第17話 旅の仲間 3

 メルロンがコヒナの護衛作戦についてルリマキに説明している間も、ルリマキは終始無言で、身じろぎもせずにまっすぐメルロンを見ていた。ルリマキは人間族なので肌は肌色なのだが、色白で光沢のある設定にしているので、その皮膚感も人形のようだ。


 全部の説明を聞き終わっても、まだルリマキは動かなかったが、メルロンが、


「ええと、以上です」


 と伝えると


「はい」


 とだけ答えた。


 本当に通じているのかと思ってしまう。こういうのもロールプレイと言うのだろうか。


 なお残る二人、ゴウとジュダもこの間終始無言ではあったが、メルロンにはどうにも、二人がフレンドメッセージのやりとりで、今回の作戦について、何か馬鹿馬鹿しい話をしているような気がしてならなかった。


 コヒナの護衛に当たり、ギンエイが出した宿題は全部で4つ。


1、メルロン自身のレベルを55以上にすること

2、同行者の確保。メルロンを含め四人。多くても少なくても駄目。近いレベル帯が望ましい。

3、この四人で<精霊洞>に住む<汚れた水の精霊>の討伐が可能であること。

4、ダージールの町までで入手可能な最高レベルの武器、防具をそろえること。

5、コヒナの分も含めた<安らぎのピアス>を人数分用意すること。


 この中では一番時間が掛かりそうなのはレベル上げだ。装備品や安らぎのピアスはついでに貯めたゴールドで買うとして、この辺りはメンツがそろっていなくてもメルロン一人でもできる。


 では時間とは別に次に厄介そうなのは。


 「ねえ、せっかく4人そろってるんだから、このまま下の階に降りて、<汚れた水の精霊>の討伐、やってみない?」


 ゴウが言い出した。


 「俺、やったことないし耐性もないぞ?」


 現在地は<精霊洞>の二階層。<汚れた水の精霊>がいるのは第四階層。このすぐ下だ。実はメルロンもやってみたいと思ったが、汚れた水の精霊は今のメルロンにとっては手に余る相手だ。足手まといになるのも嫌だった。しかしゴウは


 「オミズでしょ?ルリマキさんいれば行けるんじゃないかな」


 と返してきた。


 「オミズ」は<汚れた水の精霊>のプレイヤー間での俗称だ。形は同じく第四階層にいる<水の精霊>と変わらないが、良くないものが混じり込んでしまったために腐敗、変色し、紫と茶が混じったヘドロのような質感をしている。そしてその見た目通りに、毒や麻痺と言ったバッドステータスを仕掛けてくる、水の精霊より格段に危険な相手だ。


 ルリマキの方を見ると、やはりこっちをまっすぐ見たまま、無表情で


「はい」


 と言った。そのあと、後ろを向いて壁に向かって無表情のままシュッシュッとシャドーボクシングを始めた。やる気十分であることの意思表示、と言う解釈で合っているだろうか。


 ルリマキの職、「神官」は回復職の中でも、バッドステータスへの耐性や、受けてしまった時の解除に適性が高い。汚れた水の精霊との戦いにおいてパーティーに神官がいることは大きなアドバンテージであり、逆に言えば神官不在では毒や麻痺に対してアイテムや装備品で別途対策を余儀なくされる。


 なによりゴウがこう言うのだ。ルリマキのプレイヤースキルは相当高いのだろう。


「わかった。行ってみよう」


 最高レベルのゴウを先頭に、ルリマキ、メルロン、ジョダの順にダンジョン三階層を駆け抜ける。三階層に住む<風の精霊>は、一体ならばメルロン一人でもどうにかなる相手だが、風の精霊と言うだけあって恐ろしく足が速い。一体に見つかって足を止めていると瞬く間に他の風の精霊に囲まれてしまう。そうなると消耗が激しいので三階層は一気に駆け抜けるのが定石だ。


 三階層の奥の階段から、さらに下へ。


 この階層では、大小様々な地底湖があちこちに形成されており、壁のいたるところから水が染み出し、ダンジョンの床を濡らしている。


 中央を流れる大きな川により、第四階層は南北に分断されている。三層から続く北側のエリアから南側に渡る方法は、魔法、召喚生物、テイムした魔物等いくつかあるが、このパーティーで選択することのできる手段は一つ、第四階層のマップの中央にかけられた大橋のみである。この橋を渡るときには当然、この階層の住人である<水の精霊>の歓迎を受けることになる。橋の上での戦闘は一方的に水の精霊たちの水属性の攻撃魔法にさらされることになるため、ここも第三階層同様に一気に駆け抜けなくてはならない。


