番外 妖狐初夢奇譚 ナイトメアハント 上
一月十四日、昼休み。
別に正月ボケというわけではない。弁当を食べた後、休憩室で昼休みが終わるまでの間こうして机に突っ伏して寝るのは彼女の平常運転だ。彼女の昼寝姿は会社の名物扱いになっている。
昼休みと言っても正午は大分過ぎている。祐実のいる部署は始業から夜遅くまで誰かしらがいないといけないことになっている。シフト制ではあるが自分や陽菜子の様に家庭を持っていないものは遅い勤務に回されることが多い。
陽菜子は昼休みを寝て過ごし退勤後も直ぐに帰る。
それは何故か。
最初の頃は、やれ妻子持ちの男と密会しているとか、夜の仕事をしているから眠いのだなと言った下世話な噂も出た。休み時間に寝て仕事が終わったら帰るだけなので文句の付け所はないと思うのだが。
最近はその名前と同様にほわほわした彼女のキャラクターから悪意を持ったなくなった。それでも何かの折に話題にはなる。
漫画でも書いてるんじゃないか。いや普通に彼氏がいるんだ。
彼氏説は本人が否定したが、では何なのかと聞いてみても「内緒です!」という返答が帰ってくるだけなので、今は皆適当に想像している。
しかし祐実は知っている。この子の正体は妖怪占い狐だ。祐実が妖怪ろくろ首であるのと同じように。
祐実は陽菜子の向かいのデスクにすわると、陽菜子の耳をそっとつついた。何やらふにふに言っていたが目を覚ます気配はない。完全に寝ている。
これでお昼休みが終わる五分前には突然ぱちりと目を覚ますのだから不思議なものだ。
もう一回。そっとつついてご利益を賜る。
この耳にはご利益がある。本人は否定しているし、そもそもリアルでそんなことを知っているは自分くらいだろうけど。でも確かご利益はある。
今日は大事な日だ。縁起は担いだ方がいい。
今朝、今まで一人暮らしをしていたアパートを引き払った。今夜帰るのは五年付き合った彼氏の
去年の末に二人で暮らすことを決めて、やっと今日実現する。それが叶ったのは陽菜子のお陰による所が大きい。陽菜子自身はそのことは全く知らないが。
去年の11月。ひょんなことから祐実は陽菜子が自分と同じゲームをしていることを知った。
「八百万妖跳梁奇譚」、通称「やおちょう」
ゲームの中の祐実はろくろ首の<キリ>。斗輝は油すましの<アマニ>。
所謂ネットゲームだ。その中でプレイヤー達は皆なんらかの妖怪になって、敵の妖怪と戦いを繰り広げる。そういう「ゲーム」だ。
ただ、陽菜子に関してはちょっと違う。
この子はゲームの中で妖怪と戦うことはない。でも本当に、本物の怪物を退治する。
*******
「祐実先輩、お願いがあるのですが」
後輩の陽菜子が話しかけてきた。お願いとは珍しい。こっちから話を振れば普通に応じるが、自分から話しかけてくる子ではない。
「どうしたの、改まって」
「他に頼める人がいなくて、ちょっと変なお願いなのですが……」
いつもの元気さがない。これはよっぽど困ったことでも頼まれるのだろうか。織部陽菜子はちょっと変わった所もあるが真面目ないい子だし、仕事で助けて貰うことも多い。自分にできる事なら何とかしてやりたいが、出来ないことはどうしようもない。
「うん。わかったから、とりあえず話してみて」
「私が油断している時に耳を思い切り掴んでみてくれませんか?」
「は?」
耳。耳を掴んでと言われたか?
