第24話 狂った水の精霊

<嘆きの洞窟>の最奥部。


 むき出しの岩で囲まれた広い空洞のあちこちに、水が溜まって池を作っている。端の方の池には水色の人の形をしたモンスターが見える。水の精霊か何かだろうか。けれどこちら側―空洞の中央には近づかない。まるで何かを恐れるように。


 空洞の中央にある大きな池。大きさでいえば地底湖と言っても差し支えないだろう。周りの清浄な湧水とは異なり、不気味に赤黒く変色した水を湛えている。


 近づくと、その赤黒い水の表面が、ぼこぼこと泡立ち始めた。



「出るぞ!「クミズ」だ。全員構え!」



 号令をかけたのはウタイさんだった。ウタイさんは初めてのはずだけれど、きっと初めてではないのだろう。これまでの戦い方も上手だったし、たまたま通りかかって面白そうだとついてきたのかもしれないし、もしかしたら別のキャラクターで通った道なのかもしれない。



 ざっばーん、という大きな音とともに戦闘が始まった。



 周りの水色の人型と同じ形。でもそれよりずっと大きくて、禍々しい。



<狂った水の精霊>


 現れたモンスターはそういう名前だった。ウタイさんの言い方で言えば、クミズ。


 クミズはぎょう、ぎょうと、ずっと変な音を出していた。なんだか苦しがってるようにも聞こえる。


 狂った水の精霊だからクミズなのだろうけど、もしかしたら苦しそうだからクミズなのかもしれない。


 そしてそのぎょうぎょうが一瞬止まって、クミズがその大きな体を屈ませる。



「来るぞ、全員退避!」



 ウタイさんの指示の下、全員がキミズから離れる。



 ぎょぅおお~~~ぇええぇえ~~~~~



 ……うわあ。


 リアルでも恐怖のバッドステータスを受けてしまいそうな凄い声。夢に出てきそうだ。子供だったら泣くよ。イケメルロン君は大丈夫だろうか。



 これが作戦会議で話のあった「叫び」だろう。初めから一番後ろにいた私は平気だったけれど、離れるのが遅れたイケメルロン君とジョダさんにいくつかのバッドステータスのアイコンが灯る。



 それをルリマキさんが直していく。



 バッドステータスの治療が終わったところでウタイさんが歌い始めた。歌に合わせて私にもぽん、と何かのバフがかかったアイコンが灯った。



 再び前衛のイケメルロン君、ゴウさん、ジョダさんがクミズに近接戦闘を仕掛ける。



 一人レベルがずば抜けて高く、さらにがちがちのプレートメイルと大きな盾で武装したゴウさんはほとんどダメージを受けない。



 ゴウさんは騎士さんなので、レベルが同じなら戦士さんであるイケメルロン君やジョダさんよりも攻撃力は低いはずなのだけれども、そこはレベル制のゲームだけあって攻撃力もゴウさんが一番高い。ダージールに抜けるためのダンジョンなので、プレイヤー側のレベルは50から60くらいを想定しているはずで、レベル70のゴウさんはモンスター側から見たらチートみたいなものだ。


 そのゴウさんに守られているので、本当は凄く強いであろうクミズも声以外はあまり怖く感じない。



「むう、いまいち盛り上がりに欠けるな。ゴウ君、もう少し手を抜いてくれないか」



 ウタイさんがそんなことを言っていたけれど、



「だああ、そういうのいいっすから!俺、割と必死っすから!」



 ジョダさんの反対によってその企みは阻止された。



 私の方も範囲攻撃もちゃんと避けられた。たまに混乱したジョダさんやイケメルロン君がこっちに攻撃しに来るけれど、それも含めて5回しか死ななかった。


 ポーションもしっかり二回使えた。私が死ぬ以外はあまりに安定した戦いだったために忘れかけていたけれど、イケメルロン君が教えてくれたのでセーフだ。


 クミズは、ぎょうぎょうと苦しそうな声を上げ続けて、そのまま勇者たちに倒された。なんだかちょっとだけ、可愛そうだ。



 ぴろぴろん、と音がして、私のレベルが一気に11まで上がった。それに伴って最大HPも上がったせいで、戦闘終了直前には満タンだったはずのHPが最大値の十分の一位しかないという事態になり、私のステータス画面は瀕死を示す真っ赤になった。


