第7話 勇者見習いの少年、占い師と出会う 2

「すいません。さっきから何回も死んで戻ってきてますよね?何してるのかな、と気になってしまって」


「ああ~、お騒がせしてすいません~。隣の町まで行きたいのですが、なかなかたどり着けないのです~」


 魔法使いの名前はコヒナ。キャラ付けなのか何だか間延びしたしゃべり方をする人だった。レベルは1。初めの町の外に出て周りの敵を数匹倒すだけでもレベル2になるので、恐らく全く戦闘をせずに2番目の町を目指していたのだろう。そう考えるとあそこまでたどり着けたというのは、もしかしたら凄いことかもしれない。


 「でも、レベル1ですよね?レベル上げてからじゃないと、あそこは厳しいかなと思うのですが……。もし良かったら、レベル上げ手伝いましょうか?」


 こんなことを言い出すのはメルロン自身にも不思議なことだったが、自分と同じく今始めたであろうこのプレイヤーが一体何をしているのか、気になってしかたなかった。進が昨日、気があった人とその場でパーティーを組んで、なんて話していたのも、もしかしたら理由の一つだったのかもしれない。


 この提案はコヒナにも渡りに船だろうと思ったが、意外にも断られた。


「とてもありがたいのですが、訳あってモンスターを退治することはできないのです~」


 コヒナはそういうと、すいません、と頭を下げた。倒せない相手に突っ込んでいく割には、アバターの動かし方がうまい人だった。アクションとセリフがぴったり連動していて、アニメか何かのキャラが動いているように見える。そして、チャットが恐ろしく速かった。


 だが言っていることは意味不明だ。モンスターを退治できない、とはなんだろう。宗教上の理由とかだろうか。だとするとさすがにゲームを続けるのは無理がありそうだが。


 「もしよかったら、その訳というのを聞かせてもらえませんか?」


 断られたのだから、失礼しました、と言って立ち去ればいいのに。この時のメルロンは何かに憑りつかれていたのかもしれない。


 コヒナはいろいろなゲームを回ってゲームの中で占い師をしているのだという。エターナルリリックには初めて来たのだが、最初の町には人がいないので次の町に行きたい、だが自分は占い師なので、戦闘はしない、できない、やりたくない。


 簡単に言えばそういうことだった。


 戦うのはNGだけど薬草を使うのは良しということで、装備を売って薬草を手に入れようとしていたらしい。


 ロールプレイというものだろう。多分変わった人なのだろうと思ってはいたが、予想以上だった。ただ、それを嫌だとか気持ち悪いとかは思わなかった。酔狂なことだとは思うが、この酔狂を、ちょっと助けてあげたくなってしまった。


 「コヒナさんは、センチャの町で占い師をしたい、そういうことですよね?」


 「そうです~」


 「わかりました。では僕が、あなたをセンチャの町まで護衛します」


 「ふへっ?」


 本当に驚いたらしく、チャットとリアクションがずれた。この自称占い師の変なプレイヤーが驚くのは見ていて面白かった。


「それなら問題はないですよね。旅をする占い師さんを護衛する。なかなかに燃えるクエストです」


「しかしあの、私にはお支払いできるお代が、ええと7円しかありません」


 7円。多分7ゴールドの事だろう。


「いえ、お代は結構ですよ」


 7ゴールドを貰っても仕方ががないし、用心棒代を請求できる相手だとは初めから思っていない。


「では、せめてこちらの」


 そこまで言うとコヒナはいきなり薬草を食べ始めた。おそらく渡そうとして間違って使用してしまったのだろう。得意不得意が極端に極端な人だ。


 コヒナは暫くもぐもぐと薬草を噛んだ後、


「しかしそれではあまりにも申し訳ないです」


 何もなかったように話を続けた。


「コヒナさんは占い師さんで、だから戦えない。そういうのは勇者がやることだから。そうですよね?」


「…ハイ」


「じゃあ、勇者見習いの僕が、戦う力を持たない占い師さんの旅を護衛する。丁度行き先が一緒だから、お代は結構ですよ。これは勇者としてアリ、ですよね?」


コヒナはむむむむ、とうなっていたが、


 用心棒代として次の町に着いた時に占いをしてもらうことを提案してみると、やっと護衛につくことを了承してくれた。ロールプレイというものを大切にしている人なら、きっと断られないだろうと思ったのだ。


 護衛する方法としては二つ方法がある。システム上の「パーティー」を組んで進む方法と、パーティーは組まず別々に行動しながら護衛する方法だ。


 エターナルリリックでは敵シンボルがマップ上に表示され、それに接触すると戦闘が始まる。パーティーの誰かが敵シンボルに接触して戦闘が始まると、パーティーを組んでいるメンバーが全員その先頭に参加する。そのためパーティーを組んでできるだけ固まって行動する方が圧倒的に護衛しやすい。 


