第14話 吟遊詩人 3

「コヒナさんありがとう。お礼は改めて。すいません、これにて失礼します。ほんとにありがとうございます!」


そう言ってギンエイさんが飛んで行ってしまってから、一週間ほどして。


「コヒナ殿~っ!」


 私を呼ぶのは大きな二角帽子を被った、ひらひらした派手な服装のマーフォーク族の知らない人だった。「殿」づけで呼ばれたのはリアルも含めてこの時が初めてだ。


「やあやあ、お会いしたかったですぞ! アレからワタクシ色々と検討しましてな。吟遊詩人としてこの町でやっていくことにしました故、コヒナ殿には先輩としてご教授いただければと思っております。今後ともどうぞよろしくお願いしますぞ」


 わあ、すごいチャットの速度。私よりチャット速い人はこれで二人目だ。先輩と言われても、このハデハデした後輩に心当たりがない。誰なのだろう思ったがよく見れば先日お会いしたギンエイさんだった。


「ギンエイさんでしたか~。ずいぶんと変わられましたね~」


「ええ! ええ!! そうでしょうそうでしょう!」


 ギンエイさんはオーバーアクションで頷く。服装もそうだけど、しゃべり方とか動き方の方がもう別人で、オーバーな動きと口上口調で舞台の俳優さんみたいだ。


「生まれ変わったのですよワタクシは!そう、コヒナ殿のおかげで目覚めたのです!吟遊詩人、これこそがワタクシの生きる道!」


 びしっ、と天を指して決めポーズをとるギンエイさん。つられて空を見上げたけれど、特に何も飛んでいない。


「ええと、でも、もともと吟遊詩人だったのでは~」


 ちちち、とギンエイさんは指を振る。


「それは違いますぞコヒナ殿。先日までのワタクシはいわばアマチュア。本当の吟遊詩人はモンスターを退治したりしないのですよ」


「は、はあ……」


 凄く変なこと言ってるなこの人。じゃあ吟遊詩人さんは何をするんだろう。歌でも歌うんだろうか。


「百聞は一見に如かず、でございますな。一曲披露させていただきます故、ぜひお聞き下さい」


 ギンエイさんはそう言うと、くるっ、っと大通りの方を振り返った。


 え、本当に歌うの?


「さあさあ、道行く冒険者の皆様方、御用とお急ぎでなければお立合い。今宵、吟遊詩人ギンエイが歌いまするは、とあるギルドマスターのお話。


 このギルドマスター、見た目は筋骨隆々の大男。


 されどいつもギルドのことを考えている、心優しきギルドマスターにございます」



 そう言うとギンエイさんはリュートを取り出し、それを引きながら歌い始めたのだった。


 

大男はギルドマスター。小さいけれど、楽しいギルド。


メンバーを楽しませようと、大男はいつも一生懸命


でもある時一人が言いました


「友人のギルドに移籍します。いままでどうも、ありがとう」


頑張ってと笑って送り出したけれど


嫌な思いをしたのではないか、不甲斐無い自分のせいではないか


筋骨隆々の大男、大きな体で考えた。


ギルドが小さいからじゃないか


大事な大事な、みんなのギルド。


大きくなれば、守れるのじゃなかろうか


大きくならなければ、守れないのじゃなかろうか


さあさ、皆様お立合い。


どこかで聞いた話じゃないか、こいつはうちの話じゃないか。


何はなくともまずは見た目。ギルドの拠点を大きくすればと、建物、施設に大金つぎ込み。


白霊金剛の大戦斧の為にと、コツコツ貯めた貯金だって、ギルドのためなら惜しくなし。


ギルドの評価を上げねばならぬと、討伐依頼に精を出し、夜も寝ないで昼に寝る。


メンバー増えねば大きくなれぬと、見た人皆に声かけて、されども道行く冒険者、既にギルドの加入者ばかり。



さても皆様お立合い。



この心優しき大男。ギルドのためにと必死でメンバーの勧誘をいたします。そこで出会いましたは、一人の女性。なんとこの女性、どうやらこの世界に来て間もない様子。


今ギルドに欲しいのは、即戦力のツワモノではありましたが、そこは心優しき大男。放ってはおけぬと声を掛けるのでありました。


お嬢さん、見れば旅慣れぬご様子で。何かお困りごとはないか。よろしければ力になろう。


ありがとう優しい大男さん


けれども私は旅の占い師。困りごとはございません。


でももしあなたがお困りならば、お力になることができるかも。


それならどうか、教えて欲しい。


俺はギルドを大きくしたい。大きくしなければ、守れない。


大男さん、あなたの一番大事なことは何?


そしたらきっと見えてきます。


あなたの手の中にあるものは何?


