pimms
それはほんの、出来心にも似ていた。
「ここは貴族が通る場所なんだよ! 血が混じってる連中は裏に行け、汚れるだろうがッ!」
そ知らぬ顔して通り過ぎて行く女の子。
「なに無視してんだ」
その夜みたいに綺麗な紫色の髪を、思いきり男は掴んだ男は腫れ物に触れたみたいにして手を離した。
「…っ」
「触っちまったじゃねぇか、クソッ!」
誰も彼も知らぬ顔だ。気持ちは分かる。見るからに狂っている奴に、本当は誰だって関わりたくないのだ。だから愛想笑いをする。そして、そんな事にも気付けないような育ち方をしているのが貴族と呼ばれる連中なのだと、この学院に来てすぐ私は知った。
だからそれは本当に――出来心だったのだと思う。
「やめなさいよ。引っ張られたら痛い事も知らないの?」
父は人間、母はサキュバス。見た目は父に似ているから、一見、セントズと勘違いしてくれないかなあなんて、
「………へぇ」
甘く考えていた私を捉えたあの顔を、きっと、私は一生忘れる事が出来ないだろう。
「いぃねぇ、お前。面白いねぇ、お前。お前みたいな奴が俺は大好きだぜえ?」
何度夢で見ただろう。愛情、憎悪、快感、恍惚、全部をドロドロに混ぜたようなあの顔に、私はいつも飛び起きる。
知っていたはずだった。どんなに見た目は人間でも、平凡な顔をしていても、確実に私には母の血が混じっている。
アイツも一緒――あの日から、呪われた私の血に囚われた。
あの一件以降、友達になった彼女は言う。
『ピムス! 今日は何もされていないか? 何かあればすぐに言ってくれ』
『杖持ちになったんだ! 今度から貴族相手でも正式に抗議が出来る。力が必要な時はいつでも言ってくれ』
でもね、そのたびに私は思ってしまうの。
貴方には何も分からないでしょう?
見るからに美人な貴方が、石ころみたいな私に構うから。杖を勝ち取れる程の実力を持つ貴方が、凡人の私に構うから。
『ピムスぅ』
『ほら、あの子よ。ボレロ公に虐められてる』
『ピムスぅぅぅう?』
『最初はあの子が口出ししたんだろ? ローゼスは杖持ちになれる程の実力者なんだ。放っておけばよかったのに』
『ピムスぅぅううううう』
余計に目立つ。もっともっと目立ってしまう。
私は最後に、貴方がいかに分からずやだったのかを伝えてやりたかっただけ。
――ピムス!!!!!!!!
もう放っておいて欲しかった。
――し、心配したんだ!!! すごく、すごくすごく…!! 会ったら聞きたい事も色々とあった! お前の何をわかってなかったのかとか、幸せなのかとか
探してくれなんて頼んでない。未だ分かり合えると思ってる、そういう所が合わないの。
――でも、今、そんな事はどうでもいいと気付いた!! 私は杖なのに、友達なのに、守ってやれなくてすまなかった!!!お前の事を分かってやれなくて本当にすまなかった!!
この期に及んで謝ってくる所が大嫌いなの。なのに。
――逃げてくれてありがとう――生きていてくれて、本当に…ありがとうッッッ!!!!!!!!
「…やめてよ…こっちまで泣けて来るじゃん」
絶対会わないし、会いたくない。
会ったってもう、友達には戻れない。
でもまあ。
……閉じ籠もっていたっていけないな。私を怖がらせるアイツは、マリア様がやっつけてくれた。
助けてくれって縋るんだもん。笑っちゃった。私の事は平気な顔をして傷付ける癖にね。
『そんなつもりじゃなかった!!』
じゃあどういうつもりだった?
『悪かった、謝るから!!!』
自分は踏みつぶされないとでも思ってた?
精々していたはずなのにどうしてかしら。今、久しぶりに息をしたような気持ちになってる。
「ほんとに、馬鹿みたい」
今更、怖かったなんて思っている私が居る。
ああそうだ。
人が死んでいくのは怖かった。血が抜けて、人形みたいになっていくアイツを見ていた私は、確かに死にたくないと思った。
だったら生きなくちゃ。
ここで生きなくちゃ。
部屋から出て、ちゃんと生きなくちゃ。
「心配なんてしてくれなくて結構よ。ここで私は幸せになるんだから」
だから、
貴方も。
「………勝手に幸せになってくれればいい。…それでいいのよ、ノーラ」
投げたペンが、こつんと壁に当たる。
聞こえたかな?
聞こえなくてもいいかもしれない。
だってもう二度と会わなくても、
私と貴方が友達だった事に、変わりはないんだもの。
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