「廃城の女神」

低迷アクション

第1話

「今どこにいますか?」


緊張した“Oの彼女”の静かな声が廃墟に響く。間髪いれずに応答があり“O”が出た事が

わかる。隣でそれを窺う“T”と“J”も、それぞれの“得物”を、お守りのように固く握りしめていく。


“えっ?〇〇ちゃん?どうしたの?急に。ええーっと、今?家だよ”


電話口から流れる、平時と変わらないおっとりとしたOの言葉は、今の現状じゃ、

異常としか聞こえない。


「嘘っ!家にもいませんでした。私、待ってたんですよ。O君!ホントの事言って下さい。何処にいるんですか?」


“ホントだってば、あーっ、ごめんね。ちょっと人と会ってるから、またね。切るよ”


「O君!」


絶叫のような声を余所に、電話が切られた。再度の着信を試みる彼女…

それに呼応するように、スマホの電子音が廃墟の何処かで鳴り響いた…



 話は1週間程前に遡る。


“もう一度、あそこ行かない?”


TのスマホにOからのLINEが入った。


“あそこって、この間行った、N県の病院廃墟か?”


Tはオタク趣味とオカルト好きを極度にこじらせた人物であると自負している。

心霊スポットにガスガンやら、電動ガンを持っていき、彼曰く、


“お化けが出たら、弾が効くか、試してみたい”


を目標に、迷惑千万な活動を繰り返している。一緒にバカ騒ぎをする仲間も、いるにはいたが、この緊急事態下では、めっきり減少傾向…


だから、久しぶりの宅で飲んだOを誘った。大柄の体躯に似合わず、温厚な性格の彼は

少し渋ったが、同行を約束してくれる。


あの場所に行ってから、3ヵ月が経っていた。


“そうそう、そこ、そこ!何かさぁ、夢に出てくるんだよね。呼ばれてるのかな?”


“何にだよ?”


“えっ?まぁ、いいや、ごめんね、ありがとー”


“行くならいってもいいが、何に使うかわからねぇ、マネキンだらけで、面白くなかったやん?それでもいいのか?”


“うん、わかってる、わかってるー”


LINEの通話を終え、少し考える。山中、片道通行の一本道が途絶えた場所に聳え立つ

3階建ての病院跡は、建築者のアイディアか、洋装の城のようだ。情報によれば、建てられたのは、昭和初期、閉鎖されたのは、平成の初めらしい。


警備会社が入っている心配はなく(地元不動産の友人に確認済み)難なく、錆びた鉄柵を乗り越えたT達は、陽の光を浴びて、雪のように反射する埃の中を探索した。病室や廊下のあちこちには、業者の不法投棄か、いびつな形に歪んだマネキンがそこかしこに転がり、


不気味さを醸し出していた。それ以外に、別段変わったモノはなかったが、

確か、最上階の中央待合室と書かれた、診察を待つ人の待機所に鎮座する女性の銅像…あれにOはえらくご執心だった。


時々、誘った心霊スポット探訪で、事故のあった場所に添えられてる花束に、そっと手を合わせるような優しい奴だ。変な事にはならなければいいが…


Tの予感は、その3日後に的中する。


“O君、今、何処にいるか?知ってます?”


突然のスマホに届いたショートメールの送り主は、Oの彼女らしい。そう言えば、本人に確認してはいなかったが、友人達の冷やかしに恥ずかしそうに俯いていた場面を何度か見かけた。冗談かと思っていたが、本当の話だったか?


聞けば、一緒に住んでいるアパートにも戻らず、3日が経過していた。職場には出ているらしいが、彼の勤務は夜勤であり、日中仕事の彼女とは時間が合わず、会う事ができなかった。


Oの同僚によれば、勤務態度はいつもと変わらないが、顔色が悪く、風呂にも入ってない様子で、全身から据えた臭いを漂わせ、乗ってくる車も何処を通ったか?草や枝で引っ掻いた跡がいくつも走っていた。


大体の出勤時間を聞き、社内駐車場で待っていたのが、4日目の今日、

だが、会う事は出来ず、Oは仕事を欠勤する。


藁にも縋る想いで、知っている限りの友人や同僚に電話をかけた結果、


“この外出自粛の中で、心霊スポットや廃墟に出かける馬鹿にOが引っ張っていかれた”


と言う情報で、Tに辿り着いた次第…


考えられるのは、あの廃墟だ。LINEの文章や、普段は渋る心霊スポット巡りを、妙に

高揚した顔で、歩いていたO…


それも、あの女の像を見た時からだ。


“心当たりがあります。彼に会いに行くなら、同行します。少し連絡を待って下さい”


