第22話 水の中に潜む物

 <月>というカードがある。日本で月にネガティブなイメージを持つ人は少ないと思うけれど、タロットの<月>はあまりいい意味で解釈しないことが多い。


 <太陽>のカードが成功、元気といったポジティブな暗示を持つのに対し、月は嘘、裏切りといったネガティブな暗示とされる。ウエイト版のタロットでは月のカードには水辺とそこに潜むザリガニが描かれており、これは隠し事や見えないトラブルの暗示とされる。


 西洋にはムーンストラックという言葉がある。直訳すると「月に打たれた」だが、これは「狂気に落ちた、気がふれた」という意味の慣用句だ。西洋においては日によって明るさが異なり、満ちたり欠けたりする月は、妖しさや信じられないものの象徴なのだろう。


 月は夜の闇を照らすけれども、太陽と違って秘密を暴き立てたりしない。曖昧なものを曖昧なままに、そっと見守ってくれる。


 そんな月が好きな人というのは、もしかしたら。曖昧がそれほど嫌いではなくて、何かを心に隠しておきたい人達なのかもしれない。



 *******



 嘆きの洞窟に入ってすぐの私が何度も殺された相手は大きなコウモリだった。暗い中で視界の上の方に飛び回っていて見にくく、数が多いので避けきれない。逆に言えば数が多いだけの敵なのだそうだ。だがそれは私にとっては最も手ごわい相手だ。


 一番レベルの高いゴウさんとジョダさんがパーティーを組み、先頭に立つ。モンスターが多い時には敵方に見つかるより早く二人が攻撃を仕掛け、素早く殲滅して道を作ってくれる。


 殲滅が間に合わないときにはルリマキさんとウタイさんの二人が戦闘に加わる。基本的に私とイケメルロン君のパーティーは作ってもらった道を通っていくだけだ。


 しかしこれはイケメルロン君は退屈なんじゃないかな。


 たまに戦闘になってしまった時には以前のオオカミの時と同じようにイケメルロン君が戦ってくれている間に私は離脱する。


 ただあの時のオオカミ以上にコウモリたちの数が多いので、どうにも避けられなくてルリマキさんやウタイさんに蘇生して貰うケースも、まあ、度々。すいません。


 ダンジョン内には鎌幽霊や大鎌幽霊もいた。守ってもらう立場だというのにアレの近くは通りたくない、怖いとワガママを言ってみたら、ウタイさんが「私も怖い」と言ってあっさり迂回することになった。ウタイさんもアレに何か思う所があるのだろうか。


 洞窟の中ほど。


 神殿かお城みたいな建物の崩れた後があって、その前には大きく開けた空洞がある。神殿の中は安全地帯となっており、そこまではモンスターは入り込めない。またここは帰還石の登録ポイントとなっていて、これでここまでは私一人でも来れるようになったということだ。多分二度と訪れることはないだろうけど。


 長いダンジョンを抜けるための安全地帯ということで、そこで少々休憩ということになった。私も飲み物を取って戻ってくる。


「もどりました~」


 声を掛けたけれども反応がない。まだ誰も戻ってきていないようだ。少し待っているとイケメルロン君が戻ってきた。


「ただいまです」


「おかえりなさい~」


「コヒナさん、早いですね」


「はい~。メルロンさんも~」


「そういえばコヒナさん、服装変わりましたね。服と帽子、良くお似合いです」


 おお、流石のイケメルロン君だ。こういう所、師匠にも見習って欲しいね。


「ありがとうございます~。自作です~。できれば染めたいのですが、染粉ってすごい値段するんですよね~。びっくりしました」


「あ~、服装とかこだわると際限なくお金かかるって聞きましたね。何色にするんですか?」


「なんとかグリーンって言う色です~」


「あはは、なんとかグリーンですか」


 恥ずかしながら物の名前を覚えるのが苦手だ。カタカナならなおさらである。

 

 そこで、ちょっと会話が途切れる。むう、なんだかちょっと気まずい。


「あの、コヒナさん、ひょっとしてなんですが」


「はい~」


「もしかして、ものすごく気を使ってますか?」


 はう。


「はう」


「道中も全然しゃべらないですし、何だか普通の人みたいですよ。休憩戻ってくるのも以上に速いですし」


 いやいやいやいや


「気を使っているというわけでもないのですが~。でも、さすがに皆様に申し訳ないというかなんというか~」


 寧ろ気を使って当然だと思う。偶然会ったからとはいえ、何もできない私を守りつつダンジョンを突破するというのは、いい人たちだなあでは済まされないだろう。


「ええと、多分そんなに気にしなくてもいいですよ。僕もそうですけど、みんな好きでやってる人達ですから。申し訳ないとか、迷惑とかは考えなくて大丈夫です」


「あうう、ありがとうございます~」


 イケメルロン君がそう言ってくれるのは嬉しいことではある。しかしそうは言ってもだ。私にしてみれば全然知らない人が突然みんなで私を助けてくれているわけで、感謝のしようもない状態が延々続いているわけで。せめて邪魔はしたくないというか、足手まとい率を減らしたいというのはある。そうなれば自然と口数も減る。