「ですからこの耳を私が油断している時に、がっ、と」
がっと言いながら自分の耳をつかんで見せる。聞き間違いでは無さそうだ。
「ええと、聞いてもいい?」
「すいません、言えないのです」
理由を聞こうとしたら食い気味に断られた。
「どうしても必要なんですが、他の人には頼みづらくて」
それはそうだ。頼まれた方も困るだろう。自分や陽菜子と勤務時間が重なるのは、ほとんどが男性社員だ。
「ええと、よくわからないけど油断している時に耳をつかめばいいのね?」
奇妙なお願いではあるが別に難しい話ではない。
「そうです!おねがいします!」
凄く嬉しそうだ。なんだか知らないが彼女には大事なことなのだろう。
「わかった。んじゃ機を見て掴むからね」
「はいっ!」
また嬉しそうに返事をした陽菜子だったが、その後仕事中に背後に回ろうとすると察知して身構える。
「ちょっと、何で警戒してるの」
「いや、だって急につかまれたらびっくりするじゃないですか」
「……」
何を言っているのだ、この子は。
「すいません、わかってるんです。私が頼んだんです。でもびっくりするじゃないですか!」
変な子だ。
「ハイハイわかった。全然わかんないけどわかった。そのうちあんたが忘れたころにやってあげるから、あんたも普通に仕事しなさい」
「……はーい」
その後も時々こっちを見て警戒している様子だった。
こちらが動くたびにびくりとなる彼女を見ていると、なんだかちょっと楽しくなってきた。どうせなら思い切り油断をしている時にやってやろう等と悪いことを考えてしまう。
なに、いくら警戒しても無駄だ。あの子には絶対的な弱点があるのだから。
休み時間。外で昼食を食べて戻ってきてみると案の定陽菜子は机に突っ伏して寝ていた。
少々可愛そうな気もしたが、本人たっての希望だ。心を鬼にして挑もう。
こっそり近づき、向かいの席からデスク越しに両耳をおもいきり掴んでやった。
「ふぎゃわああああっ!?」
凄い声を上げて陽菜子が目を覚ました。そのまま辺りを見回そうとして、真正面にいる祐実を発見する。
「あ、あなななな、何をす、な、なさるのですか!」
大分動転しているらしく期待以上のリアクションだ。
「いや、あんたがやれって言ったんでしょ」
「はっ!?」
しっかり自分の口で、「はっ!?」と言った。漫画のセリフじゃあるまいし。面白い子だ。
「今私、何ていいましたかっ!?」
「ええ……? はっ!?って言ったけど……」
「いえ、その前です。耳掴まれた瞬間です」
「えええ、なんか叫んでたけど……。ふぎゃわー、とかそんな感じ」
「なるほど、ふぎゅわあああ、ですね!」
そう言うと陽菜子は携帯を取り出して操作しだした。いまの叫び声をメモしているらしい。
「ありがとうございます!助かりました!」
「よくわからないけど、そのふぎゃわ~っていうのが大事だったの?」
「ええと、その、そうです」
「……」
「すいません内緒です」
また何で、と聞く前に断られた。
良くわからないがこれで目的が達せられたならそれでいいのだろう。
「なんならまたやってあげるけど」
ちょっと面白かったし。
「いえ!大丈夫です!」
残念ながら両耳を手で覆った陽菜子に断られてしまった。
※※※※※
その日の帰宅後。
「やおよろ」に入ってみると斗輝のアバターである油すましのアマニがいた。
「お疲れ、キリ。待ってたよ」
祐実のアバターはろくろ首で、名前をキリと言う。キリの名はキリンからとってつけた。
「いるとわかってたらもう少し早くは入れたんだよ。連絡くれればいいのに」
「いやあ、こっちもいつ入れるかギリギリまでわかんなくてさ。いるって言った後に呼び出されるのも申し訳ないし」
「そんなの気にしなくてもいいのに」
斗輝の仕事はインターネット関連の管理ということだ。詳しいことはよくわからないが、休みだと思っていても急に呼び出されたり、仕事の日の筈が急に休みになったりと大変な仕事だ。
付き合いも3年と長くなり、こっちもそのことは重々承知している。