送った内容の返事は間髪いれずに了承として帰ってきた。確認したTも、素早く

LINEを操作し、次の相手に送るメールの準備を始めた…



 「何、お前?俺がようやく社会復帰して、半年…職場の同僚殴って、謹慎中のタイミング

見計らいすぎじゃね?」


こちらを揶揄するような物言いだが、全然怒ってない顔で笑う友人の“J”は赤い目と

酒臭い息を吐く。根は悪くない。だが、彼はいささか融通が効かない友人だ。本人曰く、


“俺が殴るのは、礼に欠ける奴と周りに迷惑かける奴。女と家族には一度も手を上げた事がない”


が自慢らしいが、過度のアル中で、2年前に乗った電車で、絡んできた酔っ払い2人を病院送りにした後…自ら、出頭し、入院となった。


酒を飲まなければ、好青年(非常に危なっかしいと言う表記がつく)の彼は、素面の時は

頼りになる存在だ。それに…何かあった場合でも、コイツなら、誰も悲しまないし、気にしない、多分…家族とは現在、復縁に向けて、頑張ってるらしいが、進んでないようだ。


今回は復帰した職場で、外作業をしていた際、彼曰く


“自身の不満や鬱憤を立場の弱いサービス業のねーちゃんにネチネチぶつけていた同僚”


を2メートル程、殴り飛ばし、おねーさんからは感謝されたらしいが、職場の人、ビックリ、

でも、普段から素行の悪さで浮いていたから、職場的にはありがたい。しかし、世間の目が

あるから、とりあえず、停職処分となったJだ。


いろんな意味で好条件…早速、内容を伝える。


「ヤバいな…すぐ動けるか?」


話している内に、顔を険しくさせたJが低く尋ねる。基本、どんな事も断らない性質の彼だが、驚くほど了解が早い気がする。


「車ある!Oの彼女も同行すっから、途中で拾ってく。でも、問題の場所にいるとは…」


「いる。間違いない」


断固とした口調には、強い確信があった…



 「俺が入っていた病院は、いろんな病気の奴が入っててな」


車内に重そうな麻袋を持ち込んだJが助手席につき、こちらを見ずに、ポツリ、ポツリと話を進めていく。


「窃視症(覗き等の犯罪行為をする病気)のオッサンがいたんだが、そいつは閉鎖される前の、あの病院にいた。そこでは、拷問紛いの治療を喰らったって言ってた」


「拷問?」


「オッサンの場合、マネキンに写真で拡大した人の目を貼り付けた奴をな。数十体、詰まった部屋に1日中監禁されたらしい。体は拘束、ずーっと人型のマネキンに無言で

見られてる。常人だって、あまり気持ちいいモンじゃないよな。


あそこは、今じゃ、殆ど禁止されてる電気ショックや、水責めなんかもオッケーな精神病院だったらしい。それが原因で殺傷沙汰の事件も起きたりして、当然の如く、閉鎖の流れ…


まぁ、医学面のショック療法の延長線だが、やりすぎはよくないよな。そこで登場してくるのが、あの女神像だ」


「女神像…確かにそんな感じのデザインではあったが…」


「入院患者達は職員の監視付きで、あの待合で待つ時、これから始まる拷問治療を前に、

像に祈ったそうだ


“助けてくれっ”


