第18話 空白の五年間①


                      

***


 


結論から言うと、『リアー』よって意識を失った俺はそのまま殺されることはなく、そして連れ去られることもなかった。




 屋敷が燃えているのを見つけて、駆けつけてきた『国家魔法使い』とやらに助けられたのだ。




魔法を悪用する者を取り締まる、要は警察のようなものらしい。彼らが来たときには、もうすでにリュウ達は姿を消していた。




 シノリアは、俺が予想していた通り、火元でもあった屋敷の中心ではなく端の離れた所にいたため、火傷によって腫れた肌も跡が残らず、咄嗟の判断で自身を水の膜で覆ったことで煙を大きく吸い込むことはなかった。




 俺が目覚めたのは、それからほぼ丸一日が経った翌日の朝だった。シノリアと違い、外傷が見受けられなかった俺は早々に家に戻された。というのも、先生は何やら国家魔法使いの偉い人と顔見知りのようで、治療が必要なシノリアはそのまま任せたらしい。











 ということを目覚めた後に先生から聞かされた。





 野暮用――それが何なのかは分からずじまいだったが――起き上がった俺を何も言わずに抱きしめてくれた温かい感触は今でも残っている。




 俺は先生に全てを話した。




 先生のプレゼントのために屋敷を訪れ、謎の敵に襲われる。奇跡的に記憶していたラベルギン王国という国名を口にしたときに、やや眉をひそめた先生だったけど、自国ではない者だったということに驚いたのだろう。




 俺はこの世界のことのことをほとんど知らず、先生も詳しくは俺に説明してくれなかった。




 俺がいるのはレフィーア王国、少年であったディランの記憶をまさぐっても、国家間の政治情勢や力関係に関する知識は残念なことに一切有していなかった。




 先生はそれから、シノリアは無事だということを教えてくれた。それだけだった。




 ゼロとミラは――?




 俺はそのことを先生に訊かなかった。いや、訊けなかった。




 先生がシノリアの容態だけ俺に伝えたということは、きっとそういうことなのだろう。




 直接それを耳にすることによって現実を受け入れるのが、俺には怖くてできなかったのだ。






「先生……俺……ごめ――」




「一人でよく頑張ったなケイスケ。後のことは私に任せて、お前は寝て回復に努めろ」




 俺の選択が正しかったのかは分からない。もしどこかで違う行動をしていれば、もしかしたら今とは違う結果になっていたかもしれない。




 全ては結果論だけど、どうしても想像してしまう。


 














 ――俺が先生と言葉を交わしたのは、それが最後だった。
















 思ったより心身ともに憔悴しきっていたのか、あるいは先生が傍にいてくれるという安心感からか、再び眠りについた俺は、特に悪夢にうなされるということもなく、深い眠りに陥っていた。




 半日以上眠っていただろうか。一階にあるソファーに寝かされていた俺は、ドンドンと突き破る勢いで扉を叩くノック音に頭を押さえながら起きた。




 非常に不愉快な目覚めに、いら立ちを覚えながらも訪問者を確認するため扉を開ける。




 先生ではないということは予想がついていたけれど、それ以外は全て俺が想像だにしていなかった事実をぶら下げていた。




 訊ねてきたのは、薄い青色の装束に身を包んだ、大男だった。



大男といっても、この身体から見上げたらそう見えただけだけど、それでも服の上からでもよく分かるプロレスラーのような屈強な肉体に、気圧されてしまったのも事実。





「君はディラン・ラーシュ君だね。俺はエフリーナの知り合いのカリオと言う」




 見た目相応のくぐもった低い声に、俺はただ小さく頷いてみせる。圧迫感がすごかった。




 恐らく先生と同い年ぐらいのおじさんから語られた内容を要約すると、こんな感じだった。


 






 先生は俺を寝かした後、単身でラベルギン王国に乗り込んだ。




 目的は間違いなく、この世を去ったゼロとミラの復讐。そこで俺は初めて、二人の死を現実であると知ることになった。




 ラベルギン王国の黒ローブ集団というのは、そこそこ有名な集団らしく一言で言うと荒くれ者の集まりらしい。




それがラベルギン王国政府と太い繋がりがあるかは分からないけれど、魔法による誘拐や窃盗、そして殺人を見て見ぬふりをしているのは確かだそうだ。




 この集団の存在自体が、ラベルギン王国からすれば他の国を牽制するいい壁になってくれているらしい。




 俺の言葉から敵の目星がついた先生は、一人で敵を討とうとしたわけだけど、聞けば相手は数十人規模の大所帯。




リュウを含めた幹部クラスの戦闘能力は極めて高く、一人でどうこうできるような相手ならとっくに自分たちがやっていると、オルカさんは息を吐いた。




 それを踏まえてオルカさんが俺に告げたのは大きく分けて三つ。




 一つ目は、経緯はどうあれ、オルカさん要する国家直属の部隊が動いたとなれば、それが大きな戦争の引き金になる恐れがあるため手出しはできず、先生が帰って来られる見込みはほぼないということ。




 二つ目、今回の件は偉い大人たちの事情で、これ以上互いに報復はしないという具合に終わる可能性が高いということ。まあなんとなく言いたいことは理解できる。




 そして最後に、これらのことをシノリアに、俺の口から伝えてほしいと頼まれた。





 その返事をする前に、俺には確かめたいことがあった。





「……先生は死んだと思いますか?」





 オルカさんは口を少し開けたかと思うと、そのまま逡巡するように目を伏せた後、弱々しく首を振って答えた。





「あいつは昔からふざけた女だったが、腐っても第二等魔法使いであいつの実力も俺はよく知っている。けど今回ばかりはさすがに無謀すぎる。それは自分も分かっていたはずなのになぜそのような奇行に走ったのか……奴らの中には、少なくとも三人の第二等魔法使いがいるという。一対一ならともかくそれ以上は…………」




 第二等魔法使いというのが、この世界においてどういう位置づけになっているのかは分からないが、来たときはライオンのような威圧感を放っていたオルカさんが、今ではウサギに見える。




 多分先生とは付き合いも長かったのだろう。




 俺は最後の件を了承してオルカさんが帰っていくのを見送った後も、一人玄関で立ち尽くしていた。








 

 ――人って簡単に死ぬもんなんだな。


 







 この一日を通して、そんな小学生の感想文並みのありきたりな結論でしか締めくくれない自分に嫌気がさした。


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