8.私が言うのも生意気ですが

 軍隊において上意下達じょういかたつの命令が絶対なのも、命令の結果の殺人が、兵士個人ではなく司令官の責任であることを明確にするためだ。正規の手順で発効される命令であれば、軍隊は結果の殺人を罪に問われない。


 そういう意味で、命令遵守めいれいじゅんしゅの軍隊は殺人者ではないが、ゲリラやレジスタンス、テロリストは、法律的には同じ殺人者の集団だ。


「完全な自律行動型じりつこうどうがた機械兵士マシントルーパーでは、例えば誤認で民間人を殺害した時、軍事裁判で裁かれる適切な対象者がいないのです。どれだけ自動化が進んでも、彼ら全機をリアルタイムの相互通信で管理し、コントロールに責任を負うオペレーターと、命令に責任を負う司令官が明確でなければなりません」


「それを……そのオペレーションシステムを、鏑木かぶらぎ博士はかせが協力して、開発したということか」


「正確には、マンマシン・インターフェースの基礎技術を確立した、です」


 一条いちじょうがしぼり出した言葉を、ナバルが律儀りちぎに訂正する。


「現在はインプラントや投薬の必要もなく、専用の複合コンソールとヘッドセットを装着するだけで、脳波と全身の筋肉の微弱電流で統合管理システムと相互通信、一名のオペレーターが小隊規模の機械兵力を集中運用することができます。司令官を含めて、全員が前線の状態を完全に共有・管理し、作戦行動に責任を負うことで、法的な問題をクリアすることができました」


「大量の無人機械が、人間を殺害する……おぞましい光景ですわね」


 小百合さゆりが、声をふるわせた。


「そのような研究に、医学博士の夫が……秘密裏に、手を染めていたと……」


 小百合さゆりの途切れ途切れの声に、ナバルが痛ましそうに目を伏せた。


 だが、そのナバルがなにを言うより早く、あざけるような声が割って入った。


「それは医者の傲慢ごうまんですよ。人を救う仕事は確かにとおといですが、だからって人を殺す仕事が、そんな無条件にさげすまれるものですかね?」


 五乃ごだいが笑って、少し長めの髪をかき混ぜた。


「人間に殺されるのと、機械に殺されるのとで、どっちが上等ってこともないでしょう。むしろノイローゼ爆発で無差別に乱射とか、興奮して無関係な女性をアレコレとか、そういう事故が減って、殺される方もありがたいかも知れませんよ」


 暴論ぼうろんと言うか、極論きょくろんと言うか、さすがに一条いちじょうの反応も遅い。五乃ごだいは、少し意識的に、肩をすくめた。


「まあ、人員コストカットに浮かれて、安易あんいに世界中でゲンコツ振り回されるのも勘弁かんべんして欲しいですけどね」


きもに命じましょう」


 ナバルが、五乃ごだいに一礼した。五乃ごだいは、もう観念して、小百合さゆりに向き合った。


「国際法と、法治国家の法が認めるなら、殺人だって正当な仕事の結果ですよ。犯罪者みたいにさげすむのは、差別でしょう。博士は、相手と同じ目線に立ったんです。コミュニケーションの基本じゃないですか」


 小百合さゆり五乃ごだいを見返して、なにも言わなかった。言えなかったのだろう。内心の動揺どうようが、この時は両目に、はっきりと現れていた。


 五乃ごだいの頭を、ようやく、一条いちじょうのゲンコツがぶっ叩いた。


「……っってー! だから、これは法律で罰せられるハラスメントですってば、もう!」


「教育的指導だ、馬鹿もん」


 一条いちじょうが鼻を鳴らす。


「理事長。この馬鹿に言わせれば医者の傲慢ごうまんなのでしょうが、私にも一つだけ、博士の心中しんちゅう代弁だいべんできることがあります」


 五乃ごだいに代わって、小百合さゆりの視線を一条いちじょうが受け止めた。そして大きく、うなずいて見せた。


「博士は医師です。医師なら誰でも、患者を救うために全力を尽くします。だからこそ、力及ばなかった患者に……その治療について、他の医師が後からめるようなことは、絶対にしてはならないことです」


 鏑木かぶらぎ博士はかせは医学会の革命児と呼ばれた、著名人ちょめいじんだ。公的な記録を追いかけるだけで、答え合わせは難しくないだろう。


「博士が御自身か、八尺やさか芙美花ふみかさんの名前を少しでももらせば……それは、治験ちけんを担当していた医師をめるとげになります。博士は医師として、そして五乃ごだいの言った通り一人の人間として、相手に誠意を示したのでしょう」


鏑木かぶらぎ博士はかせがそこまでして、こちらの研究に協力してくれた理由はなんでしょうか……滅私奉公めっしぼうこうの武士道を期待するほど、我々も図々しくはありませんが、くなられたかたの思いは推測すいそくすることしかできません」


 ナバルが、もう一つのセキュリティボックスから、大きな黒いアタッシュケースを取り出した。丁寧ていねい仕草しぐさで、小百合さゆりの前に置く。


八尺やさか芙美花ふみかさんの遺骨です。焼却処理されていますが、相応の分析装置にかければ、施術跡しじゅつあとや投薬の痕跡こんせきから現在の技術の一端を読み取れる、準軍事機密じゅんぐんじきみつ永年管理物質えいねんかんりぶっしつです」


 小百合さゆりが、息をのんだ。


 五乃ごだい一条いちじょうは、逆に、ゆっくりと息をいた。すべてのピースが、必然でつながっていた。


 鏑木かぶらぎ博士はかせは自身の情報を、自分からは決して明かさなかった。ここまで瞬時につながるからだ。つながってしまえば、準軍事機密じゅんぐんじきみつ永年管理物質えいねんかんりぶっしつの持ち出しなど、アメリカ政府は『No』と答えるしかなかったはずだ。


「博士を含めて、当事者全員がくなりました。死者はなにも言わず、なにも望みません……のこった者の記憶だけが、死者を形作かたちづくるのです。ですので、勝手に推測すいそくし、行動しました。我が国の政府機関上層部には、この作品のファンが多数おりまして。管轄かんかつだけにいい格好はさせないと、こうして連帯責任の体裁ていさいを整えることになりました」


 ナバルの言葉に、小百合さゆりはアタッシュケースを見つめたままだった。


 理屈は通った。それだけだ。


 一人きりで立ちすくむような小百合さゆりに、今度は三鷹みたかが、おずおずと声をかけた。


「こんなこと、私が言うのも生意気ですが……小百合さゆりさまのお気持ち、わかります。なんて説明されても、簡単に飲み込めることじゃないですよね……だから博士も、言わなかったんだと思います」


 三鷹みたかは、少しだけうつむいた。

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