第9話 傷ついた騎士

 例えば、<死神>というカードがある


 鎌を持った骸骨の意匠は有名だ。英語だとそのまんま、「DEATH」。

 名前が名前なのでいい印象を持つ人は少ないだろう。


 <死神>は死だけではなく、終わりを表すカード。

 

 色々なことの終わり、例えば困った人との関わりの終わりなども意味する。だから私は日本の縁切り神社みたいなところには死神と同じような鎌をもった神様が住んでると思っている。


 あくまで個人の感想です。


 他にも、再起するために見切りをつける、とか、愁いを断ち切って進む、といった前向きな終わりも意味していて、決して悪い意味ばかりではない。


 このようにカードの解釈は様々で、一見不吉に見えても悪い意味に取らない場合もある。それでも占いをしていて、お客さんがカードを見た時に不吉さを感じた時には、きっといい意味ではない。ゲーム内でタロットを扱うにあたって、今私の手元に出ているカードをお客さんに見せられないのは難点だ。カードを見た時にそれがどのように見えるかは、占いの解釈上とても大切なのだ。


 例えば<ソードの3>というカードがある。


 <ソードの3>というカードだから、剣が3本描かれている。そしてこの3本の剣の全てが、中央に描かれた大きなハートに突き刺さっているという不吉なモチーフだ。


 占いの結果に<ソードの3>が出るような人はこのカードを見た瞬間にとても苦しそうな顔をする。カードに描かれたハートが何を意味しているのか、占い師よりも自分の方がはっきりわかるから。


■■■


 夜の十時。普段ならばプレイヤーさんたちでごった返すはずの時間。広場はそれなりに冒険者さんたちで賑わっているけれど、そこからちょっと離れてNPCのお店が立ち並ぶあたり。


 いつもなら会話を楽しむプレイヤーさんたちが冗談を飛ばしあっているのだが、今日は人通りもまばらで、コヒナの占い屋さんでは閑古鳥が鳴いている。


 なんでも人気のソーシャルゲームだか、別のネットゲームだかでイベントが行われていてプレイヤーさんたちがみんなそちらに引っ張られているらしい。フィクションの世界にあっても時間と人材は有限です。世知辛いね。


 占い屋さんを出す私の隣には筋肉ごつごつ戦士のカラムさんが立っているけれど、ここ一時間ばかり動きがない。誰もいなくて暇すぎて寝おちしてしまったのかもしれない。


 私が来た時には既にこの状態だったのでもっと長い間立ちっぱなしなのだと思う。こういう状態を、ネットゲームでは中身が入っていないと言う。


 夜の仲間が多い時間帯にログインしたまま寝落ちしたりすると、スクショを取られてSNSに寝顔をさらされたりするので大変だけれど、今日はそんな心配もないだろう。でもリアルの方の体に良くないと思うのでやめた方がいいですよ。ちゃんと布団で寝てください


 私もあまりにも暇だったので、増えてきた閑古鳥の名前でも考えようと手近にあった広辞苑を手に取ったらカラムさんが動き出した。


 「おー、コヒナさんだ。おはよう」


 「おはようございます~」


 やっぱり寝てたんだ。寝ぐせついてますよ。


 「コヒナさん見つけたら聞こうと思ってたんだ。じつはタロットの本買ったんだよ」


 「ほほう!」


 カラムさんは筋肉ごつごつ、頭つるつるの男性キャラだけれど乙女な所もあって、これまでも時々タロットのお話を聞いてくれていた。お友達がタロット始めたというのは嬉しい。これはとても貴重なことですよ?タロットが趣味ですとか言うと変人扱いされることの方が多いのだ。


 「んで、本見てもよくわかんないんだけどさ。コヒナさんも時々言ってるけど、「逆位置」ってそもそも何?」


 よくぞ聞いてくれました。ではお話しましょう。


 「逆位置というのは、カードを並べた時に絵柄が逆さまに出ることです。この時はカード本来の意味が失われ、正しく力を持たなくなります。正しいカードの意味が足りないという解釈もできますが、長所があだになる、とか、行き過ぎ、みたいな解釈になることもあります。なので正位置だったらどういう意味か、を考えた上でその意味を逆転させたり減少させたり考えてみたりするとわかりやすいかもしれません。例えば魔術師のカードを「始まり」と解釈したときその逆位置は」