 ただ一つそれには問題があって、パーティーを組んでしまうと、モンスターを倒した時の経験値がパーティー全体で分散されるということである。


 「確認なのですが、パーティーを組むと、僕が倒した分の経験値がコヒナさんにも加算されます。レベルが上がってしまうかもしれませんが、それは大丈夫ですか?」


「はい。私自身が戦わなくてよいなら~」


 心配していたがあっさり受け入れられた。レベル上げはしたくないけれど、レベルが上がってしまうのは別にいいということらしい。


「了解です。でもまあ、できるだけ避けていきましょうか」


 コヒナのプレイヤースキルは決して低くなかった。モンスターの索敵範囲などはほぼ完璧に把握している。色々なゲームを渡り歩いているというのだから、他のゲームではやりこんでいる物もあるのかもしれない。


 足音のせいで歩いている時と走っているときは一部のモンスターの索敵範囲が変わることを教えると、なるほどなるほどと非常に感心していた。


「あの、念のためにお伺いしますが、チャットでしゃべっていると襲われやすくなる、といったことはないでしょうか~?」


それは無い。無いはずだけど、試したこともないのでわからない。


「ふむ、では実験ですね」


 コヒナはそういうとブルウルの索敵範囲のギリギリから、ブルウルに向かって


「おおおい、ブル何とかオオカミさん、聞っこえますか~~~~~」


 と叫んだ。一瞬思わず身構えたがチャットがモンスターに影響するわけはない。


「ふむ、これはきっと、多分足音と人間の声の周波数が違うせいですね~」


 コヒナは適当な理由をつけて納得していた。違うと思うが具体的にどう違うのかわからないし、他に納得させられる理由も思いつかなかったので曖昧に相槌を打っておいた。


 メルロンのレベルは12。防具も二番目の町で一番いいものを買ったので、フィールド上の敵からはほとんどダメージを受けない。たまにブルウルがしてくる強攻撃の時だけ少しHPが減る程度だ。戦士職なので回復魔法は使えないが、常備している薬草を使えばたどり着くまでにHPがなくなるという心配はまずない。


 数発連続でダメージを受けたが、面倒で回復していなかったら、戦闘中にコヒナが自分に向けて突っ込んできた。


「勇者様、これを!」


 思い付きで勇者に薬草を食べさせるシーンを演出しようとしたのだろう。その拍子にブルウルに噛みつかれてHPが半分なくなっていた。


「コヒナさん、薬草は薬草→誰に?→対象、で離れていてもHPの回復ができますよ。あと、自分で使っても動くと直ぐエフェクト消えますから、行儀よくモグモグしなくても大丈夫ですよ」


 ブルウルのダメージを回復するために薬草を飲み込もうと一生懸命に口を動かしているコヒナに伝えてみた。


 コヒナは予想通り、もぐもぐのエフェクトがしっかり収まってから、


「遠くまで届くとか、この世界の薬草は魔法の産物なんですね~」


 と感心していた。


 確かに薬草を使って傷が治るのは、魔法的な効果なのかもしれない。そもそも薬草を食べて傷が治るというのは深く考えると変な話だ。コヒナの言うとおりきっと魔法の草なのだろう。


 砦までは順調にたどり着いた。ここから先は、ブルウルが際限なくポップする平原だ。見通しが良いためブルウルの索敵範囲が広くなり、またブルウルの敵シンボルは移動速度が速いため、通り抜けるにはどうやってもエンカウントを免れない。


 改めて見ると、平原のブルウルはすごい数だった。


「こんなにいっぱいいるなんて、餌が豊富なんでしょうか~」


「冒険者じゃないですか?コヒナさんをいっぱい食べてるんじゃないですかね」


 コヒナはその解釈が気に入ったようで、安くておいしいコヒナご飯~と歌い出した。


 「安くておいしいって…。女の子がケダモノ相手に自分を安売りはいかんですよ」


 そういうと、ツボにはまったようで「あははははははは」とチャットと仕草で笑いながらバシバシと自分を叩いた後、


 「い…、メルロンさん、うまい。10コヒナポイントあげます」


 と言われた。溜まったら何があるのか聞いてみたが、10億ポイント貯めるとこれがすごいんです、とだけ言われて具体的な内容は教えてくれなかった。10億はいくらなんでも貯めさせる気がなさすぎる。


