第4話 占い師、勇者見習いの少年と出会う 2
「驚かせてしまってごめんなさい。さっきから何回も死んで戻ってきてますよね?何してるのか気になってしまって」
危なかった。NPCの爺さん婆さんばかりだと油断していた。まさか同期の若者がいるとは。もうちょっと遅かったら……。ほんと危なかった。
声を掛けてくれたのはメルロン君という金髪碧眼の少年エルフだった。
名前も見た目もなかなか良い趣味をしている。メルロン君はホジチャ村のお店には売っていない鎖帷子と金属製の剣と盾で武装していた。レベルは12。
冒険者としては駆け出しながらこの辺りでは敵無しなのではないかと思われる。
「ブルウルの群れに突っ込んでいって。わざわざ叫び声上げたりリアクション取ったりしているから、実は余裕あるのかと思いきやすぐに死んじゃうし、一体何しているのか気になってしまって」
変なことをしている人が気になって声を掛ける、ちょっと将来が心配な少年である。大丈夫かな。悪い女に引っかかったりしないだろうか。
「その~、隣の町まで行きたいのですが、なかなかたどり着けないのです~」
「えっと、でも、レベル1ですよね?レベル上げてからじゃないと厳しいかなと思うのですが……。良かったら、レベル上げ手伝いましょうか?」
メルロン君は親切な人だった。なのでお断りするのは大変心苦しい。
「ありがとうございます。とてもありがたいのですが、訳あってモンスターを退治することはできないのです~」
「???」
メルロン君は頭の上にいくつもの「?」を出して見せた。
まあ、そうだと思う。
「もしよかったら、その訳というのを聞かせてもらえませんか?」
せっかく声を掛けてもらったのだ。話をしないというのも感じが悪い。私はメルロン君に、これまでの顛末を語った。
「そんなわけで、シャツを売るかどうか、迷っていたところです~」
「……」
あ、メルロン君引いてる。占い師の私はそういうところ敏感だからね。ちゃんとわかる。
「やっぱり、モンスター倒したくないとか、レベル上げたくないとか、変な人に見えますよね~」
「そこは理解できなくもないのですが」
理解できるんだ。凄いなメルロン君。私は自分でもちょっとどうかなと思ってるんだけど。
「コヒナさんは、センチャの町で占い師をしたい、そういうことですよね?」
「そうです~」
「ええと、余計なお世話かもしれないですが、その時シャツがないと困るんじゃないかな~、とか思うのですが……」
「はっ⁉」
そうだった。NPCお爺さんお婆さんばかりだと言っても、それはホジチャ村だけの話。
頑張って頑張ってセンチャの町にたどり着けたとして、下着姿で街に入って、そこでさらにお店を開くなど言語道断である。これは盲点だった。
「それと、お話を聞いた限りの感想ですが、薬草が一個増えても結果は変わらないんじゃないかと思うんですが……」
「はっ⁉」
確かに。そこも盲点だった。
ブルなんとかオオカミに見つかったらほぼ逃げられないのだから、薬草があっても寿命がわずかに延びるだけで生存率は変わらない。
私の話だけでこれだけ正確な考察を繰り出すとは。メルロン君凄い。きっと歴戦の猛者か、生まれついての天才軍師に違いない。
「モンスターを倒してレベル上げて、お金を稼ぐ、というのは嫌なのですよね?」
「……ハイ」
この面倒な話を真面目に聞いてくれてるメルロン君。外見が子供キャラだから心の中で君づけで呼んでいるけれど、それが申し訳なくなるようなイケメン振りである。
敬意をこめて、これからはイケメルロン君と呼ばせて貰おう。
イケメルロン君には申し訳ないけれど、モンスターを退治してお金を稼いだり、自分を鍛えたり、それは嫌なのだ。それは勇者、あるいは、やがて勇者になる人のお仕事だ。
ファンタジー世界だから、モンスターを倒せる占い師がいてもおかしくないのかもしれないが、私がなりたい占い師はそういうものじゃないのだ。
私がなりたいのは、冒険者が出かける前や冒険から帰ってきた後に声を掛けて話を聞いていく、そんな占い師。あるいは森の中の小さな家に住んでいて、訪れた人にささやかな助言を送る占い師。
自分の占いを聞いた勇者がやがて世界を救う。そんな可能性を夢見る、世界の傍観者にして真にその世界に生きる者。
言わば、NPC。
何故そんなものになりたいのか、と言われたら「なりたいと思ったから」としか答えようがない。理解してもらえるとも思っていない。
それはゲームの中で私が演じるロールプレイに過ぎない。だけど自分に課したロールプレイを捨ててしまうくらいなら、ネットゲームなんてやらない方がマシなのである。
「わかりました」
さすがのイケメルロン君も愛想が尽きたのだろう。そろそろお話もおしまいだ。イケメルロン君は山へ魔物の討伐に、コヒナさんはセンチャの町へ向けて、あらためてトライ&エラーに。
「では僕が、あなたをセンチャの町まで護衛します」
「ふへっ?」
リアルで変な声がでた。
