第6話 勇者見習いの少年、占い師と出会う
峰岸雅人は、子供のころは物語が好きだった。アニメも、少年漫画も、ファンタジー小説も、RPGゲームも大好きだった。
世界にアクがあって、勇者がアクを退治すると世界に平和が訪れる。そんな単純な構造に胸を躍らせた。自分はいつか巨大なアクを倒す。そんなことを本気で信じていた頃も、あった気もする。
でも実際の自分を取り巻く世界では、平凡に、大人たちが言うとおりに進んでいく以外に生きていく方法がない。息苦しくても、馬鹿馬鹿しくても、狂っているとしか思えなくても、この世界は平和なんだという。
世界は狂っている。そう本気で主張すれば、狂っているのは自分だ。世界は平和らしいから。
この世界に倒すべき魔王はいない。そう気づいてしまってからは物語フィクションはつまらなくなった。
所詮物語は物語だ。
大好きだった物語がつまらなくなると世界そのものも色あせた。そうして自分から楽しむということも次第にしなくなっていった。だから大人たちの言うとおりに学校に通い続け、無難な大学を出て無難に就職する頃には、雅人が物語というものから遠ざかって久しかった。
そんな時、仕事先で偶然幼い頃の友人 川村進と再会した。
進は当時一番一緒に遊んだ友人だった。雅人と進は好きなものが良く似ていた。昨日見たテレビの話、貸し借りした漫画の話。進とは何をしていても楽しかった。とりわけ一緒にゲームをするのは最高だった。ボードゲームでも、カードゲームでも、ビデオゲームでも。対戦プレイだろうが協力プレイだろうが関係なく、まるで自分が二人いるみたいに勝つのも負けるのも楽しかった。
でもクラスが変わったりして、雅人がひねくれ始めた小学校高学年くらいには一緒に遊ぶこともなくなっていた。いや、もしかしたらそれは逆で、進と離れたことで世界はつまらなくなったのかもしれない。
久しぶりに会った進は、そのころのまま変わっていなかった。
「名前おんなじだからもしかしてと思ったんだけど、大分変わったなあ」
進は言う。進から見たらそうなのだろう。だが十年以上たっているのだ。変わっていない進の方がおかしい。
「マサは休みの日とか何してる?もしかして今でもゲームとかやる?」
ゲーム。はは、ゲームか。
「なんだよう。昔よくやったじゃんかよう。最近のゲームすげえんだぞ。なあ、一緒にやろうぜ。昔みたいにさ。明日休みだしよう。お前となら楽しいと思うんだよ」
進は自分が今やっているゲームのことを語りだした。MMORPG。そこではプレイヤーが一つの世界を共有し、協力したり、競い合ったりしてゲームを楽しむのだという。
「初対面のやつとクエスト一緒にやったりしてよう。その後意気投合してつるむようになったりよう」
何を言っているんだこいつは。
三年前にサービスが開始してから、マサはずっとそのゲームにはまり続けているという。何をしているんだろうこいつは。他にやることがなかったんだろうか。
「同年代もいっぱいいるからよう。パソコンあるだろ、それでできるからよう」
確かに同年代でもゲームに嵌っている人間はいるかもしれない。だがそれは進のようなちょっと変わった人種だろう。
雅人にとって進との再会はあまり嬉しいものではなかった。何故こいつは大人にならなかったんだろう。子供のころのままに笑う進は見ていて腹立たしかった。
尚もしつこく誘ってくる進に、気が向いたらな、とお決まりの断り文句を返し話を切り上げた。
馬鹿馬鹿しい。
帰り道の電車の中でも進のヘラヘラした顔が頭から離れなかった。
何がゲームだ。あいつは解ってない。意味のないことをしたって仕方がない。
ゲームなんかをやっている暇があったら、
暇があったら。
暇があったら、何をするんだろう。自分は何をしてきて、あいつは何をしてきて。
その結果自分とあいつの何が違うんだろう。
羨ましい。ちがう。悔しい。それも違う。ただ、認めたくない。
自宅アパートの最寄駅の電気屋。そのゲームコーナーにはマサが語っていたゲームが並んでいた。手に取りかけて、熱いものに触ったようにすぐひっこめる。しばらくゲームをにらみつけた後