 コヒナは時々なんの脈絡もなく「い」と発言する。チャットが恐ろしく速く、キャラクターを生きてるみたいに操作するこの人のミスとしてはちぐはぐだ。色々ちぐはぐが多い人なので、あまり気にしても仕方がないのかもしれない。

 

 「では、いきましょうか。南西の崖沿いを突っ切ります。エンカウントしちゃった場合はすぐに僕の後ろに入ってブルウルから距離を取ってください。崖沿いにまっすぐ逃げて、町の中に駆け込む。これで行きましょう」


 予想通り、コヒナの逃げ方は上手い物だった。少しモンスターを引き付けてやると、残りの索敵範囲を器用に避けて進んでいく。引き付けたモンスターと戦闘になってもそのまま離脱。そして次のモンスターの索敵範囲のギリギリで自分を待っている。コヒナのシステム上のレベルは1だが、プレイヤーとしてのレベルは久しぶりにゲームというものに触れている自分よりはるかに上だ。


 こうしてコヒナは一発のダメージも受けずに平原を抜けることができた。自分のHPは半分近くまで減っていたが、ここから先はモンスターのポップも少ない。少々寂しいが、護衛はここで終わりだ。


 「やったーーーーー」


  コヒナがチャットで叫ぶ。自分もつられて声を上げようとした瞬間、


 「イケメルロンさん、後ろ!」


  コヒナさんの叫び声の直後に、エンカウント音が響いた。


 ブルウルだと思って振り返ったが、相手を見て愕然とする。敵はどこからか流れてきたリーパー種だった。町の入口の真ん前にいていいモンスターではない。だがその考察は、今はどうでもいい。 


 リーパー種は足が遅い。離脱すればすぐに逃げ切れる。だが、その前にどうしても一撃食らってしまう。今の半分近くまで減ったHPでは、それを受け止めるのは絶対に不可能だった。


 クエスト失敗、か。


 いや、そうでもないか。このままコヒナが逃げて町に入ることができたら、このクエストは成功だ。自分はここで死んでもすぐに2番目の町で復活できる。中での再会は容易だろう。


 でも、悔しい……な。もう少しで一緒に達成できたのに。


 ダメと分かっていても、馬鹿馬鹿しいと思いながらも、何とか逃げられないか足掻いてみる。


 だが無情にも、逃げる自分の背中に、死神の鎌は振り下ろされた。


 半分以上あったHPは、一瞬で無くなって……


 何故か残りHP3で、踏みとどまった。そんなはずはないのに。絶対に即死するダメージを受けたはずなのに。


 システムログをみて理解する。戦闘に入る直前、コヒナが自分に魔法の草を使っていた。


 画面はHPの残りが極わずかであることを示す真っ赤、だが逃げ出すことは可能だ。


 離脱後すぐに町の門へ向かう。


 先行していたコヒナは自分が逃げ切ったことを確認すると、


「わあああああああああ!!!!」


 と声を上げながら町の中に駆け込んでいく。


「うおおおおおおおおお!!!」


 その真似をして、叫び声をあげながら、自分も町の門へと逃げ込んだ。


「やったあ!!やりました!ありがとうございます!センチャの町、到着~~!」


 言いながらコヒナがくるくると回った。そうだった。この町はセンチャというのだ。「二番目の町」ではない。そんな名前の町なんてない。センチャの町に、到着したのだ。


 くっ、くくっ。は、ははは、あはははは。


 気が付けばパソコンの画面の前で、自分が笑っていた。


 それを、キーボードで打ち込む


 「あはははははは。やりましたね!」


 コヒナがそうするように、画面のこっちで、自分が笑っていると伝えるために。


 「い…、メルロンさん、本当にありがとうございました。お陰で何とかやって行けそうです~」


 また「い」が出た。操作ミスではなく、多分だが自分の名前を呼ぶときに、誰かと混同しているようだ。別のゲームで一緒に遊んだ誰かなのかもしれない。そういえばリーパー種とエンカウントした時に、何だか変な呼ばれ方をした気がする。


「いえいえ。僕も楽しかったです」


 楽しかった。嘘じゃない。子供のころススムと遊んだ時のように、楽しかった。


「では、お約束の報酬、というのも申し訳ないのですが~。何を見ましょうか~?」


「ん~、じゃあ、そうだなあ…。今後の僕のゲームの行方、というのはどうでしょうか」


 欲張ってしまったんだと思う。もしかしたら、自分はまた物語を楽しめるのかも、なんて。馬鹿馬鹿しいことを考えてしまった。占い結果もきっといいもので。そう思ってしまった。


 だから、コヒナが占いの結果の一言目を聞いて、勝手に裏切られたような気分になった。


「メルロンさんは、本当はこのゲーム、やりたくなかったんじゃないでしょうか~」




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