気にしないよう言っているのだが、斗輝はそう思っていないようだ。予定を伝えた後でこちらに期待をかけて裏切るよりは自分が待っている方が楽らしい。気の使い過ぎだがそれは斗輝のいい所でもある。
お互い仕事があるし、斗輝の休みは不定期。加えて互いの家までは距離がある。電車で一時間。遅い時間や乗り継ぎが悪いと一時間半くらいかかるときもある。
場合によっては翌日の休みも定かではない斗輝のことを考えるとリアルで会うのは大変だが、ネットゲームは便利なものだ。
「今日はゆっくりできるなら、どこかに行く?」
「いや、その前にちょっと相談があってさ」
「何、改まって」
「その、ずっと探してたんだけど、いい物件みつけてさ」
……それはつまり、そういうことだろうか。
「賃貸なんだけど2LDKで、家賃も手ごろで立地もそこそこ。で、丁度お互いの職場の間位」
「うん。それで?」
期待はしないようにしていたが、ここまで言われれば期待してしまう。
「わかってんだろ。その、そこで一緒に住まないかというお誘いなんだが」
「もちろんOKです」
即答してやった。今更そんなこと、聞かれるまでもない。
「いや、細かいこと聞けよ。場所とか実際の家賃とか」
「そんなのどうでもいい。アマニがいいと思ったなら。どうせ色々悩んだ末なんだろうし、こっちとしてもずいぶん待ったし」
斗輝は何かにつけて考えすぎる癖がある。いつでも自分が納得するまで悩む。
悩んで悩んで決めて、その後も自分の選択が正しかったのかをずっと悩み続ける。それは斗輝の最大の長所で最大の欠点だ。ならば自分はそれを支えるだけのことだ。
「あ~、やっぱ待ってた……よな?」
「もっと待つ気でいたから、それもどうでもいい」
嘘ではない。斗輝は気が済むまで思う存分悩めばいい。そしてその選択が正しかったことを、祐実が証明すればいい。それはとっくの昔に決めたことだ。
「そか。ありがとな」
「いえ、こちらこそありがとう。今後ともよろしく」
「おう。なんだ、なんか照れるな」
「そうだね」
たしかに、画面越しだというのに照れてしまう。
「んじゃ、折角だし、何処か行くか」
「うん」
このままここで二人でおしゃべりを続けると言うのも魅力的であったが、一緒に出掛けるのも悪くない。フィクションの世界であっても、忙しい二人にとっては大切な時間だ。
「ちょっと街で買い物していこうか」
「了解」
ゲーム内の町である天狗の里に行ってみると鬼六大橋の袂に何やら人だかりができていた。
緑の魔女帽子と緑の巫女服、といういでたちの化け狐の前に並んでいるプレイヤーが数人と、それを見物しているらしいプレイヤーがまた数人。
「なんだろう、あれ」
アマニがそう言って寄って行くのでキリもついていく。化け狐の前に大きな看板が出ていた。「よろず、占い承ります」
「へえ、占い屋さんだって」
看板には占いの見料や注意などがいろいろと書かれている。
「変なことが書いてある、耳に効能はありませんだって」
看板を読んでいたアマニが言う。キリもその看板を見てみると、確かに帽子や耳に効能はないと書いてある。他の注意はわかるがこれは何だろう。
耳と言えば昼間の陽菜子は面白かった。今度アマニにも教えてあげよう。
「気になるなら見物していく?それとも並んでみてもらおうか」
アマニがずいぶん熱心に見ているのでそう聞いてみたが、「いや、いいや」と断られた。多分これも自分に気を使ってのことだろう。したいことを言ってくれたらこっちだって付き合うのだが。何なら占い師さん二人の相性を見てもらうのは楽しそうだ。
「まあ、混んでるしね。また空いている時にでも来ようか」
キリがそう提案するとアマニも同意した。一緒に暮らすことになればそんな時間も作りやすくなるかもしれない。
丁度一人占いが終わったようだ。
「ありがとうございました~。あなたの旅が幸多き物でありますように~」
