第18話 旅の仲間 4

 嘆きの洞窟に向かおうとした時、背後に帰還石で飛んできたプレイヤーがいた。


 そちらに目をやったメルロン…、いや。峰岸雅人は驚きに目を見開いた。


「あれ~?い……メルロンさんじゃないですか~。こんにちは~」


 それは、嘆きの洞窟攻略目途が立った後、迎えに行く予定のコヒナだった。


 ホジチャからセンチャまで一緒に旅をした時と同じレベル1。以前と違う所と言えば初期装備のシャツとズボンに加え、ちゃんと靴を履いていること。それにシャツと同じ白地の大きなマギハットを被っていることくらいか。時々センチャの占い屋を覗きに行っていたので帽子を被るようになったことは知っていた。


「なにっ、コヒナさんだって!?」


 飛んできたのがコヒナだとわかるや否や、パーティーのメンバーが一人、帰還石で別の場所へと飛び立った。ギンエイだ。


「あれ?今飛んで行ったのは~。お邪魔しちゃいましたか~?」


「いえ、今のは」


 メルロンが言いかけた時


 ≪私のことは絶対に話さないでくれ!それと、誰か実況を中継してくれ≫


 ギンエイからパーティー用のチャットでメッセージが入った。


 本当に一体何を企んでいるのだ。


「いや、今の人は、ええと、そう、丁度ログアウトするって言って帰っただけです。それよりコヒナさん、いったいどうやってここまで」


 まさか。遅かったのか。やはり誰かに先を越されたのか。


「はい~。頑張りました~」


 えへへ~、とコヒナは得意げに笑った。


「頑張りました、って、まさか一人で?」


「そうです~。透明薬というものの存在を知りまして~」


「!?透明薬飲んでここまで来たんですか!?」


 確かにセンチャからここマッチャまではブルウルの様に足の速いモンスターはいないが、それにしてもモンスター一体と戦闘が始まってしまえばそこでおしまいだ。一度もモンスターと遭遇せぬままここまで来たことになる。それはもう別のゲームだと言っていいだろう。一体いくつ透明薬を使ったのか。


「丁度、お客様で占いを喜んでもらえたようで、お代をたくさんいただけたので、貯めた分と合わせて全部透明薬にしてみました~。おかげでまた、すかんぴんです~」


 コヒナが言うすかんぴんが、この上なく本気の素寒貧であることは良く知っている。


≪メルロンさんがコヒナさんと話してるっす。コヒナさんは透明薬飲んで一人でここまで来たって言ってるっす≫


≪何だって!?え、一人で?ちょ、ちょっとまって、聞きたい聞きたい≫


≪戻って来ればいいじゃないすか。何処で何やってんですか≫


≪こっちにも事情があるんだ。少々準備が間に合わなかったが背に腹は代えられない。すぐ行くから、もう少し伸ばしといてくれ≫


≪伸ばすも何も、今普通にしゃべってるだけっすよ?≫


≪それが聞きたいんだっ!≫


≪いや、どうしろと!?≫


 最も忠実な生徒であるジョダが律儀にギンエイに実況しているのがパーティーチャットを通して聞こえる。うるさい。鬱陶しい。ギンエイは本当に何をしているのだろう。


「皆さんは、メルロンさんのお友達ですか~?」


「ちわ~。占い師のコヒナさんですね。メルロンから聞いてます。お会いしてみたいと思ってたんですよ」


 ゴウが挨拶を返す。


「ちわっす~。ジョダです。俺も会ってみたかったっす。うっわ、マジでレベル1だ。コヒナさんスゲエすね!」


「えへへ~。はじめまして~。よろしくお願いします~。メルロンさんには大変お世話になりました~」


 ルリマキは予想通り「ルリマキです」とだけ言って頭を下げた。


「ルリマキさんですね~。よろしくです~。お?おお?」


 コヒナとルリマキは互いに興味を持ったらしくしばらく見つめあっていたが、やがてコヒナがニコニコしながら右手を上げて、それに合わせてルリマキが無表情のまま左手をあげて、とお互いの仕草を真似しだした。舌をだしたり、驚いてみたり、最終的には向かい合ったままちゃかちゃかとダンスを始めた。どちらもアバターの操作が上手いので息ぴったりで、くるくるよく動くコヒナの表情と完全な無表情のルリマキの対比が面白い。この二人の方向性は真逆だが、多分気が合うのだろう。


≪ねえ、ジョダ君、実況。一人にしないで。いまみんな何やってんの≫


≪コヒナさんとルリマキさんがダンスしてます。可愛いっすよ≫


≪何それ!ずるいぞ!私も見たい≫


≪だああ!そんなこと言われても困る!早く戻ってくるっす!≫


 だんだんジョダもギンエイに対する態度がおざなりになってきている。面倒くさい相手だと気が付き始めているのかもしれない。


「コヒナさんは、この後はその、ダージル目指す予定なのですか?」


「それなんですが~。透明薬が切れてしまったので、今日は様子見だけですね~。透明薬どの位あればいけるのかな~と。嘆きのダンジョンは前回来た時はほとんど進めなかったので、再チャレンジです~。メルロンさんたちはどうしてこちらへ~?」


 コヒナが踊ったまま聞き返してきた。


≪いまだ、メルロン、行け≫


≪誘うっすよ!≫


≪なにそれ、どういう状況!?まあいいか、行け!メルロン君!≫


≪はい≫


 パーティーチャットがうるさい。もともと全員の時間を合わせられる日も少ないので、今声を掛けて一緒に行けるのならそれに越したことはない。だがどうしたものか。前と同じように、護衛させて欲しいで納得してくれるだろうか。