 南側のエリアにある地底湖のいくつかでは、川から流れ込むはずの清流が途絶えて淀み、またダンジョンに住む生物や魔物の死体などで汚染されている。


 <汚れた水の精霊>が住んでいるのは、そういう所だ。


 ターゲットである汚れた水の精霊を発見し、先頭のゴウが立ち止まる。形は水の精霊と同じ。だが体格は二回り以上大きく、色が違う。そしてその体から発せられる音が違う。水の精霊の身体から聞こえるじゃぼじゃぼという噴水の水の様な音ではなく、ヘドロに覆われた沼の底で発生したガスが、ぼこんぼこんと湧き出るような音。音の印象に違わず、汚れた水の精霊は一定の範囲に毒や麻痺を引き起こすガスをまき散らす。その毒の強さだけならエタリリでも最強クラスだ。遠隔攻撃や魔法で戦うなら、レベル50あれば問題ないが、物理攻撃が中心のこのパーティーでは、正直相性が悪い相手だ。


「じゃあ、やってみっか」


 ゴウの合図で戦闘を開始。まずはルリマキさんが神官の継続保護の魔法を使う。パーティーメンバーに一定時間毒や麻痺が発生しにくくなる魔法だ。発生しにくくなるだけなので、もし発生してしまったら解除のための魔法なりアイテムなりを使わなくてはいけない。


「身体に浮き上がってくる大きな泡がはじけるのが範囲毒の合図ね。最初は早めでいいから膨らんできたら距離取ってみて」


 ゴウにとっては慣れた相手なのだろうし、装備も優秀なため、受けるダメージも少ないのだろう。チャットしながらでも余裕のようだ。だがメルロンにしてみれば見たことはあっても戦闘は初めての相手だ。泡の浮いてくるタイミングなどそうそう分かるものではない。


 急にぼこん、とはじけた泡に、当然のごとく毒と麻痺のバッドステータスを受けるが、それはすぐに解消される。ルリマキの解除魔法だ。ルリマキが泡の発生するタイミングに合わせて詠唱、発動する解除魔法は頼もしいが、解除しなくてはならない対象が増えるとルリマキの負担も増える。それを補うための戦闘開始直後の継続保護魔法だが、何度も受けてしまえばそれだけバッドステータスを受ける確率は大きくなる。


 そこに加えて、ダメージの大きい「殴り」攻撃が来る。


 ぼこぼこと連続で湧き出る毒の泡にさらされて、動けなくなったところにオミズのヘドロのような腕による直接攻撃を受けたメルロンは、ルリマキの奮闘むなしく死亡した。


「よし、戦略的撤退!」


 ゴウの指示を受けて撤退。死んでしまったメルロンは自身の死体のある場所から一定の距離までしか動けない。地縛霊のような扱いだ。放っておけば死体が無くなって町に戻されるので、もちろん本当の地縛霊になったりはしない。


「オミズ」や他の水精霊からターゲットを受けない位置でメルロンは蘇生を受けた。


「スマン。面倒を掛けた。ルリマキさんもすいません」


「いやあ、こっちのサポート不足だよ。ガスはともかく、直接攻撃は俺が受けなきゃならんかった。わりい」


「自分もガス受けすぎたっす。スマセン」


 二人がそう言ってくれて、ルリマキは無言で右手を前に突き出して、親指を立てて見せた。


 多分、「大丈夫、行ける」そんな感じだろうか。


「んじゃ、気を取り直してもういっちょ!」


 ゴウの言葉で再度オミズに挑む。


 その後も何回か戦ってみたがメルロンが死なない状態で倒せたのは一度だけ。回避の仕方や他のメンバーとの連携は上達してきたとも思うが、やはりレベルが低いというのは致命的だ。


