第13話 吟遊詩人 2

 ちくちくちく。


 お裁縫をしながらお客様が来るのを待つ。人通りの多いダージールの町でも占い屋さんに声を掛けてくれる冒険者さんはそうそう現れない。冒険者さんたちはみんな忙しいのだ。


 お裁縫はいい。占い師の内職にはぴったりだ。占いで稼いだお金で糸や布を買ってお洋服に仕立てていく。お洋服を作るのも手作業だ。NPCのお店に行けばミシンを借りることもできるけれど、ゲームだから手縫いでもミシンでも手間は変わらない。お裁縫用の針は消耗品なので時々補充に行かないといけないけれど。出来上がったお洋服をNPCのお店にもっていくと割といい値段で買い取ってくれて、不本意ながら本業の占いよりよっぽどいい稼ぎになる。お裁縫のスキルも上がってきて最近は帽子も作れるようになった。


 ネットゲームを始めて最初の世界、<ネオオデッセイ>で被っていたお気に入りの大きな魔法使い帽子に似たものも作れる。でも残念なことに、この世界で装備に色を付けるためのアイテム「染料」は恐ろしく高価だった。残念ながら当分は手が届きそうにない。だから今被っているのは生成り色の魔法使い帽子だ。この帽子を緑色に染めることは私にとってとても重要なことなのだ。


 「あの~、すいません」


 ちくちくに集中してしまって気づかなかった。お客様だ。


 「はい~、いらっしゃいませ~」


 「ええと、貴女が噂の占い師さんですか?」


 なんですと?噂とな?


 ほほう、噂になっていますか、そうですかそうですか。


 そうです、私が噂の占い師さんですよ。


 「はい~、占い屋です~。何か見て行かれますか~?」


 この時声を掛けてくれたのが当時はまだ普通の冒険者さんだったギンエイさんだった。今みたいな派手な見た目ではなく、性能重視の飾り気のないローブ姿で、しゃべり方も今のギンエイさんみたいな独特の口調ではなかった。


 「ゲームの中のことも、占ってもらえるのですよね?」


 「はい~。どちらでもお伺いしますよ~」


 「お恥ずかしい話なのですが、自分のプレイスタイルについてなのですが、ちょっと行き詰っていまして。この先どうしていったらいいかなと」


 プレイスタイルというのは人それぞれだ。この世界にいる時間はとても貴重な「遊び」の時間。だから基本的には自分のしたいことをするのが一番だ。でもゲームを長く続けていると、それができない場合も、理由も、色々と出てくる。


 そんな相談する相手としては私みたいな同じ世界で生きる占い師は適役だと思う。ちょっとばかしこの世界の知識には自信がないけれど。


 「ご自身のプレイスタイルについてですね~?何か気になることがあればお先にお伺いします~。話しづらければ先にカード開かせていただいて、結果に応じて改めてお伺いさせていただくこともできます。いかがいたしましょうか~?」


 「では先に占いをお願いします」


 「はあい。ではカードを三枚使いまして、見て行きますね~」


 ゆっくりカードを混ぜる。この問題を見るのにふさわしいと思えるまで混ぜたらまとめて形を整えて開いていく。この方がこの先どうしていくべきなのか、教えて下さい。


 一枚目、≪皇帝エンペラー、逆位置≫


 ≪皇帝≫は全ての王様の王様。正位置では自信に満ち溢れた成功者のカード。


 逆位置になると、失われた自信と名誉。これが過去の位置に来ている。


 二枚目は≪ワンドの10、逆位置≫


 十本の棒とそれを運ぶ人物の描かれたカード。逆位置では重荷を運び続け、いつしか疲れ切ってしまっていることを示す。


 三枚目、≪隠者ハーミット、正位置≫


 隠者は心の中を探す探索者。本当に求めているものは何なのか答えを探す必要があること。あるいは答えが見つかる暗示。


 この三枚のカードが語るストーリーは、どんなものだろうか。


 「お待たせしました~。お伝えさせていただきます~」


 「はい、お願いします」


 「一枚目過去の位置に出ているのは、≪皇帝≫というカードの逆位置です。失われた名声、自信を示すカード。お心当たりはありますか~?」


 「過去……、過去ですか……」


 「過去というか~、この問題の原因になっている部分かもしれません~」


 「なるほど、確かに。思い当たる部分もあります」


 「二枚目に出ていますのは≪棒の10、逆位置≫です~。このカードには、重い荷物を運んで、疲れてしまった人物が描かれています~。何か、疲れてしまうようなことがあったのかもしれませんね~」


 「ああ~、そうですねえ」


 二枚目のカードにも思い当たる所があるようだ


「三枚目は≪隠者≫というカード。自分の中にある答えを見つけるカード。ご自身にとって何が本当に大事なことなのか、考えてみるといいかもしれません~」


「本当に大事なことか……」


「カードの暗示は以上になります~。占いの中で気になったカードや暗示があれば教えて下さい~。その他にも思い当たることや、具体的に確認したいことがありましたらお伺いします~」


