第16話 旅の仲間2

 <精霊洞>は、ダージールの近くにあるダンジョンだ。「精霊力の強いダンジョン」と設定されていて、階層ごとに様々な精霊が住んでいる。奥の方まで行くと<闇の精霊>、<光の精霊>、といった現在のメルロンでは全く歯が立たないような強力な精霊たちも住んでいるが、浅い階層にいるゴーレムに似た<土の精霊>やその強力版の<鉄の精霊>は倒すことで得られる経験値や所持金も高いので人気の狩場となっている。


 加えてこのダンジョンは<リーパー種>の発生率が低い。リーパー種はエタリリ内で発生する死神のような鎌を持ったモンスターだ。マップ上で固定で設置されている他、一定条件を満たすと出現する。強敵である上倒しても旨味のないモンスターであるので、基本的にリーパー種が出現しないように行動するのがこの世界の常識となっている。ストーリー上重要な役割を持つモンスターであるのと同時に、狩場の独占やbot―人間による操作ではなくプログラムによって自動で狩や採取を行う違法プレイヤー―の対策も兼ねている。その為場所によって発生頻度や発生条件の優先度が変わる。


 尚、リーパー種の発生条件の一つに、同じキャラクターが同じ場所で何度も死ぬこと、と言うのがあり、それを知った時メルロンは大いに納得したものだった。初期町から二つ目の町までの間で、同じプレイヤーが繰り返し死亡するという事態は、運営にとっても予想外だったのだろう。


 精霊洞の第二階層でしばらく土の精霊を相手にしていると、ギンエイからメッセージが届いた。二人にそれを告げると、一旦休憩しようということになった。全員でモンスターの湧かない休憩ポイントへ移動する。


 「ギンエイって、あのギンエイ?知り合いなんすか?」


 ジョダもギンエイのことを知っているらしい。


 「いや、知り合いというか、今日のついさっき、流れで弟子にされて…」


 「えっ!?メルロンさんギンエイの弟子なんすか!?」


 「ああ、うん…。そうらしい…。先生と呼べと言われたし…。このクエスト終わるまでは…多分。」


 「っカーッ。すげーっ!」


 ゴウだけでなくジョダまでこの反応だ。余程の有名なのだろう。メルロンとしてはそのような人物の協力を取り付けることができたのは嬉しいことのはずだが、さっきの「うふふふ」を思い出すとどうにも素直に喜べない。


 「んで、そのクエストってなんすか?どこかのボス攻略とか?できればご一緒したいなーなんて」


 「いや、ジョダさん違うんだよ。メルロンが、気になってる子がいてさ、その子の護衛なんだよ」


 自分もギンエイの指導を受けたいと思ったらしいジョダに、ゴウが余計なことを言う。


 「えっ、なんすかそれ。ネット恋愛すか?ちょっ、詳しく」


 「いや、そういうんじゃないです。ゴウも適当なこと言ってんなよ」


 「なんだよー。嘘は言ってないだろー」


 ゴウは悪びれた様子もなく言ってのける。ログを確認してみたら、確かに嘘は言っていない。


 「余計なこと言ってんのは確かだろう」


 ここははっきり否定しておかなければいけない。ギンエイも何やら勘違いしていた風があるが、顔も知らない、会った事もない人を好きになったりするなんて、そんな馬鹿馬鹿しいことがあり得るはずがない。


 「そういうんじゃなくて。ただ面白い人だったんで手伝いたくなったんですよ。それだけです」


 それでもとジョダが聞きたがるので、今日二回目の、占い師との出会いの話をした。ゴウが余計なことを言ったせいでどうにも気恥ずかしい。


 「なるほど。確かに変な……面白い人すね。その占いっていうのは、当たるんすか?」


 「……そうですね。自分の時は当たりでしたね」


 それはもう怖いくらいに。

 

