第8章 血を継ぐ者たち

第1話


 ――警備署内。

 見かけによらず人情はあるが如何いかんせんチャラい警備隊ポリッシス、デクリオに連れられたマルクは打ちっぱなしの無機質な部屋に手錠を架けられたまま座らされていた。


 何やら外が騒がしい。


 様子を見れないかと扉に空いた窓より、赤い髪の少年は格子から室外を覗いた。

 ひらりとなびいたローブ。バーベナの刺繍が施されたそれに目を丸くしたマルクは、突然窓越しにこちらを見たその人物と格子越しに視線が絡んでしまう。絡め取られたように、逸らすことが出来ない。

 意味ありげに口角を上げた当事者が声を掛けた。


「どうして――大指導主グランドデューク様がここに」


 我が国のトップのお出ましに、部屋の外にいるはずのデクリオもさすがに口が出せないようで。署内にいる警備員たちのどよめく声が聞こえてくるが、お調子者の彼は一言も発することを許されていなかった。

 自分の名を呼ぶ鋭い眼光に、見覚えがある。国のみならず、魔法学校を治める人だ。もちろん、何度も目にしたことはあった。けれど、マルクが感じている既視感はそれとは違うもので。

 途切れ途切れの記憶をさかのぼろうとするが、肝心な部分を思い出せず、頭部に襲う痛みにこめかみを抑える。

 うかがうように上目で大指導主を見ると、笑っていない冷徹な炎を宿した瞳に射抜かれるような気がした。無実の罪で捕まった自分を助けに来てくれたわけではないのだと、彼から発せられる殺気の入り混じった魔力に言葉がでない。


大指導主グランド、失礼」


 突然聞こえてきた聞き馴染みのない渋い声色に、マルクは頭痛で俯いていた頭を上げる。

 群青ぐんじょうのステンカラーコートをスーツに羽織った、白髪混じりの洒落シャレた中年男性。その者の素性がひと目でわかる、スーツの襟には磨き抜かれたバッチが輝いている。魔法新聞でしか拝見したことのない顔がそこにはあった。


「司法高官が態々わざわざ取調とりしらべとは。我が学び舎の生徒にこのように恐ろしい子がいたなんて想像もしていませんでした」

「取調べ?……ハッ、まさか」

「マルク・クレルは深淵オプスキュリテの魔術師の末裔まつえい。不思議なことではありませんでしたが」

「フン――何をおっしゃられているのか理解しかねますな」

「どういう意味でしょう?」

「そのままの意味だよ、彼は無実だ。今回襲われたルグレの娘は怪我もなく無事に保護されている。その警備隊員が証人だ……マルク・クレルは彼女へなんの危害も加えていなかった、とね」

「――ああ、それは良かった。可愛い生徒が罪人だと言われ、私も心底心配していたのです。けれど困りましたね。私の部下の件はどう説明するおつもりでしょう?……エイダはなくてはならない存在なのです。私のあとを継いで、次期大指導主に選抜する予定でしたのに」

たぐいまれなる才能を持った魔法薬学者ファーマシストだ。俺でも魔法じゃあ太刀打ち出来たもんじゃあない。ましてや魔術師メイジの資格も得ていないマルク・クレルに、彼女を死に追いやるほどの能力があるとは思えませんがね」


 ……とんでもないことになってしまった。

 自分がはっきりと覚えていないせいで、王に次いで国を統治する立場であるトップふたりが、まさか自分の処遇に対して駆け引きをしている場面を目撃してしまうなんて思ってもみなかった少年は、身体中に脂汗をかきながら室内に待機していた一人の警備隊を見やる。


「外に出ようなどと、お考えなさいませぬよう」


 てっきり会話すらしてもらえないかと思っていたが、彼はこちらを向き、普通に話しかけてきた。


「この部屋にいる限り、大指導主様であれ誰であれ何人なんびとも魔法を使うことは出来ませんので。無理に出ようとしても無駄……と、そもそも貴方は鉄錠フェール・厶・ノットで魔法制御されているので不可能でしょうが。まあ何にせよ、貴方を守るために高官殿はここへ連行したのですからご心配なさらぬよう」

「守るって……ネリちゃんならまだしも、守られるべき理由なんてボクには」


 くさりが金属音を奏でる。少年の視線が落ちた先にあるのは制御のかけられた鉄錠、魔法を無効化する魔導具だった。


「全ては大指導主――いえ、反国家組織マルバノの指導者をおびき出す為の作戦」

「反国家……マル、バノって……そ、それじゃあ大指導主様はずっと国民を騙していたんですか? テロに等しいことでもする組織に加担というか、主導者として席を置いていたなんて、そんなの」

「ここだけの話、前大指導主様もどこかに幽閉されているもしくは殺されたのではと噂されていますよ。忽然こつぜんと姿をくらませ、まるで脚本でも用意してあったかのようにあの男が大指導主の座にすんなりと着きましたから。我々政府に準ずる者の中には、導主交代の時から疑っていた者も少なくありません。――我らが司法高官、そしてフランダール宰相のように」

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