「馬鹿馬鹿しい」
そうつぶやいて、電気屋を出た。
家に帰り、テレビとパソコンを付ける。鍋に水を張って、そのままインスタントラーメンと卵を突っ込んで火をつけ、缶ビールを開けた。テレビもパソコンも見たくない情報ばかりだ。
それらを見ながら出来上がったラーメンを食べた。
何も頭に入ってこず、今やっているゲームを楽しげに語るマサの事ばかりが思い出された。
翌朝、開店と同時に電気屋に入り、「エターナルリリック」を購入した。
何がエターナルだ。馬鹿馬鹿しい。
家に着くとすぐにインストールした。かなり時間がかかるらしい。その間は暇なので携帯でエターナルリリックの情報を検索した。するとパソコンとソフトのほかにコントローラー、パソコン用のゲームパッドというものが必要になるとわかった。
ススムの奴、いい加減なこと言いやがって。
雅人は再び電機屋まで出かけてゲームパッドを購入してきた。
ほんの少しだけやってみて、やっぱりゲームなんてつまらないと進に言ってやる。自分はそのためにゲームを始める。そしてあの、昔のままの進を否定する。
雅人は自分がその為にゲームを始めたと、本気で信じていた。
ゲームを始めると、初めに種族と職業を選ばされた。聞いたことのない種族ばかりだ。その中でもなじみのあるエルフを選択した。エターナルリリックのエルフ族の見た目は自分のイメージする—子供のころにイメージしたエルフに近かった。
その次に年齢、大まかな年代区分、少年、青年、大人を選ばされた。選んだ世代の中でも顔や体形が細かく調整できるようだった。なんとなく大人のキャラクターでプレイするのが躊躇われて子供の外見を選んだ。ほぼデフォルト通りの見た目だ。
職業も様々で、どんなものなのかよくわからないものもあった。吟遊詩人くらいならなんとなくわかるが探偵やアイドルとは何だ。将斗は結局、一番無難そうな戦士職を選んだ。本当は弓使いなんていうのがあって、エルフらしくて少しだけ気になったのだが。
キャラクターの外見、能力の設定が終了し、キャラクター作成の最後の項目。
「あなたの分身となり、エターナルリリックの世界を旅するこのキャラクターに、名前を付けてください」
名前を付ける?
自分に名前なんて、どうやってつけるんだ。そんなこと考えたこともなかった。
いや、ずっと昔に、そんなことを。
思い出したのは、また進のことだった。かつて進と遊んでいた頃に自分が使っていた名前。
<メルロン>
こうして、エターナルリリックの世界にエルフの戦士メルロンが誕生した。
エターナルリリックの世界は、進が言っていたような自分と同じ様なプレイヤーがごろごろ、といった様相とはずいぶん違っていた。
考えてみれば3年前に開始したゲームだ。今から始めるプレイヤーは少ないのかもしれない。古参のプレイヤーがスタート地点にいつまでもいるわけがない。少々拍子抜けしたが、まあどうでもいいことだ。
NPCに言われたとおりに言われたクエストをこなす。リアルと一緒だ。でも違うのはこのキャラクターには使命があって、やがて世界を変えられるということ。魔王がいて、アクがあって、世界が苦しめられている。魔王を、アクを倒せば世界が変わる。自分には使命などないし、世界を変えたりできない。やっぱりそんなメルロンが妬ましい。
この町で起こるクエストを一通りこなしたら、次の町へ向かう。
次の町にはプレイヤーもそこそこいたが、みんな自分よりレベルが高く、装備も整っていた。なんとなく劣等感を感じる。プレイヤー同士が会話しているのも聞こえたが、自分には関係のないことだった。
最初の町と同じように、NPCに言われたクエストをこなす。レベルもそこそこ上がってきたが、この先に進むには足りないかもしれない。町の外で適当にモンスターを狩ってレベルを上げることにした。