 タロットカードの暗示は抽象的だ。細かくお話を聞けば細かいアドバイスができるし、逆にまったくお悩みを聞かずに暗示だけをお伝えして解釈をお客様に任せてしまうこともできる。どちらのやり方も一長一短。大体はその真ん中位のやり方をとる。


ギンエイさんはしばらく悩んでいたけれど、「せっかくなので」と話し始めてくれた。


「実は行き詰っていまして。ちょっと長くなるのですが、お話しても?」


「はい~。どうぞ~。お待ちの方もいらっしゃいませんので~」


 コヒナの占い屋さんではゆっくりお話をお伺いすることをコンセプトとしている。なので並んでいる方をお待たせしてしまうことはあるのだけれど、その分順番が回ってきたときにはご納得いただけるまでお話しさせていただく。せっかく占いなんていう物をするのに、もやもやを残して帰らせるのは申し訳ない。


 さんざん待たせた挙句にお客様がログアウトする時間になったり、閉店時間になってしまうこともあって悩ましいけれど致し方ない。以上ご了承下さいということで、占いがハズレても怒らないでね等の注意書きとともに、看板にくどくどと書き連ねている。


 ではお言葉に甘えて、とギンエイさんはお話をしてくれた。


「コヒナさんは、ギンエイ、つまり私のことを何処かで聞いたことはありますか?」


 おおう、もしかして有名なプレイヤーさんでしたか。


「すいません~。存じておりません~」


「ああ、いえいえ。ご存じだと話が速いと思ったものですから。一部界隈では知ってる人もいるというだけです」


 不真面目プレイヤーの私には、この世界では常識なのに知らないという事が度々ある。有名プレイヤーさんだと知らないと怒られたりもするが、ギンエイさんはそういう怖い人ではないようだ。


「一部界隈というと~?」


「実は吟遊詩人の職でボス攻略の動画を上げたりしてるんですよ」


「吟遊詩人さんですか~」


 吟遊詩人は歌や楽器でパーティーをサポートする役割で、味方を強くしたり回復したり、逆に相手を弱くしたり、場合によっては操って同士討ちさせたりもできるらしい。


 聞くだけで強そうなお仕事だけど、それだけに立ち振る舞いが非常に難しい。色々なことができるので、逆に今何をするのか、しなくてはならないのか判断する必要があるのだ。吟遊詩人はプレイヤー個人の能力によって、パーティー全体が非常に強力になったり、逆にそうでもなくなったりする、そういう職業なのだそうだ。


 この吟遊詩人という職業でボスの攻略を解説したり実践したりして、ギンエイさんは有名になったのだという。試しに「ギンエイ、吟遊詩人」で検索してみたらいっぱいヒットした。


「お名前検索してみましたら、いっぱい出てきました~。凄いですねえ。エタリリ最強!って書いてあります~」


「あはは、お恥ずかしい」


「動画もたくさん出てきますね~。ご自身でアップされてるんですか?」


「そうですね、以前は色々と上げていました」


 なるほど。「以前は」。どうやらそのあたりが<皇帝>が逆位置で出た理由のようだ。


「最近はあまり?」


「そうですね。いろいろと時間がなかったり。あとは……ちょっと疲れちゃったり」


 やはり、疲れてしまった、という言葉は出てくる。


「現在の位置<棒の10、逆位置>、重荷に疲れてしまう暗示。ここにつながっていくのですね~。ですと~、ギンエイさんが運んでいる重荷というのは先に出ている<皇帝>のカード、<エタリリ最強の称号>ということでしょうか~?」


「ああ、あはは。本当に分かるんですね。話に聞いた通りだ」


 殆どがギンエイさん自身の口から出ていることなので、わかるというのとは違うと思うけれどそのことには触れない。カードの暗示がきっかけになっているのも嘘ではないし、何より、そこにギンエイさんのお悩みがあることに間違いはない。


「そんな風に言ってくれた人もいたというだけで、自分で名乗ったことはないんです。元々、最強なんてガラじゃないんですよ」


 画面の向こうでギンエイさんが苦笑しているのを感じる。


「動画のアップ始めたのも、こんなやり方もあるよ、なんて紹介するのが楽しくてやってただけなんです。一人でやったわけじゃないし。でも「最強」なんていわれてしまうとつい、そんな気になってしまったのも本当ですね」


「では何故嫌になってしまったのでしょう~?」


「「最強」と呼ばれるのが嫌になったんじゃないですね。「最強」から転落した、みたいな見方をされたくなかったんです」 


「誰かに嫌なことを言われたということですか~?ネット上の中傷とか~」


 先程検索した結果の中には、ギンエイさんを最強と讃える人たちに混じって「誰でもできる」「勘違いキツイ」「自作自演乙」と言った中身のない批判もぱらぱら見受けられた。


「いえ。ああ、でもそうなのかなあ」


 ギンエイさんは完全に否定した後で急に曖昧になった。


「中傷自体は元々あって、気にしてたつもりもなかったんですが。ただ、リアル事情でログインする時間ががっつり減った時期がありまして。その時にステータスの最高値を維持が厳しくなって……」