 半分減った黄色とか、死んじゃった時の灰色は見たことがあるけれど、真っ赤は初めてだ。こんなに苦しそうな自分を見るのも初めてだ。



 直ぐに回復魔法が飛んできて元気な私に戻った。ありがとうございます。HPの最大値はなんと最初の十倍以上だ。ナントカオオカミになら20回くらい噛まれても平気。



「コヒナさんレベル上がったってことは討伐完了だね。これで先に進めるはずだ」



 ウタイさんもそう言ってくれた。



「この先は強敵もいないから、このメンツなら余裕だな。まあ、のんびり行こう」



 戦闘の時もそうだったけど、ウタイさんはいつの間にか中心になっていてみんなそれについていく。こういう人をカリスマというのだろうか、と感心していたら



「あっ、イカン。ああ、皆様のおかげで助かりましたわ。ありがとうございます。おほほほほ」



 雑に取り繕ってきた。そういえば最初こんなキャラクターだったっけ。すっかり忘れていた。でもやっている本人も忘れていたのだから仕方ないと思う。



「だから、もうそういうのいいっすから」


 ジョダさんにも呆れられていた。


 一応ここはダンジョンの最奥部ということにはなっているけれど、実は隠し通路なんかがあちこちにあって、その先にはクミズさんよりも恐ろしいモンスターたちもいるらしい。最奥の奥があるのは変な話だけれど、サービス開始から二年も経ってゲームだ。そんなこともあるだろう。



 今までずっと下ってきたダンジョンも、ここから先は上り坂。出てくるモンスターにはもちろん私一人では勝てないけれど、一回噛みつかれたくらいでは死ななくなったので死亡率はぐんと減った。それに空洞前とすこし考え方を変えられたので、洞窟の中を見る余裕もできた。


 最奥部ではむき出しの岩だったダンジョンの壁が人工的なものに変わっていく。街中もそうだったけれど、壁の造りも場所ごとに違ってタイル一枚として同じグラフィックではない造りは、流石はエターナルリリックだ。でも壁に気を取られて置いていかれたりしたら冗談抜きで私はここで一生を終えることになる。まあ、一生終えた後に旅の行商人さんに運ばれて、帰還魔法とかでけろっと戻ってくるんだけども。


 モンスターのグラフィックも個性的だ。洞窟らしく、ヤモリみたいなのもいたし、なんとかスライムはそれぞれいろんなものを飲み込んだグラフィックだった。靴だったり、鎧だったり、哀れな冒険者の遺物なんだと思うけれど、飲み込んでるものはランダムで、一番おかしかったのはソーセージだった。


 ウタイさんが、欲張ってないでそれ食べちゃえよ!なんてことを言っていた。ごもっともだ。


 ウタイさんは不思議なことにおしゃべりしながら歩く。さらには振り返ったり手を振るなどの動作も合わせてくる。しぐさにあらかじめ登録しておいた定型文を組み合わせるのとは違う。それはコントローラーを使いながら同時にキーボードを操作することになるはずで、つまりは手が4本ある計算だ。どうなっているんだろう。


 ルリマキちゃんも凄いけれど、この人も凄い。尚、ダンスバトルを経て私の中でルリマキさんはルリマキちゃんになった。戦った後に友情が深まるアレだ。


 他にもいろいろなモンスターがいた。我が宿敵コウモリだってよく見れば愛嬌のある顔をしている。もちろん勇者様方の背中越しによく見ればの話だ。


 この先は一本道で、万が一はぐれても迷子になったりはしないそうだ。逆走だけは気を付けなくてはならないので、もしはぐれてしまったら大人しくその場で何かに食べられておくことにしよう。虫みたいなのはいなかったから大丈夫だ。


 そんな風に私がゆるゆる気分で残りの道中を消化していたら、前方から別の勇者様御一行が走ってきた。けっこうな人数だ。そしてそのまま私たちとすれ違ってダンジョンの奥へと向かっていった。奥にいる何かの討伐に向かったのかな、くらいに私は思っていたのだけど


 それまでゲームのことやモンスターについて本当なのかウソなのかわからない話を延々としながら歩いていたウタイさんが突然、


「む、これはマズイ」


 そう言って止まった。


 気が付けばどこからか、しゃらん、しゃらん、と金属が擦れる音が聞こえる。他のメンバーにも緊張が走る。



「コヒナさん、絶対に動くな。アイテムの使用もするな」


 しゃらんしゃらんはこれからこの場所に、何かが現れる前兆らしい。しかもそれはウタイさんにこれだけの警戒をさせる相手。恐らくはボスであるはずのさっきのクミズ以上の強敵。



 しゃらん、しゃらん



 洞窟の出口に続く道、そのずうっと先。曲がり角になっていて見えなかったところに、すううっ、と一体のモンスターが現れた。


 

 そのモンスターを見て、私は、私のアバターと、リアルの私は固まってしまう。心臓がどくどくいう。息を忘れる。コントローラーに添えた手が震えだす。あれは、あの姿は。



 そのモンスターに足はない。すいいっと、滑るように浮かんでいる。



 手にはリーパー種であることを示す大きな鎌。鎌の大きさは大鎌幽霊が持っていたものと同じくらいだろうか。


 でもそのリーパー種自身は、大鎌幽霊よりもさらにずっと大きくて、もう、「幽霊」だなんてごまかしようもないの髑髏の顔。



 あれは紛れもなく死神に連なるものだ。



 両手に一本ずつ、二本の鎌。



 人の縁を切り裂く二つの鎌が、旅の終わりを暗示する死神の頭上で触れ合って、しゃらん、しゃらん、と鳴っていた。




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