 「お、おう」


 おっと。カラムさん引いてますね。私もログ見てちょっと引いています。危ない危ない。せっかくのタロットフレンドが離れて行ってしまう。


 「正位置解釈の<偽物>と考えるとわかりやすいかもしれませんね。<悪い魔術師>、みたいに」


 「なるほど、偽物ね。逆位置だとやっぱりだいたい悪い意味になるのかな?」


 「ん~。そうですねえ。積極的にいい意味にはなりにくいですかね~。「何事もなくてよかった」みたいな解釈が多いでしょうか」


とはいえタロットは解釈次第だ。よい意味を持つカードの逆が悪い意味だと限ったものでもない。


 「例えば<女教皇ハイプリーステス>のカード。女性の中の控えめな部分とか、良識的で思慮深い女性とかを意味します。逆位置だといい意味には解釈しづらいですが、こちらの逆位置を特殊な方程式を使ってライトノベル的に解釈しますと」


 「しますと?」


 「<ツンデレ>になります」


 「なるほど、嫌いじゃない」


 「同様に、<女帝エンプレス>のカード。地位も名誉もあり美しい、仕事もできて同性からの人気も高い、女性の中の女性を表すカードです。この逆位置を同様の方程式で解釈しますと」


 「しますと?」


 「<悪役令嬢>です」


 「大好きだ!」


  そうでしょう。私も大好きです。カラムさんと私はイエーイと言いながらハイタッチを決めた。


 「ずいぶん楽しそうだね。何の話してんの?」


 いつの間にかすぐそばに人が立っていた。声を掛けてくれたのはドワーフ族のお姉さんだった。


 エタリリのドワーフ族は男性だと子どもタイプのキャラにしない限り髭が生えていて、この髭の色や形が他の種族でいうところの髪形と同じくらいバリエーションがある。女性キャラだと人間族の子供キャラと似ていて顔だちも幼く見える。それでいて胸とお尻がお見事だ。いわゆる合法ロリである。


 顔つきも体つきもキャラクター作成の時に色々と弄れるのだけれど、ほかの種族に似せることはできても何処かしら違いがあって種族の判別に迷うことはない。運営さんのこだわりが感じられる。


 ちなみに我らエルフ族は体全体が華奢な造り。儚げな印象は占い師っぽくて気に入っているけれど、胸の起伏も他のどの種族よりもささやかだ。キャラクターのエディットで最大に調節して調節してもドワーフ族の最小よりつつましい。


 …最大にはしなかったけど。

 そういうところで争うのはほら、下らないじゃないか、と私は思うのです。


 なお女性プレイヤー(主にエルフ族)の熱い要望に応えて、課金アイテムでは補正下着も売っている。使うとどの種族でも限界値を越えていろいろな部位が弄れる。


 でも、種族の限界値を越えて胸が大きかったら、あいつ補正下着だ、ってなるので、補正下着としてはどうなんだろうね。中にはそれがいいと言う需要もあるそうだけど。


 声を掛けてくれたドワーフのお姉さんはお見事な体にぴちっとした金属鎧の騎士スタイル。そこからこれも金属に覆われた細い手足が伸びていて、日曜の朝のアニメのヒロインみたいだ。


「なに?占い屋さん?へえ、面白そう!」


 おお、お客様だ。いまの会話を聞かれたろうか。占いの信憑性が下がるようなこと言ってないだろうか。慌ててログを確認する。うん、大丈夫だ。おかしなことは言っていない。


 ただ、カラムさんとのおしゃべりで口調が素になっていたのは良くない。


 占いには雰囲気も大事なのだ。


 師匠やギルドの方々に「占いの内容はともかくコヒナさんの話し方だと、雰囲気がアレだから」「そうだね、当たってても当たってる気がしないね」と心配していただいて、みんなで悩んだ末に語尾に「~」を付けて雰囲気で誤魔化そうということにしたのだ。



