番外 妖狐貯古齢糖奇譚 クリティカル・アロウ 上

 公園の外灯の明かりの中、少女は、持っていた紙袋から豪華な包装がされた包みを取り出した。


 とても大事そうに捧げ持つと、自分の顔の前まで持って行く。そして何事か呟いて、包みにそっと口づけをした。


 その姿に暫し見とれる。


 ついつい子ども扱いしてしまうが、もう高校生なのだ。


 流石にそれを自分宛のものだと勘違いしたりはしない。この後本命の男に渡しに行くのだろう。あまり夜に出歩いて欲しくはないが、うるさく言うのもそろそろ考えなくてはいけないのかもしれない。何なら自分がそいつの家まで送って行こうか。


 そいつ、か。


 受け取る本命の男というやつは、一体はどんな奴なのだろう。話によれば年上で、ずいぶんモテる男なのだという。一度顔を見てみたいものだ。できる事なら俺が一度審査をしてやりたい。まさかこの子を傷つけたりはしないだろうな。


 もしそんなことをしたら許さない。この俺が絶対に許さない。


 ******


 吸血鬼軍研究施設内部。


 NPCの重要人物であり「人間」のトウイチを護衛しながら、「カラス天狗(女)」の羽丸と「ムカデ(男)」のセンピーは研究施設の奥深くへの潜入に成功する。


 そこで彼らの潜入を手引きした謎とされていた人物「ぬら爺」と、実に半年ぶりの再会を果たした。



「ほら、やっぱりぬら爺だったじゃん!」


 羽根丸が嬉しそうに言う。


「そうだな。羽丸の言う通りだったな。でも多分全プレイヤーがそう思ってたと思うぞ?」


「むうう」


 折角の名推理に茶々を入れられて、羽根丸は不満だ。確かにセンピーの言う通り、内通者がぬら爺だと予想したものは多いだろう。だが自分は単に「ぬら爺が裏切るわけがない」という固定観念からこの答えを出したのではなく、様々な伏線から推理し、この結論に至ったのであって、そのあたりがセンピーのいう「全プレイヤー」とは違うのだ。そこは評価して貰わないと困る。


 物語の当初から妖怪連合のカリスマリーダーとして、また羽根丸やセンピーの良きアドバイザーとして見守ってくれていた「ぬら爺」が、吸血鬼軍へと寝返ったという衝撃の事件から半年。


 寝返り事件が起きた時から、超人気NPCである「ぬら爺」が本当に寝返ったとは誰も思ってはいなかったというのはまあその通りだろう。言ってしまえばお約束通りのストーリーではある。だがそれはそれで楽しいものだ。


 多くのプレイヤー達の予想の通り、「ぬら爺」は内部から吸血鬼軍の崩壊を狙っていた。しかしその過程で、吸血鬼軍が古の大妖怪「大百足」の卵を孵化させ、魅了の能力を用いて使役しようとしていることを突き止めたのである。


 本来ならばもっと時間をかけて吸血鬼軍を弱体化させていく予定であった。だが事は急を要する。そのために妖怪連合の中でも腕利きの妖怪-すなわちプレイヤー達に連絡を取り、侵入を手引。大百足の卵の破壊を狙ったのである。


 大百足の卵が孵化してしまえばこれは一大事だ、とぬら爺は言うが、羽根丸にはそれがいまいち伝わらない。


「大百足って、センピーと一緒じゃないの?」


 相棒のセンピーの種族は「ムカデ」だ。確かにセンピーは強い。高い防御力でほとんどの攻撃を止めてくれるので自分はその後ろから矢を射かければよい。頼りになる相棒ではあるがいくらセンピーが強いと言ってもぬら爺が慌てて作戦を変更するような相手ではないだろう。


「いや、俺たち「ムカデ」はここで言う大百足の子孫扱いだな。元々の大百足は山を七巻半するくらいでかくて、龍神でも苦戦するレベルらしいぞ?」


「ふうん」


 センピーは物知りだ。それはまあセンピーなので仕方ない。しかし運営も、ストーリーに大百足の卵なんて言う話が出てくるのなら、先に言っておいてくれればいいと思う。そうしたらネットで予習できたのに。そうしたらもっと、センピーと話を合わせられたのに。


 ぬら爺との再開の挨拶もそこそこに、羽丸とセンピーは「トウイチ」を護衛しつつさらに奥へと進んでいく。目的の場所は地下らしい。


 たどり着いた地下の大空洞。そこには正に孵化寸前の巨大な卵があった。真っ赤でどくんどくんと脈打っている。まるで巨大な心臓だ。卵がこれだけ大きいのなら、孵った大百足とやらが成長すれば山を巻いたりするのかもしれない。七巻半というのは少々やりすぎな気もするが。


