第15話 旅の仲間

初めてその人に会ったのは二年前だった。


それはとても衝撃的な出会いで。


 ネットゲームなどをやっていると毎日色々なことが起きるが、ゲームを始めたあの日の衝撃を越えるような出来事にはまだ出会っていない。


 その日。


 その占い師は「あああああああああ!」と大声を上げながらたくさんのモンスターの餌食になっていた。


 ※※※※※※※※※※※※※※※


 中央都市ダージールにたどり着いた時には、ゲームを始めた日から一月くらい経っていた。レベルを上げながら進めばそれほど苦労する道でもない。自分より先にゲームを始めていた友人ゴウの助言もあり、楽しい道中ではあった。それでもやはり、先を急いでしまう。せっかくゲームをすることの楽しさを思い出したのだから、もっとゆっくり楽しむべきなのかもしれない。しかしながら先を急がなくてはいけない理由があるのだ。


 ダージルの町の広場。通い詰めてやっと目的の人物を発見した。ネット上にいろいろな攻略動画をアップしている人で、名前をギンエイという。ちょっと変わった、セオリー通りではない攻略法を編み出すことを得意としているという。


 この人物ならば、何かいい方法を授けてくれるかもしれないと期待していた。変人だが面白いと思った事には力を貸してくれる人だという噂もある。この状況を何とかしてくれるなら、多少変人でも構いはしない。自分が今受けたいクエストはかなり難易度が高く、普通に攻略サイトを検索しても出てこない。かといってのんびり自分で方法をさがしている時間はない。もちろんゴウにも相談してみたが、いい知恵は浮かばなかった。


 あれから一月。いつ他の冒険者がクエストを達成してしまわないとも限らない。このクエストを受けられるのは一組だけだ。ギンエイの知識や力は、今の自分にはどうしても必要だった。


 センチャの町から、マッチャ市、さらには大ダンジョン<嘆きの洞窟>を越えて。


 <占い師コヒナをダージールまで連れてくる>


 エルフの戦士メルロンこと峰岸雅人に、そのクエストを誰かに譲るつもりはなかった。


※※※※※※※※※※※※※※※ 


 「あの、突然すいません。ギンエイさんですよね。<吟遊詩人の詩集め>の」


 「ああ、はい。私ですよ」


 近づけば名前が表示される世界なので、目の前の人物が「ギンエイ」という名前なのは間違いない。しかし同姓同名は普通にあり得るし、ギンエイほどの大物なら、ニセモノがいても不思議ではない。メルロンはそっとステータス画面を確認した。攻略サイト<吟遊詩人の詩集め>に掲載されているデータと一致する。別人である可能性は低そうだった。


 「実はお願いがあって来たのですが」


 「お願い?ああ、攻略のお手伝いですか?すいません。今はやってないんですよ」


 さらりと断られるが、簡単に引き下がるわけにもいかない。


 「アドバイスだけでも構いません。お礼に関しては、すぐには無理ですが、必ず用意します」


 「アドバイスと言われましても……。それなら攻略サイトなどを見てもらった方がいいんじゃないかと思いますが」


 「いえ。どの攻略サイトにも載っていません。どうか、お話だけでも」


 「ううん。昔私が助っ人業なんてのをやっていたのを聞いて、ということですかね。でもそういうの、今ほんとやってないんですよ。まあ、お話だけというのなら聞きますけど。攻略サイト以上のことは言えないと思いますよ?」


 助っ人業なんていう物をやっていたことは、もちろんメルロンは知らなかったし、あからさまに迷惑がられているのもわかったが、とりあえず話は聞いて貰えそうだ。


 「ありがとうございます」


 「で、どのボスの攻略ですか?」


 「いえ、ボスではないんです」

 

 「はあ」


 「その、レベル1で、嘆きの洞窟を抜ける方法に、心当たりはありませんか?」


 「は?ええとそれは…。姫プレイか何かですか?」


 姫プレイという言葉は知らなかったが、なんとなくはわかる。特殊なアイテムでレベル上げを手伝ったり、強い装備品を与えたりして、女の子を接待して、楽しく遊んでもらおうとするものだろう。


 「いや、そうじゃなくて、あれ?」


 戦闘はしないと宣言しているコヒナの手助けをして、ダージルまで連れてこようというのだから、大差はない気もする。それでも、やっぱり違うと言いたくなる。そもそもあの人には、本当は手助けなど必要ないのだ。