そう言う占い師の化け狐は、名前が「コヒナ」だった。丁度思い出していた陽菜子と似ていて思わず笑い出しそうになる。もしかして本人だったりして。趣味が自分と同じネットゲームなら、いつも昼寝しているのにも直ぐに家に帰るのにも納得が行く。
占いが終わった「やなり」の方もありがとうございました、と席を立って
「ではちょっと失礼して」
化け狐のコヒナの帽子から飛び出た耳をぐいと掴んだ。
突然耳を掴まれた狐が
「ふぎゅわああああっ!?」
と叫んだ。キリの中の人である祐実は一瞬固まったが、その後に大笑いしてしまった。
「なんだふぎゅわって」
アマニも面白がっていたようだが、キリの方はおかしくて仕方がない。
「アマニ、私あの占い師の事知ってるかもしれない」
間違いない。あの占い師の中の人は後輩の陽菜子だ。
「え、そうなの?」
「多分あの狐の耳、触ったらほんとにいいことがあるよ」
キョトンとしたアマニの反応がまた面白かった。看板には無いと書いてあるけれど、あの耳にはご利益があるに違いない。
願い事が叶ったし、アマニと一緒にいられた。偶然ながら陽菜子の耳に触れた今日は多分この年で一番いい日だったと言ってもよいだろう。
そう、確かにこの日はいい日だった。
ただ、この後年末になるに従って、ろくろ首のキリこと北里祐実の運勢は段々と下降して行くことになる。
*******
本日は大晦日である。遵って明日からは新年である。
深夜11時。今日は混雑しだすであろう「跋妖大社」の鳥居の端の方で占い屋さんを出させていただくことにする。
本日の私はいつもの緑のマギハットに緑の振袖と言う装いだ。こういった可愛い服がリアルマネーの課金で手に入れられるのは、私のような戦闘をしないタイプのプレイヤーにとってはありがたい。
課金による衣装が豊富なのもプレイヤーキャラクターの見た目で売っている「やおちょう」ならではである。
さらに振袖など一部の服にはこの世界にあるアイテムのグラフィックを模様として追加することができる。リアルマネーでお値段はそれなりにするが自分オリジナルに近い振袖を作ることができるわけだ。
どんな模様を入れるか迷ったけれど、先日頂いたいなり寿司が狐っぽくて良いと思ったので、緑地に金色のいなり寿司と、回復薬屋さんで買った南天の実をあしらってみた。南天の実はカラス天狗さんの好物となっているが、グラフィックが映えるので模様として使う人は多い。緑地に金と赤。大変お正月っぽくて良い。我ながら大変可愛くできている。
神社の前でお店を開いて神様のお怒りを買ってはいけないので、鳥居からは結構離れてお店を出す。神社の名前が「跋妖神社」なので何の神様を祭ってるのかよくわからないけれど妖怪の神様には間違いないだろう。
元旦に初詣に行く人は多い。また本日大晦日から元日にかけてお参りする「二年参り」を行う人も多い。
元旦のお参りにしろ二年参りにしろどちらも大変混雑する。そして寒い。さらに昨今は多くの人が集まるところには出かけにくい。
そんなわけでリアルで夜中にお出かけするのは大変だが、ネットゲームの中では二年参りもとても簡単だ。
深夜と言える時間だが明日は元日。お休みの人も多いだろう。
バーチャルでの参拝を推奨する神社仏閣も増えていると聞く。そのうちにはゲームとリンクするところだって出てくるかもしれない。ネットマネーを使えばお賽銭だって投げ入れやすい。
「八百万妖跳梁奇譚オンライン」通称「やおちょう」内にある神社「跋妖大社」でも年始に向けた飾り付けがされている。
初詣につきものの占いと言えばおみくじだ。この神社のおみくじは当たると評判である。ただ、普通の神社のおみくじには「大吉」のような全体像と一緒に失せ物、争い事、恋愛、学問他様々な細かい占い事が記載されているが、跋妖神社のおみくじはこのうちランダムに一つか二つしか解説されておらず、おみくじのスクリーンショットを「そこ聞いてないよ!」と言う文句と共にSNSに上げるのが通例となっている。当たるけど聞いてないことを教えてくれるというのは妖怪の神様っぽくて面白い。狙ってやっているのなら凄いことだ。