目から鱗の大男。


ある日ある時ギルドの前、メンバー皆が集まって


何の騒ぎかと問うてみた。


何の騒ぎかとは何たるか。


何時も頑張っている大男に、贈り物をと集まった。


剛勇無双の大戦斧


その柄は齢千年経たる白霊樹。その刃は黒く輝く金剛石。


その力まさに無双なれど、その重さも無双にして、


世に振れるものは無しと伝わる、白霊金剛の大戦斧でありました。


かくて筋骨隆々の大男、斧を 受け取るが持ち上がらぬ。


かくも無双の大戦斧、泣き顔隠したその片腕で、持ち上がる道理のあるものかね。


「ご存じ優しき大男のお話。続きが気になる方は是非、


 http:// blog.xxx.xxxxxx.xx/karamu-cho


 もしくは、<エタリリ日記@カラムとゆかいな仲間たち>とご検索を」



 いつの間にか、たくさんの人が足を止めて、ギンエイさんの歌を聞いていた。面白いお話だったけど、なんだか、どこかで聞いたような話だ。そういえばダージール来た時にお世話になって、流れで占いをすることになったごつごつの戦士さん。たしかお名前をカラムさんといった気がする。


 そして多分。ダージールで、いやこの世界で、占い師なんかやっているのは私くらいじゃないだろうか。


「さてお立合いのお客様方。ワタクシは吟遊詩人のギンエイと申します。ここで歌わせていただいて、日銭を稼いでおりまする。気に入っていただけましたら、どうぞご遠慮なく、投げ銭の方お願いいたします」


 そういってギンエイさんは、帽子を取ってお辞儀をしながら前に差し出した。それからふと頭を上げると


 「そうそう、投げ銭の金額でございますが、お気持ちのままで結構でございます。多いの少ないのとは申しません。ただ、ナニブン小さな帽子でございますので、できれば畳んでから入れていただくようご協力お願いいたします」


 最後の大道芸人の決まり文句に、笑い声と温かいヤジと投げ銭が飛び交う。デジタル表記のゴールドにはもちろん紙幣なんて無いけれど。「冒険者」「ギルド」なんて言う言葉が当たり前に使われるこの世界。もしかしたらリアルの大道芸人さんに理解が深い人も多いのかもしれない。


 お客さんが引いた後、ギンエイさんが話しかけてきた。


「こんなわけでございましてな。ワタクシ、コヒナ殿を見習って吟遊詩人としてやっていくことにしたのでございますよ」


「凄いものですね……。ちょっと言葉が出てきません~。あんなに人が集まって、みんながギンエイさんのお話を聞いて。本物の吟遊詩人さんみたいでした~」


 漫画などで見る、吟遊詩人が歌って、それに道行く人が耳を傾ける光景。それが目の前で本当に怒ったと言うのは感慨深い。


「ほほほ、これは嬉しいお言葉。ありがとうございまする」


「カラムさんとお知り合いなのですか~?」


「ええ。あヤツ、このところずっと付き合いが悪かったのですが、急に昔に戻ったみたいに元気になりましてな。何があったのか聞いたところ、町で占い師に会った、などと言い出すものですから。最初は少々本気で心配したのですが」


 それはそうだろう。急に人が変わった友人に理由を聞いて、「占い師に相談した」と返ってきたら、何かの詐欺か宗教に嵌ったと考えるのが普通だ。


「詳しく聞いてみましたところワタクシも興味を持ちましてな。それで先日お伺いさせていただいた次第でございまして」


 なるほど、それで噂の占い師さんだったわけか。そうだよなあ。ダージールについて一か月近くになるけれど、来ていただいたお客様の数は噂の占い師さんなんて呼ばれるにはあまりに少ない。。うすうす感づいてはいた。


「いや、それにしても、カラムの言う通り。コヒナ殿の占いは流石で御座いましたな。おかげでワタクシ、毎日が楽しくて仕方ありませんぞ」


「ええと~、あはははは~。ありがとうございます~」


 カラムさんの時にも、ギンエイさんの時にも、実は大した内容を言っていないので笑ってごまかす。でもそれでいいと思う。私が読めていなくても、伝わって納得してもらえたら占いは成功だろう。


 ただ精進はしようと思います。ハイ。


「いや、本当でございますぞ?ダージールの母とか名乗ってもいいと思いますぞ」


「いえ、それは遠慮します~」


 他の世界も合わせると見て来た人数はまあそれなりに多くはなるけど、母扱いはさすがに名前負けが過ぎる。


「そういえば、カラムさんはこの詩のことはご存じなのですか~?」


「無論知っておりますな。カラムも、面白そうだし、ブログの宣伝にもなるからやってくれと言っておりました。でも、もう一人の許可はまだとっておりませんでしたな」


 良かった。さすがに断ってないと問題になりそうだからね。でももう一人って……。ああ、私か。


「名前も出てきていませんし~。チョイ役ですから、私の事はお気になさらず~。それこそお客様増えるのはありがたいですし~」


「おおう、チョイ役ではないと思いますがな。お気になさらぬのはありがたいが、それではワタクシの気も済みませぬ。先日の御礼も十分にできておりませんしな」


 ギンエイさんが何処からともなくひょいっと取り出したのは花束だった。多分リアルには存在しないだろう、薄い緑色の薔薇を束ねてある。


「うちの庭で、今朝がた花をつけましてな。これは贈り物には丁度いいと、摘んでまいりました次第でして。フロストグリーンローズと言う花でございます」


 何やらおしゃれな喫茶店で出てくる飲み物みたいな名前だ。注文するときにちょっと恥ずかしいヤツ。飲んでみるまで味が分からないタイプ。


 でもそのお花はとても綺麗だった。その名の通りの薔薇の花で、薄く青みがかった緑の花びらに、霜のようにうっすらと白い模様が入っている。すりガラスで出来た一級の細工品のようなそれは、高いレアリティを窺わせてきらきらと輝くエフェクトを放っている。