ってな。中には、アレに抱きついて、手の爪剥がれながら、引きずられた奴もいたらしい。

元々はインテリアで置かれた像がいつしか、憎悪や悔恨、救いを求めた願いの対象、依り代になっていったと思う。そーゆうのはヤバいんだ」


「ヤバい?」


「生贄を、自分を高める材料を欲するようになる」


Jの言葉に、改めて怖気を感じた時、Oの彼女が道に立っているのを見つけた…



 話を現在に戻す。


「音の出所はやっぱりあそこだよな?T、お前の得物は?」


土木工事用に使う大振りのハンマーで上を示すJに頷き、肩に下げたバックのジッパーを下す。


「M4カスタム(アメリカ製アサルトライフル)?って、玩具かよ…」


「玩具でも、コイツはいてぇぞ。バッテリーとバレルは違法レベルの代物だ」


呆れたような声をマガジン装填音で遮る。それとは別の、自分達が発してない音が、

暗い回廊の中から響き始めた事に気づく。


「あの音なんですか?」


Oの彼女の疑問には、すぐに答える事が出来た。重いモノがゆっくりと、床を擦る音が2回ずつリズムよく響き…


「きゃあああーっ」


悲鳴を上げる彼女に負けないくらいの絶叫を上げたTは、暗い入口から頭を覗かせた

何かに発砲する。


「馬鹿野郎!」


怒鳴り声を上げたJがハンマーを振り上げ、BB弾でヒビが入った、動・い・て・い・る・マネキンに飛びかかっていく。


「往生しろや」


ゆっくり、腕を伸ばす人形を蹴り倒した後、顔部分に勢いよくハンマーを叩き下ろしたJが廊下に飛び出る。


「急げ!」


「なぁっ、J!今、動いてたよな?動いてた。あそこで転がってるマネキン動いてた」


「ああっ、動いてた。良かったじゃねぇか?やっぱ夜に来ると違うな。夢叶ったろ?」


「お前、ぜってぇ一杯やってんだろ?酔っ払いが!いや、てか、リアルキツイ。

リアル、サイレン〇・ヒルとかマジこえぇっ!えっ?とゆーか、まだ動いてねぇか?

あちこちで音がするぞ?」


「おう、全部ぶっ壊したらー」


「そんな事はいいから、早く、O君の場所へ」


妙な盛り上がりを見せる2人を押し出す彼女の勢いに押され、そのまま階段を駆け上がっていく。今や、本来の病院のような喧噪を取り戻した院内の最上階に続く回廊には…


「さっきより多いな。マジ全然慣れねぇ」


「慣れる必要はねぇっ!吹っ飛ばすぞ」


こちらに崩れかけた手を伸ばし、進むマネキンの群れをJとTは手分けして、ハンマーで打ち砕き、BB弾をぶつけ、押しのけていく。力はそんなに強くない。


しかし…


「囲まれてません?」


後ろに続く彼女が悲痛な声を上げた。


「ごもっともですな(何故か女性には敬語のJ)彼女さん、よっしゃ」


懐から小瓶を抜くと、中身を煽るJが自分達の背後に迫ったマネキン達に突進をかける。


“先に行け!”


と言う声の代わりに、酔っ払いの汚い笑い声が暗い廃墟に響き渡った…



 「Oっ!、何やってる?」


最上階に辿り着いたT達は、女神像に縋りつくOを発見する。


「O君、それから離れてっ!」


「あれっ、〇〇ちゃん?ごめんね。何かね、離してくれなくて…」


間の抜けた返答に苛つき、怒声を上げた。


「馬鹿言ってる場合じゃねぇぞ!オイッ!?」


側に駆け寄るTは、Oの姿を見て、愕然とする。


確か、あの銅像は両手を開いていた筈だ。だが、今はOの腰に、両手をしっかり回している。


「ありえねぇ…何だコレ……っ!?…」


刺すような視線に気づき、顔を上げた先には、女神像の顔があった。首吊り死体のように

伸びきった首、作り物の筈の目元には、生身の人間の瞳が、血走った眼が、こちらを睨んでいる。


「あ、あ‥ああ…」


「ああああああー」


ぎこちなくしか、上げられない悲鳴は、瓦礫片を構えた彼女の咆哮に掻き消され、

勢いよくぶつけられたセメントの塊が銅像の首を捥ぎ取ばす。それで、全てが終わった。


「あ、あれ?消えた?えっ?〇〇ちゃん…」


静寂が戻りつつある廃墟内に、ノンビリとした声が響く。


「馬鹿…」


腰が抜けたように(実際に抜けていた)へたりこむTの前でボンヤリしたOを、彼女が抱きしめる。


「オイオイッ、こんな所でおアツいこったなー?」


陽気な感じの声音に振り向けば、動きを止めたらしいマネキン達を全身に纏わりつかせたJが階段の登り口に立っていた…



 「優しい性格の奴だからな。だからこそ、あーいったモノの話を聞いちまう、

魅入られちまうんだよ」


2人をアパートに送った後の車内でJの言葉は続く。


「元々、拷問紛いの治療をしてた場所だ。色んな想いが籠っている。そーゆう所は常に

飢えている。犠牲を求めてる訳だ。


鈍感なお前とか、俺なら問題ねーが、これからは連れてく人選を選んだ方がいい」


Jの言葉に神妙に頷く。改めてだが、自身の無謀な遊びに友人を巻き込んでしまった事を後悔し始めている。


「まぁ、もっとも…」


Tの暗い顔を察してか、妙に明るい調子でJが呟く。


「“今、何処にいますか?”なんて、俺も気にして…いや、言われてみてぇもんだぜ、

そんな台詞…」…(終)

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