 ゲームの中で興味を惹かれることや人と出会って楽しくなってしまう、そんな風に言われた。エタリリを始める前なら、あの占い師に会う前なら、馬鹿馬鹿しくて話にもならない占い結果だ。だが実際はあの日から古い友人だったゴウとの交友が再開し、毎日仕事が終わってからゲームをするのが楽しみで仕方がない。


 「メルロンさんは、何占ってもらったんすか?」


 「それは……。まあ、その……」


 普通にゲームのこれからのこと、とでも答えればよかったのだが、思い出していた最中だったのでつい言い淀んでしまった。


 「そういや俺もそれは聞いてないな。何占ってもらったんだ?」


 ゴウも一緒になって聞いてくるので、おもいきり頭を殴ってやった


 「いってー。なんだよお」


 「うるさい。痛くないだろう」


 エターナルリリックではプレイヤー同士が攻撃しあうことはできるが、その際は一切ダメージが発生せず、ひるんだりよろめいたりと言った効果も一切起きない。いきなり知らない人に殴りかかったりすればもちろんマナー違反だが、余計なことばかり言うゴウなら殴っても問題ないだろう。


 「ジョダさん、もし興味があるなら、その占い師紹介しますよ」


 うまく質問の件を有耶無耶にしてジョダさんに聞いてみたが、


 「んー、面白そうではあるんすが。なんか怖いんでやめとくっす」


 と断られた。なるほど、そういう考え方もあるのか。確かに良くない結果が出ることだってあるだろう。お客さんを紹介すれば喜んでもらえたかもしれないので残念だ。


 「んで、ギンエイさんのメッセージは何だって?」


 「気になるっすね」


 「確認してみる」


 ギンエイメッセージには「メルロン君への宿題」という鬱陶しいタイトルと共にいくつかの条件がかかれていた


 ・メルロン自身のレベルを55以上にすること

 ・同行者の確保。メルロンを含め四人。多くても少なくても駄目。近いレベル帯が望ましい。

 ・この四人で<精霊洞>に住む<汚れた水の精霊>の討伐が可能であること。

 ・ダージールの町までで入手可能な最高レベルの武器、防具をそろえること。

 ・コヒナの分も含めた<安らぎのピアス>を人数分用意すること。


 「何で4人なんだ?もっと多い方がもいいんじゃないか?」


  メルロンの疑問にゴウが答えた。


 「あそこ、嘆きの洞窟がリーパー種激湧きスポットだからじゃない?」


 「そうなのか?」


 リーパー種出現の条件に最も大きく絡むのが同一エリア内に存在するプレイヤーの人数だ。


 「1パーティーで行動しててもグリムリーパーは普通に出てくるし、2パーティー以上で長時間行動してるとダブルサイスもあるぞ。大人数だとラスボスまである」


 「なるほど…」


 メルロンがコヒナとともに遭遇したのはリーパー種では最下級の<リーパー>。その上に<グリムリーパー>、<ダブルサイス>と続く。ダブルサイスはテレポート能力もあるので、これが出てきてしまえばコヒナを守ることは事実上不可能となる。ゴウクラスの高レベル冒険者が大人数いれば可能なのかもしれないが、今はそれを望むことはできない。


「四人と、コヒナさん、ギンエイ…先生含めて六人ってことか」


 1パーティーのシステム上の上限が六人だ。


「レベルを揃えろ、ってのは何なんだろう」


「それは俺もわかんね」


「謎っすね」


 二人もわからないようなら、今考えても仕方ないだろう。「望ましい」となっているのだからその通りでなくてもよいはずだ。どのみちレベル70のゴウには来てもらわないといけない。


 「一人はゴウとして。あと二人か…」


 「おいおい、確認も取らずに俺を人数にいれるなよ?」


 「そうか。わかった。他を当たるよ」


 「悪かった!連れてけ」


 最初からそう言えばいいのだ。


 「ハイハイ!俺!行きたいっす!」


 ジョダがそう言ってくれた。ジョダのレベルは現在52。ギンエイの言うレベル帯が近いという条件にも当てはまる。正直こちらからお願いできないか頼んでみようと思っていた所だ。


