俺たちの夏休み 前編

 セントズワインド学院がある王都タリスを出て、カルティエ村へ戻る道すがら。乾いた横風に吹かれるノーラの顔は、かたく強張っていた。

 「ねぇノーラ。気持ちは分かるけど、無理はしない方がいいんじゃ」

 「無理じゃない。そりゃあ緊張していないかと言われたら嘘になるが……強くなると決めた以上、賢者に貰ったこの機会は絶対無駄に出来ないからな」

 強気な口調とは裏腹に、右手右足が一緒に出ている。


 あまり見ないノーラの姿にハラハラしていると、

 「「ドーン!」」

 背中に何かが激突して、悪びれない顔をした双子がひょっこりと顔を出した。

 「ヨッ! 同郷人、一緒に帰ろうぜ」

 「サッサと二人で帰えるなよ。寂しくて泣いちゃうだろー」

 冗談混じりに涙を拭ってみせる。そんな双子を見るノーラの目はどんどん冷気を帯びていった。

 「え!? ローゼス無視!?」

 「……気持ち悪い。お前たちの友達ごっこに私を巻き込むな」

 「そんな冷たい事言うなよぅ。一緒に罰則受けた仲だろー」

 「お前たちが勝手にお節介を焼いて、勝手に巻き込まれて来て、仕方なく私は一緒に罰則を受けただけだ」

 さっきまでロボットみたいな動きだったのに、足早になったノーラはあっと言う間に遠く小さくなっていく。置いていかれた俺と、

 「なぁ、ローゼス。お前、何でこっちに来てんの?」

 遅れて合流したクリフは、めげずにノーラを追いかけて行く双子を見て呆れた息を吐いた。


 「家あっちだろ? おーいローゼス。ローゼスさーん。聞こえてますかー?」

 まるで一人で居るような態でノーラは歩いて行く。

 「ローゼース」

 「おーーーい」

 「…」

 「ローゼスさーん」

 そしてこの双子、なかなか折れない。放っておいたらどこまでも歩いて行ってしまいそうな三人に、見兼ねた俺は声を掛けた。

 「ジャック、ダニエル! ノーラは今日からしばらく俺の家に来るん……」

 

 双子が怖しい速さで俺を見た。

 「だよ」


 途端に、忍者さながらの動きで俺の両腕を掴むと、木陰に引きずり込んでくる。

 「わ、ちょ、なに」

 「………なんでローゼスがお前ン家に泊まるんだよ!!!」

 「なんで、って」

 「見ろよクリフを!」

 三人揃って木陰から覗いたクリフの顔は、いつも通りの仏頂面だ。

 「分かるだろ!?」

 「分かんないよ」

 「だから!! もう!!! 鈍い奴だな!!! 〜〜〜きなんだよ!!!」

 「何?」

 「クリフは好きなんだよ!!!」

 意を決したように俺の肩を掴んだ双子は、辛うじて聞こえるような声で叫んだ。

 「クリフは、ローゼスの事が好きなの!!!!!」


 クリフ ハ ローゼス ノ コト ガ スキ ナノ。


 「…………いやいや」

 一度横に振り出した首は止まらない。

 「いやいやいやいやいやいや、クリフがノーラを好きだなんて、そんな」

 言いながらも、ここ数ヶ月が頭を過ぎった。

 「そんなわけ」 

 ………見えなくもない。

 言われてみればノーラが無鉄砲だったとは言え、心配も護衛もあきらかに過剰だった。マリア・ロロの箱庭に行く時だって、本来ならクリフは待機組でも十分だったはず。

 なのに。


 『僕も……騎士として、どうしてボレロ公が殺されなければなかなかったのかは…知っておきたいからな』


 だけど俺だって思い付かないくらいだ、ノーラなんて一生かけてもその結論にはたどり着かないだろう。


 身から出た錆とはまさにこの事。


 あのクリフが。このクリフが。ノーラを好き?


