第5話

 天井へと伸びる階段を一段一段登っていく。

 発光する粒子はチラチラとひかりながらこちらが着いてくるのを確認しているのだろう、時折ウルルクの周りを旋回してみせた。


「一体、どこに連れていかれるんだか」


 最上階へ降り立ち、そのまま奥へまっすぐ延びた廊下を歩く。

 魔法学校というからには、まるで物が生きているように動き回ったりしているのかと思っていたが、壁に掛けられた絵画や置物はピクリともしない。

 しばらくして、三メートルはある大きな二枚扉の前で案内役は弾けて消えてしまった。

 自発的に消滅した……というよりは、誰かに消されたような。そんな気配を重厚な扉の中から感じた。


「イヤな感じだなぁ」


 普段は魔法で隠している幻狼族マーナガルム特有の耳と尾っぽが、ぶわりと毛を逆立てて露になる。

 金切り音を奏で、ひとりでに開いた扉の中は暗くて見えない。ウルルクは短く息を吐くと気合いを入れ直すと、招かれた部屋へ足を進めた。



 しんと静まり返った薄暗い室内に浮かび上がるバーベナの花。

 真っ赤な刺繍ししゅうは黒地のベロア生地によく映える。


「おや……? おひとりですか」

「あなたは」


 主である西の魔女エイダの元にいた幻狼は、瞬時にローブを羽織る男の正体を理解した。

 ──黒幕は本当に大指導主だったのか。

 一瞬、狼狽うろたえたウルルクだが体勢を整え攻撃に備える。

 しかし大指導主……いや、奇術魔術師コンジュラーは気味悪く口角をあげ、水甕みずがめのようなものへ向けていた視線を少年へうつした。


「安心して下さい。もう幻獣けものになど興味もありませんから」


 にこりと微笑んだ男にぞくりと身を震わせる。

 確かに敵意は感じられないが、警戒心は解かず一定の距離を保ったまま、ウルルクは緊張を悟られないよう口を開いた。


「安心? ネリがあなたに幾度も危害を加えられているのに」

「私は、何もしていませんよ」

「……白々しいな」


 話していても埒が明かない。


「ネリ・フランダールにも何をする気もありません。ただ」


 言葉を遮り、大指導主だった男は再び水甕の中を覗く。


「あまりにも邪魔が多い」


 水甕に張られたを睨みつけた男の顔は、もう尊敬していた魔術師の姿ではなかった。


「このまま何事もなく、ネリ・フランダールが此方に戻り……そして、賢者の石を渡して下されば貴方たち二人には何もしません」

「なんで偉大な力を持っているのに、まだ魔力が欲しいんですか」

「魔力、そうですね。欲しいというよりも、私には賢者の石でないと成し遂げられない野望がある」


 野望。そんなもののために少女は利用されようとしている。

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