 「ああ、すいません。そういった手伝いということでしたら、他を当たってください。あまり好きじゃないんです」


 「いや、まってください。そうじゃないんです」


 具体的にどう違うのかはうまく言えない。ただ、「姫プレイ」なんて言う言葉とあの頑なな占い師とは絶対に一緒ではない。むしろ対極ではないかと思う。放っておいてもそのうち自分で方法を見つけてここまでやってくるかもしれない。ただ、自分がそれに手を貸したいというだけで。


 「その人は、占い師で……。占い師だから、戦闘はできないんです。冒険者じゃなくて。ただ都会にでて占い師としてやっていきたいだけの、普通の一般人なんです」


 とにかく興味を持ってもらわなければ話が終わってしまう。なんとか伝えようとして出てきた言葉は、伝えたいことそのままであるというのに、とても相手に意味が伝わるとは思えなかった。


 「…もしかして、ロールプレイで占い師をやってるということですか?戦闘なしの縛りで?」


 「そう、それだ。そうなんです」


 奇跡的に話が通じた


 「それは、貴方の別キャラとかですか?」


 「え?あ、いや違う。そういうんじゃない」


 なるほど、そういう可能性もあるのか。


 「ふむ。わかりました。とりあえず話をお伺いしましょう」


 どうやら、第一関門はクリアのようだ。メルロンはリアルの手のひらにかいた大量の汗をズボンの膝でぬぐった。


 それからメルロンはギンエイに事の顛末を話した。


 最初は簡潔に事情を説明ようとした。ホジチャ村で出会った占い師を名乗るちょっと変わったプレイヤーの事。その人をレベル1のままセンチャまで送ったこと。その人をダージールの町まで護衛したいということ。なるべく戦闘は避けたいこと。


 事情を聴くうちにギンエイの態度は軟化していき、途中途中に詳しい説明を求めた。最後まで話し終わった後、ギンエイはクエストとはあまり関係なさそうなことを色々と聞いてきた。


 「その占い師さんは、なんというお名前ですか?」


 「何故お声を掛けようと?」


 「戦闘を避けたいのはなぜです?」


 「最後の占いというのは、どんな結果が?」


 「しかし何故そんなに急いでいるのです?」




 手伝ってもらう手前、機嫌を損ねたくなかったので答えていったが、どうにも下世話な感が否めない。最後の質問に、渋々誰かに先を越されたくないからだと返答すると、


 「ああ、それは確かに。急がなくてはいけませんね。うふふふふふふふ」


 この流れでわざわざ「うふふふ」と打ち込んで発言するというのは、少々以上に気持ちが悪い。ギンエイの戦闘に関しての能力がどれほどなのかは今のところ分からないが、変人という噂の方は間違っていないようだ。人選を間違えたのではないかと不安にもなってくるが、今大切なのは一刻も早くクエストを受注―準備をしたうえでコヒナさんに声を掛けることだ。代わりを探す時間が惜しい。見つかるとも限らない。


 「ええと…メルロンさんでしたね。いや、先ほどは失礼しました。私に声を掛けてくれたことを感謝します。久々に、面白い」


 ……今、面白いって言ったな。


「では早速、ちょっと失礼して」


 そういうとギンエイは何やらメルロンの周りを回りだした。恐らくステータスや装備をチェックしているのだろう。本来ならステータス画面から確認できるので実際に回る必要はないのだが。


「レベルは…42ですか。装備も…これはひどい。相当急いでここまで来ましたね。作戦云々よりまず自キャラですね。今のままでは話になりません。そうですね、まずレベルを55まで上げること。それと、これから言う装備を用意してください」


 レベル55。今から10以上上げなければいけない。


「しかし、それでは時間が」


「ああ、それ以下では無理ですよ。どうしてもと言うなら何とかしますが。その場合、メルロンさん、貴方はお荷物になります。その、占い師さん…コヒナさんでしたか?その方と同じように守られる立場です。足を引っ張ることになるので戦闘には参加しないでいただきます。それでも良ければ今すぐにでも。どっちがいいですか?」


 頷かざるをえなかった。


「わかりました」


「よろしい。早くお迎えに行きたいのであれば、早くレベルを上げることです。それと、私のことは先生と呼んでください」


「は?」


「ギンエイ先生、でも構いません。私は貴方をメルロン君と呼ばせていただきます」


「はあ……」


「いいですね?」


「……わかりました」


 変人だとしても心強い味方には間違いない。面白いと思ったら手を貸してくれるというのも嘘ではなかったようだ。だがどちらかと言うと、面白がって手を出す、の方が正しいのじゃないかと思った。それに正直、若干鬱陶しいし、胡散臭い気もする。


