7.大丈夫だろう

 廊下はよく清掃されていたが、かすかにほこりにおいがした。現在、日常的に稼働かどうしている施設ではないらしい。


 天井の照明は明るく、適切な間隔かんかくで、少し古い型の監視カメラが配置されていた。


「あ、あ、あの……だだだ、大丈夫、なんでしょうか……これ……? このまま監禁されて、なんかの実験台にされたりとか……?」


「まあ、大丈夫だろう」


 三鷹みたか恐々きょうきょうとした声に、一条いちじょう大雑把おおざっぱに答えた。五乃ごだいも、うなずいて補足ほそくする。


「こんな手間暇てまひまかけて抹殺するほど、大層なヒーローじゃないですよ。俺たち」


 ロス市警で小百合さゆりが言ったことだが、いくら他国籍の人間でも、一国の政府機関が本気で個人をどうにかするつもりなら、ここまでの手順は不要だった。


「んー、そりゃアメリカも、正義の味方ってわけじゃないけどさ。合理主義は徹底してるわよ。どんな必然でこうなってるのか、答え合わせが楽しみだわね!」


 鳳澄ほずみが、興味本位に明るく言う。多分、この場で一番、正解に近い反応だったろう。


 やがてナバルが、五人を会議室らしい部屋に招き入れた。


 ロス市警の留置場りゅうちじょうのように壁も床も白一色で、まん中に長いテーブルがあり、ナバルが奥側に立った。そのすぐ横に、移動式の台にって、二つの大きなセキュリティボックスがあった。


 ナバルと向かい合うように、テーブルの入口側に小百合さゆり一条いちじょう三鷹みたか五乃ごだい鳳澄ほずみが並んだ。


「まずは、これを御覧ごらんください。英語で書かれていますが、日本語に訳せば超機動合神ちょうきどうがっしんサーガンディオンと題された、ロボットSF小説です」


 ナバルがセキュリティボックスの片方から、分厚いファイルを一冊、取り出した。中にはまだ、たくさんのファイルがあるのが見えた。


 小百合さゆりが、手渡されたファイルをテーブルの上で開く。


 ファイルには、大きさも紙質かみしつもバラバラな、手書きの書類がじられていた。


「二人の人間の共著きょうちょによる、素人しろうとエンターテインメント作品の体裁ていさいですが、実際は初歩的な暗号化をした研究情報の交換です。著者ちょしゃの一人は、この研究施設で多くの治験ちけんを担当したプロジェクトリーダーの医師です。そして彼に、膨大ぼうだい臨床事例りんしょうじれいから適切な助言をほどこし、常に新しい観点を提示して、何度もブレイクスルーへ導いたもう一人の著者ちょしゃが……」


「……夫の文字です」


 小百合さゆりが、二種類の筆跡ひっせきの英文の、一方を指でなぞった。


 ファイルには国際郵便の封筒もじられていて、差出人は都内の代理人事務所になっていた。


「二〇二二年、八尺やさか芙美花ふみかさんが参加した治験ちけんは、病気の根治こんちを目的としたものではありません。失われていく脳機能を、インプラントと投薬、外部制御との相互通信によって代替だいがえするシステムの構築と、それによる脳機能の補完回復がテーマでした。芙美花ふみかさんの死後も、大勢の患者による治験ちけんと研究は続けられて、少なくとも二〇四〇年の前後から、鏑木かぶらぎ博士はかせと思われる非公式の御知見ごちけんを、このような電子データの残留に配慮した方法で受け取っています」


 一条いちじょう三鷹みたか五乃ごだいが目を見合わせた。


 脳機能と外部制御の相互通信によるシステム構築は、最終的な形こそ違っても、博士が発明した個人意識野遡行再構成機パーソナルタイムマシン根幹こんかんとなる技術だった。


 そしてその技術が、アメリカの政府機関とつながった以上、これまで出ていなかった最後の機関の名前に結びつく。ナバルが、ファイルを閉じてセキュリティボックスに入れ直した。


「この研究施設の管轄かんかつは、国防総省です。ここで行われた研究はすべて軍事転用を見越したもので、芙美花ふみかさんと鏑木かぶらぎ博士はかせのこしてくれた貴重なデータも、脳波であらゆる機械を遠隔・集団操作する技術として、最先端の軍事兵器に活用されています」


 ナバルが、淡々と説明を続けた。


 二〇〇〇年代に入って、人工知能のディープラーニングによる適正化処理と機械工学の発展により、自律行動型じりつこうどうがたの車両や小型飛行体ドローンなどのロボット兵器、特にアメリカ軍においては、人間以上の運動能力を備えた機械兵士マシントルーパーの配備までが実現していた。


 人体と同程度の四肢と容積、重量、既存きそんの銃火器をそのまま運用できる操縦性を持ち、バッテリー駆動による静音性、複合装甲材ふくごうそうこうざいによる耐久性、各種情報リンクによる正確性を備えて、拡張モジュールによる多機能化・重火力化も可能な万能ロボット兵士だ。


 すべての装甲戦闘車両、索敵誘導さくてきゆうどうミサイル、小型偵察飛行体スカウトドローン、攻撃ヘリ、爆撃機に戦闘機、そして機械兵士部隊マシントルーパーズ・ユニットが統合管理システムで連動する。


 第二次世界大戦以降、世界最強であり続けたアメリカ軍は、二〇七四年の今、無人の諸兵科連合機械部隊コンバインド・マシーナリーフォースを後方拠点の司令官と少数のオペレーターが遠隔・集団操作する、SF作品を超える組織になっていた。


 五乃ごだいは、皮肉の一つもこうとして、失敗した。


 少年少女が巨大ロボットを操縦して戦うアニメなど、まったく可愛いものだった。現実は、人間というもっとも育成コストが高く、世論が敏感に反応する消耗品を、軍需物資リストから大幅削減おおはばさくげんすることに成功したのだ。


機械兵士マシントルーパーを実戦配備するにあたって、最大の問題となったのはなにか、わかりますか?」


「法律でしょう」


 ナバルの問いかけに、五乃ごだいが即答する。


 それこそ最大限の皮肉だったが、ナバルは満足そうにうなずいた。


「そうです。機械はヒューマンエラーを起こしません。ミスの可能性は、人間の兵士より圧倒的に低いのです。それでも、万に一つの失敗が起きた時、責任を負う法的能力だけがありません」


 戦争は、ルール無用の殺し合いではない。国際法と多くの条約で、布告ふこくから参加資格、手順、方法、道具、服装に至るまで厳密に規定されている。


 もちろん、ルールを無視して優位に立とうとする悪の国家もあるが、本来はすべての規定に従った場合に限って、民法の罪を免除めんじょされるのが基本の仕組みだった。

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