第25話 二鎌の死神

「これは、マズイな」


 ウタイさんが言う。


「ダブルサイスか。このパーティーでの相手は流石に厳しいが、回避も無理だな」


 さっきまでのおちゃらけたウタイさんとは別人のようだ。それだけの緊急事態ということだ。まだ遠くに見えるあのモンスターは、クミズを易々と討伐した勇者様達からしても強敵なのだろう。他の死神もどきたちと同じように足は遅いのだけれど、確実にここを通る。



「ゴウ君、前に頼む。コヒナさん、絶対に動くな。アイテムも使うな」



 ウタイさんの言葉にゴウさんが動く。でも動くなと言われた私は、動くどころではなかった。



 しゃらん、しゃらん。




 恐ろしい音を立てながら近づいてくるのは「死神」だ。私が一番見たくないものだ。



 何故あんなものが私の道を塞ぐのだ。



 あれが私の道を塞ぐのは、理屈に合わない。



 何故私が通ろうとする道に、あんなものがいる。センチャの時も、マッチャのの時も、最後の最後で現れて私に嫌な想像をさせる。



 ≪死神≫が示すのは、「旅の終わり」「諦め」。


 先のないことに固執せずに新しいことに目を向けなさいというアドバイス。



 人との関わりが断たれること示すカードでもあって、その鎌は縁切り神社の神様みたいに、人と人との「縁」を断つ。



 まるで何か得体のしれないものに「諦めろ」と言われているようだ。お前の旅には意味がないと、縁などとっくに切れていると、そう言われているかのようだ。



 でも本当に怖いのは、その「得体のしれない何か」が自分の声かもしれないことで。



 嫌だ。嫌だ。



 私は絶対諦めない。私はそんなこと考えない。



 だから死神が私の道を塞ぐなんておかしいんだ。



 いなくなれ、死神。どうかお願いだから、私の元に現れないで。



 駄々っ子の様に祈ってみても、ゲームの中の死神が消えることはない。




 子供のころ足にひっついた毛虫を取ってくれた下のお兄ちゃんみたいに、泣いていれば誰かがやってきて嫌なもの、怖いものを取り除いてくれるなんてことはない。そんな事もう十分に分かっている。わかっているのだ。



 どうすればいい。レベル11の私に何ができる。死神は、レベル50を超える勇者達にとっても手に余る相手だという。その戦闘に参加したところで役に立つわけがない。精々が、一度ポーションを使ってあの鎌に―あの恐ろしい鎌に切られて死ぬのがせいぜいだ。



 ぐるぐる回る思考に、ぴろぴろん、とシステム音が割り込んでくる。画面を見ると「貴方はパーティーを抜けました」と言うメッセージが表示されていた。



「コヒナさん、アレは少々我々の手に余る。我々が戦闘を始めたら少し距離を取ってくれ。それまでは動いてはいけない。テレポート能力を持っていてね。動いたものに襲い掛かる性質がある。戦闘中でも、回復薬を使った者にいきなり襲い掛かってくることがある。だから、絶対に使わないように」


 ウタイさんの言葉に私ができる唯一のサポートも封じられる。では私は一体何をすればいいのだろう。私のわがままでピンチに陥っているというのに、何ができるというのだろう。


「ああ、大丈夫だよ。君がアレを怖がっているというのは良くわかった。理由わからないが、まあそれはどうでもいい。アレに見つからないように隠れていてほしい」



「でもその、それは私の我儘で」


動かないまま、ウタイさんに伝える。私たちの言葉は、あの死神には聞こえない。



「いいとも。リアルはどうだか知らん。だがこの世界においては何人たりとも、したくないことをする必要など無い。だがね、ゲームだからしたいことができるかというと、そうでもなくてね」


 段々と死神が近づいてくる。でもウタイさんはそのまま話し続けた。



「誰もが主人公、何てことはよく言われるがね。本物の主人公になる事なんて、そうそうあるものじゃない。メルロン君からコヒナさんの話を聞いたとき、私は心底羨ましいと思ったさ」



 ウタイさんの言葉に、自分がしていた勘違いに気が付く。後からやってきたウタイさんを含めてここにいる人はメルロンさんのお友達で。マッチャの町で偶然出会ったから一緒に行動してくれたのではなくて。



「我々は君を守ろう。何、心配することはない。君同様、私たちは全員望んで此処にいる」



 はじめから、みんな私をダージールに連れていくためにあそこに来てくれたのだ。



「だからその、もし良かったらで構わないのだが。ひとつお願いがある。その、言ってみてくれないかね。君は私に、私たちに、どうして欲しい?」



 ウタイさんが言う。



 死神はもう、すぐそこまで来ている。間もなく戦闘が始まる。でも本当はアレは死神などではなくて、さっきまで私の中にいたいた死神は、ウタイさんのお陰で、小さく小さくなっていた。



 アレは私の旅を終わらせるために現れた得体のしれない怪物なんかではない。ただの旅の障害の一つだ。その障害を取り除くのが私自身でないのはちょっと悔しいけれど、できない以上は誰かに頼むしかない。



 守ってやろうと、そう言ってくれる人がいる。



 その上で、どうして欲しい?と聞いてくれた。だからそれを伝えることが私の役目だというのなら、そこは頑張らなくてはらないだろう。



 いや、その、なんだ。



 本当に大変恥ずかしくはあるが。



 その、言うよ?



もう、そこまで来ちゃってるから。



 言いますよ? 言いますからね?



 ふう。せーの。



「勇者様方、どうか私を、あの恐ろしい死神からお守りください~!」



「ははっ。はははっ。いやいや、これは、これはなんとも」




 ウタイさんが笑う。なんだよう。言えって言ってくれたじゃないか。



「ああ、確かに聞いたとも。その依頼、改めて勇者メルロンとその愉快な仲間たちが承った!」



「…ははっ」



 ウタイさんの言葉に勇者イケメルロン君が笑う。



「いけっかなあ。いややるよ?やるけどね?」



「やべえ、激熱じゃないっすか。マジ燃えるわ」



「やっぱり、かっこいいね」


 みんなそれぞれにやる気を見せて、ってうわあ!?

 ルリマキさんがしゃべった!?



 ゴウさんの目の前までやってきた、私ではどうにもならないくらいに強いモンスターが、強い強いただのモンスターが、手に持った二本の、大きな大きな、ただの鎌を振り上げる。



 そして勇者たちと二鎌のガイコツの戦闘が始まった。


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