第21話 占い師 大都会へ行く 3

 ダンジョンを越える。


 その為に更なるトライ&エラーを実行すべく、私は帰還魔法でマッチャの町に降り立った。前回はNPC以外は全くの無人だった町の入り口に今回は人がいた。


 冒険者さんたちが数人集まって何やら相談事をしている。なんとその中に金髪碧眼の少年エルフを発見した。

 

 初めてお会いした時から見るとずいぶん立派になってはいるけれど、あれはもしやイケメルロン君ではないだろうか。


「あれ~?い……メルロンさんじゃないですか~。こんにちは~」


 イケメルロン君は時々センチャの占い屋さんを覗きに来てくれている。何故かイケメルロン君が来てくれた時にはお客様がいることが多く、中々お話ができない。イケメルロン君は私がお客様とお話をしているのを確認すると、すぐまたどこかに飛んでいく。きっと占い屋さんのその後を気にかけてくれているのだと思う。流石、アフターサービスまで徹底されたイケメン振りだ。


「えっ、コヒナさん!?」


 イケメルロン君が声を上げる。何やらずいぶん驚かせてしまったようだ。そして一緒にお話していた誰かが帰還魔法で飛んで行ったのが見えた。


 お邪魔してしまったのかと思ったが、丁度ログアウトの為に飛んでいった所に私が声を掛けたという事らしく、安心する。


「それよりコヒナさん、一体どうやってここまで」


 イケメルロン君が驚いている。おお、よくぞ聞いてくれました。ふっふっふ~。事情を知っているイケメルロン君になら自慢してもいいだろう。


「透明薬というものの存在を知りまして~、頑張りました~」


 えへん、と胸を張ってみせる。


「っ!? 透明薬って、一人でここまで来たんですか!?」


 イケメルロン君も驚いてくれたらしい。そうなんですよ、凄いでしょう?こんなに凄いことをやったのに、誰にも自慢できないと思っていたけれど、イケメルロン君の反応は大変満足いたしました。イケメルロン君は癒し系イケメンだね。


「皆さんは、メルロンさんのお友達ですか~?」


 一緒にいる方々にもご挨拶しないと。お、女の子もいるぞ。さすがイケメルロン君だ。


「ちわ~。占い師のコヒナさんですね。メルロンから聞いてます。お会いしてみたいと思ってたんですよ」


 顔以外をがちがちの金属鎧で覆った人間族の騎士さんの名前はゴウさん。鎧もすごいけど持っている大型のヒーターシールドもすごい。大きいし分厚い。多分私が下敷きになったら動けない。


「ちわっす~。ジョダです。俺も会ってみたかったっす。うっわ、マジでレベル1だ。コヒナさんスゲエすね!」


「えへへ~。はじめまして~。よろしくお願いします~。メルロンさんには大変お世話になりました~」


 ジョダさんも驚いてくれた。大変満足だ。ジョダさんはドワーフ族の槍戦士さん。武器はショートスピア。それと大きなラウンドシールド。ゴウさんの盾よりは幾分軽そうだけれど、ドワーフ族だと縦方向には小さな体がすっぽり隠れてしまうので防御力は高そうだ。そこから槍で突っつく戦術は相手にしてみたらきっとやり難いだろう。


 もう一方は紅一点のルリマキさん。白地に青く縁どられた神聖職用のローブを着た、人間族の神官さんだ。細身の体をふわりと覆うローブ姿はなかなかの美人さんだ。ルリマキさんは「ルリマキです」とだけ言って頭を下げたけど、その瞬間、何か不思議な違和感があった。


「ルリマキさんですね~。よろしくです~。お?おお?」


 お辞儀をした後、私が首を傾けて笑ったのに合わせて、ルリマキさんは同じように首をかしげて見せた。それはシステム上の「笑顔」という「動作」なのだけれど。なんとルリマキさんはまったく表情を変えることなくそれをやって見せた。


 えっ、今のなんだ?


 今の動きの凄さをが分かる人は少ないのじゃないだろうか。表情を変えていないのだけど、単に無表情とは違う。「動作」の設定を細かくいじって、角度やタイミングを調節してしいて、ルリマキさんは今、無表情のまま確かに笑った。小学校の時に学校の行事で連れていかれた「能」のようだ。仮面一枚で色々な表情を作るのだと教わった。子供心に偉く関心したものだが、ルリマキさんはアバターでそれをやってのけた。恐るべしである。


 ルリマキさんも私の動きに思う所があったようで、私たち二人はしばし見つめ合ったままでいた。私が恐る恐る左手を上げてみると、ルリマキさんも右手を上げた。そして、ぎょっと驚く動作をする。無表情だけど。私もそれに合わせて驚いて見せる。


 あ、こんなところに鏡がある、というヤツだ。


 私がちっちっ、と指を振って見せると、ルリマキさんも同じように指を振る。ルリマキさんがべーっと舌を出すと、私もあかんべーをする。お互いの色々な動作を真似して堪能したところで、ルリマキさんはビシッと私を指さしてきた。ふむ、わかります。ダンスバトルですね?いいでしょう。受けて立ちます。


 ルリマキさんは誘うようにすぅ、と腰を落とす。あれは、「歓迎のダンス」の前動作だ。いいですね。この出会いに相応しいダンスと言えるでしょう。


 では、行きましょうか。3,2,1,ミュージック、スタート!