しがない占い師の私には神様のおみくじに異議申し立てをするような度胸は勿論ない。でもおみくじで出なかった部分を補足するのは許して貰えるんじゃないかと思っている。そこでおみくじで物足りなかった人を狙っての出店なのである。
お正月の占いと言えばもう一つ、初夢がある。
初夢は元々は一日の夜から二日の朝、あるいはそれ以降に初めて見た夢だそうだが、夜更かしさんの多い昨今、一日の十二時を過ぎて寝て寝坊して起きた夢も初夢と言っていい気がする。
夢と言うものが何なのかについては専門家の間で議論され続けている所だ。夢で出てきた「何か」について抱く思いは人によって違うので一辺倒に解釈するのは難しいけれど、願望が具現化したものだとか、不安に対するシミュレーションであるといった解釈できる場合は確かにある。
例えば「トイレに行きたいけれどトイレが壊れている夢」を見たことがある人は多いと思う。
多くの人が見る確率が高い上に、覚えている可能性が高い夢だ。
この夢は「トイレに行きたいけれど、今は寝ているのでこのまましてしまうとおねしょをすることになるので何かいけない理由をつけて出してしまわないようにしよう」という、身体の欲求と脳の理性の戦いが見せる夢だ、と解釈することができる。結局近いうちに起きてトイレに行かなくてはならないので、見たことを覚えている人が多いわけだ。
逆に夢の中で火事が起きて、その火を消す為におしっこを掛けて、それがおねしょにつながるといったケースもよく聞く。頭の中でそこで出してはいけない派と出してしまえ派のプレゼン対決が行われているようで興味深い。さあ、今夜のご注文は?
またずっと持っていた願望や不安が、何かのきっかけで突然夢に出てくることは多い。
例えばテストで悪い点を取る夢、試験に落ちる夢、仕事でのトラブルの夢。
これらは不安や心配事が夢になったケースで、夢見は悪いけれど見た「夢そのもの」を気にする必要はない。心配だから、努力しているから夢に見るわけで、言ってみれば悪夢は現実に起こりうる「怖いこと」を回避するためのシミュレーションだ。何かに追いかけられたり襲われたりする夢なども、心配事が夢の中で形を変えて迫ってきているケースもあるだろう。
私たちは何時か現実で怪物を倒すために、夢の中に怪物を見るのだ。
普通の夢の解釈に加えて、初夢については現実になるとか、縁起のいい夢があるのだとかそういう話はある。
縁起のいい初夢として有名なのは一富士、二鷹、三なすび。
富士山だの鷹だのはいかにも縁起がよさそうだけれど、なすびはどうなんだろう。この言葉ができた頃は確かになすびが貴重品で縁起がいい夢だったのかもしれないが、現代ではあまりご利益がなさそうだ。もちろんなすびに特別な思い入れがある人は話が別だけど。一般的な所だと今だと何になるだろう。高級マカロンとかだろうか。これはご利益がありそうだ。
先日マカロンの夢を見た。職場の近くのおしゃれな喫茶店のディスプレイに入っている、一個の値段がショートケーキと同じくらいのマカロンだ。見た目も綺麗でさぞかしおいしいのだろうと思うが、どうにもあのおしゃれなお店に入る勇気が出ない。おしゃれな雰囲気は苦手だがおしゃれなマカロンは食べたい。そういった願望が夢になって出てきたのではないかと思うが、夢の中ではマカロンは食べられなかった。食べようとする度に色々と邪魔が入るのだ。
夢に出てくる食べたことがないおいしそうな物は、結局食べられないことが多い。また同様に待ち望んでいた漫画や小説の新刊を手に入れても読めないことが多い。これはその味や中身を脳が想像できないからだ。何か似た味の物や、適当な話で埋めてしまえばよさそうなものだがそうはならない。私たちの脳がそれに納得することはない。
私たちが未知のマカロンに期待しているのは、私たちの想像を超えた感動なのだ。
……あれ、待てよ。マカロンが食べられない初夢は、本当に縁起がいいのかな?
