第7章 西の魔女
第1話
寒さに身震いすると、
気を使われて居ることは、彼の額にうっすら
魔法学校の学生寮へ入るまで腫れ物でも触るかの
西の魔女、エイダ叔母さまの所に暫く居たせいか、自分が大人たちにそういう目で見られていることを、すっかり失念していた。
そもそも、元より偉いのはお父様であって自分ではないのである。
ふと、彼女たちの出会う数ヶ月前の自分の立場を思い出してみたが、何もトルーパー三曹がそうだと言っているわけではない。もちろん、一回りも歳の違う男性に敬語で話しかけられるというのはあまり好きではないのだが……あの若い警備隊ほどではないが、彼からは敬えられはすれど過去に感じたあの人の周囲にいた大人たちの様な、嫌な感じはしなかった。
けれどやはり、年長者からのそれは心地がよくない。もっとウルルクように軽口で接してくれればどんなに楽か。――いや、奴は奴で、はじめから妙に距離感が近過ぎていた気もするが。ネリはそれとなくトルーパーへ申し出るが 「
【国立病院:集中治療室】
彼女に繋がれたモニターには
「――あ?ああ、了解した」
「……三曹?」
「すみません、お嬢様。なんでもデクリオが少年の引渡しを先延ばす為に、所内で掛け合っているそうなんですが……その」
「煮え切らないわね」
「いえ、そのー……想定していたよりも事態が悪いようでして。というのも、拘置所に
「直々にって、そんな馬鹿な話があるわけ」
「いっ、いえ……事実のようなんです。さすがに大指導主様に逆らうことはデクリオでも――申し訳ないのですが、自分も、これから拘置所へ向かっても
「そうね、その方がいいわ。あたしは一人で大丈夫ですから」
慌てたトルーパーを送り出すと、バタバタと病棟を走る彼に
――それにしても、拘置所に大指導主が来るなんておかしい。
要人が捕まったならまだしも……相手は子供であり、一般人のマルク・クレル。学校ですら目立たない少年の為に、わざわざ会いに行くだろうか。無線を聞いていたあの様子だと、マルクを解放させる為にというよりは、直接尋問をする為に訪れたと推測するのが正しいだろう。
「何がどうして、大指導主さまが――」
「あっ居た、……ネリ!」
幼馴染みのことで思案していると、聞き馴染みのある中低音の声が少女を呼ぶ。廊下を歩く少年は早朝の寒さに肩を震わすネリを視界に入れると、手に持っていたストールをそっと掛けた。
「おはよ、ネリ」
「どうしてここに……?」
ウルルクが
「夜中の
「――ありがとう。でもね、正直言うと……あたしも良くわからないの」
ウルルクはエイダが病院に搬送された時にその知らせをホテルで警備していた
血の繋がる家族である彼女らは……幻狼である自分には、言えないこともあるのだろうと考えたそうだ。
――そう言われてしまうと、なんだか申し訳ない。
隠していたわけではないのだが……。
ひとまず、
「じゃあ、マルバノがエイダ様を?」
「幼馴染みに手間取ってたから、目撃はしていないのよ。恐らく、強力な幻覚魔法を扱える点を考えるとあの子……マルクに催眠を掛けたのも同一人物でしょうね」
「本当に、そのマルクって奴の仕業ではないんだね?」
「言ったでしょう? マルクはそんなことできるような度胸もないし、魔術の腕もないわ」
「随分、信頼しているんだ?」
「あの子は家族みたいなものだし、当たり前じゃない。……なによ、その顔。言いたいことがあるんだったら言いなさいよ」
チラりと彼を見ると、想像していたよりも冷たい
――ッピ、……ピ、ピ――……
静かだった彼女の顔に、一瞬、
ゾワりと
「まだ幻覚魔法が――っ!?」
心電図の音がサイレンのように朝の病棟に響き渡っている。
数人の
彼女たちは杖を取り出し、解錠を
苦しそうに顔を歪めたエイダの身体を
――違う、これは幻覚魔法ではない。
張り巡らされた糸が反射した。彼女が意識を戻さないのは幻覚魔法を掛けられたこともあるが、もうひとつ。図書館からずっと、エイダにあるモノが憑いていたのだ。
マルバノの
「首がない……
「
頭部の落ちた黒い
どことなく感じたことのある魔力を、その大蜘蛛から受け取っていた少女は、魔法生物ではない可能性も視野に入れていた。
「……看護士さん達を連れて、ここから離れて」
こういう時、魔法生物学を履修していて良かったと心から思う。
猛毒を持つが首がない蜘蛛。六本足で糸の上を器用に移動しているそれが、やけに気持ちが悪く思えて。
一方、指示されたウルルクはネリが
「そんなこと出来るわけないでしょ」
「……でも、やらなければエイダが助からないわ」
叔母さまを助けないと――。
強く願った時、胸元に出来た
暖色に
西の魔女と少女を
割れ間から『賢者の石』の魔力が治療室へ入り込み、その清らかな光に邪悪な大蜘蛛は動きを止めた。
胴体が引き裂かれ、足が暴れ回っている。
メキメキと気色の悪い音を奏でると、蜘蛛の中から女が体液に
「な……なんで……」
素肌を
赤黒いローブを羽織り、シェファード夫妻の屋敷から逃げる二人の行く道を阻むマルバノの魔術師。
「俺、あの時トドメ……刺したよな」
少年は
「――ウルルクッ!!」
女がこちらを見た瞬間、硝子が粉々に砕け散った。
看護士達は悲鳴をあげ、一様に腰を抜かしてしまっている。少年を狙った攻撃に、ネリは既で気が付きウルルクを薙ぐように押し倒した。
殺したはずのマルバノの女に負わされた太腿の傷が痛み、体勢を上手く整えられず少年の上にのしかかってしまう。
衝撃で我に返った幻狼は降り注ぐ硝子の破片から
「あらぁ、ひさしぶりじゃなぁい? 坊や、――お姫様♡」
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