 開いた口が塞がらない俺と、詰め寄っている双子。そんな俺たち三人の頭上に影がさしかかると、

 「何してんだいナツキ。 道草かい?」

 頭まですっぽりローブを羽織った人が立っていた。買い物帰りらしく、手一杯に野菜や果物を抱えている。

 「まさかカツアゲじゃないだろうね」

 そこから出てくる聞き覚えのある声。俺は目を剥いた。

 「ばあちゃん!? 何でこんな所に!?」

 「買い出しさ。初日くらいはじいさんの弟子に、慣れ親しんだ料理を出してやろうと思ってね」

 「…買い出しって…」

 途端に生きた心地がしなくなる。挙動不審に辺りを見回す俺を、祖母は軽く笑い飛ばした。

 「誰も気付きやしないよ! どうせ取り続ける歳さ、たまには有効利用してやらないとね。……それにしたって」

 顎しか見えない顔が、ついとジャックとダニエルを向いた。

 「……カツアゲじゃないよ……友達だからね」

 「そりゃ安心」

 笑って、祖母は小突くように双子の背中を叩く。

 「家の子はちょっと不器用な所があるけど、根が良い子なんだ。仲良くしておくれ」


 怪訝な顔をしてこちらを見ていたノーラは、漏れ聞こえてくる端々で祖母だと察したらしい。途端にギクシャク歩きに戻ったノーラがピッタリ直角に腰を曲げた。

 「ノーラ・ローゼスです!! お世話になります!!!」

 「こちらこそよろしく」

 差し出された手を取ろうとして、思い至ったようにノーラは服で手を拭う。

 「じいさんはああ見えて教え上手だからね、安心するといい」

 「頑張ります」

 「――夏樹、こっちの子も友達かい?」

 「うん!」

 「ほぅ、夏樹にたくさん友達が出来るのは嬉しいねぇ。……どれ、うちの子をよろしく」

 呆けたように祖母の手を眺めていたクリフは、ややあってぎこちなく握り返した。


 が、


 突然何かに驚いたような顔をして祖母の手を跳ね除ける。びっくりする俺たちを他所に、にんまり祖母は笑った。

 「なかなか良い物を持ってるじゃないか。どうだい、ちょっと寿命は縮むかもしれないが、ばあさんの弟子になってみないか」

 「何言ってるのさ、ばあちゃん!?」

 「だって夏樹、あのじいさんが弟子を取るって言うじゃないか。寂しいだろ? その点この坊やも、磨けばそこそこ良い腕になるんじゃないかと思うけどね」

 クリフは手をさすりながら、祖母を睨め付けている。

 「……今のは何だ? どうやった」

 「ちょっとばかり生命力をイジったんだよ。……ま、気付いたのはアンタだけだったけどね」

 ジャックとダニエル、ノーラが身体を見回すのを、クリフは横目に見る。

 「最悪素手でも十分戦える。例え相手が鎧を着ていようと、ね」

 「…」

 しばらく自分の手の平に目を落としたまま。

 「……」

 「………クリフだ。クリフ・カルティエ」

 やがてその手を差し出したクリフに、今度は祖母が手を取り返した。

 「なんだアンタ、エレノアの子かい」

 「母を知ってるのか?」

 「こんな小さい頃からね。……ならこう伝えるといい、アンタから家を借りてるばあさんが鍛えてくれるってさ。彼女なら、それで全部分かるはずだよ」

 「――頼めるか? ジャック、ダニエル」

 「ああ」

 「いいけど……」

 「それでいいの? 俺がここで待ってるからさ、一度家に帰って来たら?」

 クリフは首を横にした。

 「母は病気がちでほとんど部屋から出て来ないし、父は家に居る事の方が少ないんだ。最悪、食事がいらない事が使用人たちに伝わればそれでいい」

 思わず。続くはずだった言葉を飲み込んだ俺の隣で、双子はそっくりの顔を見合わせた。パッと花が咲くような声を上げる。

 「おいおい抜け駆けクリフ、修行の成果を見せるなら、まずはオレ達だからなぁ!」

 「教えられそうな事は覚えておいてくれよー」

 おまけと言わんばかりに、遠慮ない力で背中を押されたクリフは綻ぶようにして微笑んだ。

 「任せろ。――お前らこそ鍛錬をサボるなよ。遠慮せず置いていくからな」

 「ハハッ」

 「ヒデー!」



 大きく手を振るジャック、ダニエルと別れて、クリフとノーラは固唾を飲んでいる。

 「…ジャックとダニエルですら、まだマトモな所に住んでるぞ」

 「分かる。ここを見るとそう思うよね。………ただいまー! じいちゃん」

 傾いたドアを開けると途端に広がる日本家屋。平家建てに、ノーラの目が右から左へ、左から右へ忙しなく動いた。

 「おかえり、ナツキ」

 「じいちゃん!」

 声を聞いただけでノーラが背筋を伸ばす。顔を見ようものなら、そのままカチンコチンに凍ってしまったノーラから、クリフへと目を移した祖父は眉を浮かせた。

 「いつぞやのガキか」

 「おや、アンタは会った事があったのかい。なかなか勘が良くてね、拾って来たんだ。アンタだけに弟子が出来るなんて悔しいだろう?」

 「弟子ねぇ」

 祖父がスッと顔に手を翳すと、流れるように黒髪が落ちてくる。

 「弟子入りするには、儂のこの姿を前にして動ける事。話はそれからじゃ」

 それと同時、ノーラは腰が砕けたようにへたり込んだ。状況を飲み込めないクリフが、ノーラと祖父を見る。その肩を叩きながら、祖母はフードを下ろした。


 満面の笑みだ。

 「ようこそクリフ・カルティエ。勇者と魔王の家に」


 緑色の目が、溢れ落ちるのではないかと思う程に見開かれる。

 「勇者…? 魔王?」

 瞬きを忘れた目に映った俺は恥ずかしいやら嬉しいやら。笑いながら頬をかいていた。

 「実は、俺……この人たちの孫なんだ」

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