第3話 占い師、勇者見習いの少年と出会う

 中央都市ダージールは集まるプレイヤーの多さでも一番の町だ。銀行や宿屋といったNPCの主要施設も纏まっていて利便性が高く、パーティーの募集などもここで行われることが多い。


 町の周辺のモンスターはそれなりに強く「レベル11の冒険者」の私は、多分この町の外に出た瞬間に襲われて死んでしまう。この町に住む他のプレイヤーは皆少なくともレベル50以上。そうでなければたどり着くこともできない。ダージールはそういう場所だ。


 そもそも「レベル11の冒険者」といったけど、私は冒険者ではないのだ。


 二年前、この世界<エターナルリリックオンライン>、通称エタリリに来てまず困ったのは、「初期町」という設定だった。キャラクターたちは皆、それぞれの種族の初期町に生まれ、そこから各々、ストーリーに沿って冒険の旅に出ていく。それぞれが使命を持って旅立ち、やがて世界を救うことになる勇者たちだ。


 この設定のため、初期町にいるのは生まれてからリアルの日数でせいぜい数日の間で、皆レベルを上げてストーリーと謎を追って次の町に向かっていく。


 でも運営の意図に反して「モンスターと戦わない」「勇者じゃなくて占い師になる」と誓いを立てた偏屈なプレイヤーにとってはこれは大変に厄介なシステムだった。


 できるだけ占い師っぽくて神秘的に見える種族、という理由で選んだエルフ族の初期町ホジチャの村は激しい過疎化の影響を受けていた。プレイヤーの姿は全くない。いるのは中に人間が入っていない、ゲーム上のプログラムで動く村人たち。すなわちNPCだけの村だ。プレイヤーがいないところでは占い師に仕事はない。


 ネットで攻略サイトを調べたところ、ホジチャ村から少しは人がいるだろうセンチャの町まで行くには、最低レベル8は必要らしい。途中に初期イベントのボスなども出てくるのでストーリーを追っていれば問題なく進めるという。


 その後攻略サイトを回ったが、レベル1でセンチャの町に行く方法、というのはどこのサイトにも載っていなかった。となれば自らトライ&エラーするしかない。


 ホジチャ村は世界地図の北東の端に位置している。道なりに世界地図の中央、南西に向かえばセンチャがある。道は続いているのだ。モンスターに出会わないようにすすめば、きっとたどり着ける。


 村長さんは村一番の魔法の使い手であるらしい私に、支度金と勇者見習い特典の「帰還石」というものをくれた。一度行ったことのある町までひとっとびで行けるという。大変貴重なものだと恩着せがましくおっしゃった。


 貰った石には行先に「ホジチャ村」とだけ書かれていた。どうせ頂けるなら大きな町まで行ける石が良かった。貴重なものだということだが、ホジチャ村だけが記録されているということは帰還石はホジチャ村で産出されているのかもしれない。そんな貴重なものを産出してる割には寂れてるけど。村長さんが裏で何か悪いことでもしているのではないだろうか。


 「さあ行け、未来の勇者よ!」

 

 疑惑の村長さんはそう言って、私を送り出してくれた。やがては勇者誕生の村として看板を掲げ、村おこしをすることを夢見ているのかもしれない。そう考えるとどうにもいたたまれない気持ちになる。


 ごめんなさい村長さん。私は勇者にはなりません。でもこんな田舎はまっぴらなので、勇者になると嘘をついて、支度金と貴重で微妙な石を貰って村を出ていくのです。


 ホジチャの南門、門といっても長い棒が2本立ってるだけだが、そこからまっすぐに南西を目指して、冒険をしたくないが為の冒険が始まった。


 しかし田舎娘が上京を志したとて、世間の風が冷たいのは世の常である。


 村を出てすぐは良かった。モンスターも弱い。レベル1の私でも戦えば倒せるのだろう。でも占い師はモンスター退治などしないのだ。モンスターに遭ったらとりあえず逃げる。余裕があったらきゃあああ、と叫びながら逃げる。余裕がない時も可能な限り叫ぶ。これは以前にいた世界で師匠から学んだ逃げ方だ。


 しばらく進むとだんだんとモンスターが強くなってきた。戦っていないのでどのくらい強くなっているのか正確なところは定かではないが、一回に受けるダメージの量が違う。最初に出てきたスライムに噛まれた時には、これなら5回まではかまれても大丈夫と安心した。初期費用として村長から持たされたお金で買った薬草12個を合わせると、なんと60回噛まれても大丈夫。余裕かと思ったがこれは大きな計算違いだった。


