第6話

 私欲を満たすために、首都リヨンの魔法使いや多くの人間を傷付けていいわけがない。ウルルクはマルバノに初めて襲われた時を思い出し、握った拳に力を込めた。

 たかぶる感情を抑えつつ反政府勢力の親玉であった男に向き合う。


「野望?」

「……貴方は、マルバノが悪だと思いますか」

「当たり前のことを聞かないで欲しいな」

「フフ、そうですか」


 薄気味悪く笑った男は、水甕のふちを指でなぞった。


「善と悪。この世界に生きる上で、そのすべてをたった二通りに分けてしまうなんて愚かですよ」

大指導主グランドデューク、あなたが従えるマルバノ達は確かに自分たちの正義のために戦ってきたのかもしれない。だけど、偏った正義を振りかざして罪も無い人間をいたぶっていいことなんて、何ひとつない」

「そうしなけば、貴方がた幻狼族マーナガルム小神族エルフが滅んでいたとしても、同じ事が言えますか? 現存する幻狼の中で一番濃い血を持つ貴方を、けがらわしい人間から守ってきたのは魔法使いでした」

「一番、濃い……血」

「ええ、そうですよ。貴方は言わば数少ない純血種、そして大いなる幻狼王の子息。ウルルク、我々は貴方を狙っていたのではなく保護する為に監視していたのです」


 捨て子だと教えられていた幻狼の少年は、自身の生い立ちに驚く。彼が嘘をついているようには思えないし、そんな虚言を吐いたところで利があるとも思えなかった。

 だが今更、王族の血が流れていると言われてもピンとくるわけもなく。ウルルクは追求しなかった。


「監視、ね……わからないな。じゃあ何故、エイダ様に危害を加えた? 魔法使い側が俺を保護していたなら、エイダ様を襲う意味がわからない」

「彼女も、先代大指導主シーアと同じ人間との共存を望む反魔法使いだったからですよ。だからマルバノを使い、彼女から引き離そうと考えました」


(引き離す……?)


 魔力がなくなったのを理由に学校から追放したのは、この男にとって誤算だったということか。


「ネリを学校から退学させたのは、何か理由が?」

「ええ、まさか賢者の石を持つ者の魔力が消えてしまうなんて想像もできませんでしたから。けれど本来であれば彼女はそのまま、私の元で魔力の回復を待つはずだったのです。しかし、あの男が退学届と共に接近禁止命令を突きつけてきた! 忌々いまいましい、彼奴やつは未だ自分が一番だと思い込んでいる。この私に命令をするなど……司法高官ジャスティシア共々、片しておくんだったと後悔していますよ。本当に」


 ウルルクは少女の父、ルグレがなぜ密かに娘を退学させたのか理解した。一刻も早く、この男から引き離したかったのだと。

 そして、先代大指導主シーアの意志を受け継いでいた妹のエイダにその身柄を預けた。

 勿論、男の言っていた通りならばエイダに匿われるのにも危険が伴うが、病院での彼女に対するルグレを見たということもあり、相当に実の妹を信頼していたのだと少年は結論付けた。

 彼女がネリを保護している合間に、司法高官と手を組み裏で動いていた彼は正しかったのだ。


「けれども、もう邪魔な魔術師は此方こちらには来れない」

「……どういう意味」

「フランダール姉妹の片割れを向かわせた人口魔法石ヌーマイト研究所には、多くのマルバノ達と魔導具が仕掛けられています。さすがに、あの男でも対処しきれないでしょうね」


 荒れ果てたリヨンの街に人の気配がなかったのは、研究所方面へマルバノの魔術師たちを収集していたからであった。

 この男の他に魔術師の気配は感じられないということは、絶好の機会だ。

 こんな大指導主でも、官僚にのし上がれる程のチカラの持ち主。到底、ただの幻狼族の自分だけでは敵わないだろうことはわかっていた。けれど、やるしかないのだ。


「一族の復興と賢者の石と、どちらをお望みでしょう?」

「間もなくです。間もなくあのは此方へ戻ってくる」

「約束しますよ、一時的にネリ・フランダールを引き渡せば……貴方たち幻獣の永久的な保護を。何、安心してください。賢者の石を肉体から引き離せれば、娘に興味はありません」


 淡々と口を動かす大指導主の隙をつくため、半歩下がった少年はそのタイミングを伺う。


「賢者の石を抜き取って、彼女が助かる保証なんてどこにもないじゃないか」

「そんなことはありません」

「いや、現に幾度と俺たちを襲ってきた。そんな奴の言葉を鵜呑みにできるほど、バカじゃないさ」

「そうですか、非常に残念です」


 水甕に移していた視線をゆっくりとウルルクへ流した奇術魔術師コンジュラーは、ローブをひるがえし古びた杖を内ポケットから引き抜いた。


「……今ここで、幻狼マーナガルムの血が途絶えてしまうのですから」




 

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