 ぬら爺から指示されたのは、協力者である人間「トウイチ」をここまで連れてくること。ぬら爺曰く、トウイチの協力無くしてはこの卵の破壊は成し得ないとのことであった。


 トウイチが卵に狙いを定め、弓を構えようとした時、



「おっと、そこまでにしていただきましょうか」



 大空洞の入り口からテンプレートに従った悪役の声が響いた。


 四人が声のした方を見ると、そこにいたのは以前羽丸達に苦戦を強いた吸血鬼軍の幹部ヨハネ。そしてヨハネに従う十数人の下位吸血鬼がこちらに銃口を向けていた。


「こりゃあ参ったのう」


 ぬら爺はちっとも参っていなさそうな顔でほっほと笑う。その様子はただの好々爺にしか見えない。


「のう、ヨハネよ。お主おんしワシに付かんか。お主おんしはワシのことを嫌っておるようじゃがのう。ワシはお前を大層気に入っておる。どうじゃ、悪いようにはせぬぞ?」


 大ピンチのはずだがぬら爺からは一向にそんな雰囲気を感じない。


「黙れ、この薄汚い妖怪風情が!」


 ぬら爺の言葉にヨハネは激高した。そして声を荒げたことを恥じるように努めて穏やかな声でつづけた。


「ふん、寝返りの要求とは低俗な妖怪らしい考え方ですね。我らは誇り高き吸血鬼。王に逆らう者が現れることはありません。あなた達と一緒にされては困ります。命乞いにしてももう少し芸のあるところを見せていただきたい物ですね」


「どうしてもだめかのう」


 上目遣いにぬら爺が言う。おじいちゃんが孫に甘すぎるのを母親に怒られているような態度だ。


「くどい!」


 再び簡単にヨハネの冷静の仮面がはがされる。吸血鬼軍幹部でありかつて羽根丸達を窮地に追いやったヨハネと言えど、ぬら爺が相手では役者が違いすぎる。


「何故お前のようなものに我が王が気を許したのかわかりませんが、最早言い逃れはできないでしょう。人間は我らの糧となりますが、妖怪共は存在する必要がありません。この場で縊り殺してくれましょう」


「ワシは本当にお主おんしの力は高く評価しておるのじゃがのう……」


 残念そうにぬら爺が言う。もしかしたらヨハネを気に入っていたのは本当なのかもしれない。何しろこのヨハネという吸血鬼は、ぬら爺を前にしてこんな態度を取れるのだから。


「やれやれ、どうしても駄目とあれば仕方ないのう。そら、かかってこい、ひよっこ。相手をしてやるわい」



 一転してあからさまな挑発。しかも両手は袖の中にしまったまま。



「貴様ぁあああッ!かまわん、お前達、撃ち殺せ!」



 何度目かの激高をしたヨハネが部下に命令を下す。この人数から一斉に銃撃を受ければぬら爺と言えど無事では済まないだろう。だが、ヨハネ命令は実行されない。


「何をしている!早くこのじじいを撃ち殺せ!」


 しかし殺せと言われたぬら爺はのんきなものだ。


「のうヨハネよ。お主、何故お主等の王がワシに気を許したかわからん、とさっきそう言ったの?」


「何ッ!?」


「それはのう」


 画面に大写しにされるぬら爺の顔。たっぷりとタメを作った後に、いつもの優しいおじいちゃんとは全く違う「妖怪」の顔で、口の端を片側だけ、にいい、と釣りあげてぬら爺が笑った。