「これはもしかして……大変に高価なものなのでは~」


 その美しさと、あとは花だったせいもあって、受け取ってしまってから、あわてて確認する。やっぱりお花を貰うというのはあこがれる所があるよね。


「何、頂いた物への御礼としては些か見劣りするくらいでして。お納めいただければ幸いでございます」


「でも私は~、高価なものをいただいても、使うことができないのです~」


 この薔薇がどのようなものなのかはわからないけど、ネットゲームの世界に「ただ希少なもの」はそう多くない。希少なものというのは、世界にいくつしかないというような極端なレアリティーを持っているか、あるいはその品物に何らかの付加価値があるかのいずれかで、恐らくこの薔薇は後者だ。


 優れた回復効果、希少で優秀なバフ効果、こういった効果を持っているものは高額で取引される。しかし町から出ることをしない占い師にはまさに宝の持ち腐れだ。


「いやいや、コヒナ殿。それは「使う」ものではございませぬぞ」


「?」


 ではなんだろう、世界に数本しかないとかだろうか。そうだとしたら恐ろしい。


「家の装飾品としても人気ではございますがな。その花は、染料の原料でございまして」


「えっ、この花がですか? 帽子とかをこの花の色に染められると?」


 それはきっと、とても綺麗な帽子になるに違いない。


「そうですな。それだけあればドレスなどをお造りになった時にも染められるかと思いますぞ」


「ほんとですか! それは、とても楽しみです~。ありがとうございます~!」


緑と言ってもいろいろな色がある。でもこの花の色なら申し分ない。だってこの緑は、あの緑にそっくりだ。


「喜んでいただけて何よりでございます。実はコヒナ殿が帽子を染める染料を探していると聞いたものですからな」


 ギンエイさんは、ほほほほ、と笑った。


 あれ? さっきたまたま咲いていたからと言っていた気がするんだけど。


「そんな話、何処で聞いたのですか~?」


「おっとっと。吟遊詩人ですからな。噂には敏感なのですよ。そうでないと流行りを逃してしまいますからな」


 そういうものだろうか。もしかしたら占いに来てくれたお客様とそんな話をしたのだったかもしれない。吟遊詩人ってすごいな。


一週間前に吟遊詩人になったばかりの、かつての最強の吟遊詩人さんは、また、ほほほほ、と笑った


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 私が被っている大きな緑のマギハットはこの時ギンエイさんに貰ったお花から作った染料で染めたものだ。お裁縫のスキルをあげてドレスを作り、同じ染料で染めたのが今のドレスだ。花束でいただいてしまったので一本は帽子にそのまま飾り、残りは大事に取ってある。花がしおれてしまわないのはゲーム世界のいいところだ。


 ギンエイさんはこの後に、何かにつけて「コヒナ殿には大恩があります故」とか言って色々助けてくれた。大恩があるのはこちらの方だ。ギンエイさんがいなかったら、エタリリでのお客さんの数は今よりずっと少なかったと思う。


 あれから二年。


 ギンエイさんは時々は戦闘もするようだけれど、今では誰しもギンエイさんと言えば歌う方の吟遊詩人、または、劇団ギンエイ座の座長さんを想像する。ギンエイさんはこの後もどんどん新しいことを始めて、この世界に劇団まで作ってしまった。メインストーリーを振り返る演劇をやったり、漫才だかコントだかをやる人たちがいたりで定期に不定期に諸々活動している。最強プレイヤーだった時よりよっぽど時間を取られていそうだが、全然苦にならないのだそうだ。好きなことと言うのはそういうものなのだろう。


 「ギンエイさんですよね?あの、お願いが」


 二人組の猫小人族の少年がギンエイさんに声を掛けてきた。同じ顔だけれど髪型は左右対称。同じ服を着ているけれど、染め方は左右対称で可愛らしい。ギンエイ座の入団希望者さんだろうか。


「それではコヒナ殿。これにて。何かお困りごとがあれば、何時でもこのギンエイにお声がけくださいませ」


「はい~。いつもありがとうございます~」


 そのあと猫小人族の二人組はギンエイさんの前で持ちネタを披露していた。


 そのネタの出来は……。頑張ってください。


 こんな風に超有名人であるギンエイさんだけど、でもさらにこの後、仲間たちとともに、ある一つの奇跡の立役者となる。その奇跡は世界の枠を超えて、全てのネットゲームの世界の伝説になるのだけれど。


 それは、もう少し先のお話だ。

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