 さっきオオカミのようなモンスターに噛まれた時はHPがいきなり半分になった。2回噛まれれば死ぬ。ならば1回噛まれたら薬草を食べなくてはいけない。ここに来るまでに7個薬草を使ってしまった。


 あと5回噛まれたら死んでしまってホジチャの町に戻されてしまう。エタリリでは1人の時に死んでしまった場合、一定時間の間に誰かに蘇生してもらわないと、最後に立ち寄った町に戻されてしまうのだ。所持金が半分になってしまうというおまけもあるのだが、現在の所持金はほぼゼロなのでそこは気にしなくていい。


 オオカミはダメージが高く危険度が高いモンスターではあるが、この先、もっと強いモンスターが出てこないとも限らない。


 例えば道のりの真ん中あたりに1体だけいる大きな鎌を持った幽霊みたいなモンスター。あれは関わってはいけないと私でも一目でわかる。動きも遅いしこちらからケンカを売らなければ戦闘にならない、「現在は勝てないタイプ」のモンスターだろう。もし突っ込んでいったら最大HPの10倍くらいのダメージ受ける、強敵とか死のチュートリアルみたいなモンスターだと思う。そうでなくてもあんな大きな鎌で切られたくはない。


 鎌幽霊は除外してもまだ道のりは半分。オオカミが最強だとは限らない。ここまで来て戻ってしまっては次には振出しから薬草5個で挑まなくてはならない。感覚が掴めるまで薬草を食べるべきではなかったと後悔した。何回か死んで戻されてを繰り返した上で、満を持して薬草を使って攻略に挑むべきだった。


 とりあえず薬草を使うのをやめる。その上で死んで、戻って、生き返ってを何度か繰り返したが、これまでのやり方で進めるのは道のりの三分の二までが限界のようだった。


 そこに砦みたいな施設があり、砦の先には平原が広がっておりオオカミがうろうろしている。オオカミは攻撃力も高いが、さらに厄介なことに足が速いのだ。見つかったら簡単には逃げられない。


 つまりは、


 緊急スニークミッション発生!


 ここから先、一度もオオカミに見つからずに町までたどり着け!


 ということだ。


 だがふといいことを思いついた。オオカミに見つかってしまった場合は逃げられないが、他のモンスターなら1回かじられたとしても逃げられる可能性がある。なのでオオカミ平原大きく迂回し、平原の東にある森を進むのだ。距離は伸びるがオオカミさえいなければ何とかなる。そして平原を迂回したら、あこがれの都花の大都会センチャは目の前である。


 花の大都会は言い過ぎかな。二番目の町だし。


 手持ちの薬草は、さっき数を確認しようとしてうっかり食べてしまったのであと4個。


 絶望から一転。これなら行けそうな気がしてきた。


 オオカミ平原を東側に迂回して森の中に入る。ギリギリだとオオカミの視線判定が通ってしまうのでちょっと奥。でも奥に行き過ぎると町が遠くなる。平原をうろつくオオカミを遠目に見ながら森の中を進む。


 ふと、がさり、と後ろの茂みが動いた。


 しまった。オオカミばかり気にしていた。あたりまえだけど森の中にもモンスターはいる。むしろ森の中の方が多いかもしれない。


 茂みからずるっとはい出てきたモンスターを一目見て血の気が引いた。芋虫だ。おっきな芋虫だ。


 うぞうぞうごいてる。足がいっぱいあって、目がいっぱいあって、牙がいっぱいあって、赤くて緑で黄色でぶよぶよの皮膚をしていて、よく見れば周りにはその芋虫が吐いた糸でがんじがらめになった何かの生き物がいる。


 芋虫は私を見ると上半身を持ち上げた。たくさんの足がその上半身で動いていて、さらによく見れば森の中は同じタイプのモンスターがいっぱいで


 「きゃああああああああああああああああ!!」


 リアルの方で悲鳴を上げると森を飛び出した。赤い芋虫は足は遅いらしく、すぐに振り切れた。でももちろん、森から飛び出したレベル1の占い師(見習い)は平原に住むオオカミに食べられてしまいましたとさ。


 でも、オオカミに食べられた時にはちゃんとキャラクターの方で悲鳴を上げたのは我ながら誇ってもいいと思う。マイナス点としては女の子の叫び声としては色気が足りなかったかもしれない。次回気を付けます。