 ギンエイさんは、そこで色々思い出してきたみたいだ。


「ああ、そうだった。初めの頃そんなの気にしたことなかったのになあ。なんでだろう。とにかくその頃はステータスも装備も最高でなければいけないと思い込んでた気がします。でも同時にステータスのためにゲームしてるのが嫌になって」


 お話をしているうちに、自分で気づいたようだった。


 ネットゲームにおいてログインできる時間はそのまま力だ。ネットゲームには時間がかかる。ゲームにかけた時間だけアイテムもレベルもお金も増えていく。プレイヤースキルと言われるものも上達していく。ことギンエイさんのような最上級のプレイヤーさんにとってそれは顕著だ。


 さらにはキャラクターには数字で表される「ステータス」がある。レベル、スキル、装備品などの合計で決まる「ステータス」。最上級プレイヤーさんは常に最高の数字を維持しなくてはならない。


 皇帝であり続けるため、ギンエイさんは少なくなってしまったログインできる時間を全部使ってこの世界の最高のステータスを維持し続けた。結果、ゲームは義務になり、ちょっとずつ楽しくなくなっていった。


 そういうことなのだろう。


 ゲームの時間を楽しく過ごせないのはとても悲しいことだ。ここに来るために一生懸命頑張って作った大事な時間でログインするのだから。中には暇つぶしにゲームをする人もいるのかもしれないけれど、私にとってのネットゲームはとても貴重な自分のための時間だ。楽しくないゲームをするくらいなら、どうせ大変であろう明日に備えて早く寝てしまった方がいい。


 だからギンエイさんにも楽しい時間を過ごしてほしいと思う。そのカギはきっと、最後のカードが示している。


 「となりますと~、最後の一枚の<隠者>は、<皇帝>であること以外に何か、本当にギンエイさんが求めていることがあるということになりますね~」


 「ああ~。ん~。本当に大事なこと、求めていることか~。なんだろうなあ。どんなことかわかりますか?」


 自分が求めていることを人に聞くなんて、ちょっと変にも聞こえるけれど、タロット占いは自分が本当にしたいことを教えてくれたり、後押ししてくれたり、そういうことは得意だ。


 あまり先のことはわからない。運命を変えるなんていう大げさなことも難しい。


 でも疲れてしまった時や迷った時のアドバイスはタロットが得意とするところ。タロットと占い師のコヒナさんにお任せ下さい、だ。


「では~、アドバイスとしてもう1枚、開いてみますね~。よろしいでしょうか~」


「はい、お願いします」


 三枚のカードの横にデッキからもう一枚カードを開く。


 出てきたカードは、≪聖杯カップのナイト、正位置≫


 聖杯はトランプで言うところのハート。「心」を意味する。ナイトはそれを届ける人。聖杯のナイトは心を運ぶ者。


 このカードの意味するところは。


 ……ええと、思ったより抽象的なカードが出たけど、アドバイスになるかな。大丈夫ですか、占い師のコヒナさん?


「聖杯のナイトですね~。心を通わせる、人同士をつなぐ、といった意味のカードです~。皇帝が戦闘のことを指していたので、それ以外の方法がいいと思います~」


 言って見たものの、戦闘以外で心をつないでゲームを楽しむ。そんな遊び方なんてあるのだろうか。それも戦闘コンテンツで第一線でやってきた人が満足できるような。


「戦闘以外で、人をつなぐ……。何すればいいんだろ」


 ギンエイさんも困惑気味だ。いたたまれない。


 自由度が高くていろいろなことができるエタリリだけれど、メインコンテンツはやはり戦闘。戦闘から遠ざかってしまえば普通にゲームを楽しむのは難しくなる。よほど変わった楽しみが必要だろう。それこそ私みたいな。


「占い師、とか~」


 我ながらひどい提案だ。とにかく具体例をと思ったけど、戦闘なしでできるコンテンツなんてそうそう思いつかない。


「あははは、いいですね、コヒナさんは弟子とってますか?」


「あうう、すいません~。何も出てこなくて~」


「ああ、いえいえ。元々、誰かに愚痴をきいて欲しかったかっただけなのかもしれません。話したらすっきりしました。何か面白いこと、考えてみます」


そう言ってギンエイさんは立ち上がった。


「お力になれず、申し訳ありません~」


「いえいえ、そんなことは。本当にね、すっきりしました。独り相撲取っていただけみたいな気もしてきましたし。心をつなぐ何か、考えてみますよ。占い師も楽しそうですしね。他の何か、それこそ吟遊詩人とか……あれ?」


 そこまで言うとギンエイさんは固まってしまった。


「えと、あの、ギンエイさん?」


 あまりに長いこと動かないので声を掛けてみると、じゃらん、といきなり大量のゴールドを押し付けられた


「え?ギンエイさん?」


「コヒナさんありがとう、すっごい面白いこと思いつきました! 今手持ちこれしかないのですが、お礼は改めて。すいません、これにて失礼します。ほんとにありがとう!」


 既定の見料の20倍以上のゴールドを押し付けると、ギンエイさんは挨拶もそこそこに、びゅーんとどこかに飛んで行ってしまったのだった。




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