 残念ながらミュージックはかからないので脳内再生だ。でも二人の息はぴったりで、非常に楽しい。


「コヒナさんは、この後はその、ダージル目指す予定なのですか?」


 おっと、つい二人の世界に。すいません。しかし踊りは止められないので踊ったまま答えを返す。


「今日は様子見だけですね~。前回来た時はほとんど進めなかったので、再チャレンジです~。メルロンさんたちはどうしてこちらへ~?」


「僕達はその、丁度<嘆きの洞窟>を越えようとしてて。良かったらコヒナさんも一緒に」


 イケメルロン君はそう言ってくれて、それはとても魅力的なお誘いだけれど、流石に応じるわけにもいかない。私には何もできないのだから。


 丁重にお断りしようとした時、丁度そこに帰還魔法で別のプレイヤーさんが飛んできた。前回来た時は全く人に会わなかったというのに、不思議なものだ。もしかしたらここでも占い屋さんとしてやっていけるだろうか。


 飛んできたプレイヤーさんはウタイさんという、エルフ族の女性だった。


 ウタイさんは飛んでくるなり、くるっと私の方を向いて言った。


「今、嘆きの洞窟とおっしゃっていましたか?ああ、よかった。私は旅の吟遊詩人なのですが、この洞窟を私一人では越えることができず、とても困っていた所なのです。どうか、ご一緒させていただけないでしょうか」


 嘆きの洞窟のお話の後に飛んできたように見えたけど、ウタイさんにはお話が聞こえたようだ。ルリマキさんもそうだけど、世の中には不思議な人がいっぱいいる。ネットゲームなので人ごとのラグもあるのかもしれないな。


 ゴウさんがパーティーメンバーが一杯だからとウタイさんを断ろうとしていたけれど、それならばウタイさんを連れて行ってあげて欲しい。というかそうすべきだろう。ウタイさんはレベル50。私と違ってしっかりと戦力になる。イケメルロン君のお誘いにちょっと、いや、かなりくらっとしてしまったけれど、そもそもレベル1で連れて行って下さいと頼むのはあまりにも身勝手だ。


「私は大丈夫ですよ~。足手まといになってしまいますから~。ウタイさんどうぞ~」


 踊りを止めてウタイさんにパーティーの参加を譲る旨を伝える。


「まって、コヒナさん、それじゃ本末転倒で、よくわかんないけど大丈夫みたいだし」


 がちがちプレートのゴウさんがそう言ってくれた。なにが本末転倒なのかはよくわからないけれど、人数がもし問題ないとしても、一番問題になるのは私のレベルなのだ。


「あ、ああ~、そういうことかあ。そうそう、ここで出会ったのも何かの縁ということで。この6人で嘆きの洞窟を越えましょう、ってことすね。んではコヒナさん、ウタイさん、改めてよろしくっす」


 大盾のジョダさんも何かに納得してよくわからない理由をつけて誘ってくれる。


「でも~、その私は~」


「だーいじょぶっす。メルロンさんから話聞いてるっすから。どのみちダージール目指すんでしょう?一緒に行った方絶対いいっすよ」


「あううう。ありがたいのですが~」


 ありがたすぎるが故に、甘えてしまうわけにはいかない。この世界でしてはいけないことの一つは、自分の為に他人の時間を使うことだと教わった。その教えを破るのは、やっぱり怖い。


「コヒナさん。残念ですが、あのダンジョンは絶対に一人では越えられません。コヒナさんならもしかしたら他の、もっと危険な場所でも何とかしてしまうのかもしれないですが、ここは無理です」


 イケメルロン君が諭すように言う。自分でも無理かなとは思っているのだけど、だからと言って。


「いいですか、このダンジョンにはボスがいます。そいつを倒さなければ進むことはできません。これはシステム上の問題です。コヒナさんがどんなに頑張ってもクリアできる問題ではありません。レベルを上げない、戦わない。そのスタンスを変えるつもりがないなら、僕たちと一緒に行った方がいいです」


 ダンジョンのボス。


「……なるほど。それは確かに私では越えられないですね~」


 そうか、このゲームにはそういう物がいるのか。ボス―物語の進行上の門番は、確かに私ではどうにもならない。ここで教えて貰ってよかった。透明薬や他の何かを使ってそのボスの前にたどり着けていたとたとしたら。そしてそこから先には絶対進めないとわかってしまったら。私はもしかしたら旅を諦めてしまっていたかもしれない。


「大丈夫ですよ。勇者がたまたま道を同じくした占い師さんを守るのは、普通のこと、でしょう?」


 前と同じようにイケメルロン君が言ってくれる。私がその言葉に甘えても、私が道を違えることにはつながらないのだと、そう言ってくれる。


「では、行きましょうか。報酬はまた、ダージールに着けたら占っていただくということで」


 また前と同じように、イケメルロン君が報酬を提示してくれた。いくら感謝をしてもし足りないが、私には他に返せるものがない。


「重ね重ね、ありがとうございます~。皆様、ご迷惑をかけますが、よろしくお願いします~」


「おっしゃ、よろしくね、コヒナさん」


「よろっす!」


「はい」


「ああ、本当に助かります。どうぞよろしくお願いいたします、勇者様方。なんだか強引に混じってしまって、申し訳ありませんわ。うふふふふ」


 ウタイさんはしゃべり方が独特な人だ。ロールプレイなのだろう。レベル50だというと私やイケメルロン君と同じくらいに始めたのだと思うけれど、もしかしたら私と同じように、他のネットゲームで遊んでいたことがあるのかもしれない、


「じゃ、行きますか!」


 ゴウさんの言葉を合図に、勇者様方に守られて、私は再び<嘆きの洞窟>へと向かう。


 私はこの時本当に感謝していたのだけど。


 思っていた以上に守られていたとのだということに気が付くのは、恥ずかしながらもうちょっとだけ後の話だ。

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