「僕たちはその、丁度<嘆きの洞窟>を越えようとしてて。良かったらコヒナさんも一緒に」


 そこまで言ったとき、丁度そこにもう一人プレイヤーが飛んできた。ギンエイが戻ってきたのかと思ったが、別人のようだ。エルフ族の女性プレイヤー。職業は吟遊詩人。名前は「ウタイ」となっている。レベルは50。


 ウタイは飛んでくるなりこっちを向いて言った。


「今、嘆きの洞窟とおっしゃっていましたか?ああ、よかった。私は旅の吟遊詩人なのですが、この洞窟を私一人では越えることができず、とても困っていた所なのです。どうか、ご一緒させていただけないでしょうか」


 ああ、やれやれ。なるほどそういうことか。めんどくさい。


「あ~、すいません。パーティーメンバーがいっぱいで、ご一緒するとなると、パーティーを分けることになるのと、あとはリーパーが」


≪ああ、断らないでくれ! 彼女がその、私の代わりだ≫


 状況が呑み込めていないゴウがウタイを断ろうとするが、パーティーメッセージでギンエイがそれを慌てて止める。つまり、この場にいないギンエイはどうやってかこの状況を見ている。


「ああ~、私は大丈夫ですよ~。レベル1なので、足手まといになってしまいます~。ウタイさんどうぞ~」


「まって、コヒナさん、それじゃ本末転倒で、なんかよくわかんないけど大丈夫みたいだし」


「本末転倒?」


 訳が分かっていないゴウの意味不明な言葉にコヒナが首をかしげる。


「あ、ああ~、そういうことかあ。そうそう、ここで出会ったのも何かの縁ということで。この6人で嘆きの洞窟を越えましょう、ってことすね。んではコヒナさん、ウタイさん、改めてよろしくっす」


「はい」


 ゴウ以外のメンバーは状況を理解したようだ。


「でも~、その私は~」


「だーいじょぶっす。メルロンさんから話聞いてるっすから。どのみちダージール目指すんでしょう?これも何かの縁、ってことで。今一緒に行った方絶対得っすよ」


「あううう。ありがたいのですが~」


 尚も遠慮しようとするコヒナに、メルロンが言う。


「コヒナさん。残念ですが、あのダンジョンは絶対に一人では越えられません。コヒナさんならもしかしたら他の、もっと危険な場所でも何とかしてしまうのかもしれないですが、ここは無理です」


「しかし~」


 わかってはいたが中々に頑固だ。レベル1のまま進もうとすることも含めて、一体何が彼女にここまでさせるのか。


 しかしパーティを組まないこととレベル1のまま進むことは、この先は絶対両立させることはできない。


「コヒナさん。このダンジョンには、ボスがいます。そいつを倒さなければ進むことはできません。これはシステム上の問題です。コヒナさんがどんなに頑張ってもクリアできる問題ではありません。レベルを上げない、戦わない。そのスタンスを変えるつもりがないなら、僕たちと一緒に行った方がいいです」


「……なるほど。それは確かに私では越えられないですね~」


 絶対不可能、を伝えることでやっと納得してもらえたようだ。


「では、行きましょうか。報酬はまた、ダージールに着けたら占っていただくということで」


「重ね重ね、ありがとうございます~。皆様、ご迷惑をかけますが、よろしくお願いします~」


 ぺこり、とコヒナさんがお辞儀をした。


「おっしゃ、よろしくね、コヒナさん」


「よろっす!」


「はい」


「ああ、本当に助かります。どうぞよろしくお願いいたします、勇者様方。なんだか強引に混じってしまって、申し訳ありませんわ。うふふふふ」


 最後に本当に強引に混じってきたウタイが気味悪く笑う。そう、気味が悪い笑い方だ。


 ウタイはギンエイの別キャラだ。ウタイは恐らく、メルロンたちが「宿題」をこなしている間に一から作られたアバターなのだろう。ギンエイはこの話を了承した時から、自分が一番楽しむつもりで準備していたのだろう。そして急遽早まった作戦開始に、あわてて駆けつけたのだ。


≪さっきから思ってたけど、メルロン、コヒナさんいると自分の事「僕」っていうのな≫


≪ゴウさん、ダメっすよ、指摘したら。そういうのはこっそり楽しむもんです≫


≪はい≫


≪だから、そう言うんじゃないですから≫


 パーティーチャットが鬱陶しい。本当にそう言うんじゃないのだ。もちろん初日に会って以来、今日この日を目標にしてきた。ログインした時にはまずセンチャの町を覗いてみるし、そこにコヒナがいれば嬉しくなり、いなければ少々寂しい。それは、認める。

 

 やっと護衛を納得してもらえて、今とても気持ちが高ぶっている、それも認める。

 

 でもそれだけのことだ。会った事もない人間に特別な感情を抱くのは、おかしなことだ。


 メルロンとて、今まで異性に特別な感情を持ったことがないわけではないし、同年代の子と付き合ったことだってある。だから、これがそういった感情ではないのはメルロン自身が良く知っている。


 いまの、コヒナへの感情には、きっと名前がない。あるのかもしれないが、メルロンはそれを知らない。


 もしかしたら何かのきっかけで、何か名前が付くのかもしれないとしても。


≪ではこれで私はパーティーを抜ける。追加の指示はフレンドメッセージでメルロン君へ送るので安心してくれ。健闘を祈る!≫


 ギンエイ先生は二つのキャラで同時にチャットができるらしい。器用なことだ。


「じゃ、行きますか!」


 ゴウの声を合図に、六人はダンジョンへと向かう。


 準備は完全ではないし、パーティーメンバーは鬱陶しい。


 本当に馬鹿馬鹿しい限りだが、それでもやっぱり、冒険は胸が躍る。

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