 「ジョダさん。助かりますが、その……特に報酬というか、意味というか、あまり無いクエストですし、時間もかかると思うのですが……。いいのですか?」


 「いやあ、超楽しそうじゃないっすか。ここまで話聞いといて仲間外れとかナシっすよ」


 「……ありがとうございます」


 ギンエイといい、ジョダといい、ゲームの中でちょっと変わった出会いや経験を求める人というのは案外多いのかもしれない。いや、その筆頭は自分か。


 「んじゃ、もう一人はジョダさんの彼女?」


 ゴウが聞く。それが可能ならこれで人数の問題は解決だったが、そううまくはいかなかった。


 「いやあ、あいつはまだレベル40ないんで、ちょっと無理っすね」


 それでは流石に無理があるか。


 「あ、ちょうどいい人がいるよ。今インしてきたみたいだから聞いてみようか」


 フレンドのリストから候補者を探していたらしいゴウがそう言った。


 「どんな人なんだ?」


 「レベル61で、回復職やってる人。パーティーのバランス的にも丁度いいと思う」


 そうだった。パーティーの編成には職業も考慮しないといけない。しかしレベル等よりももっと重要なことがある。


 「それは確かに丁度いいのかもしれないが。こういうのに付き合ってくれる人なのか?」


 「それはダイジョブ。大人しくて口数少ないけど実はノリノリの人だから」


 チャットでしか意思を伝える手段のない世界で、「大人しくて口数が少ない人」が何故「実はノリノリ」なのが分かるのか。本当に理解できないが、ゴウが言うのならきっとそうなのだろう。


 「すぐ来てくれるって」


 「何?もう呼んだのか?」


 「いや、呼んでないんだけど、事情話したら今から行くからそこにいてって」


 なるほど、ノリノリなのは本当のようだ。


 休憩スポットから少しずれた辺りで三人で土の精霊を狩りながら待っていると、その場目掛けて遠くから突っ込んできた人物がいた。


 青く縁どられた白地のローブ姿の人間族の神官。三人がいる所を若干通り過ぎた後、ぴたり、と止まってくるり、と向き直った。そしてそのまま停止、そして完全な無表情。この人物が件の回復職だと思われるが。


 ≪おい、女の人じゃないか≫

 

メルロンは個人メッセージでゴウに抗議した。


 ≪え、うん。女の子だけど……≫


 ≪聞いてないぞ≫


 ≪なんでだよう。いいだろう、女の子でも。何が問題なんだ≫


 ≪いや、問題はないけど、お前……≫


 問題はないが、予想外だったのと、もう一つ。この先に少々気の進まない出来事が予測される。


 ≪ないなら話進めるぞ≫


「こちら、ルリマキさん。こちら、メルロンとジョダさん」


「よろしくお願いします」


「ルリマキさんっすね。よろしくっす」


 ゴウのこの上なく簡潔なお互いの紹介に続き、メルロンとジョダが挨拶をする。それに対しルリマキという女神官は、不思議なことにまったく表情を動かさずに


 「ルリマキです」


 とだけ言って頭を下げた。エターナルリリックではキャラを操作する際にある程度自動で表情が変わる。ダメージを受ければ苦しそうな顔をするし、お辞儀をしたり、手を振ったりするときにはそれに合った表情になる。


 コヒナはこの設定を細かく行って、他の動作と組み合させているため、アニメのキャラクターのように動く。


 ルリマキは逆に、全ての動作で起きる表情の変化をゼロに設定しているようだ。それでいて「動作」自体は色々と操作する。コヒナがアニメのキャラクターなら、ルリマキは人形劇の人形だ。なるほど、大人しくて口数が少なくてもノリノリというわけだ。


「んじゃ、自己紹介も済んだところで、クエストの詳細を、メルロンから」


 予想通りの展開だったが、メルロン、いや雅人はリアルでため息をつく。


 かくしてメルロンは、本日三回目となるクエストの説明を初対面の女性の前ですることになった。


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