第2話

 天高く続いていたそれは無数の光の粒だった。

 マナの樹を螺旋状にぐるりとかこう光は、賑やかな小神族エルフの子供たちが繰り成す魔法の結晶らしい。

 マナの樹を存続させるためには、彼らの精霊を操る特殊な魔力が必要不可欠なのは知っていた。しかし神殿ポムステムブルを守護する神官になれるほどの清らかな魔力を持つ小神族エルフは、居ることは居るが生まれたばかりの赤ん坊らしく。

 ここに住まう彼らの魔力を集結させ、マナの樹へ魔力を注ぎ続けるほかに、いまは手立てがないのだとスウォンは説明してくれた。


「生まれたばかりって言っても、もう十年は経つんだけどネ」

「……スウォンも、十歳くらいだと思っていたけれど」

「そりゃあ、エルフと魔法使いとじゃ寿命が違いすぎるもん。僕は身体の成長が遅い方だけど、こうみえて二十年は生きてる」

「あなた達のことって判明していない事ばかりだから、こうやって実際に聴いて知れるのは……嬉しい半面、なんだか不思議ね」


 ふたりはその後も歩みを進め、石造いしづくりの神殿へと辿り着いた。

 水の垂れ落ちる音が響くなかに子供たちの声が聞こえてくる。


「結構、たくさんいるんだヨ」


 ドルイド・フランダールの記憶媒体で見た、小神族の村に取り残されていた子供たちが、この空間で新たな生命を育んでいる。決して数は多くないが、絶滅したのではと言われていた彼らがこうして生きているのは本当に喜ばしいと思う。

 人々と暮らす幻獣たちは年々、魔法使いや人間との交配によって本来の寿命よりも短命だ。しかし、ここにいる彼らにはそれがない。

 小神族が人と暮らしていた時代は、異種族間での婚姻を認めていなかったのだから、それは当然だった。


「御苦労様、スウォン」


 大人の小神族に手を取られ、誘導されながら一人の女性がネリ達の元へ近付く。はるか昔に見た、憧れの魔術師メイジで間違いなかった。

 異分子である少女を遠巻きに見ていた小神族の子供たちの視線が痛いが、それが敵意ではないことはキラキラとした眼差しでわかる。


「連れてきたよ。やっぱり迷子になってた」

「無理やりコチラへ引っ張りましたからね。落ちた場所が悪かったのかしら。……でも、間に合って良かった。今頃、消息の途絶えた彼女の気配を必死に追っているのでしょうね、彼は」


 清廉な女性は、老いることを忘れたのだろう。魔法学校の玄関ホールへ飾られた肖像画、そのままの姿で少女の前に立っていた。


先代大指導主グランドデュークさま」


 目が見えないのか。

 閉じた瞼はピクリともしなかったが、彼女を誘導する小神族へ一瞥すると、マナの樹を目前にし立ち尽くすネリの手を取る。


「会いたかった、貴女に」

「……え?」

「そう、マナが言っています」


 先代大指導主の言葉に同意をするように、マナの樹は風もないまま、その葉を揺らした。


「もちろんワタクシも思っていますよ」

「先代――」

「ネリ・フランダール、ここではシーアと呼んでください。みな、ワタクシを名前で呼びますから」

「シーアさま……あの、久しくお目にかかります」


 初等部の、ほんのちいさな魔法使いだった時に会った事なんて憶えていないだろう。

 少女はおそるおそる先代大指導主を見ている。


「数年ぶりですね、こんなに立派な淑女になって……感涙していまいそう」

「――ね、シーアが呼んでるって言ったでしょ?」


 隣に立つ少年が、きゅっと指先を握ってくる。

 西の魔女、叔母であるエイダと同等……いや、それ以上に尊敬する大指導主を前にネリはクラりと目眩を起こす。触れたスウォンの手の温もりが、有難かった。



 ※ ※ ※


 人払いを済ませたシーアは、少女とちいさな小神族エルフの少年に手を取られ大木たいぼくの根元に腰をかける。


「時間はあまりなさそうですね」

「はい。ご存知だと思いますが、いまアチラではマルバノとの戦闘がはじまっています。当代大指導主は司法高官ジャスティシアに確保されて、現在は特別留置室へ監禁されていると父から聞きました」

