6.これも縁あっての道行きです

 五乃ごだいがため息をつくと、ちょうどタイトルの切れ間だったのか、鳳澄ほずみが目ざとくにやついた。


「なによ、レンってば湿気しけた顔してるわねえ。あんたも年少組なんだから、こっち来なさいよ! 今なら両手に花デスよ、シャチョさーん」


「……そういうノリが苦手なんすよ。アメリカじゃ普通かも知れないけど、勝手に呼び名をつけるって、相当なれなれしいですからね?」


「カタい! カタいなあ! デカいばかりでフニャフニャよりはイイけどさ! あははははははっ! ぶっちゃけ同じ屋根の下で、一夜を共にした仲じゃないの!」


「そうだよ、レンくん! 私たち、もう友達じゃん!」


「本気で距離感メンドくさいです、あんたら」


 三鷹みたかまで一緒になってはやし立てる。五乃ごだいが、一条いちじょう非難ひなんがましくにらんだが、視線をそらされた。


「まあ、パパや小百合さゆりちゃんが、考えすぎるのもわかるけどさ。情報不足がはっきりしてる内にいくら考えたって、正解をしぼれないわよ。病気の診察だってそうでしょ?」


「父さんと呼べ。だが、まあ……それも一理いちりだな」


「向こうは向こうで、なんか考えがあるみたいだし。しばらくしたら、今よりマシな情報がそろうわよ。どーんと構えて、待ってたら良いじゃないの」


「おっしゃることは、わかります」


 小百合さゆりも苦笑した。勢いや態度はともかく、鳳澄ほずみの指摘はまとを射ている。


「景色が見られるわけでなし、コーヒーもきました。これもえんあっての道行みちゆきです。若い方々かたがた娯楽ごらくにいそしむのも、良いですわね」


「こうなると、チームミーティングみたいなものか。五乃ごだい、年長組もつき合ってやる。おまえは、まん中が指定席で、両手に花らしいぞ?」


一条先生いちじょうせんせい……そこは、娘に近寄るな、とか言うところでしょう?」


「そういう気もなくはないが、あれだけ下品なジョークを聞かされると、国際結婚なんてされた日にはどうなるか恐ろしくてな」


「ガチのネタ振りは勘弁かんべんしてくださいよ、もう」


 結局、冗談みたいな本気で、ソファのまん中に五乃ごだいが座らされた。その右側に鳳澄ほずみ一条いちじょうが、左側に三鷹みたか小百合さゆりが座って、極小サイズのレトロ・ジャパンアニメ・フェスティバルが開催された。


「こうして拝見していると、素性すじょうを隠した仮面の貴公子というのは、連綿れんめんと通じる様式美ようしきびなのですね」


「そうなんですよ! こんな人、職場にいたら絶対笑っちゃいますけど、画面の中だとカッコいいんですよねー。小百合さゆりさまも、けっこうわかりみ深いじゃないですか!」


三鷹先生みたかせんせい、相手、理事長さんですよ。ちゃんとわかってますか?」


「だからカタいってば、レンは! ねえ、小百合さゆりちゃん。みんな仲良しでいいよねえ?」


「ええ。やぶさかではありません」


「大丈夫ですよー。小百合さゆりさまにはちゃんと敬語を使いますし、レンくんには使わないから!」


「俺の呼び方、帰ったら戻してくださいね? 日本は距離感とか空気とか、大事ですからね?」


「おやあ? レンの彼女って、そういうの気にするタイプ? 職場でうっかり聞かれたらまずいとか?」


「え? レンくん、病院の誰かとつき合ってるの? 誰、誰? 聞きたい!」


「誰ともつき合ってませんよ! 無責任に話を広げないで、アニメ観ましょう、アニメ!」


 まあ、好き勝手に騒ぎながら観るのが、アメリカンスタイルではある。


 FBI捜査官、アシュリーが説明したスケジュールが順調なら、今日の夕方には目的地に着くらしい。一条いちじょう五乃ごだいも、缶ビールは我慢してコーラを飲んでいた。コーラの甘さで、ポップコーンの甘さは気にならなくなったが、それは本当に無意味に舌が麻痺まひしただけだった。


 昼食は冷凍ピザとフライドチキンとアイスクリームで、これまた極小レベルのアメリカを満喫まんきつした。外が見えないので時計だけを頼りに、秋の夕日が地平に差しかかる頃合いに、キャンピングカーが停車した。


 運転席との仕切りが開いて、昨日とまったく同じ格好のアシュリーが現れた。


「やあ、皆さん。長旅に紳士と淑女的レディス・アンド・ジェントルメンな御協力、ありがとう! 楽しんでくれたみたいで、途中から混ざりたいくらいだったよ。帰り道は気も楽だし、ぼくもお邪魔させてもらって良いかなあ?」


 オートロックはもう解除したのか、のんきなヘラヘラ笑いで、キャビンの扉を勢い良く開ける。ちょっと驚くくらいの、寒い空気が吹き込んできた。


 小百合さゆり一条いちじょう三鷹みたか五乃ごだい鳳澄ほずみが、それぞれ上着を重ねて外に出る。見渡す限り人工の明かりがない、黄昏たそがれの平原に、高いへいに囲まれたコンクリートの建物があった。



********************



 建物を囲むへいの正門に、男が一人、立っていた。


 黒いスーツに、落ち着いたモスグリーンのネクタイをきっちりしめて、丁寧ていねいにお辞儀じぎをする。カッパーブラウンの髪をオールバックにした、アシュリーと同じ二十代後半くらいのハンサムだ。


「ここまでお越しいただき、ありがとうございます。私はナバル=ティンバーレイク、中央情報管理室の職員です」


 やはり流暢りゅうちょうな日本語だった。ナバルが提示した身分証に、一条いちじょう三鷹みたかが、五乃ごだいをにらむ。


「ウサギはいないCIA、だな」


「なんかもう、全部、レンくんのせいみたいな気が……」


「とんでもない理不尽です、それ」


 五乃ごだいのぼやきに、ナバルが苦笑した。


「そのジョークは私も好きですよ。実に、言い得てみょうです」


「では最後に、大統領も御登場されるのでしょうか?」


 小百合さゆりが、ナバルの青い目を冷ややかに見る。ナバルは、それこそアニメに出てくる貴公子のように、優雅に流した。


「中に御案内します。こちらへどうぞ」


 ナバルが軽く手を上げると、正門が静かに開いた。


 ナバルを先頭に、小百合さゆり一条いちじょう三鷹みたか五乃ごだい鳳澄ほずみの六人で、これまた重々おもおもしくセキュリティ管理されたエントランスから、区画整理された建物の中を、いくつもの扉を超えて進んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る