第3話

 海を閉じ込めたような、てらてらと揺らめく賢者の石に宿ったひかり。

 それを具現化させてみせた小神族エルフの少年も、途絶えることのない瞬きに心を奪われていた。


「さっきの言葉の意味を、教えて欲しいのだけれど」


 精霊を使った魔法とはまた違ったカタチの魔術。

 どことなく、聞いているとゾッとしてしまうような力を持った言葉だった。


【マナよ、宿りそして囚われし霊魂たましい顕現けんげんし、その呪縛のろいから解放せよ】


 禁忌を犯したドルイド・フランダールのドドナへの想いは、彼女を何百年も縛り付けていたのかと。死ぬことも許されず、愛した人と結ばれることもなく。

 呪縛、という言葉にネリはしっくりきてしまった。


「これは単なる魔力を使う上での言葉の羅列ダヨ。仮に賢者の石に囚われていたとして、こんなに綺麗な輝きを放つと思う?」


 外見年齢が十歳くらいである容姿に騙されそうになるが、彼はネリと同じくらいの年齢なのである。それにしたってスウォンは達観しすぎている気もするが、幼少から天才だなんだとはやされ育った少女も、魔法学校在学中は周りよりも大人ぶっていたので人の事は言えなかった。


「それよりほら、見て。キレイだヨ」


 誤魔化すように誘導され、渋々少年に促されるまま視線を落とす。

 濁りもなく美しく輝いているが、思っていたよりも幾分いくぶんちいさく、よく見れば橙色オレンジに光るその発光もなんだか頼りないものだった。

 若干、落胆しつつも体内から取り出されたことで身体が軽くなったネリは、精神的部分にのしかかっていた何かからも解放感を抱いていた。


「マナの樹を維持するのに魔力を消費しなければなりません。そんな中で、貴女をこちら側へ転送してしまった。先代大指導主グランドデュークとして恥ずかしいばかりですが……空間転移には、その石の魔力が必要なのです」


 ややいぶかしげに眉間を寄せるシーアの様子は、どこか不安感を誘うもので。

 ネリは手の内にある賢者の石を彼女へそっと手渡した。


「やはり、想定よりずっと縮小していますね」

「――小さく?」

「ええ、この分ではおそらく使用魔法にもよりますが近々ちかぢか消滅するでしょう」

「継承されてきた賢者の石の魔力は、そのあいだに消耗されていたってこと?」

「もう何百年と経っていますからね。不思議ではありませんし、想定のうちでしたが……」


 フランダールの血筋で受け継がれてきた賢者の石は、ネリにとって忌わしいものですらあった。この石のせいで、少女は己の魔力を、魔術師メイジへの道を失ったのだから。

 伝説となっていた賢者の石が実在し、自分のなかにあった事実は何物にも代えがたいことだ。

 ――それが、なにも犠牲にせず使えたのならば。

 魔力を封印される原因となった、みなが渇望して止まないたった一つの結晶。

 解放できた途端に、あと数刻で消えてしまうと聞かされたネリの表情は魔法使いの少女ではなく、小神族エルフ予言ウァテスの魔女がおののくほどに凛とした『解放されし魔焔シャルール・リベラシオンの魔女』のまなこだった。


「……我が国は貴女が照らしてくれるのですね、ネリ・フランダール」


 先代大指導主のちいさな呟きは、国を担う若き魔法使いたちには聞こえていなかった。

 シーアはふわりと微笑むと、今度はしっかりと彼女へ言葉を紡ぐ。


「ワタクシも、千古ミル水甕・ヴァスの中では本来の魔力を解放するのは困難です。ここで魔法を発動すると、マナの樹に魔力を吸収されてしまいますから」

「それじゃあ、スウォンはどうやって魔法を?」

「彼らの扱う魔力のようなものは、マナの樹を支えると同時に拒否することも可能らしいのですが実際のところ、小神族エルフについては不明な点ばかりでワタクシにも原理までは分からないのです」


 小神族エルフの魔力は底がない。

 それは文献にも載っていたことだが、実際に見てしまうとその力の差に愕然とする。

 人とはなんて無力なのだと。

 ふと、彼らと同じ幻獣である幻狼マーナガルムのことが頭に浮かんだ。


「人は魔力で到底敵いません。けれど知力はあり、野心も高い。故に彼ら幻獣を利用しようとしてしまう……悲しいことに今も昔も、数は減ってもゼロにはなりません」


 先代大指導主は見えないはずので少女を見据えた。

 白く変色した双眸そうぼうは、東洋の宝石のようで。なにもかもを見透かすようなそれからネリは目を離せなかった。


「本当の意味での平和を、ワタクシは果たせませんでしたが……諦めるには早かったようですね。愛弟子であるエイダや幻狼族王家の末裔まつえい、そして貴女のような素敵な魔法使いがいるのですから」

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