョコレートを紙袋から取り出す。
これはいつもとは違う、特別なチョコレート。
今からこれが、特別なチョコレートになる。
スマホを取り出して、さっき撮ったばかりのゲーム画面の写真を表示させる。そこに、占い師さんの教えてくれたおまじないが書いてある。
三回読んで、覚える。間違えてはいけない。
あの人の鈍感を貫いて、どうか届いて私の気持ち。
チョコレートを両手に持って、額のあたりまで持ち上げる。
おまじないの言葉をゆっくりと、口に出して唱える。
「ナムハチマンダイボサツ。このチョコレートに、加護を与えて下さい」
それから占い師さんが教えてくれた古い伝説に従って、リボンのかかった包装紙に、そっと口づけをした。
おまじないの儀式を終えてすぐ、歩武がやってきた。
「はい、これ。チョコレート」
おまじないの掛かったチョコレートを渡すと、何故か歩武はケラケラと笑った。
「おいおい、こっちじゃないだろう」
そう言ってチョコレートを返そうとする。
「こっちじゃないって、何言ってるの。一つしか持ってきてないよ」
もう一度、同じチョコレートを渡す。
「えっ? 一つしか、って、いやだってお前、これは……これはお前。え?」
受け取った歩武は明らかに様子がいつもと違う。歩武の、あの歩武の顔が赤い。
これが特別なチョコレートの効果なのか。もしかしたら効果があったのか。
ハチマンダイボサツの加護なのか、それとも狐の耳のお陰か。
今なら、確かに届く気がする。
おろおろと、面白い位に狼狽する歩武の顔をしっかりと見上げて、香純は八年前と同じ言葉を伝えた。
「大好きだよ、歩武お兄ちゃん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます