番外 妖狐聖夜奇譚 誰がために雪は降る

 本日は晴天なり。そしてクリスマスなり。正確にはクリスマスイブなり。


 朝から晴れ。一日中晴れ。明日も晴れ。降水確率ゼロパーセント。全国的に晴天なり。


 クリスマスは晴れの方がいい。本当は雪が似合うけれど、首都圏近郊ではそうそうホワイトクリスマスなんてものは無い。あったらあったで大変なのだ。東京は雪に弱い。上京して初めて「東京の雪」を見た時にはすごく驚いた。この大都会の交通機関がたったあれっぽっちの雪で麻痺してしまうなんて。電車もバスも止まってしまって、駅周りのお店はどこもいっぱいになって、入りきらなかった人達が寒い中憂鬱そうに携帯端末をいじりながら空を見上げる。あまりいい風景ではない。だから東京でクリスマスに雪が降るのは反対派だ。クリスマスの夜に駅で拘束はちょっといただけない。


 もし深夜になってから降り出したとしても、今度は明日の通勤が心配だ。場合によってはいつもより早く起きなくてはいけないだろう。特に予定がないクリスマスでも、ちょっと遅くまで起きているだけでも楽しいものだ。それも断念して明日の準備をしなくてはいけない。サンタさんは仕事がし易いかもしれないけれど。


 そんなわけで翌朝に雪が降るなんて日には天気予報をはらはらしながら見守ることになる。


 日本で初めて天気予報というものができた時には、予報は「本日の日本の天気」という形で発表されたそうだ。地域分けなしの日本の天気オンリー。ちょっと今の世の中では考えられない。


 もっと昔には占い師が天気、天候を予測したのだろう。それは本当に占いなのかもしれないし、もしかしたら他の方法で天候を予見していたのかもしれない。それもまあ占いと変わらないか。占いは統計学だという人もいるからね。タロット占いが統計学だとは思えないけれど。


 最近の天気予報では今いる所に何分後に雨が降る、まで携帯端末が勝手に教えてくれる。聞いてもいないのに勝手に、だ。機械音痴の私等からすると少々怖い。人に話すと設定がどーのこーのと言われるけど、設定をいじってしまって位置情報とやらが表示されなくなったら、地図アプリも機能しなくなってしまいそうだ。アレなしで東京を歩き回ることはできない。まあアレはアレで私が使うと現在地がふらふら動くというよくわからない現象が起きるのであまり当てにはできないが。


 携帯端末の天気予報の的中率は百パーセントではないのかもしれないけれどかなり正確だ。十五分後に雨が降りますと画面に表示されてほんとに振り出せば、うっかり神仏と勘違いして崇めてしまいそうだ。そのうち占い師は携帯端末によって駆逐されてしまうかもしれない。


 クリスマスイブの夜。


 空は暗いがネットゲームの世界では提灯の明かりでも街の隅々までが明るい。


 鬼泣川によって隔てられた天狗の里の東西をつなぐ、真っ赤な鬼六大橋の袂。出店した占い屋さんの椅子に座って夜空を見上げなら、占い師の未来を大きなお世話にも憂いていると、背後から耳をぎゅっとつかまれた


 「ふぎゅわあっ!?」


 いきなり耳をつかまれるとこんな声が出る。先日職場の先輩に協力してもらって確かめたから間違いない。


 私の耳をつかんだのは「かまいたち」の男の子だった。多分初めましてだと思う。その子は「ラッキー!」とか言って逃げて行った。くう。


 不思議なことに此処「天狗の里」では「占い狐コヒナの帽子に触ると幸運が訪れる」という奇妙な噂が広まっている。そんでもって本来の噂では触る場所は帽子なのだけれど、更なるご利益を求めてなのか、帽子から飛び出た私の耳に触ろうとする人がいるのである。


 当然帽子にも私にもそのような効能効果はないのでやめて欲しい。まあ帽子は私にとってはある意味霊験あらたかではあるが他の人には何のご利益もない。だというのに度々来るので店頭の注意書きにも書き足しておいた。占い師だよ。ナントカ地蔵とかと違う。いきなり耳をつかまれたりしたら、リアクションが取れないじゃないか。


 どうにもこの世界には占い師を何か別の物と勘違いしている人が多い。


 さっき来たのっぺらぼう君に至っては「雪の降らせ方を教えて下さい」と来たものだ。知らないよ。雨ならまだしも雪ってなんだよ。いや雨も知らないよ。占い師にそんなこと期待されても困る。雪女さんとかに相談してほしい。


 此処天狗の里は《八百万妖跳梁奇譚やおよろずのあやかしちょうりょうきたん オンライン》、通称「やおちょ」の世界にある町の一つだ。


「やおちょ」という略称は「オンライン」の部分も入れるために最初は「やおちお」だったらしいけれど、中のプレイヤーたちがこっちの方が可愛いと好んで使ったため「やおちょ」の方が主流らしい。


「やおちょ」は人間達から隠れて、あるいは人間達と共存して暮らす妖怪達と、人間を排除して自分たちの復権を計ろうとする妖怪達との争いを描いた世界だ。プレイヤーたちは皆一匹の妖怪としてこの世界を生きる。


 だから他のゲームで言う所の職業の代わりにいろんな妖怪たちが出てくる。


 ざしきわらし、のっぺらぼう、ろくろくび、かっぱ、かまいたち、やなり、ぬえ、ひひ、やまあらし、鬼、じょろうぐも(男)、あぶらすまし……。


 ……お気づきだろうか。


 面白いのは雪女(男)とか一つ目小僧(女)といった選択があること。妖怪には「なんとか女」みたいな妖怪は割と多いし、雪男なんかは雪女とは別の妖怪だ。ん、雪男って妖怪?いや、知らないけど。もしかしたら雪女のオスが雪男なのかもしれないけど。


 他にもなんとかばばあとか、なんとかじじいとか、妖怪の名前だけで性別はなんとなく決まってしまうのも多いので、こういうシステムになっているらしい。


 回復用のアイテムにも色々な妖怪の好物が使われているのも面白い。かっぱなら胡瓜、みたいに種族に会った回復アイテムを使うと補助効果が付いたりするらしい。


 プレイヤー達で賑わう町は、即ち妖怪で賑わっているので正に百鬼夜行そのものだ。


 とはいっても実際には怖くない。妖怪たちは凝りに凝ったグラフィックで描かれた皆美少女だったりイケメンだったり美中年だったり美少年だったり美幼女だったりと、むしろ皆様大変見目麗しい。


 人間と共存するために人間に近い姿を取るようになった、と説明されているけど、こんな美男美女だらけだったら人間なんか簡単に征服できると思うんだけどね。もっと人間を侮って欲しい。犬神のおじさまなんて相当なもんですよ。


 念の為付け加えておくと、クリスマスイブにこの町が賑わっているからと言って、哀れなクリスマスを過ごしている者達だと思われては困る。皆、クリスマスという日をここで過ごすことを自ら選択した者達だ。間違えないように。ほら、面構えとかが違う。


 これは冗談でもなんでもなくゲームの中で恋人と過ごす人もいるし、同じギルドの人とのクリスマスを楽しみにしている人もいる。一人暮らしをしている人の中にはギルドを家族みたいに思っている人もいる。なのでクリスマスのネットゲームの中は実は割と賑やかだ。


 此処「やおちょ」では私はお狐様だ。占い狐のコヒナさんである。初めに選べた種族の中で、占い師っぽさで「うんがいきょう」と迷った末に化け狐を選んだ。うんがいきょうさんの胸にぶら下げた鏡も相当ポイントが高かったのだけど、狐を選んだ決め手はなんと言ってもこの耳である。


 もふもふで可愛い。その上この耳は、帽子を被ると帽子をすり抜けてにょんと外に生えるのだ。大変可愛い。素晴らしいね、幻想ファンタジー。なお耳は頭の上以外にも顔の脇にもついている。当然だね。素晴らしいね、幻想ファンタジー


 あとはしっぽ。大変大きくてもふもふふさふさしている。我がしっぽながら大変あったかそうだ。襟巻とかにしたい。嫌襟巻には太すぎるか。抱き枕とか?それなら切らなくてここのまま抱けばいいので丁度いい。長さも相当なもので思い切り伸ばすと頭よりも高いところまで届く。笑ったり、手を振ったりすると、しっぽもひょこひょこ揺れて可愛い。その上しっぽもファンタジー使用なので座るときに邪魔にならない。椅子をすり抜けてひょこひょこ動く。素晴らしいね幻想ファンタジー


 普段の私はここに緑のマギハットと、緑と白の「水引」という巫女さんの服みたいなのを着る。緑色の巫女狐スタイルだ。マギハットと水引は文化的にはミスマッチだけれど可愛いので問題はない。


 でもこの二日間は特別。


 水引は赤と白で赤多め。広めの袖なんかは全体を真っ赤に。もふもふしてない方の耳には西洋ヒイラギの緑の葉と赤い実をモチーフにしたピアス。そしてなんとマギハットも赤いのを被る。


 これぞ占い狐のコヒナさん、和風サンタ(偽)仕様だ。狐で巫女でサンタで占い師だ。属性てんこもり。聖なる夜の力を借りて、占いの的中率も気分的に三倍くらいになっている。


 マギハットの色を変えるなんてこと普段はしないけれどクリスマスの間は特別だ。師匠はお祭り大好きだからね。


「あっ、タヌキがキツネになってる!」


 失礼な、いつも狐ですよ。いやタヌキはタヌキで可愛いけれど、タヌキって占いしなさそうだし。


 私を狸扱いするのは、ねこまた少女のチェシャちゃんだ。初めから狐の私だが、言っていることはわかる。何故かは不明だが、世間にはタヌキは緑色でキツネは赤色という認知が広く広まっているようなのだ。


 そんなわけで普段は緑色の水干に緑色のマギハット、といういでたちの私をこの子はタヌキ、タヌキと呼ぶ。


「そんなことばっかり言ってると、また彼氏君と喧嘩しますよ~?」


 ねこまたの少女にやんわりと忠告をする。


 ねこまた少女のチェシャちゃんの中の人は中学生の女の子だ。重度の照屋さんだが、実はいい子である。お客さんとしてきてくれたのはこの間の一度きりだけど、その前から時々私の占いをこっそり覗いていたことには気が付いている。私はそういうの敏感だからね。占い師だけあって。私をタヌキと呼ぶのも、まあかまってほしいのだろうなあと思う。


 ただ、いい子ではあるのだが照屋さんの度合いがとにかくひどいので、結果として好意の発現がおかしな形になるところが困った所だ。


 そんな照屋が祟って先日は大好きな男の子と喧嘩してしまったチェシャちゃんなのだけど。


「うぐっ、彼氏じゃないし!」


「……まだ仲直りしてないんですか~?」


 本当は二人がまだ仲直りできていないことも知っている。たしかにチェシャちゃんには難しいかもしれないけれど、そこは何とか頑張ってほしい。彼氏君だって頑張っているのだ。チェシャちゃん曰く、彼氏ではないそうだけど。


 「彼氏じゃない」と言うチェシャちゃんの反論は、謂わば右の頬を打たれて顔面を差し出す行為だ。


 チェシャちゃんの大好きな男の子が未だチェシャちゃんの彼氏ではないのには理由がある。今をさかのぼる事三日前。なんとチェシャちゃん自身が大好きな彼からの告白を、どうしたわけだか突っ返してしまったのである。


 ****


 ねこまたのチェシャこと日比野由香は、同級生の堀部大雅のことが大好きだ。小学生の頃からずっと前から大好きだったが、中学に上がってもっと大好きになった。


 ついつい憎まれ口を叩くのは自分の悪い癖だ。自覚はある。そのせいで幾つものいらないトラブルを引き寄せてきた。直そうとはしているし、最近ではその甲斐あって誰にでもではなくなってきたと思う。けれども優しい人には甘えてしまう。そしてついつい余計なことを言ってしまう。気を付けてはいる。でもどうしても大雅にだけは止まらない。それを笑って許してくれる大雅のことが、大好きだ。


 今年中学に上がって大雅とは別のクラスになった。それでも特に問題はなかった。二人には共通の時間があったから。夜には「やおちょ」の世界で、二人とも妖怪になって遊べたから。二人が一緒にいることは由香にとっては当たり前のことだった。


 それが当たり前ではないかもしれないと気が付いたのは、クリスマスが近くなって、大雅が同じクラスの女の子から告白を受けたと知った時である。大雅は告白を断ったのだけど、その話を聞いたときに心の中に生まれたのは、言い知れぬ不安感だった。大雅が自分のものではなくなるのではないかという不安は、沸き上がった瞬間にものすごい速さで大きくなり、由香の胸を覆い尽くした。正に胸が張り裂けそうだった。


 由香はこの時初めて、自分が「大雅は自分の物だ」と思い込んでいたことを知った。


 その思い込みに何の根拠もないと気が付いたとき、見ていた世界が崩れていくのを感じた。大雅が自分の物でなくなるなんて、なんて恐ろしい未来だろう。いや違う。大雅が自分のものではないなんて、なんて恐ろしい現実だろう。


 大雅がいなかったら、自分は半分だ。


 この恐ろしい現実を打破ずる方法は一つ。大雅を本当に自分の物にしてしまうこと。だがその為にすべきことは、自分の思いを伝えることであり、顔を見れば憎まれ口が出てくる自分にとってそのハードルの高さは見上げるほどだ。それを越えて大雅に告白したあの子の勇気は、想像もつかないほど大きくて恐ろしい。だってその高い高いハードルを越えられた先にある未来に、大雅はいないかもしれないのだ。大雅と同じクラスのあの女の子と同じように「フラれる」ことがないなんて、どうして言えるだろう。


 不安で不安でたまらなかった。恐ろしくて恐ろしくてたまらなかった。


 その不安に対して何もできない自分が不甲斐無くて、悔しくて。


 だからその翌日に、大雅が自分に向って「好きだ」と伝えてくれた時には、天にも昇るような気分だったのだ。


 まさに有頂天だった自分の口から出た言葉は、


「駄目ね、30点。全然ロマンチックじゃないじゃん」


 だった。


 そして有頂天のまま家に帰って、自分がしたことの意味に気がついた。


 今まで何を言っても笑って許してくれた大雅は、その日「やおちょ」に現れなかった。


 この手に転がり込んできた得難い宝物を、自ら壊してしまったことに気が付いたチェシャは、とぼとぼといつも大雅と待ち合わせをする天狗の里にある大きな橋の袂にやってきた。


 そこで占い師のコヒナさんをみつけた。大雅と待ち合わせする場所の近くにお店を出しているので時々見かける人だ。


 コヒナさんはゲームの中で占い師をしている。誰もいない時にはただのグラフィックである蝶々を追いかけたり、タンポポの綿毛を噴いたり、しっぽの長さを木と比べたりしているちょっと変わった人だけれど、実は凄い人だ。自分で占って貰ったことは無いけれど、凄い人だということは良く知っている。


 コヒナさんの占いを聞いた人がみんな「ありがとう」と言って帰っていく。


 中にはなんと、わざわざありがとうだけ言いに来る人までいる。


「ありがとう」なんて、普通言わない。だってお客さんだ。ありがとうを言うのはお金をもらうコヒナさんの方だ。


「ありがとう」と言われた時には、コヒナさんは「ありがとうございます~、お役に立てたなら幸いです~」とにっこり笑いながら、自分もありがとうを返す。お客さんが帰った後には嬉しそうに踊ったりしている。


 隠れて聞いている分には、占いが当たってるのかどうかはわからないけれど、これだけありがとうを言われる人の占いが外れるわけがない。


 ……この人なら、大事な宝物をもう一度手に入れる方法を教えてくれるかもしれない。


 チェシャは藁にも縋る思いで、その占い師に声を掛けた。


「狐なのに緑なのね!タヌキみたい!」


 交渉は舐められたらお終いだ。こちらが優勢だということを示さなければ、侮られてちゃんと占って貰えないかもしれない。世の中には優しくない人がたくさんいるのだ。大雅のようにのほほんとしていると怖いことが起きるかもしれない。大雅みたいな人優しいを守るためにも、常に身構えておくことは大事なことだ。


「いらっしゃいませ~。何か見て行かれますか~?」


 占い師のコヒナさんは、そういってにっこり笑った。


 どうやらコヒナさんは優しくないタイプの人ではないようだけれど、油断はできない。優しい人だと見せかけておいて、こちらが油断すると豹変するタイプの人間だっていっぱいいる。


「そうね、じゃあそうするわ!」


「ありがとうございます~。何を見ましょうか~」


 やった。先にありがとうございますと言わせた。これで交渉は大分有利になったはずだ。


「じゃあ恋愛運をみてもらえるかしら」


「はあい。恋愛運ですね~。特に気になることはありますか~?」


「ないわ!」


 勿論本当はあるのだが、ここで弱みを見せるわけにはいかない。それにコヒナさんは凄い占い師なんだから、言わなくても大丈夫のはずだ。


 しかしその前に。


「一回おいくらなのかしら!」


 そこははっきりさせないといけない。占いの後にぼったくられでもしたら大変だ。一両くらいならともかく、それ以上になると、こっちにも取引の心得があるのだという所を見せてやらなくてはならない。


「五百文です~。占いの後、ご納得いただけたらのお支払いです~」


「安っ!?」


 思わず口にしてしまった。五百文は一両の二十分の一だ。一万文集めるとちゃりんと勝手に纏まって一両になる。


 その辺にいる雑魚妖怪でも一匹あたり百文くらいは持っている。良く当たる占い師がこんな値段で見てくれるわけがない。そこでふと気が付いた。もしかしたらこっちが子供だということがバレていて、本気で占いをする気がないのじゃないだろうか。


「馬鹿にしないで!そんな値段で手を抜かれても困るの!ほんとの値段を言いなさい。そしてちゃんと本気で見てちょうだい!」


「いえ~。ほんとうの値段ですよ~。ほらここにも~」


 コヒナさんが指さしたのは、コヒナさんの横に置いてある看板だ。確かに一回五百文と書いてある。そんなところに看板があるのにも気が付かなかった。


 さらによく見てみると、その看板には他にもいろいろなことが書かれていた。



 ・お代は一回五百文、占い後ご納得いただけたらのお支払いです


 ・声を掛けても動かないときは何かの音を鳴らしてください。多分近くにいます。


 ・占いには五分~十五分程度のお時間がかかります。


 ・混雑時はお待たせすることもございます。前の方を急かしたりはしないでください。


 そのかわり、ご自身のお話はゆっくり聞かせてください。


 ・占いをしている時は画面を見ていませんので反応できません。


 ・占いですので当たるとは限りません。


 ・私の帽子には特に効能はありません。


 ・私の耳にも特に効能はありません。


 何だかおかしな項目があるが、気になったのは「占いは当たるとは限りません」だ。それは困る。


「ちょっと、当たらないって書いてるわよ!どういうことなの!?」


 こっちは必死なのだ。当たりませんでしたすいませんで済むはずがない。


「あ~、でも占いですので~。当たらないことはありますよ~?当たるもアルカナ、当たらぬもアルカナです~」


 アルカナが何なのかは分からないが、占い師のくせにとんでもないことを言う。これはやはり舐められているのだ。


「お金なら出すから。一両までなら出せるから。お願い。当たる占いをして欲しいの」


 つい、すぐに用意できる最大額の札を切ってしまった。悪手だ。完全に交渉は向こうのものになってしまう。これではいいカモだ。とそんなことを思ったが、


「む~、残念ですが~。多くいただいても的中率を上げることはできません~。本当に残念ですが~」


 コヒナさんは眉をしかめて本当に残念そうに言った。お代は欲しいらしい。


 自分ならとりあえず受け取る。こっちが払うと言っているのだから「それなら特別に」と高い値段で同じ占いをする。こっちからは何をしているかわからないのだから。最初に手札を出し切ったカモの自分の方が余計な気を回してしまう。


 ……いや、もしかしたら。


 違うのだろうか。逆なのだろうか。本当は圧倒的な自信を持っていて、試されているのはこっちなのだろうか。お前に、占いを受ける資格はあるのか、と問われているのか。お金とかではなく、もっと別の……なんだろう、その、スゴくて……、凄い、何か精神的なモノで。


 そう考えるとさっきの看板の意味不明な注意書きも気になってくる。もしかしたらコヒナさんの耳や帽子を触ることで、特別なご利益を得られるのではないか?


 そういえばコヒナさんの耳を触って逃げていく妖怪を見たことがある。そんなことしたら凄く失礼なのに。


 あれだけありがとうを貰う人だ。そういうこともあるのかもしれない。お願いしたら触らせてくれるだろうか。そう思って改めてコヒナさんを見ると、ちょうどコヒナさんもくいっと首を少し傾けて、こっちを見た。


「ん~、その様子ですと、本当はお困りごとがあるのですね~?。宜しければ詳しくお話をお聞かせください~。その方が具体的なお話ができるかもしれません~」


 コヒナさんはにっこり笑っているのに、その眼に少し気圧される。まるで本当に覗き込まれたような気がした。アバター越しに、顔じゃなくて、目じゃなくて、それよりもっと中の方まで。


「お代は占いの後、納得いただけたらのお支払いですので~。宜しかったらお伺いしますよ~?」


 この人には勝てないかもしれない。そう思うと、チェシャは自分でも驚くほど素直に、事の顛末を語り始めた。


 ************************


 好きな男の子からの告白にケチをつけてしまって、そこから三日間声を掛けられないでいる。まあ確かに頑張って告白して「30点」って言われたら、中学生の男の子にはキツいだろうな。


 チェシャちゃんのお話を聞いている間も何でそんなことに、と何回か書き込みかけて消した。それはきっとチェシャちゃん自身が一番感じていることだで、その質問に答えるのは占い師の仕事だ。直接的ではないかもしれないけれど、何らかの答えは返せるはずだ。


「では、見てみる内容としては、その方と仲直りする為のアドバイス、という形でいいですか~?」


 話の途中で大雅君という本名らしき名前が出てきたので、やんわり指摘すると、わかってるわよ!と言われた。とりあえず相手の子は「その方」と呼ぶことにする。


「そんなこと言ってないでしょ!」


 おおっと、違うんですね。これは失礼しました。


 ねこまたはしっぽが二本あるけれど、会話で「!」を使うと、猫らしくしっぽが膨らむ。なのでチェシャちゃんのしっぽは膨らみっぱなしだ。気づいてないのかなあ。


「違うのですか~?」


「…………違わないわよ!」


 そーですよねー。


 つい微笑ましく思ってしまう。でも間違っても馬鹿にしたりはしない。多分チェシャちゃんの思いは、彼女の胸の中で収めるにはきっと大き過ぎるのだ。


 なにせ大人になってからでも、扱うのに苦労する感情だ。身の丈に合わない剣を振るおうとする彼女を笑うなんて事、同じ感情を持ったことがある者ならできる筈がない。すべき事があるとすれは、精々ベテランぶって剣の降り方を教えることだろう。振り方を教えて、それをチェシャちゃんが納得できるかはわからないし、こっちだって教えられるような達人では勿論ないけれど、ゲームの中の私は占い師で、私にはタロットカードがある。


「では~、カード3枚を使いまして、原因と現在、アドバイスという形で見てみますね~。カード並べますので、少々お待ちください~」


 ゆっくりとカードを混ぜる。どうかチェシャちゃんと大雅君が、どうか仲直りできますように。


 一枚目、≪女教皇ハイプリーステス、逆位置≫


 ……うん。なんだその、ええと。さもありなん。


 女教皇は、正位置だと理性を示す。またよく考えて行動することや、一歩引いた考え方を示す。これが逆位置に出ると、考えすぎて行動できない、あるいは考えないで行動してしまう、感情がうまく表現できずに暴発してしまう、といったことを示す。つまりはその、アレだ。チェシャちゃんみたいなアレな子を示す。今回の相談の原因がソレなのは、まあ初めからわかっている。


 二枚目、≪ソードの8、逆位置≫


 剣の8に描かれているのは布のようなもので拘束された女性。身動きが取れない事や、自分でそう思い込んでしまっていることを意味する。逆位置では、拘束から解き放たれること、拘束が自信の思い込みであることに気づく、と言った解釈ができる。


 三枚目、≪ワンド騎士ナイト、正位置≫


 棒は思いや情熱を示すスート。騎士はそれを届けることを意味するカード。または届くことを意味するカード。


 この3枚の並びでポイントとなるのは、1枚目と2枚目のカードに意味の重複するカードが出ていることだ。


 ≪女教皇の逆位置≫≪剣の8の逆位置≫。どっちも理由や程度の差こそあれ「動けない」という解釈をすることができる。


 さらにはこの「動けない」がどちらも自分基準であること。≪女教皇の逆位置≫は考えすぎて動けない。≪剣の8の逆位置≫は、自分が拘束されていると思い込んでいて動けない。


 意味の重複するカードが複数枚出ている時、解決すべき問題はそこにあると考える。


 つまりこの三枚のカードが示す仲直りの方法は。


 チェシャちゃんのお話を聞いた誰もがきっと想像する仲直りの為の方法。まあ、初めからそれしかないのだ。ただ、普通に誰かにそれを言われてもチェシャちゃんは受け入れられないだろう。


 だからこそこれは、なにも知らない他人の訳知り顔のアドバイスではなくて、タロットカードが見せてくれる、運命をも変え得る「占い」だ。


「お待たせしました~。結果が出ました~」


「はいっ」


「……では、お伝えしますね~」


 待ってたんだなあ。


「ちょっと待って!」


 そう言ってチェシャちゃんは動かなくなった。多分深呼吸とかしてると思う。はいはい、待ちますとも。可愛いなあ。


「いいわよ。来なさい!」


 運命を受け入れる覚悟ができた彼女に、「占い師の私」は結果を伝える。


「では、お伝えしますね~。


 一枚目のカードは、「原因」を示します。ここに出ているのは≪女教皇≫というカードの逆位置です。これは、思い込みが強すぎて判断を誤ったり、素直になれないことを示すカードです。好きな人に憎まれ口を叩いてしまうのも、このカードの意味するところですね~」


「変な言い方しないでよ!なんか、それじゃあ私が、その、ツンデレみたいじゃない!」


 ……ああ、自分で言っちゃった。一生懸命その言葉思い浮かべないようにしてたのになあ。こんなしゃべり方でこんな相談内容で、そんなにしっぽ太くして≪女教皇の逆位置≫なんて、可愛すぎる。


「おや~、ハズレていましたか~?」


「うぐぐぐぐ」


 ちょっと意地悪だったろうか。


 ここは相談内容そのままだからね。外れようがない。


「2枚目のカードは現在置かれている状況を示します。≪剣の8、逆位置≫


 このカードには、布で拘束された女性が描かれています。目隠しをされていますね。縛られているのは胴と手だけ。足には特に拘束はありません。場所は屋外です。戦が終わった後なのか、周りには持ち主のいない剣が八本、地面に刺さっています。周りには他に人影はないようです」


 カードに描かれた内容を物語風に説明する。


「え、待って。何でその人逃げないの?」


 とても良い質問だ。


「さあ、なんででしょうね~。目隠しのせいで、戦が終わったことにも、逃げられることに気づいてないのかもですね~」


「ふうん。勿体ない」


 そうなのだ。実に勿体ない。描かれている女性への「拘束」はかなり緩め。逆位置では「拘束」の意味はさらに弱くなる。自分で気が付きさえすれば、彼女は既に自由なのだ。


「三枚目は占いの結果です。出ているカードは≪棒の騎士、正位置≫。


 ≪棒の騎士≫は思いを届ける、という意味のカードです~。勝手に届くのではなくて、しっかり届ければ伝わる、という意味ですね~。


 この三枚が意味していますのは、素直になれないと思い込んではいるけれど、それは自分自身が思い込んでいるだけで、いつでもその枷は抜けられて、何時でも自分から伝えれば思いが伝わることを示しています~」


「ほんとう?本当にそういう結果がでているの?私は自分で伝えられるの?」


「そうですね~。二枚目のカードと一緒ですね~。自分は拘束されていると思い込んでいるだけなのではないでしょうか~」


「本当に、自分から動けば思いは伝わるの?」


「そうですね~。そういう結果ですね~」


「本当に?」


「さあ~?占いはそういう結果が出ています~。当たるもアルカナ、当たらぬもアルカナですね~」


「うぐぐぐぐ」


 チェシャちゃんはまたうぐぐぐになってしまった。


 でも占い師のお仕事はここまでだ。信じるか信じないか、そしてどうするのかは、お客様次第。


「じゃあ、当たってるとして、その、どうすればいいの?」


「そうですね~。思いを伝えるカードですからね~。何を伝えたいですか~?」


 その後、チェシャちゃんはしばらく考えていたけれど。


「私は、たい、じゃなかったゼロが好き。だからそれを伝えたいけれど、その前にゼロに謝らなくちゃいけないと思う」


 そうね。ゼロ君ね。


「私、ちゃんと謝れるかな?」


「大丈夫だと思いますよ~?。占いにはそう出ています」


「許してくれるかな?」


「大丈夫だと思いますよ~。占いにはそう出ています」


「わかったわ!ありがとう!頑張る!」


 チェシャちゃんはそう言って五百文を手渡してログアウトした。


 このあと電話とかSNSで謝るのだろうな、と思った。



 ************


 と、ここまでが三日前までの経緯だ。




 頑張って決意したはいいが、筋金入りの逆位置女教皇〇〇○レ様の彼女はとうとう今日まで仲直りできていないらしい。


「まだ謝れてないんですか~?」


「うぐぐぐぐ」


「長引くともっと大変になりますよ~?」


「違うの!ちゃんと、今日ここで会う約束したの。ひどいこと言っちゃったことを、今日これからちゃんと謝って、許してもらえたら私から告白するの!」


「なるほど~」


 クリスマスの日に告白と。確かにそれはロマンチックかもしれない。


「では~、百点目指して頑張ってくださいね~」


 またちょっと意地悪をしてしまった。


「タヌキ、うるさい!」


 といってチェシャちゃんは何か投げつけてきた。またそんなにしっぽ太くしてからに。受け取って見てみるとアイテムの「いなりずし」だ。狐用の回復アイテムである。「あぶらあげ」よりも格上で結構いい値段がしたはずだ。ははあ、これはお礼を照れ隠しした結果だな。