 これなら~、神秘的な雰囲気になること請け合いです~。



 「へいらっしゃい、占い屋だよっ!なんでもみるよっ!」



 やめてくださいカラムさん。占いには雰囲気が重要でして。



 「お、占い屋さん威勢いいねえ。丁度気になってる頃があってさ、見てくれる?」



 「おう、姉さん美人だね!サービスしちゃうぜ!今日はサンマが安いと出てるね!」



 やめてくださいカラムさん。それは商売上手の魚屋さんです。



 「やだもう美人なんて、お上手な占い屋さんだね、んじゃそれを三尾」



 お姉さんが乗ってきた。家族設定まで組み込んでくるとはすごいなこの人。師匠が喜びそうな人材だ。



 「わりわり。占い屋さんは俺じゃなくてこっちのコヒナさんね」


 「うん、そうだろうね」



 私は何屋さんにするか迷っているうちに会話が普通テンションになってしまい、若干残念。ここから八百屋を始めても多分うけないのでちゃんとお仕事をすることにする。


 

 「いらっしゃいませ~。何を見ましょうか~?」


 「えとね、ズバリ、恋愛運!」



 いいですね、恋愛。恋愛運こそは占いの花形。占い業界には恋愛を制する者は占いを制するという言葉があるとか無いとか。


 ないかもしれないけど、占い師をやっていて一番多い相談内容なのは確かだ。占っていて楽しい内容でもある。



 「はあい、恋愛運ですね~」


 「おねがいしま~っす! んで? 何したらいい? 生年月日とか言った方がいいの?」



 タロット占いなので、生年月日とか名前とかを聞くことは、基本的に無い。というかネットゲームのオープンチャットで生年月日とかは言わない方がいいと思う。



 「そうですね~。基本的にはこちらでタロット広げてみますので、お待ちいただくだけで大丈夫です~。もし特に気になっていることがあれば、教えていただければお伝えできる内容も具体的になります~」


 「んとね~。職場でね、コーハイからコクられちゃってね~。ッキャ~!でもね~。年下だからどーしよっかってね~」



 お姉さんはくねくねと身体をくねらせた。可愛い。



 「では~、その方との今後、と言った形で占ってみましょうか~?」


 「ん~。いや、待って、普通に恋愛運で!他にもなんかあるかもしんないし!」



 ある意味非常にポジティブな発言だ。告白したという後輩君が少々気の毒に思える。


 恋愛。私が思うに、恋愛というのは生命力そのもので、恋をしているときには体にパワーというか生命力というか、そういう物が溢れている。


 だから、恋をすると、美しくなる。


 そんな時には自分の魅力が信じられるし、周りから見ても魅力的になる。恋愛運が好調な、所謂モテ期なんて言うのは、まさにそういった時期なのだと思っている。


 

「はあい。では、恋愛運として、カード3枚、開いてみてみますね~」



 だから、このパワフルな、自分の魅力を信じ切ったようなお姉さんの恋愛運は、きっと好調に違いない。そう思っていた。


 

 1枚目、過去の位置に出たカードは、<ソードの3、正位置>


 ハートに3本の剣が付きたてられた意匠のカード。恋愛運では大きく二つの意味を持つ。

 

 一つはハートを貫かれるような痛みを伴う恋。もう一つは、失恋。どちらにしても過去を表す位置に出ていれば、そんなに違いは無いかもしれない。恋愛にまつわる過去の辛い経験を暗示する。


 2枚目、<聖杯カップの5、正位置> 

倒れて、こぼれてしまった杯を、もう戻らないと嘆く人物の描かれたカード。


 そして、3枚目、<カップの4、正位置>

戦いを終え、つかの間の休息のために眠りにつく騎士のカード。


 タロット占いをやっていると「これは当たっているな」と感じる瞬間がある。3枚のカード並びから無理なくストーリーがイメージできる時だ。

 

 私がこの三枚からイメージしたストーリーはあまりにも鮮明だった。だけどそのストーリー通りだとするなら、にへっへというドワーフのお姉さんの魅力的な笑顔は外側だけの作り物ということになる。


 急に、アバターの向こうでお姉さんが苦痛を必死に耐えているように見えてくる。せめてこの中の1枚でも逆位置で出ていたら、頑張ってと言えるのだけど。


 こんな占い、外れていればいいのに。



 「結果が出ました~」


 「おお~、待ってました!」



 お姉さんは、やんややんや、という感じで迎えてくれたけど、



 「多分、今は恋をしない方がいいです~」



 悩んだ末、私はそう切り出した。

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