第19話 占い師大都会へ行く 1

 この間来てくれたお客様はリアルでは社長さんをしているとかで。


 リアルが社長さんだからこちらでもお金持ちというものでもないのだろうけど、大変に気前の良い方で、私の占いに感激してぽん、と1万ゴールドと言う大金を置いていってくれた。


 通常、ここセンチャの町での私の見料は100ゴールド。ここが二番目の町であることから安心の価格設定。かつ占いの後、御納得いただけたらのお支払いということになっている。後払いにしているのは「詐欺」と言われるのを防ぐ為だ。ネットゲームの中でも色々な詐欺が横行していて、どのゲームでもゴールドの受け渡しに関するルールは厳しい。物としての商品を扱わない占い師なぞというものはいつ槍玉に挙げられても可笑しくないのだ。


 冒険をしない私にとってはお金というものは本来はそんなに必要なものではない。だがこの世界、エタリリに関しては、人がいる場所までたどり着くのにはそれなりに準備を整えなくてはならない。そうなるとお金がなくてもいいというわけにはいかない。


 だから規定以上のお金をいただけるのは大変にありがたい。でもそれ以上に、傍から見れば変なことをやっているという自覚のある私にとっては、お代をいただけることは自分を認めてくれる人がいるということで、プラスしていただけるのはその行為を評価してくれる人がということで。金額以上に嬉しいのだ。


 お金はもちろん、町の外……は無理だが、帰還石でホジチャまでもどってモンスターを倒せば、稼げるのだろうけど。私のモットーは「嫌でござる戦いたくないでござる」なので地道に稼ぐしかない。


 つまり何が言いたいかと言うと、



「いっちまんごーるど、ひゃっほ~う!」



 実に占い100回分のお値段。一回15分かかるとすれば、この町の占い師の平均時給は400ゴールド。なんと労働時間にして25時間分の大金。加えて言うなら当店は現在大変な数の閑古鳥が鳴いており、お客さんのいない時間の方が長い。丸一日かけて収入ゼロという日も普通にある。


 1万ゴールドが私にとってどのくらい凄いのかお判りいただけると思う。テンションも上がろうというものだ。


 最近はお客様がいないときにちまちまお裁縫の内職をしているので、実は収入はもうちょっとある。というかお裁縫のほうがずっと稼ぎになっている。占い稼業だけやって食べていけるほど世間は甘くないのだ。


 頂いた大金を手に、私はNPCのお店へ向かった。まずはたくさん作った帽子や服を買い取ってもらう。但し、一番買取価格が高かったマギハットだけは、売らずに自分で被る。この帽子一つだけで大分占い師っぽくなる。同じNPCと言えどもただの町人さんとはオーラが違う。この帽子を染めたりしようものなら、それはもう、雰囲気ばっちりの占い師と言えるだろう。


 ちまちまと作った帽子と服は思った以上に高く売れた。全部で所持金は約1万6千ゴールド。ではさっそくお買い物だ。まずは何はなくとも染料。お裁縫屋さんの染粉のラインナップから緑色を選択しようとしたら、緑だけでも何種類もある。その中で一番綺麗な緑選ぶ。


 以前に別のゲームで被っていた帽子の色に近い色を見つけた。霜のような淡い光沢をもつ若草色。喜んで選ぼうとしてギョッとする。


「一個3万5千ゴールド……?」


霜緑色フロストグリーン>という名前のその染料には、私が手にしている大金をはるかに超える値段がつけられていた。普通の緑色なら、<緑>の染料は1000ゴールドからある。それにしたって占い十回分だけど。でも同じ緑でも…<緑>は、普通の緑色だった。あたりまえだけど。他にもいろいろな緑があって、もちろんどの緑も綺麗だけれど。


 一番綺麗だと思ってしまった<霜緑色フロストグリーン>が一番高価だとは。我ながらスバラシい審美眼をお持ちでいらっしゃる。


 いいと思ってしまった色が買えないとなると、どうにも他の色で代用するのが悔しくなってくる。それに<霜緑色フロストグリーン>は、ネオオデッセイで私が被っていた帽子と本当によく似た色で。見つけてもらう目印としてはきっとこの色が最適だ。となればどうしたってこの色に染めたくなってしまう。


 この町で私が3万5千ゴールド、同じ色でドレスも染めるならば計7万ゴールドを稼ぐことは、不可能ではないかもしれないがとんでもなく時間がかかる。どうにか先に進んで、人が多くて見料の設定を上げられる場所まで行かなくてはならない。お金のために進まなくてはいけないのに進むためにお金がいるのは大変理不尽だと思うが、ゲームではよくあることだ。


 後ろ髪を引かながら裁縫屋さんを後にする。武器屋さんや防具屋さんは多分行っても仕方ない。一万ゴールドあればこの町での最強装備でも買えるだろうが、装備するのはレベル1の私である。武器はそもそも使わないし、多分何を着ても一撃で死んでしまう。


 アクセサリー屋さんには、「自分より弱いモンスターが逃げ出す指輪」も売っていたけれど。これも残念ながら使えない。私より弱いモンスターなんて初期町の周りにいるスライムくらいの物だろう。



 あれ……?


