3.なんか言ってやってくださいよ


 う全員、肉食人種の国らしく縦か横に大きい体格をしているが、それでも目立つガタイの良い男を三人引き連れて、三鷹みたかが戻ってきた。


 派手なカップのフローズンヨーグルトをかかえて、困惑顔こんわくがおだ。


 男たちは、旅行客には見えないラフな格好で、肌は似たような日焼け色、金髪、赤毛、黒髪と、頭だけ個性的だった。日本人から見れば腹立たしいほどのマッチョぶりとジェスチャーで、陽気な大声をはり上げている。


「ちょっと、三鷹先生みたかせんせい……ペースが早すぎます。せめて、ホテルのチェックインをませてからにしてくださいよ」


「ごごご、五乃ごだいさん! そんなわけないじゃないですか! た、助けてください、なんか言ってやってくださいよ! この人たち、しつこくて……っ!」


「ええ? 俺、先生たちほど、英語は得意じゃないですよ……ええと……」


 この顔ぶれで助けを求められて、自分が出ていかないわけにもいかない。五乃ごだいはため息をついて、学生時代の教科書と単語帳を、頭の中でめくった。


 携帯端末けいたいたんまつ自動翻訳機能じどうほんやくきのうもあるが、こういう場合、正確さより声の調子と丁寧ていねいな態度が重要になる。


Who are youおまえら誰だ? Please do other one他のモノでお済ましください, sir坊ちゃん. Do you understand言ってること理解できるか?」


「なっ……なにいきなり、どえらいケンカ売ってんですかっ? 五乃ごだいさんこそ、ペース早すぎますよっ!」


「ええ? なんか、まずかったですか? 今の英文……」


 三鷹みたかが頭をかかえるのと、金髪の男が五乃ごだいに殴りかかるのが、ほとんど同時だった。


 とっさに顔面をかばった腕ごと殴られて、五乃ごだいが、きテーブルを巻き込んで転がった。他の客が、Oh-hoおっとと、とか、Jeezやれやれ、とか、余裕のあるコメントつきで逃げた。


 一条いちじょうがなにか怒鳴どなって立ち上がり、三鷹みたかが、だいぶ遅れて悲鳴を上げた。


 気絶していれば楽だったのに、と思わないでもなかったが、仕方ない、五乃ごだいも立ち上がって金髪男に殴りかかった。


 場慣ばなれしていれば、椅子いすでも持って振り回したのだろうが、まっ正直にやられたことをやり返してしまうのが素人しろうとの悲しさだ。


 ボクシングなら三階級は上のマッチョな金髪男に、殴ろうとした右腕をあっさりはじかれる。そのまま、相手の右腕に胸ぐらをつかまれた。


 思わず、また同じように、自分の左腕で胸ぐらをつかみ返した。五乃ごだい左肘ひだりひじが、相手の右肘みぎひじを内側から開く格好になり、金髪男が前のめりになる。その高い鼻っぱしらに、これ幸いと頭突きした。


 もんどりうって一緒に倒れる間際まぎわ一条いちじょうと赤毛の男が柔道の試合のように取っ組み合っているのと、ちゃっかり小百合さゆり歩行杖ほこうづえ拝借はいしゃくして黒髪男にぶん回す三鷹みたかが見えた。もう滅茶苦茶だ。


 どれだけそうしていたのか、空港のセキュリティらしい連中が、これまた大声で割り込んできた。Freeze動くな!くらいは、五乃ごだいにも聞き取れた。



********************



 ロサンゼルス市警察本部の留置所りゅうちじょは、壁が白く、見た限りなら清潔だった。


 それはそれとして、一房いちぼう小百合さゆり一条いちじょう三鷹みたか五乃ごだいの四人がまとめて放り込まれていた。アメリカンサイズなだけあって、せまくはないが、大雑把おおざっぱもいいところだ。


「どうも、みょうだな。こんなところに入るのは初めてだが……せめて、男女は別にするもんじゃないのか?」


「さあ。東洋人の一括ひとくくりで、家族にでも思われたんじゃないですかね」


 一条いちじょうのしかつめらしい顔に、五乃ごだいが肩をすくめた。五乃ごだいの顔の方は、青やら赤やら、あざだらけだ。三鷹みたかが水道でらしたハンカチをあてて、ちぢこまるようにうつむいていた。


「あうう……すみません、みなさん……。なんだか、大変な御迷惑をおかけして……」


「別に、三鷹先生みたかせんせいのせいじゃないですよ。落ち着いててください。俺も一条先生いちじょうせんせいも、大した怪我けがはしてないはずです」


 五乃ごだいの指摘に、一条いちじょううなずいた。


 少なくとも五乃ごだいは、ケンカ自慢のヤンチャ少年などではない。あんな大立ち回りが、できた時点でおかしかったのだ。


 相手の男たちは、わざと粗暴そぼうな声や態度で、乱闘を演出していた。実際は、最初に五乃ごだいが殴られた時も、手を当てて押された感じに近い。やられたり、やり返したりを、今から思えば上手うまくコントロールされていた。


「この状況も含めて、先方せんぽう思惑おもわくの内、ということでしょうか」


 小百合さゆりが、端然たんぜんと正座したまま、いぶかしげな声を出す。


迂遠うえんな印象を受けますね。なんと言いますか……ピストルを出して、ヘイ、ジャップ、ホールドアップ! でむでしょうに」


「な、情け無用ファイア、ですよね」


「理事長さんも三鷹先生みたかせんせいも、イメージかたよりすぎですよ。法治国家ですからね、ここも一応」


 五乃ごだいが、また肩をすくめた。


「まあ、クマにもウサギとかせるロサンゼルス市警ですから、この先どうなるかまではわかりませんが」


「なんだ、それは?」


 軽口に、一条いちじょうが反応する。言外げんがいに、余計な不安をあおるな、というニュアンスを感じたが、五乃ごだいは無視した。このおよんで、神妙しんみょうにしている意味もないだろう。


「ポピュラーなジョークですよ。ある時、大統領がウサギを森に放して、CIA、FBI、ロス市警に逮捕時間をきそわせるんです。まずはCIAが、森にスパイを派遣はけんして、ありとあらゆる動物から目撃情報を集めました。そして三ヶ月の捜査の末、森にウサギはいない、と結論づけました」


「逮捕できてないじゃないか」


「次にFBIは、二週間の捜査で手がかりを得られず、森に放火して動物を皆殺しにしました。そして、ウサギはいたかも知れないが、不幸な事故で捜査は終了した、と報告しました」


「あ、あれ? 法治国家なんですよね、ここ?」


 一条いちじょう三鷹みたかの突っ込みに、五乃ごだいが、三度目の肩をすくめた。


「最後のロス市警は、一時間で、ボコボコに殴られたクマを逮捕してきました。クマは、もう勘弁かんべんしてくれ、わかった、俺がウサギだ、と自白しました」


「……なるほど。ジョークでまない気がする程度には、良くできたジョークですわね」


 小百合さゆり一条いちじょう三鷹みたかが顔を見合わせる。五乃ごだいもまったく同感だ。不幸なクマに感情移入する身としては、どうも、思った以上に面倒な状況へ巻き込まれたことに、迂遠うえんな皮肉も言いたくなるというものだった。


 一人で顔をそむけて、五乃ごだい留置所りゅうちじょの入口を見やると、示し合わせたように扉が開いた。現れたのは黒人の制服警官と、もう一人、若い女だった。

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