9.好きなだけやってくださいよ

 鏑木かぶらぎ博士はかせの最後の教え子だった一条いちじょうはともかく、三鷹みたか五乃ごだいは、博士を特別に知っているということもない。ニュースや教科書に出てくる雲の上の人物で、たまたま職場のトップだった、というだけだ。


 それでも、今この瞬間は、もう違っていた。


「博士はきっと、御自分じゃなくて良かったんです。御自分は小百合さゆりさまのことを、ちゃんと、大切におもっていたから……」


 三鷹みたかが、うつむいていた顔を上げる。


芙美花ふみかさんががんばった三年間を、形にするお手伝いだけをして、それで……いつか誰かが、御自分の代わりにって……可能性を残したかっただけなんです。私、そう思います」


 言葉が、静かに終わる。一条いちじょう五乃ごだいも、沈黙で同意を示した。


 それで充分なはずだった。


「まあ、あたしは細かいところ、わかんないけどさ。たとえ浮気してたって、隠し切ったんならノーカンじゃん! 墓の下まで持ってったんだから、最低限のスジは通したわよ、多分!」


 順に一人づつ発言したせいか、最後に鳳澄ほずみが、余計なコメントをねじ込んだ。


 一条いちじょう三鷹みたか五乃ごだいが頭をかかえた。なんと言っても、博士本人の発明のせいで、墓の直前で情報漏洩じょうほうろうえいした現場の当事者だ。目も当てられないとは、このことだ。


 ついでに、ナバルまで苦笑していた。考えてみれば、八尺やさか芙美花ふみか名義めいぎで招待状が来たこと自体、小百合さゆりがその名前を知っていることが前提の誘導だ。


 五乃ごだいも苦笑する。現実はジョークと違って、しっかりウサギの情報を把握はあくしていたということだ。


 小百合さゆりが、アタッシュケースから五乃ごだい一条いちじょう三鷹みたか鳳澄ほずみへ順に視線を動かして、最後にナバルを見た。


 そして、深く頭を下げた。


「みなさまの、お話……良くわかりました。ミスター・ティンバーレイク、先ほどの無礼を御容赦ごようしゃください」


 頭を下げたまま、一呼吸、をはさむ。


「お心遣こころづかい、頂戴致ちょうだいいいたします。夫に代わって、お礼申し上げます」


「あなたの中の御夫君ごふくんにお伝えください。精神スピリットは、あなた方の武士道ばかりではありません、と」


 ナバルも小百合さゆりに向かって、頭を下げた。


 礼を交わす二人の間、アタッシュケースに重なって、長い黒髪の女性の面影おもかげが頭を下げていた。ように、五乃ごだいには見えた。多分、一条いちじょうにも三鷹みたかにも見えていた。



********************



 帰路きろのキャンピングカーの中では、宣言の通りFBI捜査官のアシュリーが、これまたバケツのようなファミリーパックのアイスクリームに直接スプーンを突っ込みながらアニメ鑑賞に加わっていた。


「わかってない! わかってないよ! クリスマスの夜に小学校エレメンタリーの子供を一人にするなんて、アメリカじゃあり得ない育児放棄ネグレクトだよ! 心的外傷トラウマだよ!」


「でも、十一歳の時はプレゼントもらったんでしょ? そこで一回リセットしても良いじゃない! 包容力の真逆まぎゃくじゃないの! 主人公のお母さんもお姉さんも、どんだけチョロいのよ?」


 鳳澄ほずみが、同じレベルで盛り上がっている。いい年齢としをして、とは、五乃ごだいはもう思わなかった。


 テーブル席に置いたアタッシュケースを、小百合さゆりが見つめている。


 おもいに、年齢としは関係ない。強ければこじれて、迷うこともあるだろう。それでも結び合い、はぐくみ、言葉がなくとも交わし続けられる関係が人生の先にあるのなら、捨てたものでもない。


 穏やかな表情の小百合さゆりを横目に、がらになく、五乃ごだいはそう考えていた。


「理事長。つかぬことを、おうかがいしますが……」


「あ、あの……それ、どうなさるおつもりですか……?」


 一条いちじょう三鷹みたかが、テーブル席を恐々きょうきょうとのぞき見る。小百合さゆりが、小首こくびかしげた。


「どう、とは、いかがな意味でしょう?」


「そりゃあ、まあ……そうですね。太平洋と日本海にバラバラにらすとか、ぶたえさに混ぜて食わせるとか?」


「私をなんだと思っているのですか。心外ですね」


 五乃ごだいの、ジョークにもなっていない軽口に、小百合さゆりが苦笑する。


「夫の墓の……となりに、ほうむって差し上げたいと思います」


 二〇二二年から二〇七四年までの、五十二年を超えた再会、ということになるのだろうか。


 死者はなにも言わず、なにも望まないと、ナバルは言っていた。生きている者の記憶が死者を形作かたちづくるのなら、自分達が垣間見かいまみた、あの夏の日の二人なら、きっと心から喜び合ってくれるだろう。


「夫が、大切におもっていたかたですもの。それくらいは当然です」


「理事長……」


小百合さゆりさま……」


「もちろん、私は夫と同じ墓に入って、見せつけてやりますが」


 ふん、と鼻息を吹く小百合さゆりに、一条いちじょう三鷹みたかが肩を落とす。


「究極のマウンティングですな……」


「お、大人げないにも、ほどがありますよ……」


「いやホント、好きなだけやってくださいよ、もう」


 二人を尻目に、五乃ごだいは笑って、フリーザーから缶ビールを取り出した。飲もうとしたところで、小百合さゆりと目が合う。苦笑を返して、小百合さゆりに缶ビールを手渡した。


 ちょうどタイミングが良かったのか悪かったのか、五乃ごだいは同じ動作を、全員分、繰り返すハメになった。ようやく自分の缶ビールを開けて、なんとなく、みんなそろって乾杯する。


 相変わらずキャンピングカーの窓はふさがれていて、外は見えない。往路おうろの時間から計算すれば、降りる時は、また夕方だ。


 運んでいる物が物だけに、そのままフライトに直行だが、また空港ラウンジで西海岸の秋の夕暮れと洒落込しゃれこむのも良いだろう。


 長いような短いようなアメリカの旅に、それは相応ふさわしいエンドロールだと、五乃ごだいには思えた。



〜 秋の夕暮れと超機動合神サーガンディオン 完 〜



<後書き>

ちょっとおかしなSF、アメリカン・ロードムービーっぽい続編です。

読んでいただいた皆さま、ありがとうございます!


メインキャラの平均年齢も上がる一方、アクション・セクシー・サスペンスといったキャッチーな要素はほぼゼロ、という今回。

開き直って、書きたいものをノリノリで書けました!

楽しんでいただけましたら、是非、他の作品ものぞいてみてください!

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