「ワシが、ぬらりひょんだからじゃよ」



 ぬら爺の言葉とともに、ヨハネの連れて来た十数人の下位吸血鬼の全員が、その銃口をヨハネへと向けた。


「なっ!?馬鹿な、お前たち!?」


 吸血鬼達の誇る王への忠誠と言えど、ぬら爺の妖力の前には形無しだったようだ。なんと施設内の吸血鬼の三分の一は既にぬら爺の支配下にあるという状況だった。


 そんなぬら爺の支配を受け付けなかったというだけあって、ヨハネはたしかに強敵であった。自分で連れて来た下位吸血鬼十数人と羽根丸達を相手に逃げおおせたのだから。


 ヨハネを撃退した後、羽根丸とセンピーが連れて来た人間「トウイチ」が、計画通り担いできた大弓で大百足の卵を打ち抜き、破壊した。


 こうして吸血鬼軍の企みは阻止されたのである。



 めでたしめでたし。



「あ~、ぬら爺やっぱかっこよかったね~」


 先日配信されたばかりの「八百万妖跳梁奇譚」のストーリーの新章をクリアし、天狗の里に戻ってきた羽根丸はご機嫌であったが


「そうか、羽根丸はカレセンか」


 というセンピーの言葉に顔を顰めた。


「いや、ぬら爺は枯れてないでしょ」


 そういうとセンピーはあははと笑った。からかわれただけだ。いつも通りだ。


「まあ、年上が好きなのは認めるけどね」


 軽く、本当に軽く反撃。


「へええ、そうなんだ。意外だなあ」


 だがセンピーには全く通じない。わかっていたことだ。この攻撃が効くような相手なら苦労はしない。何しろ貴方が好きだと言葉で伝えたことだってあるのだから。


「お、あれ見て。占い師さんがいるぞ」


 センピーが指を指す。


「占い師さん?」


 鬼六大橋の袂に、何やらお店を出しているプレイヤーがいる。


「知らない?狐の占い師さん。時々いるんだよ。ちょっと前にギルドの人と一緒に来てさ。なんかみんなで恋愛運見てもらう流れになった」


 センピーは聞き捨てならないことを言う。


「ふうん」


 ここは努めて冷静に、気のない返事を返す。


「それで、当たってた?」


 当たり障りのない質問。誰との恋愛運を見てもらったか等と聞けるわけがない。センピーにその気がなくても、ギルドの人の中にはセンピーとの相性を見てもらいたい人だっているのだ。


「いやあ、さっぱり。身近にあなたを好きな人がいますよ、とか言われたんだけど」


 あはは、とまたセンピーが笑う。


 それは何とも、優秀な占い師さんだ。一緒に聞いていたギルドの人達の中にもそんな人がいることを、このムカデは気付いてもいないだろう。


「でも結構面白いんだよ。他の人は当たってたらしいよ。それになんか、耳を触るといいことがあるんだって」


「ふうん」


 本当ならば是非触らせて欲しいものだ。この鈍感なムカデに、今年こそ想いを伝えられるかもしれない。


 羽根丸は「年上」が好きなのではない。羽根丸が好きになった人がたまたま年上だっただけだ。カラス天狗の羽根丸こと藤原 香純が思いを寄せる相手は、八年も前からずっと変わらず、三つ年上の従兄、ムカデのセンピーこと出倉 歩武だ。


 香純の母はと歩武の母の姉に当たる。歩武の両親は仕事が忙しいということで、歩武は以前はよく香純の家に来ていた。


 初めて歩武に好きだと伝えたのはもうずいぶん前。小学二年生のバレンタインの時だった。ちゃんと気持ちを込めて言ったし、義理ではない特別なチョコレートも贈った。歩武は喜んでくれたけれど、でもそれだけだった。


 それから毎年バレンタインの日が来る度に、チョコレートと共に好きだと伝えている。歩武は毎回喜んでくれる。いやあ、ありがとう。香純からもらえなかったら母ちゃんからのだけになるところだった、等と。だがそんなところで喜んで欲しいわけではないのだ。


 今年だってとびっきりのを用意してある。


 家はそう遠くない。本当は届けに行きたいところだが、渡すというと毎回歩武はじゃあこれから取りに行く、と言って向こうから来てくれてしまう。危ないからと気を使ってくれるのは嬉しい所だが、取りに来させるということがこのチョコレートが本命なのだと思ってもらえない理由の一つではないかと思っている。


 それに毎回お母さんが歩武に、「今年は彼女からは貰ったの?」と聞くのも取りに来てほしくない理由の一つだ。彼女いないっす、と言う歩武のお決まりの返事に、お母さんは香純の気持ちを知っているくせに「あらあら、早く作らないとねえ」などと返すのだ。


 去年、歩武が大学生になってからは歩武が家に来る機会はとても少なくなってしまった。「やおちょう」の中ですらなかなか会えない。


 お互い受験だとか学校の行事だとかで中々予定は合わないし、大学生ともなれば歩武も香純にかまっている時間はないのかもしれない。


 ゲームの中のギルドもそれぞれ別の所に入っているし、遊ぶ時間も基本的にまちまちだ。


 でも二人の間には一つの約束があった。



「やおちょうの新ストーリーが出た時には二人で一緒に進める」



 それは香純にとって、とても大事な約束だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る