「では改めてメルロン君。レベル上げと装備品以外にもいくつか宿題を出します。後ほどフレンドメッセージでまとめて送ります。全てクリアしたら連絡ください。クエストを開始しましょう。ああ、占い師さんのスケジュールの確認もお任せしますよ。それでは、私も早速準備にかかりますので」


 ギンエイは上機嫌らしく、ピロン、ピロンと頭の上に音符のエフェクトをいくつも出したあと、飛んで行ってしまった。


 少しの間放心してしまった。どんな宿題が来るのかはわからないが、今できそうなことはレベル上げと装備新調の資金集めだ。とりあえず、ゴウに連絡を取ることにした。


≪レベル上げと資金集めがしたい≫


 個人メッセージを送信。他の人に送るなら失礼にもなりかねない文面だが、ゴウなら話は別だ。小学校に上がる前から、二十年近い付き合いである。あたりまえだがその頃にはエターナルリリックという世界は存在していないので、ゴウではなく川村進という名前だった。小学校卒業後つい一月前まで顔を合わせていなかったので二十年の付き合いというと些か誇張になるかもしれない。しかし再開してからほぼ毎日、リアルではないにせよ顔を合わせている為か、十年間会っていなかったということを今は感じない。


 すぐにゴウから返信があった。


 ≪了解。今行く≫


 予想通りの内容だ。ゴウはこのゲームの発売当初から続けているので、レベルだけならギンエイと同じ最大値の70。職業は騎士。戦士よりも攻撃力は低いがその分防御力の高い職で、パーティーを守る役割を担う。装備品やスキルにしても、ギンエイ程ではないにせよ所謂ガチ勢といって差し支えない状態だ。本来ならストーリーを追って移動可能エリアが広がっていくこの世界では、ゴウが資金を稼ぐ気ならメルロンの行けないような狩場で荒稼ぎした方がずっと効率がいい。


 だがゴウに言わせると、やることが無くなって暇をしているので手伝わせろということになる。そういうことならとありがたく付き合ってもらうことにしている。ゴウに助けてもらえば、レベル上げにしろ白金銭集めにしろ効率は段違いである。ゴウは普段「狩場を自分で探すのも楽しみだから」と言って教えないという体でいるが、その実、言いたくて教えたくてウズウズしているのは知っている。


 ゴウはすぐに来た。


「ギンエイさん見つかった?」


 ゴウにはギンエイに協力を仰ぎに行くことは伝えてある。そもそも協力を仰ぐべき人物としてギンエイの名前を出してきたのはゴウである。


「ああ。協力も取り付けた。でも宿題、とか言ってレベル上げその他諸々条件出された」


「マジかよ。ギンエイってマジすごかったんだよ。いやマジでよ。んで、諸々って?」


 短い言葉の中にマジが三回出てきた。ゴウの語彙力には、寧ろ感心する。


「装備と…詳しくは後でメッセージくれることになってる」


「ほー。んじゃ、とりあえずレベルな。ジョダさんもインしてるみたいだから、声かけてみるか」


「そうか。じゃあ、頼む」


 ゴウは以前一緒に遊んだジョダの名前を出してきた。ドワーフの男性キャラで槍戦士をしている。レベルは50ちょっと。自分と同じころに始めたということで親近感を感じているが、リアルの彼女だったか奥さんだったかと一緒にゲームをしていることが多くて声を掛けづらい。ちなみに彼女の方は見たことがない。


 程なくしてジョダもやってきた。


「ゴウさんこんちはー。メルロンさん、今日はよろしくっす」


「よおー、こんちはー」


「こんちわっす。今日は彼女さん平気なのですか?」


「あっ、今日は遅くなるみたいなんで、戻ってくるまでっす。スマセン」


 ドワーフのジョダが右手を前に立ててお辞儀をする。すいませんのポーズだがずんぐりむっくりしたドワーフの体系と合わさって、相撲の「ごっつあんです」みたいに見える。


「んじゃ、早速行こうか。メルロンの行けるとこで効率いいところだと、精霊洞の二階層あたりかな」


「了解」


「OKっす」


 それぞれで帰還呪文を唱え、精霊洞の入口へと飛んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る