……等と。
二年参りをするにもお手軽すぎるネットゲーム内なので、逆に言えば31日の間には誰も来ない。実に暇である。
誰もいない神社の前でどうでもいいことに考えを巡らせること三十分。やっとパソコンの時計が0時を指した。
<明けましておめでとうございます。今年も八百万妖跳梁奇譚オンラインをよろしくお願いいたします>
運営からのメッセージが流れる。
新年だ。あけましておめでとうございます。皆様の今年が良い年になりますように。
飛行魔法でパラパラとプレイヤーたちが飛んできた。ソロで来る人、パーティー組んでくる人、ギルドメンバーみんなで来る団体さん。
飛んできた人達はまっすぐ鳥居の中に入っていく。離れたところでお店を出している占い屋などには目もくれない。
ふーんだ。いいですよーだ。
心の中で悪態をついてみるが本心ではない。まずは初詣が優先だろう。帰りにでも寄って行ってくれたら嬉しい。今年一年、と言うのは私の腕ではちょっと難しいが、四半期の運勢位ならなんとか見られると思う。その先のことはまたお越しくださいね?
しかし年が変わるまでの人の少なさは凄かったな。来年は年が明けてから来ることにしよう。
ん、来年?来年で合ってるのかな?今年と言うべきか?
初詣が終わった参拝客たちがぱらぱらと鳥居から出てきた。
「あ、ほらこの間の占い屋さんがいる」
ろくろ首の女性と油すましの男性の二人連れがこちらを見て相談を始めた。
「やおちょう」のろくろ首さんはスラっと長い首の、日本画を彷彿とさせる長身の美人女性だ。油すましさんは「油」と書かれた大きなツボを持ったすまし顔のイケメン男性だ。油壷は少々アレかもしれないけれど、それを除けばどちらも見た目では妖怪だとは思わないだろう。
まあもしかしたら妖怪と言うのはそういう物なのかもしれないけれど。
相談がまとまったらしく、ろくろ首さんの方が声を掛けてくれた
「占い、お願いできますか?」
「はあい。いらっしゃいませ~」
「ほら、見てもらいなよ」
ろくろ首さんの方が言う。ふむふむ、このお二人はお付き合いされているのかな。油すましさんの方はここまで特に発言は無いけれど、ろくろ首さんと個人チャットで内緒話をしている可能性は高い。いいですな。カップルで内緒話。
「じゃあ」
油すましさんがそう言って席に着いた。
「何を見ましょうか~」
「この先、生活環境が変わるのですが、その時に注意すべきこととか、しなくてはいけないことがあるか見てもらえますか」
なるほど。新年と共に変化があるけれどもおみくじでは教えて貰えなかったパターンだな。
「はあい。この先の生活環境についてのアドバイスですね~。少々お待ちください~」
カードをしっかりと混ぜて、一つに纏める。これから油すましさんが迎える、新しい生活についてのアドバイスを下さい。
一枚目≪
貨幣の4に描かれているのは大事そうに貨幣を抱える男性。正位置では守りたいものの出現、安定感、今あるものを大事にしなさいと言う暗示。逆位置になると守りたい気持ちが暴走していることを指す。
二枚目≪
悪魔のカードに描かれているのは山羊の頭を持つ悪魔と、鎖につながれた男女。
悪意、堕落、欲望などの暗示。いい意味には解釈しづらいカードだ。逆位置だと鎖を断つ意味で開放ととらえることもあるけれど、正位置が示す「悪意」よりも厄介な「隠された悪意」ととらえる場合もある。
三枚目≪
隠者のカードに描かれているのはランプと杖を持った老人。この老人は心の探究者だ。自分の中の深い所にあるものを見つめる事、あるいは見つめる必要がある事の暗示。