 スライムよりは強い……よね?倒したことないけど。


 次いで薬屋さんを覗く。


 薬屋さんには薬草より効果の高いポーションなるものも売っていた。でも薬草でHPマックスまで回復できてしまう私には無用の長物だ。そういえばこのポーションも薬草みたいに他の人に使えるのだろうか。いや、考えてみれば飲むものだとは限らないか。傷にばしゃっとかけるものかもしれない。でも戦闘中に突然ばしゃってされたらびっくりするね。私なら声出ちゃうと思う。


 蘇生薬も売っていた。一個5千ゴールドと大変高価だ。使って蘇生できるのならこんな凄いことは無いけれど、いかんせん一人だからな。加えておいて死んだ直後に噛むとか。だめだな、きっとまたすぐ死んでしまう。


 あるいは飲んでおくと生き返れる薬とかないかな。ゾンビ薬みたいなの。でもそうなってくると、レベル上げて進むのとゾンビになって進むのと、「NPC」としてはどっちが普通なのかは少々判断に迷うな。


 ふと、薬屋さんの商品ラインナップの一番下に、透明薬というものを見つけた。その名前に大きな期待を寄せ、効果を確認する。


<透明薬:使用すると一分間透明になりモンスターからターゲットを受けなくなる>


 期待以上の効果だ。だがこれだけでは情報は不十分だ。


 攻略サイトを開き、透明薬の詳しい効果を確認する。


 モンスター側の視認を受けていると効果がない、アクティブな行動をとると解除される。


 この辺は予想通り。一部のモンスターに効かないらしく、その一部が何なのかについては詳細がなかった。本来はダンジョン内などで安全にログアウトするためのアイテムらしい。


 一個2千ゴールドとかなり高価ではあるが、これが最も有効な手段だろう。あとはいくつ必要か、である。前回の薬草とは金額が全く異なる。ミスするわけにはいかない。


 ……実際のところはあの時点ではお金を稼ぐ手段が全くなかったので、金額は関係なく寧ろ100ゴールドずつでも稼げる今より大ピンチだったのだけど、気分的に異なる。ミスするわけにはいかない。


 あの時はイケメルロン君が突然現れて助けてくれたのでここまで来ることができた。あの日にイケメルロン君がゲームを始めて、それがイケメルロン君だったことは本当にとてつもない偶然で。その偶然がなければ私は今でもホジチャ村にいるか、あるいはこの世界を諦めて、次の世界に向かっていたかもしれない。いくら感謝をしてもし足りない。


 皆、自分の時間を楽しむ為にここにいるのだ。勇者達が互いに背中を預けるのならいざ知らず。自分の為だけにこの世界にいる私が勇者の手を煩わせるなど、本来あってはならない事だ。


 透明薬をとりあえず一つだけ購入。残りのお金は銀行に預ける。銀行に預けたお金は、死んでも無くならない。今は大金を持っているのでこれが半額になってしまうことを考えるとそれだけで悲しい。銀行さんありがとう。


 前回の教訓を生かし、透明薬を使わずにできるだけ進み、何処で使うべきなのかを考える。再び私の旅が始まった。


 目指すはマッチャの町。エルフ族の町としては最も大きな町だ。人も多いことだろう。見料も200ゴールド位に値上げできるかもしれない。


 ホジチャからセンチャまでの道なき道と違い、センチャから先にはグラフィックとして「道」が設定されている。これを辿っていけばいいので迷う心配がないのはありがたい。が、油断は禁物。


 リアルで知らない店に入ったら、出る時には60%~70%の確率で反対に歩き出す私である。1万6千ゴールド叩いてたどり着いたのがセンチャの町だったら、流石にへこむ。


 道に迷わない以外にも、街道は大変ありがたいものだ。街道沿いにはほとんどモンスターが出ない。遠くの方には草原をうろつくトラみたいなモンスターはいるし、恐らくイベントが起きるであろう妖しい洞窟も見える。お話を進めて行けばお姫様とかが囚われているのかもしれないが、進めていないのでお姫様も安心だ。


 恐らくはゲーム上のデザインとして、この辺りは本当に「街道」として設定されているのだろう。イベントを洞窟や塔などに設定できるため、街道沿いに配置する必要がない。洞窟とか塔とかそういう所ではきっとたくさん戦わなくてはならないのだから。


