5.あり得るってわけですね

 アシュリーと鳳澄ほずみは、立ったままだ。小百合さゆりが一言一句を、明確に口にする。


「複数の政府機関が、非公式に行動なされている。そしてあなたには、全体状況を説明する権限がない。そういう理解でよろしいでしょうか?」


「おっしゃる通り。だからせめて、選択肢を提示するよ」


 アシュリーが小百合さゆりに、両掌りょうてのひらを広げて見せた。


「もうり、ここでおしまいにする、と言うなら空港に送るよ。帰りの便も責任を持って確保する。ホテルその他、諸々もろもろのキャンセルもサービスでね。ただし、全員一致で選んで欲しいな。続けるなら、しばらくこのキャビンで共同生活ってことになるから、仲良くね」


 小百合さゆり一条いちじょう三鷹みたかが、五乃ごだいを見た。三鷹みたかまでそっち側なことにイラっとしたが、五乃ごだいとしても、このおよんで反対する方が面倒だった。


 今日だけで何度目かになるかわからない肩をすくめて、五乃ごだいが一応、鳳澄ほずみにも目を向ける。元より、この状況を誰より楽しんでいるらしく、サムズアップで返してきた。アシュリーが、少し五乃ごだいに同情したようだった。


「OK、それじゃあ決まりだね。明日の夕方くらいまで、このまま移動するよ。走行中に歩いたりベッドで寝るのは、超法規的措置で見逃すから、のんびりしてて。シアターセットに、レトロ・ジャパンアニメも入ってるよ」


「いただいた招待状の通り、フェスティバルの特設会場、ということですわね」


「おススメは、ミスター・トミノの劇場タイトルかな。テレビタイトルも完備してるけど、それだと時間が足りないしね」


超機動合神ちょうきどうがっしんサーガンディオンは、ありますか?」


 五乃ごだいの一言に、鳳澄ほずみを除く全員が、少しだけまゆを動かした。アシュリーが笑う。


「もちろん、と言いたいけれど……残念ながら、知る人ぞ知る幻の作品でね。映像ソフトが流通していないんだ。ぼくもファンクラブの会員として、忸怩じくじたる思いだよ」


「ロス市警にも、ファンクラブの会員とやらが、いるんですかね」


 五乃ごだいが笑い返す。今度はアシュリーが肩をすくめて、なにも答えなかった。



********************



 ほとんど夜通し走行しているようだったが、さすがアメリカンサイズのキャンピングカーだけあって、常設ベッドも展開式のソファベッドもゆったりとして、寝心地が良かった。


 フリーザーの冷凍食品も、タンパク質と油の過剰かじょうを無視すれば、味は悪くなかった。朝は胃もたれして、トーストにコーヒーで充分だった。


「人のエゴは、宇宙を滅ぼすのね……」


「ユニバースって結局、なんだったんでしょう?」


 鳳澄ほずみ三鷹みたかが、いい年齢としをして調子に乗って、かなり遅くまで観ていたシアターセットのレトロ・ジャパンアニメを、りずにまた、いろいろ選択する。


 劇場タイトルをみっちり観ていた昨日と違い、今日はテレビタイトルの第一話だけを、順にながするスタイルのようだ。コーラと、バケツみたいな容器入りのポップコーンまで、しっかり準備していた。


 航空機や戦闘車両からイメージしたのだろう、少年少女が操縦する巨大な人型ロボットが、空に陸に宇宙にと、縦横無尽じゅうおうむじんに活躍している。明るくヒロイックなストーリーから、シリアスな戦争ドラマまで、様々だ。


 五乃ごだいも、昨夜さくやは缶ビール片手に観賞して、子供の頃の興奮を思い出していたが、そろそろ個別認識が怪しくなってきた。小百合さゆり一条いちじょうも似たようなものらしく、三人そろってテーブル席で、三杯目のコーヒーと、小皿のポップコーンを持て余していた。


「幽霊というのも、脳生理学のうせいりがくを掘り下げて行けば、あながち非現実的な現象ではありません。鏑木かぶらぎ博士はかせの、個人意識野遡行再構成機パーソナルタイムマシンは、そのことを間接的に証明しています」


「あれは確か、記憶と潜在意識せんざいいしき干渉かんしょうする機械、とうかがっておりますが」


「はい。我々の記憶や思考、意識も無意識も、脳神経細胞を走る電気信号の組み合わせで成り立っています。そこに外部から照射した信号波で干渉かんしょうし、膨大ぼうだいなパターン解析から感覚信号も再現、ほぼ完全な仮想現実を脳神経内で再構成する、というのが、博士の実践した理論です」


「それじゃあ、まあ……つまり幽霊なんかは、脳神経のノイズってことですかね?」


「そうだ。土壌どじょう鉱物こうぶつが持つ磁気、気象による帯電たいでん、微弱なプラズマ、そういった自然のノイズを脳神経が受信することで、本来、そこにないモノを誤認するわけだ」


「そんなことを言い出したら、そこにあるモノも全部、存在を証明できませんけどね。五感だって最終的には、脳みそが信号処理した結果でしょう」


「哲学的なお話は別の機会にゆずるとしまして、では、ロンドン塔やウィンチェスター邸、全国の霊場などは、そういったノイズが強くなっている場所であると」


推論すいろんですが、脳神経の本来の電気信号を撹乱かくらんするほどのノイズが、常在じょうざいするとも思えません。環境条件、人間側の体質、体調などの複合要因と、記憶や共有認識による補完、それこそ本人の再構成によって、ある程度イメージに沿った幽霊を体感するのは、あり得ることと考えます」


「そうですわね……確かに、歴史上の著名人ちょめいじんの姿や、幽霊の居振いふいに、知識の差やお国柄くにがらが出るというのは、ありそうなことですわね」


「まあ、日本の怪談だけがみょう湿しめっぽいのは、同意しますよ」


 五乃ごだいが、こんな物まで馬鹿みたいに甘い、アメリカ製のポップコーンを一粒、口に放り込んだ。


「つまり、俺たちが八尺やさか芙美花ふみかさんの幽霊を見ることも、あり得るってわけですね」


「映像で観た二十一歳の姿なら、あるいはな。適切な加齢処理かれいしょりをするほど、当人のイメージが明確なわけではない。言動も画一的かくいつてきなものになるだろう」


「脳みそが記憶し続けてかれるとか、思い込みで火傷やけどしたりとか、そういうリスクはどうなんです? プラシーボ効果でしたっけ?」


「ノーシーボ効果だ。そんな繊細せんさい性質たちか、我々が」


 一条いちじょうが鼻を鳴らす。五乃ごだいも、まあ、否定しない。


 一条いちじょうなりに気をつかった、それこそ暗示的なものかも知れないが、こうして論理立てて説明されるとわかった気になってくる。わかるというのは、わからないという不安から、脱却だっきゃくすることだ。いよいよ本気で、ゴーストバスターズをやらされそうだった。

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