「――それはちょっとだけ、遅れた情報ね」


 彼女はこの閉鎖的な空間に居ながらも、外の様子が分かると言った。

 当代大指導主に襲われた際に負傷してしまった双眸は視力は失えど、魔法に愛されたシーアはマナの樹の恩恵によって、情報を映像として脳内に映し出して貰っているのだと。


「彼……当代は、マルバノの幹部によって逃亡したの。真っ先に貴女を探しだそうとしていたみたいだけど、失敗した」

「あの人はその魔術師メイジと一緒に?」

「いいえ、別行動を取っているわ。賢者の石の魔力を辿った彼は、貴女の行く先を見つけ出したようね」

「この場所に……」

「それはないから、安心して? 千古ミル・水甕ヴァスに彼は触れることも出来ないはずだから」


 当代大指導主によって彼の元へ転送される瞬間、シーアはマナの樹と唯一繋がる賢者の石へ間接的に魔法を使った。成功率は低く、彼女も咄嗟にした行動だった為に本来呼んだ場所にとは違うところへ落ちてしまったという。


(本当に、あの水甕みずがめの中に……? 夢じゃないのね、これは)

「彼は優秀な魔術師でした。けれど、そのチカラを反国家組織に売ってしまった。いえ、彼もまたマルバノの被害者なのかもしれません」

「どうすれば、ここから出られるんですか」

「賢者の石を」


 差し出すように手を出されるが、生憎、ネリはまだ賢者の石の魔力すら自在に操ることが出来なかった。

 困ったように眉を下げる少女に、隣に座っていたスウォンが詠唱をはじめる。


【マギーア・セ・イコス・アルスロポスシア、パリノスゾンダネーヴォ】


 少年が紡いだ言葉に呼び覚まされるように、なかにある膨大な魔力の結晶が、身体の隅々へ巡らしたチカラを掻き集めていく。

 貧血にも似た、ふわりと浮かぶような目眩がした。


「貴女の魔力も相当なのね。スウォンの魔法を拒んでる」

「ま……ほうを、拒む?」

「ここへ呼んだ時もそうだったわ。賢者の石に共鳴したマナの樹を拒んだから、ネリの魔力が暴走したの」


 賢者の石は、魔法使いなら誰でも喉から手が出るほどに欲しているもの。それに拒否反応を示すということは、適応していないという現れなのだろうか。

 不安を感じ取ったシーアは、それを包み込むようににっこりと微笑んだ。


「それは違うわね、貴女のチカラが大きすぎるのよ」

「魔力の器は――入学式のときに調べたら、確かに常人よりも深く大きいと聞いたけれど」

「フフ……しかもそれだけじゃないわ。プライドも大きいのかしら」


 否定はしなかった。

 プライドの塊だと、同学年の子達にもよくコソコソと話されていたのを何度も目の当たりにしていたから。


「たとえ賢者の石にでも、あたしの魔力は負けたくないってことなのね」

「悪いことじゃないわ?」

「……でもそれってなんだか、可愛げがないわ」


 先代大指導主が冗談交じりに話してくれた為に、ネリは張り詰めた緊張感から解放された。

 詠唱を終えたスウォンは、額に汗を滴せながら溜息を吐く。

 途端、手のひらに硬い熱を放つ物質が触れる感覚に驚いた少女はふたりへ目配せをする。

 ――コロン、と。

 ゆっくり開いたてのひらの中、橙色オレンジに輝く光を閉じ込めた五センチ大の石がそこには在った。

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