「ふへっ?」
できるだけ忠実に、キーボードで打ち込んだ。
そうだった。ネットゲームの中にはごく稀によくいるのだ。私みたいな変人の奇行に付き合ってくれるお人よしが。
「それなら問題はないですよね。旅をする占い師さんを護衛する。なかなかに燃えるクエストです」
イケメルロン君がそのイケメン振りを十二分に発揮してくる。イケメルロン君の名は伊達じゃない。
「しかしあの、私にはお支払いできるお代が、ええと7円しかありません。」
あとは、シャツとズボン。いや、これはなくなってしまうと町に着いた後でつんじゃうのだった。そうだ、護衛してくれるなら、このなけなしの薬草は差し上げてもいい。
「せめてこちらの」
おおっと
もぐもぐ。
「シャツを売ってまで手に入れようとしていた薬草を、何故突然食べはじめたのかわからないですけれど、お代は結構ですよ」
ごくん。口に物を入れたまましゃべってはいけません。
「しかしそれではあまりにも」
「コヒナさんは占い師さんだから戦えない。そういうのは勇者がやることだから。そうですよね?」
「……ハイ」
「じゃあ、コヒナさんの言葉を借りれば、いずれ勇者となる僕が、戦う力を持たない占い師さんの旅を護衛する。丁度行き先が一緒だから、お代は結構ですよ。これは勇者としてアリ、ですよね?」
なんだろうこのイケメン。もしかしたらイケメルロン君じゃないかしら。
「そうですね、どうしてもというのなら、町に着いたときに一度占っていただくというのはどうでしょう」
くう。こっちが乗りやすくなるような条件まで出してくる。これはもうイケメルロン君に違いない。降参するしかなかった。
「わかりました。道中、どうぞよろしくお願いします」
「確認なのですが、パーティーを組むと、僕が倒した分の経験値がコヒナさんにも加算されます。レベルが上がってしまうかもしれませんが、それは大丈夫ですか?」
「はい。私自身が戦わなくてよいなら~」
勝手に上がっちゃう分には気にならない。要は自分の心の問題なのだ。
「了解です。でもまあ、できるだけ避けていきましょうか。僕の後をついてきてください」
不思議なことにイケメルロン君の後をついていくとモンスターと衝突しない。イケメルロン君の歩き方がうまいのか、私の歩き方がアレなのか。
たまにエンカウントがあっても、メルロン君がモンスターを私のところに寄せ付けない。ほとんどダメージを受けないし、ある程度受けるといつの間にか回復をしている。
戦士さんらしいので多分薬草で回復しているのだと思うけど、もぐもぐしているとろは見てないし。
それでもちょっとはHPが減ることもあって、そんな時には護衛してもらっている戦闘力ゼロの占い師もお役に立ちたくなったりする。
「勇者さま、これを!」とか言って薬草を食べさせようとしたのだけど、近づいたらいきなりこっちに嚙みついてきたブルなんとかオオカミに噛まれて自分で食べることになった。
お、ちゃんとHPが減った時に使えたぞ。これは価値ある消費です。
あとから教えてもらったのだけれど、薬草というものは手渡しして食べてもらうのではなく、使うのコマンドから他の人のHPを回復させるという魔法もびっくりの使い方ができるらしい。
自分で使うときにも食べる仕草はするけれど、その後動いたり別のコマンドを入れると直ぐに飲み込んじゃうのだそうだ。
勇者は忙しいからね。食べる時も急かされるんだ。大変だね。
途中にある砦まではあっという間だった。
問題はここから。広大なるブル何とかオオカミ平原を突っ切らなくてはいけない。
沢山のブルなんとかオオカミ……、ううん、そろそろ面倒くさいな、ブルでいいですかね。ブルがうろうろしているのが砦からもよく見える。
あんなにうろうろしていたら草食動物も寄ってこないんじゃないかしら。それとも他にいい餌があるのかしら。
「コヒナさんをいっぱい食べてるんじゃないですかね」
なるほど。何回も食べられては戻ってくるもんね。実に経済的。コヒナ一人でブル一家一か月の食糧に。昔話もびっくりの不思議な不思議なコヒナのご飯。お求めはコヒナ印のお店で。
「ううん、さすがに数が多いですね。これは森の中を進んだ方がいいかな」
イケメルロン君が恐ろしい提案をしてくるので、裾をつかんでぶんぶんと首を振った。もう一度芋虫だらけのあそこに行くとか冗談ではない。
「となると突っ切るしかないですね。南西の崖沿いを行きましょう。エンカウントしちゃった場合は僕の後ろに入ってブルウルから距離を取ってください。そのまま離脱できるようなら離脱を。崖沿いにまっすぐ逃げて町の中に駆け込む。これで行きましょう」
「了解です、隊長殿」
「……コヒナさんが隊員なら戦っていただきますが」
「了解です。勇者様」
かくして、ブルなんとか平原縦断ウルトラ大作戦がスタートした。
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