第3話


「作戦会議?どーぞ、いくらでも。但し、あまり時間はやらないけどねぇ」


 エイダに繋がれた酸素チューブが女の手によって引き抜かれる。酸素吸入機がピーピーと警告音を鳴らした。

 それにイラついたのか女は処置室に響く機械へ杖を向けると、モニターを叩き割り鼻で笑うような仕草をとる。

 再び静けさを取り戻した部屋の中。

 ネリは自分の中に眠る魔力に問いかけ、一か八かと試みる。ウルルクも戦闘態勢にと身体を変化させようとするが、少女は目で彼を制し、肌身離さずふところへしまっていた、大事な杖を取り出した。

 両親からプレゼントされた大切なそれに手を触れ、泉のように湧き上がる賢者の石の魔力を想像したネリは、深く息を吸い、あの呪文を唱える。


蒸発魔法印エクス・プローリュレ!」


 ライト伯父さまとアコ伯母さまを苦しめた魔法。

 禁忌とされるその魔法は、賢者の石から放出される魔力を使えばなんて事もなかった。放物線を描き、凝縮された光の粒が女を目掛け浮遊する。

 しかし、相手も違法魔術師モーヴェ・メイジ

 弾けた魔法陣ル・タシオンをすんでのところでかわしたマルバノの女は、歪んだ少女の顔を見て嘲笑あざわらった。


「アハハハハハッ……!何よ、何処どこを狙っているのかしらぁ?継承者と言えど、所詮は子供ね。本当の魔法のろいを見せてあげるわ」

「そう?――狙いは確かよ、マルバノの魔女」


 ネリとウルルクは一瞬、見間違いかと自分たちを疑う。

 枕元に隠してあったのだろう愛用の杖を、女の背中へ突きつけた彼女は『西の魔女』と呼ばれあがめられた、エイダ・フランダールで間違いなかった。

 重いはずの身体を持ち上げ、ベッドへ肘を着いた彼女は背中へ指したそれで女を挑発する。

 意識が戻るはずがなかったエイダを目の前に、マルバノの魔女は顔面蒼白状態で動けもしなかった。彼女から発せられる由々ゆゆしい魔力に、女は危険を察知したが時すでに遅かったのだ。


「可愛い姪っ子に散々してくれたようね。死を持ってつぐないなさい」


 ――ソンクション制裁・ドゥ・モーア


 淡々たんたんと、落ち着いた様子でつむいだ呪文は、肉体を滅ぼしたましいを輪廻の輪から外すことで、二度と生まれ変わることの出来ないようにする魔法である。それは、現在の罪人裁判で使われる上級魔法だった。


 悲鳴を上げる余地も与えず、マルバノの魔女はちりとなり崩れ落ちた。さらさらと処置室の空調により舞う女だったそれは、浜に積もる砂のようにきらりと光を瞬かせている。

 張り詰めていた緊張が解かれたのか、少女と幻狼マーナガルムの少年はその場で惚けていたが、エイダが咳き込んだ事で現実に引き戻される。


「ゴホッ……ッ、だいじょうぶ、平気よ」

「駄目よエイダッ!ほら横になって。いま人を呼んでくるわ」

「――ネリちゃんこそ、ダメよ。あんな魔法は……如何なる理由があっても、使うものじゃないわ」


 蒸発魔法印エクス・プローリュレのことを言っているのは分かった。確かに、いつものように冷静なネリであれば、あの時あの魔法を選ぶことはなかったであろう。

 しかし、一刻を争う場面で、少女はフとシェファード夫妻のことを思い出してしまったのだ。

 おもてには出さなかったが、沸々ふつふつと2人を殺された時の怒りを魔法に込めたのは認めざるを得ない。そんなネリを叔母であるエイダは見抜いていた。


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