2.開き直るのが早いな

 三鷹みたかにつられたのか、小百合さゆりも優雅にシャンパンを飲みながら、少し興味を引かれた顔になる。


「わたくしはあまり存じませんが、怪談など、古今東西で娯楽化ごらくかしていますでしょう。同じようなものではないのですか?」


「全然違いますよ! ほら、パンフ見てください! 機動戦士とか新世紀とか、魔法少女とか勇者とか、そういうやつですよ!」


「巻き込んでおいてなんだが……三鷹みたか、おまえ、開き直るのが早いな」


三鷹先生みたかせんせい、そういうところありますよね……」


「えへへ。実は、ちょっとオタクなんです。お兄ちゃんがロボットアニメ好きで、子供の頃、よく邪魔しながら一緒に観てたんですよ。オモチャなんかもいっぱいあって……まあ、遊んでいるうちに大体、私が壊しちゃいましたけど」


「ひどい話だな」


「ですね」


「そんなことないですよー。お兄ちゃん、優しいし。私けっこう、ブラコン入ってるんですよ」


「……妹がそこまで素直すなおに言えるということは、兄が、相当のを飲まされてるぞ」


「お兄ちゃんなんだから我慢しなさい、が必殺パターンですよね……」


 男二人、ビールでピーナッツをつまみながら、なんとなく肩を落とす。


「まあ、ムービーだかアニメだかはいざ知らず、この時代に幽霊もないだろう。博士の、なんらかの情報を持っている相手からの誘いだ。我々が行って確かめるしかあるまい。ロサンゼルス国際空港で娘も合流して、案内してもらう段取りになっている」


「それも、少し気になったんですよね……たかが娯楽ごらくイベントで、身元保証人なんて、普通はりませんよ。胡散臭うさんくさいったらありゃしないです、ホント」


「そうですわね。超機動ちょうきどう……合神がっしん? サーガンディオンなる作品は、パンフレットにも記載されていないようですし」


「あ、やっぱりそうですよね? 恥ずかしながら、私の記憶にもないんですよ、そんなタイトルのアニメ!」


「理事長……」


三鷹先生みたかせんせいも……そこ、今さら気にすることですか?」


 意外と似たような雰囲気で盛り上がる小百合さゆり三鷹みたかに、一条いちじょう五乃ごだいが顔を見合わせて、ため息をついた。



********************



 成田からロサンゼルス国際空港まで、おおよそ十時間の夜空の旅だ。


 旅客機の技術はそれなりの進歩を続けていたが、音速を超えると燃料コストパフォーマンスがいちじるしく悪化するため、飛行時間の短縮は頭打あたまうちだった。


 その分、快適な準個室空間じゅんこしつくうかんと寝心地の良いリクライニング、豪華な機内食を堪能たんのうして、翌月曜日の昼前、あずれの荷物も受け取って、到着ロビーに四人が顔をそろえた。


 小百合さゆり三鷹みたか五乃ごだいの視線が一条いちじょうに集まる。ロビーに往来おうらいする人々をながめ回して、一条いちじょうが首をひねった。


「娘は……いませんね。申しわけありません、メッセージは既読きどくになっているのですが」


「構いませんよ。お待ちしましょう」


「じゃあ、あそこのカフェにでも行きますか」


「あ、みなさん、先に行っててください。私、ロス空港名物のフローズンヨーグルト買ってきます!」 


「食いまくりですね、三鷹先生みたかせんせい……」


「旅行のカロリーは別腹べつばらなんですよ! 五乃ごだいさん、私のスーツケース、お願いしますね!」


 医学的根拠いがくてきこんきょのカケラもない台詞せりふを残して、三鷹みたかが犬のように走っていく。迷子が心配になる勢いだった。


 仕方なく、三鷹みたかのスーツケースも一緒に引きずりながら、五乃ごだい一条いちじょう小百合さゆりの三人でカフェに足を運んだ。客席がロビーの通路に開放されていて、一条いちじょうの娘がくれば、向こうからもこちらからもわかるだろう。


 初対面の若い女性、しかも時間差のある写真から本人を特定する自信が五乃ごだいにはなかったので、その辺は一条いちじょうに丸投げしていた。当の一条いちじょうは、何度か通話をかけているが、つながらないようだった。


 ふと、小百合さゆりを見る。


 これだけ年配ねんぱいの御婦人となると、表情から内心をうかがうなど、まして五乃ごだいには無理だった。


「毒を食らわば皿まで、じゃないですけど……もう、率直そっちょくに聞きたいです。理事長さんは、八尺やさか芙美花ふみかさんをどうしたいんです?」


 五乃ごだいの投げやりな質問に、小百合さゆり小首こくびかしげた。


「どう、と言われましても……すでにくなられているおかたですし。まあ、多少のえんを持った身としましては、お名前を詐称さしょうする相手に、いささか穏やかでない気持ちはありますね」


えんだなんて、大層なもんじゃないでしょう」


五乃ごだい


 一条いちじょう渋面じゅうめんを、五乃ごだいは無視した。


鏑木かぶらぎ博士はかせの十八歳までの幼馴染おさななじみなら、理事長さんは、その倍以上の時間を御夫婦として過ごされてますよね。お子さんもいらっしゃるし、少なくとも外から見聞きした限りでは、家庭円満のお手本です。だったらそんな女、たかが思い出の、初恋エピソードじゃないですか」


「お話は、良くわかります」


「金持ちケンカせず、鼻で笑ってスルーしますよね、普通。年寄りになると、心もせまくなるんですかね」


 五乃ごだいの頭を、一条いちじょうの、今度はゲンコツがぶっ叩いた。


「……っってー! 今、出張の扱いですよね? 業務上の暴力はハラスメントになりますよ、もう!」


「教育的指導だ、馬鹿もん。目上の人間に対する、口のきき方ってやつをだな……」


 さすが組織人が長いだけあって、良いタイミングでうやむやにする。


 一条いちじょうの、小芝居こしばいみたいな説教を聞き流しながら、五乃ごだいは通路に目を流した。立ち入りすぎたことを反省する。


 結局は赤の他人の年寄りの、家庭内騒動だ。適当に距離を置いて、年寄りの気がむまで、年寄りの金銭かねで、遊び半分につき合えば良いだけだ。ムキになる理由なんて、ないじゃないか。


 そう思い直していると、通路を、なんだか騒がしい声が近づいてきた。

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