「そういえば、リーパー種は嫌いなんですね。他のモンスターに殺されても、すいませんとかしか言わないのに、あそこでだけずいぶんおしゃべりでした」


 うむう。イケメルロン君良くみてるなあ。多分この子は学校でもモテるに違いない。きっとイケメルロン君に近いあだ名がついているに違いない。学生かどうかは知らないけど。


「そのう、あの鎌が~。死神の鎌みたいで怖いのです~」


 何言ってるんだろうこいつと思われそうだが、怖いものは怖いのだ。


「死神って、ああ、タロットカードの死神ですか?もしかしてリーパーに切られたらリアルでも死んでしまうかも、とかそういう?」


「いやいやいやいや」


 いやいやいやいや。子供じゃあるまいし。ゲームの中で死神に殺されて死ぬとは全く考えてはいない。でも、縁起を担いでいるという意味では一緒か。アレにゲームの中で切られることは、私にとってはあまりにも「縁起が悪い」。死神の鎌が断つ物は何も命だけではないのだ。


「じゃあ、リーパー種と芋虫、どっちが嫌いですか?」


 く。そうだった。私は一月前の時も芋虫が嫌だとイケメルロン君に駄々を捏ねたのだ。本当に面倒をかけ通しである。


「芋虫はキライですが、死神は怖いです~」


「なるほど。じゃあ、この後も死神は避けていきましょう」


 私が死神と呼んだのに合わせて、イケメルロン君はアレを死神と呼んだ。ほんとにイケメン、いや、優しい人だ。


「なんだ、みんな遅いな」


「そうですね~」


 イケメルロン君は前と同じように優しいのだけど、なんとな~く、微かに息苦しさみたいなものを感じてしまった。多分私の申し訳ない感が抜けないせいなのだろうな。あそこまで気にするなと言ってもらったのに、申し訳ない。……いや無理。気にする。申し訳ない。


「じゃあ、この間に、ちょっとだけ何か見てもらうことはできますか?」


「あ、はい~、喜んで~。では皆さま戻ってくるでしょうから、ワンカードで近況というのはどうでしょうか~」


「ではそれで」


 気を取り直して、意識を集中。当然ながらワンカードで見る時もしっかり混ぜる。


 カードををそろえて、一番上を開く。


 出てきたのは<月>のカードだった。


「<月>ですね~。嘘とかごまかし、隠し事、不安なんかを表すカードです~」


「……なるほど」


「御心当たりがありますか~?もし気になることがありましたら、アドバイスにもう1枚開いてみます~」


「あはは、どうでしょうか」


 おや、外れたかしら。それとも、やっぱり隠し事があるのかしら。


「いや、大当たりじゃん」


「あっ、ゴウ君、バカ」


 いましゃべったのはイケメルロン君ではなくて、いつの間にか戻っていたらしいゴウさんだ。そのゴウさんにバカと言っていたのはウタイさんだ。どうやらゴウさんはイケメルロン君の隠し事のことを知っているらしい。ふむ。ちょっとだけ気になる。


「やれやれ」


 イケメルロン君はそういうと立ち上がってゴウさんのところまで行き、ごん、と剣で叩いた。うわあ、痛そう。ダメージは発生しないけど、痛そう。


「痛えな!」


「痛くないだろうが」


 そう言ってまたごん、と叩く。


 すると、こちらもいつの間にか戻ってきたらしいルリマキさんが、二人の間に割って入る。そして無表情のまま首をフルフルと振った。


 そうだよね、暴力はいけないよ、と思っていたのだけど、ルリマキさんはその後「はい」と言ってイケメルロン君に何やら細くて長いものを渡していた。なるほど、今のは「はい、どーぞ」の「はい」か。


 でも渡したもの、あれは?


  ……?


 私の目が確かなら、あれは漫才なんかのツッコミに使う、ハリセンという奴だ。ええと、ルリマキさんは、いつもハリセンを持ち歩いているのかな……?


 剣で叩くのはいけないから、これでしばけということだろうか。さらにルリマキさんはゴウさんの横に正座し、無表情のままうなだれる。良くわからないけどルリマキさんもゴウさんと一緒にしばかれるらしい。


 それを見たウタイさんも何でだかいそいそとやってきてルリマキさんの隣に座った。ウタイさんも一緒にしばかれるらしい。ただしウタイさんは正座だけれど手は人差し指と親指で輪を作るタイプの大仏さんの手だ。反省の色は見られない。いや、何に反省してるのか良くわからないけど。


「エエ……これ、俺もしばかれる奴っすか?」


 やっぱり戻ってきていたらしいジョダさんもブツブツ言いながらウタイさんの隣に座った。


「はあ。やれやれ」


 イケメルロン君はため息をつくと、ゴウさんから順番にぱーん、ぱーんとハリセンで頭を芝居て行った。


「待て、俺だけ三回目」


「はい」


「アーリガトーゴザイマーッス!」


「うええ、っす」


 みんなそれぞれに叩かれた反応を返していた。ウタイさん、溶け込み方上手いなあ。私と同じく皆さんとは初対面だというのに。私はイケメルロン君と会った事があることがあるわけだし。でも、ネットゲームだしな。初対面とかそういうのを気にするのはそういうことを気にする人がするのだ。気にするのも、気にしないのもどちらも正しい。ネットゲームに限ったことではないかもしれないけれど。師匠の言葉を借りれば、人と人との関係はネットゲームの中でもリアルなのだ。


「コヒナさん、皆こういう人たちですから、気遣いは不要ですよ」


 イケメルロン君がそう言ってくれた。


「そうだとも。皆自分のしたいことをしているだけだ。何も気にすることはないさ!」


 ウタイさんもそう言ってくれて、他の方々もそれに同意してくれた。


 そもそも何でイケメルロン君が皆をしばきだしたのかもよくわからないのだけど。


 それにはい、そ~ですか、と気持ちを切り替えられるものではないけれど、戦力外は戦力外なりに楽しまなくてはいけないな、と思った。


「ありがとうございます。改めまして、道中よろしくお願いいたします」




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