「これは結構なものを。ありがとございます~」


「うるさい!その、頑張るから。応援してね」


 そんなの、言われるまでもない。


「もちろんですよ~。頑張ってくださいね~」


「あのね、コヒナさん。それでその、お願いがあるのだけど」


 なんだろう、やけにしおらしいなあ。チェシャちゃんらしくないぞ。


「コヒナさんの耳を、触らせてもらえないかしら」


 おおう、チェシャちゃんにまで伝わっているのか。


「どこで聞いたのかわかりませんが、私の耳にご利益はないですよ~?」


「うん、わかってる!ちゃんとわかってる!だからその、お願いします」


 ほんとにわかってる?わかってるのに触るの?

 いやまあ、勝手に触って逃げて行かれるよりもよっぽどいいですけどね。


「しかたないなあ。特別ですよ?」


 私は椅子を降りてしゃがみこんだ。せっかくなので耳をピコピコ動かしてみる。


 チェシャちゃんは私のピコピコ耳にそっと触った。


「ふぎゅわ」


「コヒナさんありがとう。頑張る!」


 チェシャちゃんはちゃんと言葉でもお礼を言うと、どこかへ向かっていった。多分、いつもと違う待ち合わせ場所で、大雅君―ゼロ君と会うのだろう。フレ―フレー、チェシャちゃん。




 さて、お相手の大雅君だが。大雅君のアバターであるゼロ君のフルネームはゼロメ君と言う。のっぺらぼうのゼロメ君だ。


 何故私がそれを知っているかと言うと、私がいつもお店を出している鬼六大橋が丁度普段のチェシャちゃんとゼロメ君の待ち合わせ場所だからだ。


 特に注意してみていたわけではないけれども、何せチェシャちゃんの声は大きいので。まあチャットだから聞くことはできないけれど、よく目に飛び込んでくるのだ。ゼロメ君は先に来ていても遅く来てもチェシャちゃんに怒られていた。それでも怒り返すこともなく、ゴメンゴメンといって二人でどこかに出かけていく。きっと二人はそういう関係なのだろうな、と思いつつ見送るともなしに見送ったりしていた。


 私がチェシャちゃんと初めてお話をしたのは三日前、大雅君がチェシャちゃんに告白して二人とも玉砕するというびっくり展開になった日。占いの依頼を受けたその日だ。


 実は大雅君=ゼロメ君からも別の日に依頼を受けたことがある。ただそれは占いの依頼じゃなくて、なんとも奇妙なお願いだった。


 ゼロメ君から依頼を受けたのは今日。ついさっき、チェシャちゃんが来る少し前。



―その内容は「雪を降らせる方法を教えて下さい」



 **********


「あの、占い師さんなんですよね?」


 のっぺらぼうのゼロメ君が言う。


「雪を降らせる方法、知りませんか?」


「やおちょ」ののっぺらぼうは長身で表情が変わる仮面をしていて、その仮面の隙間から時折素顔の無貌のっぺらが覗くという使用。流石「やおちょ」。のっぺらぼうもイケメンだ。


「雪を降らせる方法ですか~?ええと、何時雪が降るとかではなく~?」


 なかなかに無茶苦茶な質問だ。知ってたら国家機関とかに狙われるんじゃないだろうか。占い師にそんなご利益はない。


「少し確率を上げるとかでもいいんです。降りやすくする方法とか、ないですか」


 少しも妖あやかしもない。なんなら寧ろ私は晴れ女として有名だ。お休みの日に出かける時には傘を持ったことがないのを数少ない自慢にしている位だ。それに仮に知ってたとしてじゃあ雪降らそうか、ってわけにもいかない。個人のお願いで叶えるのはのはかなり迷惑だ。スキー場では重宝されるかもしれないけど。


「すいません~。存じ上げません~」


「そうですか……。そうですよね……」


 のっぺらぼうのゼロメ君は何もない顔でしゅんとなってしまった。

 割と本気で期待されていたのか。筋違いとは言えなんだか申し訳なくなる。


「何故雪を降らせたいんですか~?」


「その……。この間友達に告白したのですが、ロマンチックじゃないから、と言われてしまって……」


 ははあ、なるほど。……なるほど。予想はしていたけれど、やっぱりゼロメ君が大雅くんなんだな。


 頑張るなあ、男の子。


「なるほど~」


「その後気まずくなって話もできないでいたのですけど、今日、会おうって連絡が来て」


 おおっと、チェシャちゃん。まだ謝れてないのか。しかしもうずいぶん遅い時間だけれど、今日これから会うのかな?