 ホジチャ村の村長さんのお宅で何度目かの蘇生を受けた。村長さんは


 「行き倒れになっていたお前を旅の行商人さんが助けて送ってくれたのじゃ。次は気をつけてな。さあ行け、未来の勇者よ!」


 と、さっきと変わらない激をくれた。気楽なものである。それにしても行商人さん、何度もありがとうございます。凄い腕前ですね。その人が勇者やったらいいんじゃないだろうか。できれば私の帰還石持って行って、センチャの町を記録してきてくれないかな。私、ちゃんと待ってるよ。多分その方が速いし。


 しかしさすがに少々くたびれてきた。それにまだ鳥肌がたってる。なんなのあの芋虫。割とモンスターもデフォルメなデザインが多いのに、なんで芋虫だけあんなにリアルなの。わしゃわしゃの足とか、ぶよぶよの皮膚感とか…ダメ、思い出したらダメ。ほらまた鳥肌。あそこに暫く自分の死体が残るとか考えたくもない。同人誌とか18禁ゲームの世界でなくて本当によかった。


 森の中を抜けていく案は却下である。ならばどうにかしてあのオオカミ平原を越えるしかない。オオカミ平原までノーミスでたどり着いたとして、残ってる薬草はあと


 おおっと


 もぐもぐ。

 

 あと3個。さすがに3個は心もとない。何らかの不慮の事故で減る可能性もあるし。


 村の道具屋に行ってみる。薬草は1個8ゴールド。所持金は1ゴールド。何回も死んでこれ以上半分にしようのない1ゴールド。ほかに売れるような持ち物はない。


 いやちょっと待った。初期装備の魔法の杖。どうせ魔法は使わないのだ。お店のお爺さん、これを買い取ってもらえませんでしょうか。


 勇者になるために貰った支度金を使い果たし、持たせてくれた杖をその村の道具屋で売り払うことに若干心が痛まないでもなかったが、背に腹は代えられない。村長さんの見る目がないのが悪いのだ。


 だが悲しいかな。魔法の杖は買取価格4ゴールドだそうです。合計5ゴールド。じゃあこの靴も売ります。靴は2ゴールドだそうです。ああ、それでも1円足りない。


 あとは、今着ているこの初期装備のシャツを売るしかない。試しに聞いてみたところ、4ゴールドで買ってくれるという。女の子の脱ぎたてのシャツですよ、もう少し何とかなりませんか。


 ただ今の発言に不適切な表現があったことをお詫びいたします。


 しかしここでシャツを売るかどうか、これは究極の選択ではないだろうか。


 シャツを売らずに薬草を手に入れるには、村を出てすぐのあたりでモンスターを退治するしかない。そうすればゴールドと経験値が手に入る。少しの間頑張っていれば、薬草代は貯められるだろうし、レベルが上がれば芋虫の森は論外としてもオオカミ平原を抜けるのは幾分楽になるだろう。


 でもそれをしてしまうと、私はなりたくもない勇者に近づいてしまう。


 かたやシャツを売った場合。勇者に近づくことはないけれど、人として大事なところから遠ざかってしまうような気がする。どっちが一般人の占い師として正しい道だろう。


 ……シャツだけならセーフだろうか。下は死守すれば、何とか人としての尊厳は保たれるだろうか。


 冷静になろう。その考え方は危険だ。ギャンブル中毒症の人の考え方だ。最終的には下も無くなる人の考え方だ。


 そうだ。私は占い師ではないか。こんな時こそ占いで決めればいい。


 一般に「占い師は自分のことは見られない」と言うがそうとも限らない。見られることと、見てもしょうがないことがあるのだ。


 心を落ち着け、「アドバイスを下さい」と念じて、カードを1枚開く。


 開かれたカードは<ワンドの8、正位置>。棒が8本、それだけが描かれたカード。どこからか助けがもたらされる暗示。


 さて困った。言っていることはわかる。が、実際の行動はどうしていいものかわからない。見てもしょうがない、というのはこういうところである。人の運勢をみてアドバイスするならできるけれど、今まさに究極の選択を迫られている私には、いまひとつご利益の乏しいアドバイスだった。


 しかし店先で唸っていてもお話は進まない。こうなればシャ


 「ええっと、何をしてるんですか?」


 突然後ろから声を掛けられた。


 「わあああ!?」


 びっくりして思わずリアルで叫んだ。


 「わああああ!?」


 そのあとで同じようにゲームの中でも叫んだ。


 私の後ろには、私と同じエルフ族の少年が立っていたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る