「スマセン、自分そろそろ落ちないとっす」


 ジョダの声で一旦お開きということになった。


「んじゃ、町まで戻りましょうか」


「いや、この場で落ちるっす。透明薬持ってるんで、だいじょぶっす」


 時間ギリギリまで付き合ってくれたのだろう。ジョダは町に戻る時間も惜しいようだ。


「それなら見てますんで落ちちゃって下さい。長時間のお付き合い、ありがとうございました」


「そっすか?んじゃ、お言葉に甘えて。こっちも楽しかったっす。また声かけてくださいっす」


「お疲れ様です」


「おつー」


 加えて無言のサムズアップ。


 それぞれの別れの挨拶を受けて、ジョダは座り込んだまま動かなくなった。このまましばらくすると、ログアウトとなる。街中等の安全地帯では即時ログアウトが可能だが、ダンジョン内では不正防止のため、三十秒の間はゲームの中にアバターが残る仕様だ。


 今回の様にパーティープレイならばモンスターの湧きの少ないところで仲間に見張ってもらいながらログアウトすればいいが、ソロだと不安だ。そんなときに使用されるのが透明薬だ。使用すると一分間、モンスターのターゲットを受けなくなる。


 ただ、透明薬には諸々制限もある。まず、モンスター側の視認を受けていると効果がない。移動すると効果が切れる。発言やアイテムの使用など、アクティブな動作でも全て効果が切れる。またオミズの泡の様な範囲攻撃にさらされても効果が切れる。何より一部のモンスター、こと「リーパー種」には透明薬が通じない。透明の状態でもすぐに発見されてしまう。リーパー種には不正や、純不正なプレイヤーの行動を監視する役割もあるため、このような設定になっている。


 そもそも導入当初は効果時間の設定がなかった透明薬に、一分間という期限が付いたのは、ストーカー対策からだったという話だ。一時期はダージールのような大きな町では、見えているプレイヤーより見えないプレイヤーの方が多かった、という本当かウソかわからない噂もある。透明なストーカーが現実として存在し、隣から自分を見ているかもしれないというのは、確かに想像するだけで相当気持ちが悪い。


 しかしながらルール通りに使えば便利なものである。透明薬を何本か持ち歩くのは冒険者の嗜みだ。ただ透明薬の一番の難点は、2000ゴールドとそれなりに高価であること。付き合ってくれたジョダに使用させるのは申し訳ない。


 しばらくして座った状態のジョダの姿が消え、パーティーのメンバー表記からも外れる。ログアウト完了だ。


「それじゃあ、俺はもう少しレベル上げをしてくけど、どうします?」


「おう、付き合うよ」


 そう答えるゴウと、ルリマキの無言のサムズアップ。


 ありがたいことだ。その日は少々遅くまで、レベル上げを手伝ってもらった。



 それから数日が過ぎ、メルロンのレベルは目標値に達した。装備品も、最高、とまではいかないが問題ないレベル。四人でのオミズの討伐も問題なく達成。パーティー六人分の<安らぎのピアス>も揃えた。ピアスはギンエイ分は必要ないのかもしれないが、後から何か言われると面倒なので念の為、だ。


 ギンエイに連絡すると、コヒナ抜きの五人でシミュレーションをしてみるとのことで、五人ともに参加できる日を選んで集まった。皆それぞれの日常があり、日程の調整は中々に難しい。ここにコヒナも加わるとなると、調整の難易度はさらに上がるだろう。


 集合場所は<マッチャ>の町。コヒナのいる<センチャ>からさらに進んだ所。センチャよりも規模は大きな町だが、中間地点としての意味が大きく、プレイヤーが使用する設備が広いマップ上で離れて存在することもあってこの町に留まるものは少ない。一度ここまで来れば帰還石を使用することで戻って来ることができるので、一つ前のセンチャを拠点とするか、さらに先のダージールを目指すかのいずれかを選択するのだ。


 今のパーティならば、マッチャまでは先のメルロンが行った方法でコヒナを連れてくることは難しくはないと思われる。神官のルリマキがいれば蘇生も可能であり、コヒナが死亡した場合でもクエストの継続は可能だ。


 問題はこの先。マッチャとダージールの間に聳える山を繋抜ける為に通過しなくてはならない大ダンジョン、<嘆きの洞窟>である。


「では、メルロン君。課題の確認をさせていただきますよ」


 五人でパーティーを組んだ後、ギンエイはメルロンの装備やステータスの確認を行った。パーティーを組んだ状態だとステータスウインドウからメンバーの数値は確認できるのだが、ギンエイは前回と同じようにメルロンの周囲をぐるぐると回った。