「会うというのはリアルでですか~?」


「いえ、ここでです。それで、言われたこと色々考えたんですけど、今日も向こうから声かけてくれたし、もしかしたらNOという意味じゃなかったのかなって期待しちゃって。クリスマスだし、今日ならOKして貰えるんじゃないかって」


 ゼロメ君、いい子だな。多分ほかの子だったらそこで終わってしまってたんじゃないかな。せっかく両想いなのにそれはもったいないものね。


「なるほど~。それで、今日雪が降ったらもっとロマンチックに、というわけですね~」


 別に雪に頼ろうとしたわけじゃないのだろうけど。なにせロマンチックじゃないなんて理由で断られたのだ。雪にも占い師にも縋りたくなるだろう。


「そうです……。すいませんでした。変なこと聞いて。自分でちゃんと頑張ります」


「ああ~、でもそういうことでしたら~。多分今日は、雪降りますよ~?」


「えっ?」


 ゼロメ君の仮面の口がぽかんと開いて、何もない顔が丸見えだ。


「ええと、ちょっと待ってくださいね~」


 降らないはずはないと思うが、念のため公式の天気予報を確認。うん、間違いない。今夜は全国的に「雪」だ。


「今夜は夜八時から全国的に雪の予報ですね~」


「えっ、でもさっきも見ましたけど、天気予報では全国的に晴れだって」


「そっちの天気予報じゃありません~。でも、ここで会うのでしょう?」


「……あっ!」


 そうなのだ。この後、雪は降るのだ。この幻想の世界では。

 いくら進歩したといってもリアルの天気予報は外れる時もある。

 しかしこの世界「やおちょ」の天気予報の的中率は100%だ。


 天気予報やっているところが天気を決めているので当たり前だ。。


 リアルの天気はこちらの都合など考えてはくれないが、幻想のこの世界では運営の意図通りに雪が降る。雪が降って欲しいと皆が望むクリスマスに、雪が降らないなんてことあるわけがない。


「どうでしょう~、行けそうですか~?」


「はい!頑張ります!」


うん。いい返事だ。


「はあい。頑張ってくださいね~」


ゼロメ君は意気も揚々と待ち合わせの場所へ向かった。


 *********


 こんなゼロメ君とのやり取りがあったすぐ後での、チェシャちゃんの二回目の来店だ。あまりにも微笑ましくてついいじわるしてみたくもなる。


 多分チェシャちゃんの方は今日雪が降る事にも気づいていたのだろうな。それこそロマンチック100点の告白を自分からするつもりなのだろう。


 クリスマスの夜だ。確かに告白するにはロマンチックな日だろうし、聖夜の不思議な力は普段言えないような言葉、例えば「ごめんなさい」を言うのも助けてくれることだろう。二人とも頑張れ、だ。


 それにしても。


中学生のうちからそんな恋をするなんて、凄いなあと思う。


 私が中学生の時なんて、男の子なんてみんな子供で、狩ゲーの戦友がいいとこだったよ。ちなみに私が一番上手かった。コヒナさんお願いって言われては色々なモンスターを倒して回ったものだ。双剣使いのコヒナさんと言えば隣のクラスでもちょっとは名の知れた狩人だった。モンスターに出会えさえすれば向かうところ敵なしだったよ。出会えさえすればね。


 ずいぶん経ってから振り返ってみると、アレはそういうアレだったのかな、みたいなこともなくは無いけれど。子供だったのは周りだったのか、それとも私だったのか。


 私が自分が一人だと気づいたのは何時だったかな。


 さて、ロマンチックな告白というのが一体どちらからなされて、どんな内容で、どんなふうに落ち着くのか。なかなか興味深くはある。チェシャちゃんはちゃんと謝れるだろうか。できたとしてもその後でまたゼロメ君が謝るような気もするな。まあただ、最後はどう考えたって悪いことにはならないだろう。既に最悪の誤解を乗り越えた二人だ。


 頂き物のいなりずしを食べながら、空を見上げる。


 現在時刻は夜の八時、ちょっと前。もうすぐ天気予報の通りに雪が降り始める。


 これは「やおちょ」に限ったことではない。他のネットゲームでも同じようにプレイヤー達に望まれて、同じように雪が降る。


 あたりまえだけどその雪は冷たくないし、寒くないし、そのせいで通行人が滑ったりもしない。


 積もって交通機関を麻痺させたりすることもないし、翌朝の通勤の心配をする必要もない。


 温かい部屋から見る、窓の外に降る雪と同じだ。


 空を見上げる妖怪たち人々のそうあれかしと望むままに、ただただ白く美しく町を染め上げる。素晴らしいね、幻想ファンタジー


 もうすぐこの町に、雪が降り始める。


 ゲームの世界でクリスマスを過ごす全てのプレイヤー達、

 全ての恋人達と、全てのこれから恋人になる二人を祝福して。


 今宵幻想の町に、幻想の雪が降る。


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