4.どうにか元気そうで良かったわ

 女は、アッシュブラウンの髪をふわりと背中に流した、長身の美人だった。


 目鼻立ちも化粧けしょうも濃いめだが、雰囲気で日本人とわかる。白いレザージャケットにスキニーデニム、スモークピンクのスニーカーという格好が、大学生らしいと言えば言えた。


「ハイ、パパ! どうにか元気そうで良かったわ」


鳳澄ほずみ! おまえ……っ?」


「イエース、アイアム! ただいま参上、みんなの身元保証人、一条いちじょう鳳澄ほずみさんよ! 細かい自己紹介は後回し、とにかく釈放しゃくほうだから、ついてきて!」


 どういう勢いなのか、豊かな胸を張ってサムズアップだ。隣の黒人警官が、五乃ごだいより先に肩をすくめた。


 黒人警官と鳳澄ほずみの後に続いて、四人がロサンゼルス市警察本部を出る。もう夜になっていた。


 さっさと鳳澄ほずみが歩いて行く先、ライトに照らされた駐車場に、立派なキャンピングカーがまっていた。運転席が別になっている中型クラスで、ステッカーやスプレーアートもなく、上品な白黒ツートンの外装がピカピカだった。


「荷物はもう積んであるから。全部だと思うけど、一応、確認して」


 鳳澄ほずみがキャビンの扉を開けて、乗り込む。


 黒人警官は見送りの態勢で、まるで丁重ていちょうな囚人護送のようだ。誰ともなくため息をついて、小百合さゆり一条いちじょう三鷹みたか五乃ごだいの順に乗り込んだ。


 キャンピングカーが走り出す。運転手は別にいるようだ。良く見れば運転席との間には、仕切りがある。窓もしっかりふさがれていた。


「いろいろ聞きたいだろうけどさ! 先に、こっちから聞かせてよ! なになになに? パパ、なにやらかしたのよ?」


「父さんと呼べ。なにも、やらかしとらん。おまえが遅れたせいで、空港でケンカに巻き込まれて、このざまだ」


「その前よ。入国からFBIに完全マークなんて、なかなか経験できることじゃないわ! あたしも昨日から指示に従ってるだけで、くわしいことは全然、聞かされてないのよ」


「FBIっ?」


 一条いちじょうの声に、小百合さゆり三鷹みたか五乃ごだいも完全同期した。


 FBI、連邦捜査局はテロ活動や複数の州にまたがる広域事件、強盗事件などを捜査するアメリカの警察組織の一つだ。なんらかの仕込みがあるとは気づいていても、さすがに、スケールの広がり方が尋常じんじょうではなかった。


「不幸な事故のFBI、か……」


「や、やや、やめてくださいよ、五乃ごだいさん!」


「不倫旅行がバレたとか? それにしたって大げさよね! FBIをあごで使うなんて、ママ、何者よ?」


「そんなわけがあるか!」


「『奥さん、離婚ならネバダに行きな。FBIのはデカすぎる』『最高よ。あいつのアソコにブチ込む弾丸タマと、あたしがアソコにブチ込まれるタマ、セットでお願い』なんてね! あははははははっ! ロサンゼルス・ジョークよ!」


 鳳澄ほずみが自分のしもネタに、自分で大笑いする。理解し損ねたらしい小百合さゆり三鷹みたかがポカンとして、五乃ごだい唖然あぜんとし、一条いちじょうが顔を押さえてうつむいた。


「はいはい、はーい。なんか、みんなイメージおかしいけど、呼ばれて出てくるFBIでーす。鳳澄ほずみさん以外は、はじめまして!」


 運転席との仕切りが開いて、男が一人、現れた。運転手は、さらに別にいるようだ。


 こんな空気でよく出てくるな、と五乃ごだいは思ったが、もう突っ込む気力もなかった。


 男は二十代後半ほど、焦茶色こげちゃいろのボサボサ髪にそばかす、体格はそれなりに良くても猫背で眼鏡めがね、サンドブラウンのよれたスーツが野暮やぼったい。演技かも知れないが、ヘラヘラと軽い笑顔だった。


「連邦捜査局、捜査官のアシュリー=アーミティッジです。これ、身分証ね。言わないのも不誠実だから言うけど、も銃も運転席にあるよ。紳士と淑女的レディス・アンド・ジェントルメンに行動してくれると、ぼくとしてはすごく助かるなあ」


「あたしも含めて、善良な日本人よ? この状況で銃を強奪するほど、ワイルドじゃないわ」


 巻き込まれたにせよ、空港で乱闘騒ぎを起こした一条いちじょう三鷹みたか五乃ごだいにしてみれば、少し目が泳ぐ。


 昨日から指示に従っていた、という鳳澄ほずみは、もう顔見知りのつもりなのだろう。アシュリーのそでを気安く引っぱった。


「でもさ、これもめったにない機会なんだから、ちょっとだけ見せてよ! FBIって言ったら、アレでしょ? でっかいリボルバーで、自動車を真正面から吹っ飛ばす、みたいな!」


「それ、どこのFBI? イメージおかしいってば。ぼくたち一応プロなんだから、今時リボルバーなんて使わないよ」


「えー、なんでよ? 銃なんて、手間要てまいらずで長持ちが一番じゃないの。フル勃起ハンマー・コックなだけにね! あははははははっ! ロサンゼルス・ジョークよ!」


「それ、どこのロサンゼルス?」


 鳳澄ほずみの勢いに、アシュリーまでが辟易へきえきとする。今さらだが、流暢りゅうちょうな日本語だった。


 招待客ゲストに配慮した人員配置なのかも知れない。小百合さゆりが言っていたように、なにやら、込み入った事情と思惑おもわくがありそうだ。


 五乃ごだいは、ふと携帯端末けいたいたんまつを見た。ロス市警から走り始めてすぐ、市街地だろうに、電波が入っていない。


「うん。このキャビンは防音ぼうおん電波遮蔽でんぱしゃへいだよ。窓もドアもオートロック、申しわけないけれど出入りの自由もなし。外部情報は、完全にシャットアウトさせてもらってる」


「本当に囚人のようですわね。それにしては待遇たいぐうに、ずいぶんと気をつかわれているように思えますが」


 小百合さゆりが、ソファに姿勢良く座りながら、視線だけをアシュリーに向ける。となり三鷹みたか、向かいのテーブル席に座る一条いちじょう五乃ごだいも、アシュリーを見上げた。

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