この3枚の示す、油すましさんへのアドバイスとは。
上手く伝えられるといいのだけれど。難しいなあ。
「一枚目に出ていますのは、≪貨幣の4」と言うカードです~。逆位置で出ています。これは何か守りたいものがあることを示していますね~。ただ、守りたいという気持ちが強くて暴走してしまっているようです~」
「なるほど」
思い当たる節があるのか、油すましさんが頷く。
「二枚目のカードは≪悪魔デビル」と言うカードです~。逆位置で出ていますね~。これは悪意を示すカードですが、逆位置ですので正当化された悪意、持っている当人は悪意と気づかずに行使される悪意、と言った意味になります~」
「なるほど、わかります」
わかります、と言う油すましさんの言葉は少々心配だ。この悪魔の逆位置の解釈がするりと受け入れられるなら、こんな配置にはならない筈だ。
「三枚目のカードは≪隠者ハーミット」。正位置で出ています。これは自分の心を見つめ直すカード。その必要を示すカード。新生活へのアドバイスで言うなら、しなくてはならないことを明確にする、と言った意味ですね~」
「……なるほど」
また簡単に受け入れられてしまった。大丈夫だろうか。
「なので、まとめますと、守りたいものを守るための手段を間違えないで、という解釈になると思います~。詳しく聞きたいことや確認したいことはありますか~?」
「いえ。参考になりました。しなくてはならない事を明確に、やり方を間違えるな、ですよね。例えば大事なものがあるとしたら、そのために何をすればいいのか考えなさい、と言うことですよね?」
その解釈で合っていると思う。通じてはいるようだ。多分大丈夫なのだろう。
「そうですね~。よく考えていただくのがいいと思います~」
それでも気になるので最後に一つだけおせっかいを焼く。だって占い師だし。
「お気を付けくださいね~。多分この悪魔は、ご自身が思っているより近くにいますよ~」
「はい。わかっています。すぐ近くにいますよね」
まあ、そこがわかっているのなら問題はないだろう。最後に出ているカードは隠者の正位置だ。何度も確認する必要もないだろう。
油すましさんとろくろ首さんは占いの後内容について議論しながら離れて行った。油すましさんの守りたい大事な物は、もしかしたらろくろ首さんなのかもしれない。
https://kakuyomu.jp/users/Kotonoha_Touka/news/16818093080857417913
この二人の後にも何人かお客さんが来てくれた。大分遅くなってきて人通りも無くなった。そろそろ私も寝ることにしよう。明日は元日。またここで朝からお店を出す予定だ。
折角なので落ちる前に私も初詣をさせて頂くことにする。
鳥居をくぐり、お賽銭箱の前へ。夜型の人が多いネットゲームの中においても大分遅い時間で、参拝者は私だけだ。神社のお参りの作法通りに、二礼二拍手一礼を行うと、チャリンと音がして鏡餅とおみくじがカバンの中に入る。
おみくじには「末吉:待ち人、遅けれど来るべし」と書かれていた。
聞きたいことは出ないと評判のおみくじだというのに、ずいぶんピンポイントだ。その上末吉で遅く来るとはずいぶんと気を持たせる。本当に仕方のない人だ。
こんなことを書かれたら、近いうちにいい夢が見れてしまうかもしれないな。
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