第19話 空白の五年間②
シノリアが治療を受けていた場所は、ここからそう遠くない小さな医院だった。治療と言っても、この世界では魔法による治療が主流になっているため、大抵のケガや裂傷などの外傷はすぐに元通りになる。
それ以外の内臓系や脳などに異常がある場合は、更に高度な魔法でないと手の施しようがないため、王都まで出向く必要があったのだが、幸いにもシノリアはこれに該当しなかった。
オルカさんに教えてもらった医院に着いた俺は、受付の人に名前を言うと、すでに話が通してあったのか、すんなりとシノリアがいる病室へ案内してもらえた。
それなりに年季の入ったこじんまりとした三階建ての木造建築で、廊下の床は埃が目立っている。衛生的にこれはどうなんだ、と首を捻りたくもなるが、そもそもが魔法ありきの治療なのでそういう心配はあまりないのかもしれない。
シノリアは、二回奥の個室を与えられていた。俺はここまで案内してくれた女性にお礼を言うと、軽く扉をノックし返事を待たずして扉を押して中に入った。
「ディラン……」
てっきり眠っているのかと思って勝手に入った俺は、少々面食らう。シノリアは上半身だけを起こして布団を膝の上に持ったまま、虚ろ気な瞳で俺を見据えていた。
「怪我の具合はどう? あらかた治療は終わってるって聞いてるけど」
「平気よ。たぶん明日には帰れるって」
「そっか……それはよかった」
……何もない時間が流れる。
俺がここに来たのは、シノリアに先生達のことを伝えるためだ。全く、あの大男は子供にとんでもないお使いをさせやがって……。
「シノリア、今から俺が話すことを落ち着いて聞いてほしい――」
ようやく意を決して口を開いた俺が話している間、シノリアは俺の方に目をやることなく、ずっと窓から見える外の景色を眺めていた。
シノリアがどのような表情を浮かべていたのか、俺には分からない。けど何となくだけど、俺の言葉には耳を傾けているような気がした。
「――それで、私たちはこれからどうなるの?」
ようやくシノリアがこっちを見てくれた。けど相変わらず声に覇気がなく、目に宿る光がか細い。
……無理もない。俺だってかなり精神的に参っているんだ。魔法が使えると言ってもまだ精神的には小学生と同じ。家族が殺されてそう易々と立ち直れるわけがない。
「とりあえず、しばらくはさっき言ったオルガさんって人が俺たちの面倒を見てくれると思う。一緒に住むとかじゃなくて、食料やお金を送ってくれるって」
その話はさっきオルガさんと少ししていた。詳しいことはシノリアと一緒に、とのことだったが何でも先生はけっこう資産を持っていたらしく、それが俺たちの生活費として賄われることになりそうなのだ。
生活自体は今までとそんなに変わらない。人が減ったこと以外には……。
「あとちょくちょくオルガさんの仕事を手伝うことになると思う。別に戦ったりとかそういうのはないらしいけど、国家魔法使いと人たちといれば魔法の修業にもなるだろ、って」
「……そう。ディランは大丈夫だった? あいつらと戦って怪我とかは……」
「……目立った傷とかは特に……俺がリアーで倒れてすぐに助けが来てくれたから」
その後もポツリ、ポツリとお互い初対面の人と会話をするかのような微妙な距離感を隔てたままの報告を終え、俺は病室を後にした。
***
家に戻った俺は、ベッドに横になりこれからのことを考える。
まずは受け入れなくてはならない。先生、ゼロ、ミラとはもう二度と会えないということを。
本当ならば、先生に協力してもらいながら元の世界に戻る術を模索し、それと並行して、いるかどうかも不確かな楓を探しながら生活する――というのが、俺の中のプランだった。
だがしかし。問題は元の世界に帰るどころか、明日からどうやって過ごそうかに変わった。
――シノリアの面倒を見なくてはいけない。
ちょっとつついただけで、バラバラに崩れてしまいそうなあの華奢な少女を放っておくなんて誰ができようか。
シノリアの心のケアを優先し、俺はその間もっとこの世界について知識をつける。
最悪ここで人生を終えるというのも、覚悟しておく必要もあるのだ。そしてシノリアがこれ以上傷つかないように、俺自身がもっと強くならなければいけない。
オルガさんにお願いし、魔法の修業をつけてもらおう。
これからシノリアと二人で生きていくにあたって、俺たちはあまりにも無力すぎる。
だからこそ、力をつけなければ。いくら口が回っても、財産を有していても、ここではそんなもの何の役にも立たない。指先ひとつで全てを灰に帰すことだってできるのだ。
――そして三日後。
シノリアは無事に退院することがき、俺たち二人は新たな生活を送ることとなる。
ずっと片想いだった幼なじみに告白されて舞い上がっていたら、なぜか異世界に転生してしまいました。 西木宗弥 @re__05
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