町の近くの平原では手ごろなオオカミ型のモンスター、ブルウルが際限なく湧く。片手でゲームパッドを操作しながらレベルを上げた。途中からはだるくなってきたので、ノートパソコンを床に下ろして寝たまま操作した。十字キーを操作してエンカウントの音がしたら決定ボタン。画面を見ていなくても、レベルが上がった今はそれで十分だ。まかり間違ってリーパー種のモンスターに突っ込んだりしない限りは。
フィールドには時々、「リーパー種」と言われる大きな鎌を持ったモンスターがいる。
初めの町のクエストで、鎌を持ったモンスターには触れてはならん、というようなことをさんざん言われた。ストーリー上重要な存在で、ずっと先に進んでレベルを上げてから挑む相手らしい。道からずっと離れた所にいるのでわざわざ突っ込んでいかなければ戦いにはならないし、なったとしても町で生き返って同じことを繰り返すだけだ。
ぜんぜん楽しくなかった。期待など全然していなかったから想像の通りではある。これならつまらないネットニュースでも見ていた方がましかもしれない。いや、それはないか。一緒だ、一緒。
ふと、パソコンから聞きなれない音がした。起き上がって画面を見てみると、離れたところで自分とは別のプレイヤーが死んでいた。今の音はプレイヤーキャラクターが死んだときの効果音だったらしい。自分のレベルでは蘇生などできないので、それを遠巻きに見ながらレベル上げを続けた。そのプレイヤーはしばらく死体状態でフィールドにいた後、どこかの町に転送されていった。
多分最初の町だろう。二番目の町に向かう途中にレベルが足りずに死んでしまったのだと思われる。もしかしたら自分が画面を見ないでプレイしている間に、モンスターを押し付けてしまったのかもしれない。そうだったとしたら申し訳ないが、それもまたどうでもいいことだ。
とはいえ同じことがあったら流石にマナー違反だろう。しばらくは画面を見ながら操作することにした。そのままレベル上げをしていると、さっきのプレイヤーがまたやってきた。そして同じようにブルウルの餌食になり、また転送されていった。
何度も同じことが繰り返された。自分のレベルは十分になっていたが、そのプレイヤーが気になってメルロンはそのままブルウル狩りを続けた。
何回目かの時、そのプレイヤーは平原を横切るのをやめて森の中を通ることを選択したようだった。
いい方法かもしれない。森の中には足の遅いモンスターしかいない。いやそれ以前に普通にゲームを進めていればこう何度も死んだりはしないと思うのだが。
なんとなく気になって森の中を覗いてみる。するといきなり森からさっきのプレイヤーが飛び出してきて、そのままブルウルの群れの中に突っ込んでいった。
「あああああああ~~~~~~~」
そのプレイヤーはわざわざ文字チャットで断末魔の悲鳴を上げると、さっきと同じように死んで町に転送されていった。
「……」
なにをしているのだろう。気になってしまった。とりあえず、あのプレイヤーがいるであろう最初の町へ自分も行ってみることにした。
転移石を使って戻り町の中を探すと、道具屋にさっきのプレイヤーがいた。女性アバターだ。杖を持っているから魔法使いなのだろう。何か買おうとしているのだろうか。
ところがそのプレイヤーは持っていた自分の杖を売ってしまった。この町には初期装備のより強い装備は置いていなかったはずだ。どういうつもりだろうと思ってみていたが、しばらく迷った後、今度は靴を脱いでそれも売ってしまった。初期装備の靴なんて文字通り二束三文だ。そしてこれより上の装備というのは、次の町に行かないと手に入らない。
杖と靴を売ってしまった魔法使いは、さらに迷っているようだった。積極的に人と関わるのはなんだか気が引けたが、このままだととんでもないことになりそうな気がして、思わず声を掛けた。
「ええっと、何をしてるんですか?」
「わあああ!?」
その女魔法使いは、さっきブルウルに殺された時と同じように、大げさな驚きの声を上げた。
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