 しかしながら平和な街道が延々続くわけもなく、しばらくすると道の脇に生えている草…ススキみたいなやつの背丈がだんだんと高くなってきて、それに合わせて道が細くなってくる。ついには私の背丈を越えて、奥の方が見通せなくなって。時折ススキの奥の方でがさがさと揺れる音が聞こえるようになってきた。きっと何かいるのだろう。


 モンスターをよけながら進むルールで、モンスターが見えないというのはルール違反だと思うけれど、勝手にやっていることなので文句を言うわけにもいかない。


 案の定ススキの陰から突然飛び出してきたトラ?に噛まれて本日一回目の死亡。トラだと思う。羽生えてたけど。トラってススキの中にいるんだっけ。うん、いるのかもしれない。最大HPを大きく上回るダメージを受けて死んだので、防具を身に着けていても意味がないのではという私の仮説は実証された。偉い。



 気を取り直してススキの先へ。尚、ススキの先に進むのに六回死んでいる。


 偶然ススキを抜けられた先はまた道が広くなっていたけど、しばらくすると大きな川あり、大きな橋が架かっていた。橋の真ん中へんに何かのモンスターがいる。カッパ?みたいなの。遠目でも頭に皿が見えるので多分カッパで合っている。しかしマーフォーク族という種族がいる世界でカッパがモンスターとして出てくるのはどうなんだろうか。


 橋が長いのでどうやっても途中で見つかって追いかけられてしまう。カッパさんははそれほど足が速くない。カッパだし、泳ぐ方が得意なんだろう。見つかってもすぐ戻って来れば逃げきることはできるけれど、見つからずに橋を越えるのはかなり難しい。ギリギリのところまで行って透明薬を飲んで。効果が切れる前にカッパさんが後ろを向いてくれればその隙に通り過ぎることはできるかもしれない。なのでここで透明薬を一個使うことは確定だ。


 この先がどうなっているのかわからないけれど、透明薬を使い始めればもう後戻りはできない。行けるとこまで進むしかない。私はセンチャの町まで戻って、所持金を全て使って、合計八個の透明薬を手に入れた。


 その後ススキのトラで何回か死んだ後、橋の袂までたどり着いた。しかし一本も薬を使っていないので実質ゼロカウントだ。さっき確認したカッパさんがターゲットしてくるぎりぎりの地点で透明薬を飲んで待つ。


 スニークミッションを前提としたゲームならば巡回や振り向きに一定の法則があるのだろうけれど。カッパさんたちは倒されることを前提としているのでかなり自由気ままに方向を変えてくる。非常に難易度が高い。有り体に言って無理ゲーだ。


 それでもカッパさんが後ろを向いた瞬間にダッシュ。そのまま範囲外まで逃げた。でもそこですぐさまもう一本の透明薬を飲むことになる。長い長い橋の先に、もう一匹のカッパさんが全く同じように立っていた。そしてこのカッパさんが全く向こうを向いてくれなかったせいで、立て続けにの透明薬3本飲むことになった。


 橋を越えた先はまた安心の街道になっていた。但し道の途中に例の、鎌を持った幽霊がいる。しかも、以前に会った鎌幽霊よりも大きくて、持っている鎌も大きい。大鎌幽霊だな。でも幽霊みたいなローブの中に、骸骨の顔しっかり見える。鎌幽霊はもやもやしてて顔が良くわからなかったけれど、この大鎌幽霊の見た目は、やっぱり死神がモチーフなのだろうな。やだなあ。あの大鎌、怖いなあ。


 他のモンスターになら何回殺されても平気なんだけど。芋虫系でも、まあ嫌だけれど我慢できる。でもあの鎌は嫌だ。すごく……痛そうだ。


 街道をそれて別のモンスターに襲われるのも嫌だったので、もったいないけれど透明薬を飲んでやり過ごすことにした。大鎌幽霊は、すいい、と滑るように浮かびながら、透明になった私の傍を通り過ぎようとして……


 ぐるり、とこっちを向いた。


 一瞬早く気が付いてよかった。今のは完全にタゲを受けていた。鎌幽霊と同じように、大鎌幽霊も足が遅かったようで、戦闘に入る前に逃げ切ることができた。大鎌幽霊には透明薬は効かないようだ。死からは逃げられない、とかうまいこと言ったつもりか。


 街道はそのまま大きな町へと続いている。途中にも大きなモンスターが何体か街道を塞いだりしていたけれど、そこはまあ迂回して逃げて。こうして私は透明薬を使い切る前にかろうじてマッチャシティにたどり着つくことができたのだった。


 だったのだが。


 プレイヤーひしめく大都会を想像していた私は愕然とすることになる。大きなレンガ造りの門を抜けて入ったマッチャシティには、その町の大きさとは裏腹に、プレイヤーが全くいなかったのである。

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