「ふむ。ステータスに問題はないようですね。それに、いい面構えになりました」


 胡散臭い。アバターなのだから修行しても顔は変わらない。


「ギンエイさん、いつも<吟遊詩人の詩集め>見てるっす。ご一緒出来て嬉しいっす!」


 ジョダはあこがれのギンエイに会えたということで非常にテンションが高かった。完全に騙されている。


「あ~、マジ感動。リアルだったら、サインとかねだるとこなんすが」


 メルロンからしてみれば、力は貸してもらいたいもののそれ以外では関わりたくない人物なのだが、思い込みと言うのは恐ろしいもので、ジョダには芸能人か何かに見えているらしい。


 ギンエイの方も上機嫌でそれに対応している。先にメルロンが協力を取り付けに行った時とは別人のようだ。


「これはこれは、ありがとうございます。では、嵩張るもので申し訳ないですが、宜しければお近づきの印に」


「えっ、これ、リュート!?マジでいいんすか!?」


「予備に持ち歩いているものですので、ご遠慮なく。私のサブキャラが作ったものです」


「マジっすか~~!あざまあああっす!家宝にするっす!


 ギンエイの上機嫌には理由がある。どうやらルリマキを大変に気に入ったようなのだ。自己紹介の際、ルリマキが無表情で「よろしく」とだけ言って頭を下げたのを見て、「おおおおおお!」と叫び声をあげた後、「これは、これは素晴らしい。ああ、なんと素晴らしい」等とブツブツと声チャットに出して呟いていた。ギンエイの変人キャラも、ロールプレイなのだろう。本人が変人なのは変わらないとしても。


「では、今回のクエストにつきまして、簡単に作戦を説明しますね」


 細かい注意は多かったが、ギンエイの作戦をまとめると、六人を二人ずつの三パーティーとして戦闘をできる限り避けて、または可能な限り迅速に終わらせて進むのと、コヒナがいるパーティーは他のパーティーに戦闘を押し付けて進むということだ。


 パーティー分けは、あえて役割を偏らせる。


 一番隊、騎士だがレベルの高いゴウ、次いで槍戦士のジョダ。

 戦闘になってしまった際にそれを迅速に終わらせるのが一番隊の役割だ。


 二番隊、メルロン、コヒナ。

 二番隊に特に役割はない。強いて上げるならできるだけ敵との遭遇を避けることだ。


「ギンエイせんせー、攻撃力的には一番隊にメルロンを入れたほうがいいのでは?」


「実にいい質問だね、ゴウ君。ではジョダ君はどう思うね?」


「いやあ、自分二番隊はないっすよ。飛竜に蹴られてしまうっす」


「はい」


 立場上文句は言いづらいが。四人とも非常に鬱陶しい。


「馬鹿馬鹿しい。そういうのではないと何度も」


「わーってる。わーってるって」


 全然わかっていないだろうゴウが言う。


「で、三番隊がギンエイ先生とルリマキさんすね」


「いや、私は参加しないよ」


「えっ?」「えっ」「へっ?」


 ギンエイとルリマキを除く三人が声を上げる。ちなみにルリマキは無言、のまま両手のひらを顔のあたりで広げ、「驚いた」という動作をしている。だが無表情だと非常に分かりにくい。「壁」のパントマイムに見える。


「えっと、先生は参加しないんですか?それだとパーティーメンバーが一人足りなくなってしまいますが……」


「いやあ、私も参加したいのは山々なんだけどね。その日はどうしても外せない事情があって」


 メルロンの問いにギンエイが胡散臭い返答を返す。


「いや、あの、センセ、作戦決行日まだ決まってないんすが」


「いやあ、非常に残念だ。だが安心して欲しい。ちゃんと助っ人を用意してある」


「……何企んでるんですか、先生」


「まあまあ、今日は代わりに私が三番隊に入ろう。本番の前の実践訓練をしてみようじゃないか」


 誤魔化されているのははっきりしているが、何となくそれに促されて嘆きの洞窟に向かおうとした時、背後に帰還石で飛んできたプレイヤーがいた。


 この何もない街に珍しい、とそちらに目をやったメルロン…、いや。峰岸雅人は驚きに目を見開いた。


「あれ~?い……メルロンさんじゃないですか~。こんにちは~」


「えっ、コヒナさん!?」


 それは、嘆きの洞窟攻略目途が立った後、迎えに行く予定のコヒナだった。




 

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