第4話



 バタバタと走り寄ってくる音にしばらく放心状態だったネリ達は、窓ガラスの散乱した処置室の外へ意識をやった。


「……おとうさま、」


 灰色のスーツをまとう見知った姿に少女と西の魔女は肩を落とす。幻狼族マーナガルムの少年は、そんなふたりの様子を見て警戒心を解き、ネリのかたわらへ身を寄せるのだった。



 数人の部下を引き連れ病室へやってきた『父』と呼んだ男性は、エイダの元へ寄り添うと、彼女が起こした身体を静かに倒す。


「ルグレ兄様にいさま、私は大丈夫だから……あの子たちを」


 普段血色の良い彼女には似つかわしくない、まるでルージュを塗ったかのような紫のくちびるは、まず少女たちを気にかけた。


「遅れてすまないなエイダ。司法高官ジャスティシアとの話もつけてきた、しばらくはアレも手を出せないだろう」

「……お父様。やはりこの件、大指導主グランドデュークさまが絡んでいるのですよね」


 ネリの問いかけは疑問ではなく、おのれの推理を確証する為のもので。

『アレ』とルグレが呼んだ人物は、少女も思い当たる節があったのだ。マルクをあやつり、そして西の魔女をも魔法で屈させることのできる者は極めて少ない。確信こそ無かったが、事実上、この国で三番目に権力を持つ父親が立場が上の司法高官へ取り継がなければならない程の人物となれば、それは自然と絞られた。

 故郷、リヨンを旅立つ前よりも強い意志を持ったひとみに、ルグレはさすがにこの状況で事を誤魔化すのははばかれたようで。しかし、彼もまた立場というものがあるため、慎重に言葉を選んでいるのだろう。

 父親の苦渋に歪んだ眉を初めて目にした少女は、一瞬、胸を摘まれた感覚をおぼえた。


「――ネリ、お前にもすまないことをしたと思っている。魔法使いから魔力を取り上げるなど……何も伝えてこなかったわたしが何を言っても、言い訳にしかならないが。大指導主がお前の力を求めているのは、十一年前の次期指導主選の頃から分かっていたからな。とは言え、その時は賢者の石の魔力を封じるので精一杯で、肝心なお前の魔力はこの前まで放置することになってしまったが」


 とても重要な話をスラスラと聞かされ、ネリと隣で聴いていたウルルクはくちびるを半開きのまま、閉じることを知らなかった。

 チラりと、深紅の眼孔がこちらを伺うのが視界に入り、自分をあんじた視線を送る幻狼にネリは眉を下げて少し微笑ほほえむ。

 無論、暴露されたような自身の成り立ちについて問い質したいのは山々だった。しかし正直そのことよりも、ネリは別の意味で困惑していたのだ。


 ――長期休みに帰ってもほとんど顔を合わせることもなく。ましてや退学になった時、一言も口を開かなかったのは……。


 魔法学校へ入ってからまともに会話もしなかった父親が意外にもしゃべる様子に、自分の娘をフランダール家の宿命を背負わせた重責からあのような態度を長年取っていただけなのかと、いつしかエイダがくれた手紙にあったように、本当は一番自分を愛してくれていた人なのではないかと。彼のこちらへ向ける視線から感じ取ったのだ。


「ネリちゃん、あんまり兄様を責めちゃイヤよ?あと――……ルグレ兄様、ウルルクの事も……どう、か」

「――! エイダ様?!」

「ちょっと、ウルルク! 揺らしちゃ駄目よ。こんな身体で、あんな強力な魔法使ったんだもの。……疲れて当然よ」


 処置室の端に畳まれたかけ布を広げたルグレは、青ざめたまま再び眠りについた妹にそれを掛ける。エイダから目線は外さないまま、ポツリと落ち着いた声で少年を呼ぶ。


幻狼オオカミである君も、大事だいじないね?」

「……え、ええ。俺は……俺はなにも出来ませんでしたから」


 自分の不甲斐なさに拳を握りしめた少年を見て、ルグレは優しく微笑んだ。


「ウルルク、と言ったね。この場はわたしが預かりたいのだが――どうだろう? 任せてもらえるかな」

「主人の兄様あにさまこばむ理由などありません。……エイダ様を、お願いします」

「ああ、ありがとう。ネリ、外にランとタナを待たせてある」

「姉さま達を?」

「彼と共に自宅へ戻っていなさい。そこで先程の話の続きをしよう」

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